女はすべて俺の敵!

第1章 物語の始動とレディ・バグの開始

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 家に着いて部屋に入ると、俺の目にまず入ったのは、十二支リンネがだらしなく寝転がってTVゲームをしている姿だった。
「って、何くつろいでるんだよ! 俺以外の誰かが部屋に入ってきたらどうするんだよ! っていうかどうやって俺の部屋に侵入したんだよ!」
 とっさに部屋に鍵をかけて俺はリンネを追求するが、リンネはTVから目を離さないまま、窓の方を指さして言った。
「あそこからです。いや〜TVゲームって面白いですね〜。あ、おかえりなさいです燎池」
「不法侵入じゃん! 誰かに見つかったらやばいよ!」
 あと、ついでみたいにおかえりなさいを言うなよ。
「大丈夫です。いざとなったらステルス機能がありますからぁ」
「窓から入る時がいざという時だよ! っていうか、本当にあるのかよステルス機能!」
 使えるものなら使ってみろと言いたいが、マジでステルス化したらそれはそれで怖いので決して口にはしない。
「う〜ん。ですが、この街に来た時点でほとんどの機能が壊れてしまって、ステルス機能も今は失っちゃってますね。てへっ」
「じゃあ駄目じゃん! ステルス機能がステルス機能として機能しないじゃん!」
 っていうか機能てなんだよ。お前はロボかよ。どこぞの猫型ロボットかよ。
「だって〜……他に部屋に入る方法がありませんでしたし、燎池に会えなくて寂しかったんですよぉ?」
 うるうると目を輝かせて子犬のような表情で俺を見るリンネ。だけどそんなの口から出任せだろう。そんな感情持っているのかすら怪しい。
「誰のせいだよ……。まあいい。とにかくあまり目立った行動は慎めと言っただろう? 別に窓から部屋に入るのは構わんが十分気を付けろよ」
 呆れながら俺は鞄や携帯電話を机の上に置いた。すると何を思ったのか横からリンネが俺の携帯をかっさらっていった。
「なに人の携帯とってるのだ」
「ほほぉ〜。これが携帯電話ですねぇ。ちょっと触らせて下さいよぉ、燎池ぃ」
 何を言い出すのだこの女。携帯電話が珍しいからって、勝手に電話やメールを送られたら大変だぞ……。だけど、渡さないと五月蠅くなるのも目に見えている。
「……まぁいいだろう。その代わり大人しくしておけよ」
 少しの間だけならいいだろう。どうせ傍には俺がいるんだからな。
「わぁ〜い」
 リンネはさっそくTVゲームから俺の携帯に興味を移した。俺は携帯をいじっているリンネを放っておいて、パソコンの電源を入れる。もちろん聖なる領域『男革命・レディバグ団』に立ち寄るためだ。
 しかし俺がレディバグ団に入ると、そこはいつもと様子が違っていた。
『ふはははは。こんにちわで〜すッ』
 俺の心のオアシスで今日もテンションをアゲアゲでいこうと挨拶したのだけど、
『ああ、ライチ君……こんにちわ』
 いたのは団長の常道一本さんだけだった。最近人が少なくなってきてると感じてはいたが……。
『団長、他の人どうしちゃったんです? なんで最近……』
 そこまでタイピングして思い当たった――昨日のやりとりを。
『そう。落とされたのだ……ただの噂だと思っていたが、みんなやられてしまったようだ……そう、男狩りに』
 俺の気持ちを察したのか、団長が答えた。……男狩り、か。
 今朝、学校で夜見史が言っていた男性殺しが脳裏に浮かぶ。噂は本当だったのか……そして学校内とネット上……。『男性殺し』は一人ではないというのか。まさか俺達みたいに集団化された組織だというのか……? そして俺達のような、よく訓練されたプロフェッショナルの集団なのだとしたら……。
『そんな……。で、でもほらノンケくんがいますよっ。一昨日3人で誓ったじゃないですか。共に女達と戦おうって!』
 俺は虚勢を張るように必死でキーボードを打鍵する。だけど、この後返ってきた団長の答えは残酷なものだった。
『そのノンケくんだが……実はライチ君が来るちょっと前まで俺はノンケくんと話していたのだ。彼は……ノンケくんは――男狩りに堕とされた』
『えっ!?』
 そ、そんな……ノンケくんがダークサイドにっ!?
