女はすべて俺の敵!

第1章 物語の始動とレディ・バグの開始

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 満月の輝く夜。俺は今の状況にただ打ち震えている事しかできなかった。
 目の前にいるのは13、14歳くらいの絶世の白髪美少女。小柄だが、気品を感じさせる佇まいである。
「なん……だと、貴様……は?」
 やっとの思いで俺は言葉を発した。喉がカラカラになっている。
「私の名前は十二支リンネです。よろしくお願いしまぁ〜す」
 ペコリと少女は頭を下げた。小さな体がちょこちょこ動く様が可愛いな……などと、俺としたことが不覚にも思ってしまった。
「ってか、いや、それは分かってるんだけど……一体なんなんだ……その、お前は……」
 俺は再び少女に問いかける。この少女はいったい何者なのだ。
「だから十二支リンネですよ。何度も言わせんな」
 少女は不機嫌そうに舌打ちして言った。
「もう名前はいいよっ! 俺が聞きたいのはそういうことじゃなくって!」
 まさかの繰り返しギャグ。しかも軽く逆切れされてしまったし。なんだか張り詰めていた糸が一気に切れたように俺は脱力してしまった。
「じゃあ何なんですかぁ? はっきりしない男の子ですねぇ」
 少女はきょとんと首を傾げてぱちくり瞬きする。ずっきゅ〜ん。
 や、やばいッ! いま、不覚にもその仕草に俺の心が少し揺らいだっ。萌え萌えだった! もう恋なんてしないなんて、ついさっき誓ったばっかりなのにッ。
「いや、その……なんだ。お前はここで何をしていたのだと」
 少女の、まるで黄昏のように赤い瞳に見つめられた俺はすかさず目を逸らして、しどろもどろになりながら何とか答えた。
「え〜っとぉ……」
 謎の少女――十二支リンネと言ったか、干支を彷彿させる巫山戯た名前だ――は言葉を詰まらせて視線を泳がせている。怪しい。何かを隠そうと企んでいる顔だ。
「その、探し物、を?」
 なぜか疑問系で、視線を中空に泳がす少女。
「探し物? 全然そんな風には見えなかったんだけど……」
 というか俺には踊ってる風に見えたのだが。
「じゃあ待ち人を待っていました」
「じゃあって何だよッ! 絶対嘘じゃん!」
 いい加減すぎるだろうが。
「ほっ、本当ですよぉ! 私のこの目は嘘を言ってる目じゃないでしょっ?」
 十二支リンネは頬を膨らませながら抗議の眼差しを向けた。俺はその赤い瞳を覗き込む。吸い込まれそうになった。……しかし俺も怯んでばかりはいられない。目の前にいるのが女である以上、『レディ・バグ』の一戦士として俺は立ち向かわねばならないのだ。
「ならばぁ、貴様は誰を待っていたというのだぁ〜? はぁ〜ん?」
 自信満々の高圧的な態度で十二支リンネを見据えて脅すように問いただす。必殺・少女泣かせ(クライ・ガール・クライ)。
 けれど、十二支リンネは特に表情を変えないままあっさりと答えた。
「それは――あなたを待っていたんです」
 少女――十二支リンネは、何の躊躇いもなく、まるでそれが真実であるように、言った。
「え……」
 その屹然とした態度に俺の方が戸惑ってしまっていた。しかし十二支リンネは尚も続ける。
「あなたが私のマスターですからっ」
 にゃぱぁ〜、と満面の笑みを浮かべながら電波さんはわけの分からない事を言った。
「ま……マスター?」
 駄目だ……先程からもしやと思っていた事だが、この女、ヤバイ人だ。私のマスターとかキリッと真顔で言うような人間にまともな奴はいないって夜見史も言っていた(まあ、その時は俺に対して言ってたんだけどね)。
「さぁ、マスター。いつまでもこんなところで立ち話というのもなんですっ。とりあえず場所を変えて話しましょう」
 十二支リンネは馴れ馴れしく俺の服の裾を掴んで引っ張る。そしてなんか俺の呼び方マスターになってるし。
「場所……ってどこに……」
 こんな時間にどこに行こうと言うのだ十二支リンネよ。
「どこって……あなたの家に決まってるじゃないですかっ!」
 今更なに言ってるんですか、正気ですか? みたいな顔で俺を見るリンネ。
「なんでだよっ! なにこのお約束みたいな展開! そしてなんでキレ気味!?」
 なんとなくそうなるんじゃないかと思ってたけどさあ! だ……だけど俺は駄目だぜ! なにせ俺はレディ・バグなのだから! 見ず知らずの女なんか家に入れてたまるか!
