女はすべて俺の敵!

第2章 レディ・バグ 対 男性殺し(マン・イーター)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 いつものように学校に行って授業を受け、やがて昼休みになり、俺が碑文夜見史と購買で買ったパンを食べている時だった。
「やっほ〜うっ」
 と、此先美来が大きな胸を揺らしながら俺達の元にやって来て、すぐさま内緒話をするかのように小声で言った。
「例の男性殺しの正体が分かったの……いい? 放課後部室に集合よ。さっそく作戦会議だからっ」
 眼鏡をくいっと持ち上げながらふふふふと笑う美来。
 う〜ん、人ごとだと思ってこの女は……。対する俺は全然乗り気ではなかった。
 そして放課後。俺は夜見史と共に文化活動部の扉をくぐった。
「ふっふっふ、お二人とも仲良く揃ってよくぞ来た」
 文化活動部には既に美来がいた。腕を組んで俺達に対峙するように立ちはだかっている。
「なんだよ、美来……そんなえらくもったいぶっちゃってさぁ」
 夜見史は呆れ顔でやれやれとため息を吐いた。
 そうだ。此先美来……こいつは中二病患者ッ。しかもこの俺を感染させるくらいの毒性。ならば……同じ邪気眼の使い手として乗ってやるというのが俺達の宿命だ。なあ、師匠。
「ふむ。性の異端者、此先美来よ。貴様、先程巷を騒がせているという『男性殺し』の正体を突き止めたと言っていたが……さあ、詳しい事情を教えてもらおうか?」
 俺も暗黒の夜風を身に纏う。レディ・バグモード、闇夜の衣(ダークムーン)ッッ。
「あはぁ……笑わせるわね、我が弟子ぃ〜。言うに事欠いてこのアタシが性を超越した存在だなどと。ならば貴方はさしづめ、性による破滅者ってところね?」
 俺と美来の間に見えない闘争空間が生じ、その場は一気に緊張状態に包まれた。
 ちなみに夜見史は俺と美来のやりとりを白けきった目で見つめている。
「馬鹿じゃん。お前ら」
 く、くぅう……ふ、ふん。夜見史ぃ〜、貴様はまだまだ俺達の『世界』には早いようだな。ま、まぁ夜見史の言葉に俺は若干傷ついていたのも事実だが……。
 しかし、さすがの美来はそんな言葉を気にする様子もなく続ける。さすが俺の師匠。俺をも凌ぐ超中二病の此先美来。
「ふっふっふ。その前に一つ断らせてもらうわっ。今回のレディ・バグと男性殺しのバトルについてなんだけど……アタシは燎池の味方に立つつもりはないってことをっ」
 意外な言葉を口にした美来。三つ編みにしたおさげが揺れる。無駄にでかい胸も揺れる。
「む。それはつまり……貴様、奴に寝返ったというのか? 同じ女という立場として」
 数々の男を堕としてきた『男性殺し』のことだ。口は達者なはず。美来もいいように言いくるめられたのか?
「ふっふ〜ん。甘いな燎池クン〜、アタシをそこまでみくびってもらっちゃ〜困る。アタシが言いたいのはアンタの味方ではないということ。だからと言って『男性殺し』側に付くこともしない……アタシは今回、中立の立場をとらせてもらうッッ」
 そ……そうか、なかなか考えたな。今回の件、美来にとっては始めから単なる記事のネタにしか過ぎないのだ。記事を書く立場としてどちらか一方に肩入れするのは彼女のポリシーに反するのだろう。あくまで面白い記事が書けるように話を盛り上げるだけ盛り上げて、自分は傍観者の立場に位置する……ふっ、その姿、まるでどこかの居候の宇宙人だなっ。
「分かった、いいだろう。もとよりこの俺に助けなどいらない! さあ、では言って貰おうか、『男性殺し』の正体をッ!」
 俺はまるでマントをたなびかせるように、両手を広げて格好いいポーズを取った。やばい。今、俺は最高に輝いているぞ……。
 そしてそのポーズのまま微動だにしない俺を伺いながら、美来は眼鏡を片手でくいっと押さえつけながら、体もくいっとひねらせて、胸もででんと強調されて、まるでどっかの委員長っぽい感じのポーズになって言った。
「その男性殺しの名前は――丑耳遙架(うしみみはるか)。隣のクラス、1年2組に在籍している。部活動には入っていない。ちなみに今日は日直の当番でまだ校内にいると思われる!」
 眼鏡の奥にある瞳は見せず、美来は口元をにやりと歪めながら答えた。
 まさにレディ・バグ対超中二病の戦いといった図式。
 ふふ、やるな美来よ。常に俺の一歩先にたちふさがると言うか。あと後ろの方から「お前ら何やってんだよ」という夜見史の声が聞こえた気がしたが、そこは気にしないでおこう。
「ほう……では行こうか、面白いものを見せてやるぞ……狩られる者が狩る姿をな! そして喰らう者が惨めに喰われていく姿をッ!」
「ついに見られるのね……本気になったレディ・バグの力を!」
「ああ。見せてやろう……だが、俺の殺気に生きていられるならの話だがな?」
 もう異論の余地はない。俺達文化活動部の3人は1年2組の教室へと向かうことにした。
 そして――まんまと乗せられたっ!