『だって、あんなに誓い合ったのに……世の女性と戦おうって決めたのに……』
『仕方あるまい。奴も男なんだ……。女に心奪われた者はここを去らねばならぬという鉄の掟がある。ノンケくんはその掟を破ってしまったんだ。だけど、それは彼ににとってむしろ幸せな事なのかもしれないのだ。だから……彼を温かい目で見送ってやろうじゃないか。それがここを去る者に対する、我々残された者のやるべき事なのだ』
『団長……』
 さすがに団長は言う事が違う。何を隠そう、俺は常道一本さんをリスペクトしている節がある。俺が彼から与えられた影響は大きく、俺を形成する核は団長によって構成されたと言っていい。それ言い過ぎだな。
『こんな俺達だからこそ……仲間の幸せをまず第一に想うべきではないのかね』
『そうですね。こうなればもう……ノンケくんがここに戻ってこない事を祈った方が彼の為なんでしょうね』
 それは寂しいことだけど、それがノンケくんの幸せならば、彼のこれからの未来を祝ってやろうじゃないか。幸せを削りながら戦う俺達だからこそ……。
『だけど、団長……俺はいつまでもこのレディバグ団のエースであり続けますよ。この組織は俺が守ります』
『ふふっ、それは頼もしいな。ライチ君。ああ、2人になっても我々は戦い続けよう。そうだ……レディバグ団は永久に不滅だ』
 それでも、なんだか心なしか団長は元気がないように思えた。俺達はもしかして……いずれ淘汰され滅びゆく運命なのだろうか。
『……それでは、ライチ君。今日はこれで。君も……くれぐれも気を付けるんだぞ。男殺しは強大な敵だ。俺達は女性と戦うという宿命を背負った修羅の道を行く者。だが……ここを去るのもまた一つの道だ。どの道を歩むのかは、最後は自分の気持ちを信じるしかないのだ。どの道にも正解はないし、間違いだってないのだ』
 団長はそう残してログアウトした。
『……』
 そして、このままここに残っていてもどうせ他に誰も来ないので、俺もログアウトしようとした――のだけど。

 ――《マン・イーター》さんが入室しました――

「えっ?」
 な、なにっ!? マン・イーターだと!? 俺はわが目を疑った。マン・イーター。つまり人食い。または男食い。つまりそれは男狩り。それはつまり――男性殺し。
 頭がぐらぐらする。視界が回る。な、なぜこんなところに男性殺しが。ここは敵地のまっただ中だ。ここは俺達の神聖なオアシスなんだ。悪質ないたずらか、それとも……。
 マン・イーターは入室してから何も語ろうとしない。今ここには奴を除いて俺しかいない。この聖域は俺が守らなければならないッ。
『あ、あの……初めまして。あなた……ここに来るのは初めてですよね……あの、ここはどういう場所だか知っているんですか』
 俺は意を決してマン・イーターに語りかけた。奴の返答が返ってくるまでの間、俺は生きた心地がしなかった。そしてしばしの沈黙の後、
『ふふふ……あなたが男革命・レディバグ団のエース、ライチさんですね〜。いや〜、一度会ってみたかったんですよ〜♪』
 な、なんだこいつ……。俺の事を知っているのか。こいつの目的は……俺、なのか?