「だ……だってぇ……私には帰る場所がないのです。それに……これはあなたにとっては願ってもない幸運なんですよぉ?」
 十二支リンネがうつむき加減になって寂しそうに言う。ころころとよく表情の変わる顔だ。いや、演技だろ。女キラーの俺にそんな技通用せん。
「というか幸運……? 何を言っているのだ? 俺に色仕掛けは通用せんぞ。何しろ俺は、全ての女を敵にまわした孤高の戦士レディ・バグなのだからな! ふははははは!」
 だからお前は俺にとってむしろ死神の類なのだ。
「は、はぁ……キモ……」
 俺の気迫にたじろいだのか、十二支リンネは一瞬言葉を失った。キモ……とか聞こえた気がしたが、そんなの俺の幻聴に決まっておる。
 それにしても彼女はなんというか……もはや変わり者という領域を余裕でK点越えしちゃってるので何を言い出すか予想できない。やれやれ、変人はこれだから困る。
 少女は冷静さを取り戻したのか、俺を変な目で見つめながら語りはじめた。
「い、いやいやそういう事じゃなくてですねぇ〜……実は私、この世界の人間ではありませんのですよー。でね〜、私と契約するという事はすなわち、既存の世界の法則から解放されることになるんですよぉ。非日常なエブリデイの主人公ですよ〜!」
 K点どころか大気圏突き抜けちゃったーっ!
 俺も大概な方だとは思っていたが――こ、この人は正真正銘の中二病な人だぁああ! 俺でも全然ついていけないぞぉぉ! も、もしや美来を超えた存在かもしれぬ……。
「私には人の感情という概念を収集する目的があります。あなたからは多くの感情が得られそうだと私は考えたのであります。ですますおすし」
 中二病こえー! 感情のない存在が目の前にいるよ! 話し方もロボっぽくなってるよ! なに、原動力である感情を集めないと死んじゃうとか言い出すの?
「もし感情を得ることができなければ私はこの世界に存在する事ができなくなりますです」
 ほんとに言い出しちゃったーっ!
「くっ……な、なるほどッ」
 だけど、このまま引いてしまったら負けたような気がするし、なんとなく癪だ。中二病の扱いは美来で慣れているし、そしてなにより俺は全ての女を超えし者、レディ・バグの支倉燎池なんだぞッ! ならばいいだろうッ! ここは敢えて奴と同じフィールドで戦って、その上で徹底的な敗北というものを己が身に刻みつけてやろうではないか。十二支リンネよ、貴様の最大の誤算はこの俺に勝負を挑んだことそのもの。俺は人間の感情などとうに捨てたわ! 俺は無慈悲な夜の王なのだよ! どぅわーはっはっはっ!
「そうか。多くの感情を感じる……か。愛という感情を捨てたこの俺に感情とはな。ふ……ならば面白いッ。その話、乗ってやろうじゃないかッ!」
 秘技・雷鳴共鳴ッッッ。さあ、十二支リンネ。どうするつもりなのだ? まさか俺がお前の話を素直に聞くとは思わなかっただろう!? ご都合主義なまでにこの異常な順応性にびびっただろう!? やれるものならやってみろ〜おッ!
「では参りましょう。案内をお願いします」
 そう言うと十二支リンネはスタスタ歩いて行った。
 すんなりいっちゃったよ〜! 表情一つ変えずに笑顔のまま言っちゃったよ! くっそおおおお。十二支リンネ、ただものではないっ。
「あ、ああ……いいだろう。ついてこい」
 ええい、ままよっ。引けば俺の敗北だ。まさか見ず知らずの人間の家までついてくるとは予想だにしなかったが、この女何を考えているのだ……。一見物腰柔らかく、丁寧そうな印象のありそうな少女だが……十二支リンネ。なかなか一筋縄にはいかない女だ。ならば仕方あるまい。それとなく話を聞き出そう。こうなれば男と女の対決だ。俺は貴様の電波力を上回ったレディ・バグ力を見せてやる!
「ところで……十二支リンネといったな。つまりは……干支子だな」
 俺は公園を出て、街灯の光がぽつぽつ灯る人気のない郊外の住宅地を歩きながら、隣を歩く――俺の頭1個分以上背の低い――女の子に話を切り出す。
「いや、干支子ってなんのニックネームですかっ! つまりじゃないし、凄くかっこ悪いですし! 別にもう私の事は普通にリンネと呼んで下さって構いませんよ、マスター」
 十二支リンネは俺の顔を見上げて言った。白色の長髪がふわりと揺れた。ちゃんとツッコミもできるんだな。安心した。
「いや、でも俺もマスターなんて呼び方されても困るんだけど……」
「じゃあご主人様」
「もっと駄目だよッ! なんかすごく犯罪的な感じがするし!」
 見た目中学生くらいな感じの外国人少女からご主人様は絵的にまずいだろう。
「レディ・バグ様」
「そ……それは面と向かって言われるとなんか……恥ずかしい」
「意外と面倒臭い人なんですね」
 自分で名乗るからいいもので、普段の生活で他人から呼ばれるとなんかこそばゆい……羞恥心を捨てられないとは俺もまだまだだな。
「って、じゃなくて……俺の名前は支倉燎池だっ」
「ではクソ倉燎池」
「そうそう……って、うっそ!? まさかここで呼び捨て!? ていうかクソって何!?」
 てっきり支倉様か燎池様だと思ったのに。完全にマスターに対する態度じゃないよ! なんか怖いよっ! そしてその呼び方、意外としっくりしてるのが余計に腹立つ!
