エルデルル冒険譚

第3章 対ボス戦

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 魔王がサキュバスによって倒された後、いつの間にか真字が戻って来ていて、俺達は事態が飲み込めないまま再び町に向かって歩き出した。
 狐につままれた気分の俺達は終始言葉のないまま歩き谷を抜けて、そこから更に数時間歩き日が暮れ始めた頃、ようやく目的の町に辿り着いた。
 しかし、町に着いた俺達を待っていたのは予想外の光景だった。
「な――どうなっているんだ。この町はっ」
 それは町というにはあまりにも退廃的で……いや、滅びそのものだった。
「滅茶苦茶に破壊されているわね」
「……ひ、ひどいですぅ」
 真字とゼリィが神妙な顔をして周囲を見回している。
 町はところどころ破壊されていた。いくつかの建物は倒壊していて、町の住人達は何かに怯えるようにびくびくしているか、あるいは覇気のない様子で茫然と立ち尽くしていた。
 何かが起こったのだ。俺は確信した。
「…あそこに人が倒れておる」
 天女ちゃんがそう呟いて指さした。
「あっ、ほんとだ」
 見れば崩れかかった建物と建物の間に男が倒れている姿が目に入った。
「あのままだと危ないわ。行きましょう」
 真字を先頭にして俺達は男の元へ向かった。
 間近で確認すると――確かにここは危険だった。両隣の建物は半壊状態で、いつ崩れてきてもおかしくない様子だった。
 真字は男に向かって優しそうな笑みを浮かべて言った。
「ねえ、この町にいったい何が起こったの? 助けて欲しかったら答えなさい。答えなければこのまま見捨てて行くわよ」
 悪魔だ! 人の皮を被った悪魔が俺の隣にいるよ!
「ううう……だ、誰だあんた達」
 苦しそうに呻く、多分この町に住むであろう若い男。瓦礫の下敷きになっていて頭から血を流していたが、どうやら命に別状はなさそうだ。
「私達は冒険者よ。今この町に着いたところなんだけど……いったい全体この惨状はなんなの? 何があったっていうの?」
 苦しむ男を気遣う風もなく真字は男を問いただす。ある意味魔王よりも悪魔だよ。
 命が惜しい男は素直に答える。
「じ、実はさっき魔王を名乗るサキュバスがこの町にやってきて町を破壊し始めたんだ……一瞬だったよ」
「なっ……なにいっ!?」
 さ、サキュバスだって!? サキュバスがこの町に来たのか!?
 すると俺以上に真字が驚愕に顔を歪め、食い入るように男に迫った。
「魔王? いま魔王って言わなかった!? それどういう事なのっ」
 この乱れようはなんだ。魔王という言葉にこれ程反応するなんて。
「し、知らない……サキュバスが言うには魔王は自分が殺した。これからは自分が世界を支配するとか言っていた」
 男は震える声で真字に説明する。
 そうか……サキュバスの狙いは魔王の座だったのか。
「それで今、奴はどこに!?」
 真字はどこかしら必死だった。
「この町のはずれに大きな屋敷がある……あいつはそこを乗っ取ってるんだ」
「そうなの……あのサキュバスが魔王に……」
 真字は深刻な顔をして考え込んだ。
「なあ、もういいか? 瓦礫に足を挟まれて動けないんだ。手を貸してくれよ」
 男は泣きそうな声を上げている。
「ああ、忘れてたわ。勇者さま手を貸して」
「よし、任せろ」
 俺達は男に乗っかっていた瓦礫をどけて立ち上がらせた。
「ありがとう、助かったよ……それよりあんた今勇者さまって言われてたよな?」
 流血する頭を押さえ息を乱しながら、男は俺に向かって尋ねた。
「そうだけど……どうして?」
 勇者といっても戦闘方面はまるっきしだ。俺は自信ない感じに答えた。
「お願いだ……この町をあのサキュバスから救ってくれ。今の魔王がその座に君臨してからは世界は平和だったんだ。きっとサキュバスは世界を再び混沌の渦に陥れる……そうなる前に止めてくれ」
 男がすがるようにして俺の手をとった。
「いや、だけど俺達じゃあ……」
 俺は一応勇者なのだが、先程サキュバスの強さをこの目で見ているんだ。うん、絶対無理。
「残念だけど――」
「分かったわ、引き受けましょう」
 俺の言葉を遮り真字があっさり引き受けた。
「なっ、ちょっ……真字っ!」
「なによ。困っている人と世界を救うのは勇者の義務じゃない。びびってるんじゃないわよ」
 困っている人を見捨てて行こうとしたのは誰だよ。
 男は意識をもうろうとさせながらも俺の目をじっと見ていた。
 見れば、ゼリィも天女ちゃんも俺をじっと見つめていた。というかいつの間にか町の人達が俺達を囲むようにして立っていて、みんな俺をじっと見ていた。
「く、くぅ……わ、分かったよ。やるよ、やればいいんだろ!」
 とうとう俺は根負けした。ここで断っていたらどんな目に遭っていたか分かったもんじゃない。どうせ死ぬなら戦ってからというやつだ。
「あ、ありがとうございます! どうかこの町を救って下さい!」
 男は深々と頭を下げて、そして俺達を取り囲んでいた住民達も笑顔で感謝していた。
 居心地の悪くなった俺は逃げるようにその場を離れた。