『あ、ああ……俺がライチだ。あなたはここに何をしにきたのだ? そのハンドルネームはここでは何を意味するのか分かってるのか?』
 思い切って尋ねた。奴の正体を。目的を。そう、これは悪戯だと言って欲しかった。間違いだと言って欲しかった。冗談だと言って欲しかった。だけどこの後返ってきた答えは、俺を地獄にたたき落とすようなものだった。
『きゃ……きゃは、きゃは、きゃははははははははははははははははははははっ! ほんっと、バッカみた〜い。あんたたち青春棒に振ってなにやってんのよ〜っ。暗い暗い暗〜いッ。とってもとってもとお〜〜〜〜ってもっ、かわいそぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!』
 視界が滲む。目眩がする。真っ白になる。こいつは――本物だ。今、俺達の間で噂される都市伝説。男性殺し、男狩り、マン・イーター。こいつが夜見史の言っていた……こいつが団長の言っていた……。
『だからぁ〜、そんな青春真っ暗なチェリーボーイの君達に朗報ぉ〜。現代に生きる女神、男性の救世主、このマン・イーターが世の寂しい男の子の心の隙間を埋めてあげよ〜と言うわけですぅ〜』
 何を言っているのだ、こいつは何なんだ……狂っている。
『そ、そんなのは貴様のエゴだ。独善だ。お前がやっていることは偽物の愛なんだ。純粋な男達にみじめな幻想を抱かせているのはよせ!』
『あっれ、あっれ、あっれ〜? おかしな事を言いますね〜ライチくぅ〜ん。だってぇ、あんた達リアルじゃ女の子から見向きもされないじゃな〜い? それを私は好意で彼らの空虚な心を満たしてあげてるのよ〜。例えそれが偽りのデートでも、お話でも、彼らはそれによって生きる希望に満ちあふれるのよお〜?』
『それが独善だと言ってるのだ! 貴様がやっている事は相手の気持ちを利用して、そこにつけ込んでるだけの卑怯以外のなにものでもない! 俺は知っているんだぞ、貴様は男から高価な食事や品物を奢ってもらっているという事実をっ。貴様がやっている事はただの略奪だッ!』
 俺の奥義。詭弁・虚勢・浸食だッ! 俺が築き上げたこの完全なる男性弁護理論……果たして崩せるかなっ、マン・イーターッッ!!!!
『……きゃは、きゃはは、きゃははははははははぁーーー! さっすがレディバグ団のエース、ライチくぅ〜ん。なかなか口が達者じゃな〜いッ! だけど、これ以上は水掛け論になるだけだし私、不毛なやりとりは嫌いだから端的に言わせてもらうわね〜』
 くっ、なかなかやるじゃないか、さすがマン・イーター。華麗にスルーしおる。そしてこの女の目的。……そんなのはもう分かっているッ。
『レディバグ団は私が滅ぼす。そして……世の中の男を一人残らず全て救う』
『き、貴様……言うに事欠いて救うだなんて』
 あくまでもこの女がやることは男を救うこと。だけど……そんなものは違う。それは違う。俺はこいつを放置しておくわけにはいかない。レディ・バグとして倒さなければならない!
『お、おい貴様――』

 ――《マン・イーター》さんが退室しました――

『なっ――逃げた……だと』
 俺はまた一人取り残された。これは宣戦布告だった。俺とマン・イーターとの戦いの。
「くそっ!」
 俺はレディバグ団掲示板から退室した。
 そしてしばらくパソコンの画面をぼんやりと眺めていると、後ろからリンネが声を掛けてきた。
「ふぅん……燎池、なかなか面白い事してるじゃないですかぁ」
 いつから俺のパソコン画面を覗き込んでいたのだろうか、振り向けば、リンネがくつくつ微笑みながら興味津々な表情を浮かべていた。いつの間にか俺の携帯電話にも飽きたようだ。
「これがレディ・バグという俺の本当の姿だ。男の戦いに無闇に首を突っ込むな」
 パソコンの電源を落として、俺はベッドの上に倒れ込んだ。なんだかどっと疲れてしまった。
「私はたくさんの感情を集められればそれでいいんですけど……でも、その展開はちょっと困りましたねぇ」
 見上げたリンネは妖艶な微笑をたたえる。その顔はあまりに現実離れした美しさと、あまりにも幻想的な佇まいだった。
「困る? 何が困るんだ?」
「私は今日、町をいろいろ見て回ったんです。で、人の感情を大きく左右するものはやはり恋愛なるものだと知りました。だから私は燎池にもそれを求めていたんですが……」
「残念だな。恋愛なんて俺からは一番遠い感情だ」
「無縁、ですか。ふふ……果たしてそうでしょうかね」
 何故かリンネがわけ知り顔で微笑んだ。何を企んでいるのだ。