「ほんと、あなたって人は心が狭く我が侭な男ですね。燎池」
 なんかもう色々言われ放題で俺の精神がどんどん蝕まれていってるのだが、レディ・バグとして弱音は吐かないぞ。
「まだ呼び捨てなんだけど……こほん。まぁ、よかろう。クソよりはマシだろう。では……ここはお互いファーストネームで呼び合うことにしようではないか。干支子よ」
「だから干支子じゃないです。十二支リンネです。全然違います。干支子ってなんなんですかっ」
 十二支リンネはむっと頬をふくらませてる。ふふん、やられたらやり返す。相手のペースに乗せられるのは御免だ。だが、今のところ相手の方が上手なのは認めざるを得ない。
「それで……ファーストネーム、ですか……。ごめんなさい、燎池。私、この世界の人間ではないからファーストネームとかラストネームとかよく意味が分からないんですが」
「この世界の人間じゃないってお前、まさか本気でそんな事を言ってるのか……そうか……ていうかさ……いやっ、知ってるじゃん!! ラストネームとかニックネームとか言っちゃてるじゃん! 俺からは自発的にそんな単語言ってないよ!?」
 さっそく設定にボロが出ちゃってるぞ。おい。
「あらら〜、うっかり言っちゃいましたぁ。こりゃ失敬。まぁでも細かいことは置いときましょう、燎池。それよりも私この街に来るのは初めてだから世界がとても新鮮に見えるわぁ」
「強引すぎだろ、その誤魔化しかた」
 不自然に話題を避けながらも異世界人設定をなおも引っ張り続け、リンネはくるくると夜の街を闊歩する。俺はお前が信じられないよ。
 そして今度は何を言い出すつもりなのか、リンネはじっと地面を見つめて口を開いた。
「あぁ〜……この足元にあるのが噂に聞く地面なんですね〜」
「って、そこから!? そんな身近なとこからっ!? こんな調子で一個一個挙げてたらきりないよ!? っていうか地面を知らない世界から来たんだっ!?」
 じゃあどんな足場で生活しているのだろう。っていうかどうやって歩くのだ。
「そもそも地面というのは自分の足で歩くものだったのですね〜」
「あ、歩かないのっ!? なに、どういうことっ? 全部動く歩道なのッ!?」
 なんとビックリ。そもそも歩くことを知らないとは想像の範囲を超えていました。
「そうかぁ、まだこの世界の人達は歩くという概念を持ち合わせているのですねぇ」
「っていうか、あんたさっきから何をいってんのっ? 訳わかんねえ!」
 というか歩く概念を持っていないお前が、現に普通に歩いているのはどういうわけだよ!
「それにしても綺麗ですねぇ」
 言ってる傍からまたも話が飛ぶ。大胆な奴だ。今度はどんな手を使って俺を翻弄するつもりだ。だが俺は一筋縄ではいかんぞ。
「ふふん……どうしたというのだ、リンネよ」
 俺はリンネのテンションについていくのに精一杯だったが、逆に面白いので当初の目的を忘れてリンネが何を言うのか楽しみにしてたり。ていうか当初の目的なんだったっけ。
「ほら、燎池。見て下さい、月ですよ。あれは……満月ですねっ」
 つぶらな瞳を爛々とさせてリンネは空に浮かぶ月を指さす。そうか、月くらいは知っているのか。まあ、そこまでぶっ飛んでもらってはさすがの俺も困るしな。
「ああ、そうだ。綺麗な月だな」
「ええ、この時代はまだ実物の月なんですよね。映像ではない、偽物ではない、本物の自然……うん、空気がすごくおいしいっ」
「バーチャルかよ! そしていつの間にか未来から来たみたいな設定になってるよ!? あんた異世界人じゃなかったの!? キャラぶれすぎだぞ!?」
 ていうか感情もありまくりじゃん。俺より多感性に溢れてるじゃん。
 ますます信憑性がなくなってきた。それでもリンネはすっとぼけた顔で笑顔を浮かべている。
「さっきからいちいち五月蠅いですねぇ、燎池は……。私の星ではそんな小さな齟齬に揚げ足とるような事はしませんよ」
「星!? 今度は宇宙人!? しかもまたもや逆ギレ! 不都合な時は逆切れで回避なの!?」
 くっ……もういい、いちいちツッコんでたらきりがない。俺はもうツッコまんからな……と思っていると、後ろから眩しいライトを浴びせられ、1台の車が俺達を追い越していった。危ない危ない。リンネのせいで注意力が散漫になっていた。リンネの方をチラリと見ると、目と口をぱっちり開けて心底驚いたという顔で車が過ぎ去った方向を見ていた。
「ぬ、ぬわんですかぁ〜っ!? あ、あれは……。道に鉄の塊が走っているじゃないですか……。こ、これが車という概念ですかっ! たぁ〜まげただぁ!」
 とっても興奮してらっしゃるリンネさん。すごい食いつきと言葉遣い。ふ、ふん。もう俺は動じん。そのくらいのリアクションはもう想定済みなのだよ、リンネ。
「ですが……そう考えてみると外は危ないですね。街にあんなのが縦横無尽に走っていて、ぶつかったら大変です〜。この世界では車をすり抜けることができませんからね〜」
 って、すり抜けられるんかーいっ! ……と、危ない危ない。うっかりツッコんでしまうところであった。俺の意思はその程度では揺るがんのだ。喉まで出かかったけれど。
「それに車を運転している人間の意識も、受信することができないときたもんだ。こりゃ不便きわまりませんわ。てやんでぃ」
 意識の共有化!? 考えていること読まれちゃうの!? あとなんでちょっと江戸っ子風!? ああ〜ツッコみてぇ〜!