 これで俺はもう引き返せないじゃないか。その場の勢いとはいえ、こんなことになるなんて……。俺は元々やる気なんてなかったのに、どうしてこうなった!? くっ、美来め。さすがに俺の扱いを心がけてると言ったところか。敵わないぜっ。
「でも冷静に考えたら僕達がやってる事ってぜんぜん文化活動部っぽくねーじゃん」
 部室を出る間際、夜見史が的確なツッコミを入れた。
「否、文化活動部ではないぞ。レディバグ団日本支部『エデンの園』だ」
 さらに俺は、夜見史に対してより的確なツッコミを入れた。やれやれ、いいかげん自分達がレディバグ団の下僕だという自覚を持ってもらいたいものだ。
「だから勝手に部活動を改名するなっての! なんだその無駄にカッコイイ名称はっ!?」
 美来がぽかりと俺の頭を殴った。気持ちいい音が廊下に響いた。その辺の事になると真面目なんだね。

 そんなやり取りをしながら歩いてしばらくすると、俺達3人は1年2組の教室に辿り着いた。
 そして美来はなんの躊躇もなく教室の扉をガラガラリと開く。
「3人しかいない……」
 開かれた教室の中にはほとんど誰もいなかった。見えたのは教室の隅の方、一つの机に3人の女子生徒達が集まってお話している姿のみ。
「美来……も、もしかしてこの可愛らしいお嬢さん達の中にいるのか? ちょっとこの機会に彼女達とお知り合いになろうかな」
 夜見史が卑猥な視線を女子生徒から逸らさぬまま美来に話しかけた。女子生徒達は突然の来訪者に戸惑いを見せている。特に夜見史に対して。とある情報筋によると夜見史の女に対する視線は、もはや犯罪レベルであるらしいのだ。
「どうやら丑耳さんはいないみたいだけど……あ、あのう。アタシ達文化活動部の者なんですけど、ちょっと尋ねていいですか?」
 美来は夜見史を軽くあしらって不思議そうな顔を向ける女子達に声をかけた。文化部がこんなところに何の用なんだよと思っているに違いない。
「丑耳遙架さんってもう帰っちゃいました?」
 美来が屈託のない笑顔できさくに尋ねた。美来は昔から猪突猛進で積極性のある人間なのだ。その行動力にいつも脱帽するよ。部長の鏡だ。
「あ……う、丑耳さん? あぁ……彼女ならもう帰ったと思いますよ。ついさっきまで日直の仕事してたんですけど……」
 少女の一人が言った。
 むう、一歩遅かったか。でも正直ほっとしている俺がいる。
「そ、そうですかぁ……」
 美来は不服そうに肩を落とす。
「なぁ〜んだ、もう帰っちゃったのかよ。なんだか拍子抜けだよな〜。んじゃま、今日は諦めますかぁ。ねえねえ君達〜、よかったら僕と一緒に帰らな〜い?」
 夜見史が2組の女子生徒達をナンパする。相変わらず下心満載というか……。そういう意味では俺と対極に位置する男ではあるな。よく今まで親友でいてこれたよ。
「ま、そうね。帰っちゃったんなら仕方ない。今日のところは解散しますか」
 美来は慣れたもので、すかさず夜見史の耳を思いっきり引っ張って少女達から遠ざける。
「い、痛い痛いっ! 千切れるぅっ! そこをなんとか美来さん! ねえ君達っ! せ、せめて……僕と付き合うのが無理なら……せめて体だけの関係でいいからぁぁあああああ」
 ……最悪だ、こいつ。ひょっとして俺以上に夜見史こそが女の敵ではないのだろうか? こいつはきっと未来永劫モテないのだろうな。まあ……夜見史は俺と対極だからこそ、そういう意味では同類であるとも言えるな。