「貴様の思惑には乗らんぞ。俺は決して恋愛などしないからな。それより携帯もゲームももう飽きたのか?」
 なんとなくリンネの顔をまともに見るのが躊躇われた俺は視線を中空に向ける。
「ええ。ゲームは燎池が帰ってくるまでの単なる暇つぶしで、携帯は燎池がパソコンやってる間の暇つぶしです。燎池に構って貰えること事が私の一番の楽しみですよぉ♪」
 穏やかな声が上から聞こえてくる。そして足音が近づいてくる。
「ふん。さっきは俺の方を見向きもせずに携帯に熱中していたくせによく言う」
 悪態を吐いて目を閉じた。疲れたからこのまま仮眠でもとろうか。
「おい、干支子。俺はしばらく眠るから――って、うおっ!?」
 ぼすん、とベッドに軽い衝撃。俺の体にそれが伝わった。
 目を開けて隣を見れば、そこにはリンネが俺と添い寝をする形で寝転んでいた。人形のように端正な顔がすぐ近くにある。
「――って、貴様は一体なにをやっとるんだッ! 冗談はよせぇ!」
 俺は体をガバリと起こす。心臓がばくばくしているのが分かる。やばい、顔が赤くなってないだろうか。
「ふふふ。燎池ってばシャイで可愛いです。それに冗談のつもりではありませんよ。これは特訓です」
 ベッドの上でリンネが上目遣いで笑いかける。
「と、特訓?」
「そうです、特訓です。あなたが恋愛を否定するのならこの程度の事では動じないはずでしょう? あなたの耐性を試しているんですよぉ……って、あれれ? 言ってるそばから感情値がぐんぐん上昇してますよ? どうしたんです、燎池? 心に乱れがありますよぉ?」
 リンネは見た目にそぐわない艶めかしい声と動作で俺を挑発する。間近に迫る顔。
 くっ、そういうことか。俺が恋愛を遠ざけるならば、強引にもラブコメを作って俺の恋愛感情を抽出しようというつもりなのだな! 俺が貴様なんぞにときめくものか!
「い、いいか、干支子よっ。男と女は決して相容れない存在なのだ。それを色々理由をこじつけて共存していこうと言ってるのが恋愛システムなのだ。だからお前もその点を忘れるなよ? 安易に俺に近づくと危ない目を見るのは……お前だぜ?」
 俺はなんとか平静を保ってキザな台詞を返した。秘技・女落とし。
「へえー、わぁ、かっこいいですー」
 俺のカッコイイエネルギーをまともに喰らったリンネは、けれどなんか凄いテンション低く、棒読みで言ってるような気もしたが、あまりの感動に感情を一時喪失したのだろう。
「とにかく、まぁ男女というのはいろいろ複雑なのだよ」
 俺は自然な動作でリンネから顔を背けた。うん。なんとかクールダウン成功。
「……はぁ〜。けれどこの世界に存在する性別という概念はなんとまあ、脆弱なシステムなのでしょうかね。その分離がそもそもの愛の起因。人間の原動力になるとはいえやはり恋愛とは面倒臭いものですね。こんなものがあるから現在の燎池が陥ってるような問題が発生してしまうのですよ……」
 リンネはわざとらしく息を大きく吐いた。
「ああ、そうだな。そもそも性別というものがあるから人は……って、ないのッ!? リンネの世界では性別のシステムないんだ!? 今まででベスト3に入るくらいのビックリだ!」
というかリンネはどう見ても女性に見えるのだけど……。まさか俺、からかわれているのだろうか。
「まぁ。相変わらず鋭いツッコミです。さすが燎池っ」
 ベッドに寝転びながらパチパチと手を叩くリンネ。やっぱりからかわれているのだな。
「それはともかくとしてですね……だから私は〜、世の女性と戦うとおっしゃる燎池の手助けとなりたくて、ほらっ」
 と言うと、リンネはベッドに座る俺の腕を強引に引っ張って、無理矢理ベッドに倒した。
「なっ、なにをするだーっ」
 俺はベッドに組み倒されてパニック状態。
 さらに考える間もなく、俺の体の上にリンネが飛び乗ってきた。
「こうやって、燎池は今の内に女性に慣れておくんですよ〜。ほら、ほらっ」
 リンネはぎゅっぎゅっと俺の体に抱きついてくる。ちょ、ちょっと。これはやばいって。
「おいっ、リンネ。やめろって! つーか、お前やっぱ女なんじゃん! いま自分で認めたんじゃん! 設定破綻させるの早ぇよ! そしてついさっき忠告したばっかりだろ! 俺に近づくと危ない目を見るのはお前だ……わぷっ」
 こんな状況でもツッコミできる俺。さすがクールで知的を自称する俺は一味違った。なんてナルシズムに浸ってる場合じゃねえ。
 こいつに余計な知識を与えたのは誰だ! リンネは俺を鍛える為だとか言ってるけど絶対違う! 俺を愛に目覚めさせようとしているぅぅぅぅ!