 俺がむずむずしているとリンネはまたピョコピョコと駆け回る。そして、
「あっ! 見て下さい、燎池。闇に溶け込む奇怪な生き物が! あれはなんです? 凶悪な外来モンスターですかっ?」
 突然、リンネは顔を輝かせる。こうしてみると可愛い子供にしか見えない。
 リンネが興奮気味に指さす方向に目を向けてみると「にゃあ」と、一匹の黒猫がいた。
「ああ、あれは猫だよ。お前の世界には猫はいないのか?」
 俺は努めて冷静に対応する。こいつの空気に飲まれてはいけない。常に冷静沈着で頭脳明晰。それがレディ・バグの支倉燎池だ。そしてこんな可愛い猫が凶悪な外来モンスターに見えるお前の心がモンスターだと思う。
「はっ、初めて見ました〜、というか人間以外の動物を見るなんてワンダホーですっ。天然の生き物は初めてです! 是非記念に残しておきたいです! 食べたいです!」
 リンネは慈しむような瞳を猫に向けている。というか野生の生き物を見るのが初めてなのか? そういう設定なのか? まあ、想定の範囲内だが。ではあんな野良猫でもリンネにとっては珍しい存在なのだろう。設定上は。
「ならば写真はとらなくていいのか? だが食うのは禁止だぞ」
 とんでも話を信用するならば、リンネの世界はずいぶん文明の発達したところらしい。映像なりなんなり記録するツールを持っていないのだろうか。
 しかし、リンネは俺の話を聞いていないのか、赤い瞳を猫に向けたまま動かない。なにやらパチッ、パチッとせわしなく瞬きをしている。
「おい、聞いているのか。リンネ」
 俺はリンネの肩に手をおいた。するとリンネは黙ったままゆっくり俺の方を振り返る。
「……はいっ、ばっちりです。もう撮り終わりました。ここに」
 と言って、自分の頭を指でとんとん突っつくリンネ。
「って、脳内ハードディスクっ!? そして目で見て撮影!? まばたきシャッター!? その発想はなかった! まさかのツールいらずっ! 生物の常識を遙かに超越しちゃったよ!」
 お見それしました。俺の完全敗北。とうとうツッコんでしまったし。
「ってゆーか……なんだか疲れた」
 もういいや……黙って歩き続けよう。あー月が綺麗だなー、てな具合になるべくリンネの事は意識の外へ追いだそう。そうして俺達はしばらく距離をとって歩いていたのだが。
「……うふふっ」
 俺の後ろからリンネの微かな笑い声が聞こえた。
「ん? 今度はなんだ? また興味の引かれる何かを見つけたか……?」
 俺はうなだれたままリンネを見た。そして少し驚いた。リンネのその顔はなんだかとっても安らかな顔だった。まるで何かを懐かしんでるような。なんだろう……その顔は。俺はなぜかその顔を知っているような気がして。
「いいえ、何でもありません。ただ……」
「ただ……?」
「なんだか嬉しくって」
 きょとんとする俺に対して満面の笑みを浮かべるリンネ。
「はあ? 何が?」
 本当に意味が分からない。やっぱり感情豊かじゃないか。
 どっと疲れてしまった俺。そんなこんなをしている内にようやく自宅に到着した。
「って、何をしているのだ?」
 さっさと中に入ればいいものを、俺の自宅の一軒家の前でキョロキョロしているリンネ。またなにやらネタを探しているのか?
「燎池燎池っ。まだ人は『家』という概念を持っているのですね。人と人とに垣根を作り、お互いを切り離し、自分を隔離する。成程、この世界の文明はまだまだ遅れているようですねぇ」
「なんだそれ! お前の世界では家ないのかよ! 暮らしが全然想像できない! っていうかさっき俺の家に案内しろって言ったのお前じゃん! 家の概念持ってるじゃん!」
 揚げ足を取ることに関しては天下一品の俺。それが支倉燎池のクオリティー。しかしリンネは俺のツッコミをものともせずにさらに続けた。
「ふふ……その調子だとまだあなた達は『国』という概念に囚われているようですね。はぁ、嘆かわしい。人はどうして境界という概念で己を縛りたがるものなのかっ! 喝だこりゃ!」
 全然聞いちゃいないし、なんか変なスイッチ入っちゃったし! そのキャラはなんなんだ!
