女はすべて俺の敵!

第1章 物語の始動とレディ・バグの開始

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 次の日。ベッドの上で俺が目覚めた時、隣には当たり前のように白髪の美少女がすやすやと寝息を立てていた。
「って、お前はこんなとこで何しとんのじゃあああっ!」
 朝から派手にツッコんでしまった。白髪美少女はむにゃむにゃ言いながら顔をしかめる。
「燎池〜。そんなトコ触っちゃ駄目ですよぉ。う〜ん……」
「何の夢を見てるんだよお前は!」
 お、俺は決してやましいことはしていないぞ! ていうか、リンネは俺の部屋の押し入れで寝てるはずだろ!? 昨日確かにそう決めたはずだよ!
 俺があたふたしていると状況は更に最悪の方向に向かっていった。
「お兄ちゃ〜んっ。朝からなに騒いでるのよ〜っ!」
 なんと階段の下から妹の声が聞こえてきた。なん……だと! まずい。やばい。駄目だッ。
「起きてるんなら早く朝ご飯食べにこい〜っ」
 し、しかも声が近づいてきてるぅぅぅ! そしてどたどたと階段を上がる音。俺の部屋まであと何マイル? な、なんとかしなければこの状況っ。朝から最大の危機到来ッ。
「おい、リンネっ、起きろっ」
 俺はリンネの体を揺する。
「みゅ〜、みゅ〜……」
「なんちゅう寝息だよ……おいっ、干支子よっ!」
「干支子じゃないです。十二支ですぅ……むにゃむにゃ」
 全然起きる気配のないリンネ。気持ちよさそうに眠っている。
「って、なんで寝てるのにツッコミはできるんだよっ。くそ……こうなれば実力行使だ!」
 部屋には鍵がかかっているとは言え、馬鹿力な妹の事だ。きっと力ずくで鍵を壊して扉を開けてくるのに違いない。ならば猶予はないッ。
 そうして説破詰まった俺は、眠っているリンネの布団を勢い良くはぎ取った――すると。
「な――?」
 全裸だった。
「なんですとおおおおーっ!?」
 俺、思わず叫んじゃった。
「すぴー」
 なのに当のリンネはまだ起きる気配がない。全裸だけど。
「なっ、なに? どしたのお兄ちゃんっ。何かあったの? ちょっと開けてよっ」
 そして扉の向こうではドアをノックする音。やばいやばいやばいっ。もう部屋の前まで来てるよッ。絶体絶命の状況だよッどうしようッ。
「い、いや、何でもないっ! 何でもないっ! すぐに行くからちょっと待っててっ。ていうか下行って朝飯勝手に食べといて!!」
 もう俺は半ばパニック状態。
 さらにさらに悪いことに、状況は最悪に転がった。
 俺の叫び声が原因か、眠っていたリンネのまぶたが、ゆっくりと開いていった。
「う、ううん……」
 なんて悪いタイミングなんだよ! 空気読めよ! ……いや、逆に空気読んでるよ! ある意味感心するよ! というか絶対わざとだろ! って、ツッコんでる場合じゃねぇ。こ、ここで目覚められたら駄目だッ。この状況だと、きっとリンネは大声を上げるに違いない。もし今大声を上げられたら俺の人生色々と終わってしまう。口を、この女の口を封じないと――。
「あ、燎池ぃ〜……」
 リンネは上体を起こして、とろんとした瞳で俺を確認すると柔らかい笑顔を向けた。全裸のままで。まだ自分の姿に気付いていないのだ。
「く……くそっ」
 もう考えている時間はない。反射的に体が動いた。……そして、後から考えたらこの時の俺は頭がどうかしていたのだと思う。だから、これは俺の暴走だった。
 暴走状態の俺は、目覚めて寝ぼけまなこのリンネの口を塞ぐため――全裸のリンネの体に上からとびついてベッドに押し倒し、その口を手で押さえつけたのだ。
「む、むぐぅ……!?」
 リンネは突然の事に目を白黒させている。
「し、しーっ、黙っていろ、十二支リンネ。俺にはやましい気持ちなどないっ」
 客観的に見てやましい気持ちがないなんてとてもそうは見えない状況だけど、そんなこと気にしてられない俺はリンネに小声で囁く。リンネは何が起こったか分からないといった様な顔で、目をぱちくりさせながら必死でふがふが言っている。
「お兄ちゃん? なんか今、変な音しなかった?」
 妹、まだ扉の前にいんのかい!