「アンタ、よっぽど死にたいらしいわね? いいわ、後で思いっきりアンタの体を使って楽しませて貰おうかしら? で、用がなくなれば生け贄として使うわ。くっくっく〜」
 美来はそう言って、夜見史の耳を引っ張りながら教室の外へ向かって行った。夜見史の表情は凍り付いて固まっている。怖ぇ。
 すると、2組の女子達の中の一人が、羅刹と化した美来を引きとめた。
「あ、あのぉ〜、あなた達丑耳さんに用事があるんですか?」
 恐る恐るといったような声だった。ま、無理もないが。
「え、ええ……まぁそうだけど……?」
 美来は夜見史の耳を引っ張りながら、どういう事か分からないといった表情をしている。夜見史は既にぐったりしていた。そして少女達は。
「だったら忠告します……あまり丑耳さんと関わらない方がいいですよ」と忠告した。
「なっ? なんでだっ……?」
 突然の宣言に思わず俺は口を挟んだ。なんだか嫌な予感がした。
 少女達は入れ替わり立ち替わり話を続ける。
「あなた達3人がどういう関係かは分かりませんが、あの人……丑耳さんに関わっちゃえば、きっと今までの関係ではいられなくなると思います……」
 俺達の方を覗き込むように言った。それは……『男性殺し』だからか?
「は……ははっ。何か勘違いしているようだが、俺達はあなた達が思っているような関係ではない。ただの幼なじみだよ」
 恋愛関係とは皆無な俺達が、丑耳遙架とやらによって乱される事なんてあるまい。だが少女達は尚も真剣な眼差しを向けたまま語る。
「いいえ、違うんです。丑耳さんは恋愛関係とかそういったものをも凌駕する魅力があるんです。とにかく男の人があの人と関われば、否応なく人間関係が滅茶苦茶になってしまうんです……丑耳さんにはまるで、人間の愛とかそういう感情を全部壊したいみたいな……そんな感じがするんです」
 その女は人間関係を破綻に導く人ならざる者。感情を憎む混沌そのものだと言うのかッ?
「な……そんな大げさな〜。あははは」
 夜見史が引きつった笑顔で場を和ませようとするが、乾いた笑いは虚しく教室内にこだまするだけだ。少女達はさらに続ける。
「実は私達も今、その事について話してたんです……私達も丑耳さんによって少なからず被害を受けているんです……いえ、このクラスの全員が彼女の被害者なんです。このクラスはもう、彼女によって支配されてると言ってもいい……」
 被害者? 支配? このクラス全員が?
「そ、それはどういう……」
 俺は目眩を感じながらも、なんとかその真意を問いただそうとした――その時だった。
 ガラリ、と俺達6人がいる2組の教室の扉が開かれた。
「あら、ごきげんよう」
 甘ったるい舌足らずな声がして、そこには一人の少女の姿あった。
「あ、あ……な……」
 一つの机に集まった3人の少女の顔つきが一斉に変わる。その顔は怯えているように見えた。
俺は再び、突然この場に現れた少女を見る。
 色素の薄い髪と、小柄な体格。その体に合った幼い顔つき。そしてまるで牛のように、とても大きな胸――。
「す……すげー可愛い……」
 と、夜見史が息を漏らす声が微かに聞こえた。そして――。
「な、なんでもないよ……う……丑耳さん」
 3人の少女は震える声で、登場人物にそう言った。
 現れたのは――昨日俺が学校の帰り、商店街で出会ったエプロンの少女。俺の命の恩人。
 ふと、シャンプーの心地よい香りが俺の鼻腔をくすぐったような気がした。
 これが俺の対戦相手――1年2組の男子生徒を牛耳る――男性殺しの丑耳遙架だった。


inserted by FC2 system