「はあ……もういいよ、とにかく中に入れ。多分いま家には誰もいないと思うけど、お前が立ち入っていいのは俺の部屋だけだ。入ったら大人しくしてろよ」
「分かってますよ。勘違いされてるみたいですけど、あなたは私のマスターなんですよぉ。私はそんな迷惑をかけるような、そんな野暮な存在ではありませんよぉ。やだなぁ、燎池は……あははははーっ」
 全然信用できない言葉だったけど、既に滅茶苦茶迷惑かけまくられてるんだけど……とりあえずリンネを家に通した。
 だけど……後で気付いた事だが、俺はリンネと語っている時は不思議と……緊張もせず、余計な感情を持たずに接することができた。それに俺が女子を部屋に入れるなんていつ以来だ。 そうだよ。よく考えたら……こいつも俺が憎む女であることに変わらないのに。



「それじゃあ……さっそく本題に入ろうじゃないか」
 案の定、誰もいなかった家の中。俺はすぐさま自室にリンネを連れ込んで床に座らせて事情を説明させる事にした。
 くっくっく、すぐにこいつの化けの皮を剥がして、自分が所詮はちっぽけな人間にすぎないという事実をたっぷりと味わわせてやるぞ。
「ええ……そうですね。では燎池。レディ・バグとはいったいなんなんですか? このままだと私、気になって夜も眠れそうにありませんっ」
 食いつくように俺の方にグイと身を乗り出すリンネ。
「ふははっ。いいだろう、特別に教えてやろう! レディ・バグは女と戦う俺の別称。俺は恋などしないし、愛など知らない。世に溢れた恋愛という間違った風潮を質すため、混沌と乱れた社会で俺は女と戦い続ける。そんな俺に付けられた二つ名だっ……――ってえ、違うだろおおおおおおおおおお!!!! 説明すんのお前の方だよおおおおっ!!!!」
 確かにこれも重大な話題なのだが、いま関係ないじゃん! あと俺のフリも長すぎだし!
「……うわぁ。意味わかんないです」
 そしてめっさ引かれてるし! 何故だ、こんなにも素晴らしいスピーチをっ!?
「ご、ごほん……冗談はここまでだ。では聞こうではないか干支子よ。貴様は俺にいったい何をさせようというのだ?」
 俺はショックをさりげなく隠しつつリンネに話題を振る。流れるような手際に乾杯。
「十二支リンネですってば……まったく嫌ですねぇ。人間という生き物はそうやってすぐに答えを欲しがる。分からない事は分からない事として、ありのままを受け入れればいいんですよ。分からない方が楽しめる事もあります。無知の方が人生を楽しめるんです。感動が大きいのです。分かろうとするから人はますます分からなくなっていくのですよ、ねぇ」
 リンネはウインクして微笑んだ。吸い込まれそうな赤い瞳を覗き込んでいると……成程、確かにそれも一理あると思えてきた……いや、ねーよッ!
「つーか、誤魔化すなっ! そんな事で俺は騙されんぞ! さっさと白状しろ!」
 危ない危ない。うっかりリンネにそそのかされるところだった。この作り物のような顔には人を惑わす神秘的な力があるぞ。
「むう、騙せないのですか。う〜ん、どう説明したものですか……」
 困りましたねぇ、とリンネは言う。つか本当に俺のこと騙そうとしていたのかよ。怖え、やっぱ女怖え。ていうか女じゃないし。
 それでリンネは困ったと言う口調とは裏腹に、至って平静で綺麗な顔をまっすぐ俺に向けたまま、身じろぎひとつしていなかった。なので俺は思わず緊張する。そしてリンネは、透きとおるような赤い瞳でしばらく俺を見つめてからゆっくり口を開いた。
「……私が人間ではないという事は先程言いました。私がここに来たのは人間の感情を集めるため。人間を人間たらしめる最も重要な要素で、これ程までに世界を発展させ、そして物語を生み出していくその原動力。そんな素晴らしき感情はとても貴重なものです。先程公園であなたと出会った時、人一倍その感情を検出する事ができました。だから私はあなたを感情採集の対象に選んだわけですよ」
 う〜ん。これまたなんとも……。どこにツッコミを入れたものか分からん。
「だが俺に人一倍強い感情があっただなんて……」
 とりあえず真面目に考えてみる。夜の公園でリンネと会った時、俺は……そう。勝手にクラスメイトに恋をして勝手に失恋して泣いていた。恋という感情……なのか? 一応。それをリンネは受け取って勘違いしたのだろうか。
「フフ……これは光栄な事ですよ! 世界中のどんな人間も、のどから手が出る程に欲する立場をあなたは手に入れられるのですよ。非現実ですっ、漫画やアニメの世界です! 感情というものからドラマが生まれ物語が紡がれるのです。そしてその物語の作用として更に大きくなった感情がフィードバックされ、より大きな物語が生み出される。それは感情のスパイラル! さぁ、その多感な感情で壮大な物語を描き私を満足させて下さい! うひゃひゃひゃ」
 と、誇らしげに腰を逸らして変な笑い声をあげるリンネ。
 う、うわぁ……思っていたより重傷だな。やはりこの人はそっち系の人間なのか? 電波さんなのか? だがしかし! 俺も中二病に精通する人間。なんとなく言いたい事は分かるし、渡り合うことだってできるぞ。つまりはそれがお前の世界なのだろうッ!