「ああ! ちょっと着替えていたら大事なとこがチャックに挟まってしまっただけだ! 気にするな! というか、もう下にいけって!」
「なんか怪しいな〜。ちょっと開けてよ」
 まずい。部屋の外には妹。そして俺の体の下にはもごもご言ってる全裸のリンネ。
「いやっ、ちょ……駄目だってッ。だって股間のものが露わになってるしッ」
 露わになっているのは十二支リンネの方だけど。というか生まれたままの姿だけど。
 身動きのとれない俺は裸のリンネに覆い被さってジタバタもがく。下のリンネも同じようにジタバタ動く。ほとんど抱き合っているような形だった。
「んっ、むうっ」
 俺の下で身をよじらせるリンネ。その度にものすごく柔らかい感触を感じる。
「……ん、ふぅっ……ん」
 なんだか喘ぎ声にも似た声。見ればリンネの頬は少し紅潮している。
 ……ちょっとこれはさすがに言い逃れのできない状況だなぁ。なんて考えていたら事態は最凶最悪の方向に。
「別にお兄ちゃんの股間くらいどうでもいいし……じゃあ無理矢理開けちゃお〜」
 ちくしょー! 俺の股間はどうでもいいのかよッ! って、そうじゃなく! 
 ガチャガチャドンドン扉が悲鳴を上げているッ。猶予は――あと数秒ッッ!
「いいか、リンネッ。お前の気持ちも分かるが、これも物語の存続のためだ。今は何があってもとにかく黙っててくれ、頼むッ!」
 俺は早口でリンネに伝えると、返事も聞かずにリンネの体をベッドから床に落として――そのままベッドの下に無理矢理押し込んだ。
「ふにゃっ!?」
 ドスンと落ちた拍子にリンネは、情けない悲鳴をかすかに上げた。
 そして押し込む際に、リンネの発達途中の胸や小ぶりなお尻に俺の手が接触したけれど、そんなこと気にしてられない。
 俺はすぐにベッドから離れて平静を装う。
 それと同時に、べきん――と鈍い音がして扉が開いた。
「……ん? あれ、お兄ちゃんパジャマのままじゃん」
 俺はぎこちなく振り向いた。そこには妹の為巳(なりみ)がいた。相変わらずの馬鹿力。
「あ、ああ……あまりに股間が痛いので、むしろ一回寝巻きに着替え直した。安心しろ、すぐに行く。それより貴様、なに扉の鍵を壊してくれているんだ。というか何度壊せば気が済むのだ、貴様は」
 動揺を顔に表さずに自然な態度に徹する。どんな状況でも鮮やかに対応するのが支倉燎池さ。
「むぅ〜……細かいことは気にしなくていいじゃん。どうせ直してもまたすぐ壊れるんだし、どっちにしても同じ事だよ」
「同じじゃねぇよ。いいからお前はさっさと出て行け。これでは着替えられん」
 もはや俺に一分の隙もなし。
「む、むぅ……分かったよ。相変わらずお兄ちゃんはギャーギャーうるさいな〜……こんなことじゃますます近所の人から不審者扱いされちゃうよ」
「えっ!? 俺、近所からそんな目で見られてたんだ!? 晒し者だったんだ!」
「あっ……お兄ちゃん。まだ気づいてなかった……あ、ううん。なんでもないよ。ごめんね」
 とかなんか恐ろしい事実を垣間見せながら、為巳はようやく俺の部屋を出て階段を降りていった。俺の評判についてはもの凄く気になるところではあったが――すぐに俺は部屋の扉を閉めて、リンネの様子を確認する。
「ふ、ふふふふふ……」
 ベッドと床のわずかの隙間から顔を覗かせて全裸の少女は不気味に笑っていた。怖いよ。赤い目が光ってるよ。殺意をびんびん感じるよ。
「よくも私を傷物にしてくれましたわね? 覚悟は……できているんでしょうねぇ?」
 あ、あれ? やっぱりこういう展開になるんだっ!? リンネはちょっと変わった子だから、てっきり笑って済ましてくれるのかな〜とばかり思ってたんだけど。
「いや、待て。色々と誤解しているようだと思うが、これには深い事情があるのだっ」
 俺だって命は惜しい。こんな事で死ぬなんてレディ・バグとしてのプライドがさすがに許さない。そうだリンネよ、お前なら分かってくれるだろう?