「うっ……うわわっ。離せぇええ」
 ジタバタ暴れる俺を、リンネはその小柄な体全体を使って押さえつける。
 だけど、小柄な体だと思ってはいたが、未発達ながらもなかなか胸は意外とあって、それが俺の顔辺りにぐいぐい惜しみなく引っ付いてむみょむみょする。リンネのパジャマ越しの肌の感触が嫌でも伝わってくる。やわらけぇ。
「ふが、ふがっ」
 レディ・バグとしての立場上非常に言いにくいのだが、俺の本能的な部分ではこの状況はとてもラッキーなものと解釈しているのも事実。だけど呼吸しづらくて苦しいのもまた事実。
「ちょ……干支子よ……どうしてお前はそこまでしなければいけないんだ!」
 そうだ。冷静に考えれば、リンネはこんな事をするような奴だったか? こいつだって意外と人並みに恥じらいは感じるのだし、裸を見られたら怒るような奴じゃないか。
 俺の頭の上の方からリンネの声が聞こえてきた。
「だぁかぁらぁ、干支子じゃないですよぉ〜。これはいわばサービスシーンですぅ。ラブコメには萌えが必要なんですよ〜。今日、街をブラブラ観光していて、その時本屋なる場所に行って様々な物語に目を通しました。その時に得た知識です。燎池、あなたがラブコメを否定するなら私はラブコメであなたに挑みます。あなたにはどうしても恋愛が必要なのです」
 よく見れば、リンネの頬は少し赤く染まっていた。本当は……やりたくないんじゃないのか。なんでこんなこと。感情を収集するのが仕事――だからなのだろうか。
「な、なんだそれ……滅茶苦茶だ。あとそれ何の本なんだよ……むぎゅう」
 発達途中の胸を顔に押しつけられて、俺の言葉は遮られた。
「薄い本ですぅ」
 責任をとれ、薄い本よ。
 それにしても、裸を見られたときはあんなに怒っていたのに今はノーカンなのか。基準が分からん。それともリンネよ、貴様にはそこまでして守りたい信念があるのか。だが、信念なら俺にもある。貴様なんかに絶対に萌えてやるものか! 最強奥義・無我の境地(禁欲生活)!
 というより――これはもはやサービスシーンじゃなくて、ただの子供の戯れみたいに見えるのだが。まぁ……今回はただのスキンシップということにしておいてやろう。
 その後しばらくキャッキャウフフともみくちゃにされた後、俺はようやく解放されて、夕飯を食べて風呂に入って寝た。
 勿論、リンネにも夕飯を食べさせてやらないといけないので、俺の分を残して与えたし、風呂も家族が寝静まったのを見計らって入らせた。
 ちなみに風呂上がりのリンネはいつもに増して色っぽくなっていて、俺は思わず目を逸らせたりもしたのだが……リンネは特に気にする様子もなく、寝床である押し入れに入る前に「そうそう、忘れてました」と俺にびしっと言った。
「あなたは自分に迫り来る女性を振って振って振りまくるつもりですよね。つまりあなたは煩悩を振り払い恋も愛も捨て、孤高に女性と戦い続けるのですね。恋も愛も知らず一人ずっと……それがあなたの物語の形ですか……。感情を集める私としてはそれでは困るわけですが……ま、それもまた一興かもしれません。禁欲ゆえに抑えられた分、別の大きな感情が手に入るかもしれませんから……まぁしばらくは様子を見ましょう。あくまで私は観測者ですから」
 そう言ってリンネは自分の寝床の押し入れに入っていった。その時、リンネが俺の横を通る際にシャンプーのいい香りがした。俺は今日学校の帰りに出会った名も知らぬ八百屋の少女をなんとなく思い出した。
 ……ああ。そんな事は分かっているさ。始めからそのつもりだよ……あの時から俺の道は決まっていたのだ。


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