「ふははッ。十二支リンネよ。残念だったな。これで俺が為す術もなくただ驚くばかりの反応を示すと思ったら大間違いだぞっ。俺はただの人間ではない……レディ・バグなのだ! 貴様が言いたいことはつまり、貴様は俺を監査し、そして俺は感情を大きく作用させるような生活を送ればいいという事だろうっ?」
 これっぽちも信じられない内容で、信じる気持ちもない話だが……そんなもの俺に期待されても全く添えられないと思う。
「あらあらまあまあ。まさかここまで私の話についていけるなんて……さすが私のマスター。やはりあなたが選ばれたのはきっと偶然ではなく、必然だったのでしょう。あなたの言うレディ・バグという概念にもとても興味が惹かれます。そうです、その通りです。これからあなたは物語の主人公として愛憎渦巻く感情の渦に巻き込まれていく事でしょう。よりドラマティックに、よりエンタテインメンティックにっ! にゃははは〜っ」
 リンネは更に電波具合を加速させていく。両手を広げ瞳孔を広げ高らかに宣言している。
「……それで、レディ・バグのこの俺が物語の主人公になったとして、果たして俺はどんな物語に巻き込まれるというのだ? そんなイベント発生するのか? お前が求めるような感情なんて果たして生み出せるものか」
 嫌々ながらも俺は引きつった顔で一応尋ねることにした。
 リンネは作り物のような顔を俺から逸らすことなく、淀みなく語る。
「その為に私がいるんですよぉ。私の存在が物語のきっかけとしては十分なのです。非現実の私というスパイスがあるだけでいいんです。それは何故だと思います?」
 リンネは言葉を切ってにやにやしている。焦らして俺の様子を窺っているみたいだ。こんな荒唐無稽な話、ついていくのにいっぱいいっぱいだし、特にノーリアクション。
 いつまで経っても俺の反応がないからリンネはこほんと咳をして続きを話し始めた。
「それは単に物語が求められているからなのですよ。だってそうでしょう? この世界に溢れるありとあらゆる物語が証明しています。人は物語を求めているのですよ。映画に漫画にゲームにアニメ。ありとあらゆるエンターテインメントが人の欲望の形。感情の形。感情は人であり、ドラマであり、物語である。そして非日常は物語の格好の材料です。つまり私という非日常があるだけで物語は自動的に発生する。あなたは現実において、虚構であるはずの物語を紡いでいくのです〜」
 歌うように、スムーズに説明するリンネ。なんなんだ、これは。この世界がゲームや漫画と言いたいのかとも思えるような発言だが、そういう意味ではないらしい。
「つまりはぁ〜、まるで役を演じるように俺の人生が作り物めいた非日常の連続になるってことなのかぁ?」
 半信半疑に俺は答える。こいつの頭の中がどうなっているのか理解不能だ。
「作り物っていうのは語弊がありますけれど……簡単に言えばそんなところですかねぇ。刺激的で楽しい日々が送れます。誰もが憧れるような事でしょう?」
 こいつの妄想なんだろうけど確かにそれは楽しそうだ。俺が漫画の主人公みたいな毎日を送れるなんて。でも少し待て。漫画と一口に言ってもそれこそ無限にあるじゃないか。そりゃ剣と魔法のファンタジーならいいが、鬱展開まっしぐらの血みどろスプラッター物語の主人公にならないとも限らない。そんな物語はお断りだぞ。
 それに、剣と魔法のファンタジーにしたって……よく考えてみろ。確かに剣と魔法……誰もが一度は憧れる世界だ。しかし、実際にそんな世界に行ってみろ。始めの内は刺激的でハッピーだろうが、それがずっと続くとなると話は別だろ。
 そうだ。物語というのは客観的に気軽に触れる事ができるのがいいのだ。非日常も日常になってしまえば退屈なのだ。それがたとえどんな世界であれでだ。
 ぬははははっ! こいつの話は穴だらけじゃないか! 俺の観察眼に脱帽しろ!