「……分かりました。とにかく私をここから出して下さい。このままじゃ身動き一つとれませんから」
 ベッドに挟まったリンネの顔は、少し泣きそうな表情をしていた。身動きがとれないのだ。
「わ、わかった。でも約束してくれ。ここから出てきても……俺を怒らない?」
 柄にもなく、俺は無垢な笑みをリンネに向けた。リンネは少し間を置いて答えた。
「はい。怒りませんっ。だってあなたは私のマスターですものっ」
 俺なんかのものより、とびっきりの格段素敵な笑顔だった。うん……これは清純なるものの顔だ。全てを許す聖母のような慈愛に満ちた微笑み。俺も思わず女という生き物を見直してやってもいいような気がした。それはまさに……信用に値する笑顔だった。
「ああ……分かった。それじゃあ引っ張るぞ。そ〜れっ」
 何を疑う必要があろうか。俺は晴れやかな気分ですぐにリンネの救出にあたる。
 そして裸の少女をベッドから救出した俺は――そのまま勢いの乗った少女の回し蹴りをモロに喰らわせられた。
「お……怒らないって、言った、のに……」
 爽やかな表情のまま意識が遠のく。
 少しでも女を信用してしまった自分のふがいなさを嘆く。その代償が腹の致命傷だよ。
 一方リンネは裸のまま、倒れる俺を見下ろすように堂々と立ちつくして、これまた堂々と言った。
「怒っていませんよぉ。だけどほら、この場合こうするのがお約束でしょう?」
 怒っていないと言うリンネの目元は引きつっている。どう見ても怒ってるじゃん。
「お約束って……そ、そんな事で俺は……」
 そして俺は少しの間気を失った――と思ったらリンネに頬を叩かれて無理矢理目覚めさせられた。酷いッ、意識を失うことも俺には許されないのか。
「ほらほら、燎池。寝ていたら学校に遅れますよ〜」
 そして往復びんた。コイツやっぱり怒ってるだろ、絶対。
 リンネに頬を叩かれ意識を覚醒させられた俺は、ぱんぱんに腫れた頬のまま朝食を食べて、学校に向かった。


「それで干支子よ。さっそく朝からヘビーな一悶着が繰り広げられたが……確かにお前の言うとおりだな。物語というものに早速巻き込まれてしまった」
 俺は隣を歩く、ブカブカのパジャマ姿のリンネに語りかけた。リンネが着用していた白のドレスっぽいワンピースの他に手軽な衣服もなかったので、急遽俺のパジャマを着させたのだ。
「干支子じゃなくてリンネ。あと、物語って……そんなイベントいつ起こったですって?」
 リンネは肩を半分はだけさせて、俺の顔を覗き込む。むむう。大胆な女だ。しかもこいつ……パジャマの下には何も着ていないんだぜ?
 いやいや、それよりなんだって……物語はまだ起こっていないだとっ?