「わぁ、なんだか分からないけど今の燎池からたくさんの感情値が出ていますっ。さすが燎池ですっ。留まることを知らない感情エナジーですっ!」
 俺が一人で考えていたら、リンネは自分の腕に視線を落としてなんか驚いていた。よく見たら、リンネが視線を落とす腕には腕時計のようなものが装着されている。もしやそれで人間の感情を測定しているというのか? 便利なものだな。どういう原理なのか全然分からんけど。
 まあいい……つまり物語を気軽に行き来する事ができるのなら、俺はその提案を喜んで受け入れてもいいという事だ。所詮はどんな人生にも退屈してしまうのだ。そして今の自分の人生がどんなに恵まれたものであっても、一度は別の人生を送りたいと人は考えるのだ。
 まだどんな物語になるか分からないような非日常をずっと送り続けなければいけなくなるのは正直ごめんだ。新しい人生が今よりも嫌な日常になる可能性だって大いにあるのだ。だから俺は、その問題点をリンネに聞いてみた。
「大丈夫ですって。非日常と言ってもそんなに変わることはないですよぉ。毎日イベントが盛りだくさん発生する程度、日々の生活にちょっとしたスパイスが加わる程度ですよ。それでも嫌ならいつでも私との契約を破棄して貰っても構いませ〜ん」
 腕時計から視線を上げてリンネは言う。ふん、それはそれは都合のいい妄想だな。
「そうか……ならいいんだが。だが干支子よ、これは一体なんなんだ? ビジネスなのか、お前の趣味なのか。感情を集めて何がしたいんだ?」
 リンネは人間の感情が素晴らしいと言った。それを収集したいと言った。その先にいったい……なにが。俺は目の前に座る不気味なまでに綺麗な少女を見つめる。よく見ればドレスの胸元から少し膨らみが伺える。意外と胸は大きいのかな。
「だから私の名前は――って、ちょっとどこ見てるんですか、燎池。この国の男という概念はエロティックな存在だと聞きましたが……今のあなたからはそんな悪意を感じます。死ねっ」
 そう言って、リンネは恥ずかしそうに胸元を手で隠した。どうやら恥じらいの概念は持っているようだ。あと、たまにきつい言葉出すよなぁ。頻度低いから言われた時余計傷つくよ。
「そっ、それは貴様の自意識過剰だ! だ、誰がお前なんかの胸をっ……! お、俺は天下にその名を馳せるレディ・バグなのだぞ! くぅ……そ、それより聞かせて貰おうかっ。貴様の真の目的を! こんな真似をしなければならぬその訳をっ!」
 あらぬ疑いをかけられた俺は視線を泳がせ動揺する。けれどもよく見ればリンネも俺と同じく動揺しているみたいだ。
「そ、それは……え〜と……」
 今まで饒舌だったリンネが言葉を詰まらせている。説明できない事情があるのか?
「むむ〜? なんなのだぁ? それを聞かずにおいそれと契約なんてできないがなぁ」
 ここぞとばかりに俺は意地悪くリンネの回答を急かす。ふふん、勝機アリだッ。
「え、わっ。うううっ……」
 と、リンネは俺の契約できないという言葉に反応して、焦るように口を開いた。そうまでして感情というものが欲しいのか、この世の理から外れた者よ。
「わ、分かりましたっ。言います。私は……私達の目的は人間の感情を理解し、エネルギーを回収し、研究すること。そして感情の謎を解き明かし、感情という原動力によって生まれる多大な効果を得ること。つまりは感情を手に入れ、それによって自らの手で創造と多様性と刺激とエンターテインメントと進化を創り出そうというのですよ! わっはっはっはっ」
 感情なら自分ので足りてるんじゃね? て位に感情豊かに、リンネは声を大きく宣言した。
 なんだか途方もない目的だ。意味分からん。俺はこう思っていた、まだまだリンネは若いから大丈夫だろう、と。……だが中二病もここまでこじらせばもはや手遅れだろう。ご愁傷様。
「エンターテインメントねぇ。ということは……お前は感情を研究する謎の組織に属していて、命令されて俺から感情を採取しようとしているわけだな? もうちょっとその辺の事詳しく話してくれよ」
 なんだかSFみたいな話だ。だが……よく考えれば確かにこれは物語だ。俺は既に物語に巻き込まれているじゃないか。確かに俺にとってリンネの存在自体が物語だ。
「ま、まあ……そんな事はいいじゃないですか。一気に話してしまってもつまらないです。それにちょっと展開が遅いですよ。もうちょっとテンポよく進めないと飽きられちゃいますよっ」
 だから誰にだッ。そんなメタな言い方すると俺も意識しちゃいそうだろっ! もしやこいつ……言葉巧みに俺を絡め取ろうとしている某国のエージェントなのではあるまいな!? 俺のレディ・バグとしての才能に、ついに各国が動き出したッ!?
「とにかくですね、今日のところはひとまずここまでですっ。また追々話はしますから今日はゆっくり休みましょう。ほらほら、どうぞゆっくりくつろいでっ」
 そんなにこの話題は都合が悪いのか、リンネは冷や汗をかきながら強引に終わらせる。さっきから話をはぐらかせようと必死だ。口を滑らせば暗殺部隊に消されるのか? で、なんでお前がホストで俺がゲストみたいな感じで言ってんの? なに? この家乗っ取るつもり?
「お前が言うなよと言いたいが……ああ、分かったよ。不服だが仕方あるまい。こんな契約破棄してもいいのだが、幸運だったな十二支リンネよ。俺は意外と好奇心旺盛でな」
 ふふん。しかしぃ〜、レディ・バグの俺に一般ピープルの思考はないのだよ〜。非日常を常に探求する男、それが支倉燎池なのだ。そう、俺はこいつに興味がわいたっ。確かにこいつは女だが、このまま追い出すのも惜しい。しばらく様子を見るのも悪くないだろう。俺は存在からしてサスペンスな存在。常識を逸脱したリスキーな男なのさ。
「わあ! ほんとですか!? それは良かったですぅ。ふぅ……安心したらなんか疲れました。では私はそろそろ休みたいと思います。どこか部屋とか用意して貰えますかぁ?」
 やたらと忙しない奴よのう。ま、別にいいのだがな。
「ああそうか。部屋ね……う〜ん、でも余ってる部屋はないんだけどなぁ……って、部屋ぁーーーっ!? なんで部屋用意しなきゃいけないの!? 泊まるの前提っ!?」
 ずばばーんって感じに俺は吹っ飛んだ。あまりにも自然に言うから危うく騙されるとこだったよ!
「え、泊まるっていうか……ここでしばらく寝泊まりするつもりですが……?」
 しゅぽぽぽーんって感じで天井にぶつかりそうなくらいに俺は更に吹っ飛んだ。人間も少しの間なら空を飛べるのだと知った。
 リンネはというと、ずっこけた俺の顔を不思議そうに見ていた。この人なに言ってるの、みたいな顔。そして腕時計に目を落として、わっ数値が上がってる、なぜ? とか言ってる。
「なにその、逆に俺がおかしいこと言ってるみたいな顔! そんなん無理に決まってるだろ!」
 俺はラブコメやってる訳じゃねぇんだよ!
「でもぉ、さっきも言ったように私、寝泊まりする場所ないんですよね……。だって私この世界に来たばっかりで何も分からないんですぅ……」
 捨てられたチワワみたいな顔で俺を見つめるリンネ。貴様には百面相の称号をやろう。
 でも、その表情に説得力があるのも事実。全然信じてないけど、でも本当に家がないのかも……これはマジで言ってるのか? だけどどうする支倉燎池。それはさすがにまずいだろう。中学生くらいの見ず知らずの白髪外人少女を家に置くことなんて常識的に考えて駄目だろう……。
 い……いやっ、な、何を言っている。常識……だと。この俺が常識に囚われている人間だというのか!? ま、まさか……この女、俺を試しているのかっ!? だとしたら俺は……。
「……く、く、くくく……くかかかかかっ!」
「突然笑いだしてどうしたんですか燎池……とうとうおかしくなったんですか? レディ・バグ症候群レベル5ですか?」
「レディ・バグは病気じゃねぇよ!」
 とことんまで貴様は俺と戦争がしたいようだ……。ああ……いいだろう、やってやろう。やってやろうじゃないか! 十二支リンネッッ!!!! その挑戦、受けてやろうっ! もうこれ以上貴様に感情などを与えるつもりはないッ! こうなれば男と女の戦いだッ! ただ今より――レディ・バグを開始してやろうッ!!
「フンッ! 分かったよ! そこまで言うならしばらく泊めてやろうッ。レディ・バグのこの俺を見くびるなよ?」
 さぁ、どうだ十二支リンネよ。まさか俺があっさりOKするとは思わなかっただろう。俺は一筋縄ではいかない人間なのだよ。なにせ俺はレディ・バグなのだからな! ふはははは。
「やったぁ、さすが私のマスター。さっきからレディ・バグとかなんかちょっとキモイこと言ってるけれど……なんだか楽しい物語になりそうですねっ」
 やっぱりだけどスムーズに話が進んじゃった〜。そしてちょっと馬鹿にされてるぅ!
 どうしよ。冷静に考えてみたら俺が話を加速させてしまってるじゃん。自ら積極的に墓穴を掘り進んでいってる感じがするのだが……。でも普通見ず知らずの異性の部屋に泊まるか? あ、人間じゃないんだね。……く、くそう、だが後には引けない。こうなればやけだ。とことんまでやってやる。だけど……これちょっと綱渡り的なところがあるな。かなり危ない橋。好奇心は猫を殺すというやつだな。
 俺がううんと頭を抱えて唸っている隣で、リンネは俺の気も知らずに部屋にある書籍やゲーム機などを物色している。
「あ、おいリンネ。勝手に人の部屋を――」
 それに気付いてリンネに注意しようと顔を見ると、リンネも同時に俺の方を向いて、
「これからよろしくね、燎池っ」
 ありったけの笑顔を向けた。不覚にもその時、俺の鼓動が高なるのを感じた。くそー、こんなことでは先が思いやられるぞ支倉燎池。これはきっと俺に与えられた試練なのだ。
 いつしか貴様の中二病力を上回る俺のレディ・バグの力で完膚無きまでに叩きつぶすッ!
 俺は心の中で固く誓って、色々な問題からとりあえず目を逸らすことにした。


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