「リンネよ。では貴様は今朝の騒動、あれはイベントに勘定されないというのか?」
 こっちは人生を諦めかけたという程のクライシスだったというのに。まだ腹に受けた傷が痛むぞ。
「ふっふ〜……燎池、あなたは勘違いしていま〜す。今朝のあれは……言うならばサブイベントなのですよ! ただのおまけ。あんなのに本筋も何もあったものじゃねーですよ。物語というものはですね、いわば大波なのです。小さな感情の積み重ねから波は大きくなり、色々な波が交差し、激突して、より大きな波となり物語は生まれるものなのです〜」
 やたらと大げさにジェスチャーを交えて語るリンネ。
「成程、大きな波ね……俺の身にあれ以上のダメージを受けることがなければいいのだがな」
「大丈夫ですってぇ。そんなに大きく日常が変わったりしませんよ。私はあくまでただの観測者であって、燎池の生活になるべく関与しないように努めているんですからぁ」
 リンネは腕が完全に隠れたパジャマの袖を振ってにこにこ笑う。いや、嘘じゃん。関与しまくってるじゃん。ついさっき俺の人生を終わらせかけたじゃん。
「にしても今朝の燎池の感情値はこれまでの中でトップクラスでした。私達のファーストコンタクトくらい高かったです。あれはどういう事なのでしょう? その2つに何か関係が?」
 リンネは俺の気持ちも知らずに首を傾げて問いかける。
「共通点はないだろう。朝の場合は単にピンチな状況だったからだろ。もう色々な意味でピンチだったよ。そして昨夜公園で会ったときは……まぁ特に意味はないな」
 失恋とかレディ・バグの俺が言えるわけがない。
「ふ〜ん。そういえば感情ってどういう時に大きく発生するのですか? やっぱり恐怖ですか?」
「それもあるが……世間一般的に言えば恋愛感情が最も大きいといわれているな。由々しき事態だが俺も否定できん」
 思えば俺は恋や愛に振り回されてきた。できればそんなもの……捨て去りたい。
「そうなんですか……やはり恋愛感情というものがキーワード……ですか」
 リンネは興味深そうに黙り込んで、何やら考えているみたいだ。
「それよりリンネよ。ともかく俺はこれから学校に行くのだが、お前はどうするつもりだ? まさかお前も学校へついて来るなんて観測者あるまじき野暮な事は言わんだろうな?」
 それこそよくあるラブコメ的展開だ。勿論俺はそんな展開断固拒否するが。
「ふふふふ。それもいい考えですけど遠慮しておきます。少なくとも今はまだ、ね。あなたが学校とやらから帰ってくる頃を見計らって私もまた家に帰って来ます。それまでこの世界をじっくり観光する事にします。調査します。あ、これは遊びじゃないですよ、立派な仕事ですよ」
 顔をにやつかせながらやけに楽しそうに言うリンネ。……まぁいいんだが。
「ふん。やはりまだ俺のところに居座るつもりなんだな……。まぁよい。一般ピープルと違い、俺はなかなか融通の利く人間なんだ。己の幸運に感謝するんだなぁ〜」
 俺はにやりと笑ってキリッとリンネを見つめる。そこにリンネは居なかった。せつね! 見渡してみると少し離れたところにその後ろ姿があった。自由奔放な奴だな。
「おい! はしゃぐのはいいが、あまり変な真似はするなよ! ただでさえ貴様は目立つのだからな!」
 リンネの後ろ姿に叫ぶ。リンネは振り向いて、
「分かってま〜すっ。いざとなればステルス機能もありますしぃ!」
 そうか。なら安心だ。
「って、えぇ! ステルス化するの!? もはや生き物か何なのか分からなくなりつつある!」
 カメレオンだな。いや……地球の生物では不可能だわ。
「それと、燎池ぃ。忠告を受けるのはむしろあなたの方ですよぉ。あなたの物語はもう始まっているのですから、そこのところくれぐれも頭に入れておいて下さい。あなたの人生は既にあなただけのものではなくなったのです。ねっ」
 妖艶に目を細めて、妖しい声で、リンネは意味深に呟いた。ねっ、てなんだよ。
 再びリンネが背中を向けて走り出すまで、なんとなく俺はその場から動けなかった。


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