「ったく、安請け合いしちゃってさぁ……どうすんだよ。あんな化け物俺達に敵うなんて到底思えないんだけどな」
 俺達は破壊の手から免れた宿屋の一室にいた。町を救うという事でただで宿泊させて貰える事になったのだ。
「…あたしも同意じゃ。今の実力じゃどうやっても勝てん」
 天女ちゃんはベッドの上に座って足をブラブラさせながら俺の意見に賛同した。
 ゼリィは物憂げに窓の向こうをぼんやり見ていた。外はすっかり暗くなっていた。
「……そうね、駄目よ。このまま行ってもあのサキュバスには勝てないわ。だからそこをどうにかしないといけないのよ」
 暫くの沈黙のうち、真字が呟くように言った。おいおいなんだよそりゃ。
「じゃあどうするんだよ。そもそもなんでお前そんなにやる気なんだよ」
 これまで魔王が現れる度に隠れていたくせに何故今になってこいつは張り切っているんだ。
「決まってるじゃない。困っている町の人達を助けなきゃいけないでしょ」
「いや、絶対嘘だろ。お前はそんな人間じゃないのは俺がよく知ってる」
「うぐぅ」
 びしりと図星を言われ、真字は一瞬口元を歪めたが、
「そ、それだけじゃないわよ……魔王となったサキュバスを倒せば、きっと勇者さまだって元の世界に帰る事ができるんじゃないかしら?」
 真字はにやりと微笑んで言った。
 そうだ。ごたごたしてすっかり忘れていたけど魔王が殺されてしまった今、俺は元の世界に帰る術をなくしてしまっていたんだ。
 どうしてそんな大事な事を俺は忘れてしまっていたんだろう。
「じゃ、じゃあどうすればいいんだ……? サキュバスは魔王を殺した程の実力なんだぞ。それにサキュバスを倒したって元の世界に戻れる保証もないし……」
 だけど真字はあっけらかんとした顔のままで、小さく笑った。
「だから、こういう時こそ遊び人の出番なんじゃない」
 え? そうなのか? 遊び人が役に立つシーンがあるなんて俺は知らないんだけど。
「私にはね……とっておきの秘策があるのよ」
 真字が不敵に笑った。それは魔王に負けず劣らずの不敵さだった。なんだろう、この自信は。
「けど、やはり障害はいくつかあるのよね……」
 苦々しい顔をして真字は口を尖らせた。
「しょ、障害っていうと……?」
「町の人達が言うにはね、サキュバスはもう配下のモンスターとか悪魔を集めてきているらしいのよ。屋敷に悪魔の群れが向かっているのを住民達が目撃しているの」
 と、その真字の言葉を聞いて、今まで窓の外をぼんやり見ていたゼリィがこちらに顔を向けて叫んだ。 
「そ、そんな……わたし達にはその辺のモンスターすら危ういのに、悪魔クラスの敵なんて秒殺されちゃうよ……っ」
 ゼリィのしっぽは元気なくしなだれていた。
「う〜ん……何かいい案ないかしら」
「悪魔だったら俺の例の光でなんとかなるんじゃ?」
 悪魔系には絶大な効果を発揮することは先程の件で証明済みだ。
「駄目よ。そんな目立つ行為されちゃあサキュバスに警戒されるでしょ。それに屋敷には悪魔以外のモンスターだっているのよ」
「ぬう……そうか。確かに俺達じゃあ雑魚モンスターにすら敵わないよなぁ」
「…それに聖なる光は著しく体力を消耗する…使うのはいざという時だけじゃ」
 つまり諸刃の剣というわけか。ますますもって厳しい状況。う〜ん、と俺は唸る。ならば戦闘は避けていかなければならないよなあ。
「とりあえずみんな一つずつ何か言ってってよ。屋敷に侵入してサキュバスの元へと無事に辿り着く方法」
 真字がいきなり言い出した。ていうか、サキュバスの元まで行ければ後はなんとかなるものなのか?
「なんだよ。そんな無茶ぶり」
「いいから何か言う。はい、勇者さま」
 しかも俺からかよ。
「え、ええと。ん〜と……裏口からこっそり」
 思わず答えてしまったし。
「それができれば苦労しないっての! じゃあゼリィ」
 せっかく俺が一生懸命考えた答えを一蹴されたし。ショック。
「えっ、あっ……わたしですかっ……えと……その……あ、甘いお菓子で誘い出すとか」
 うわ……ゼリィそれは……うわぁ。
「却下! っていうかムカツク。じゃあ次、天女ちゃん」
 うん。それは俺も少し思った。さぁ、次は天女ちゃんか。
「…急病患者を装って進入」
「急病ぉ〜? 何の病気なのよ?」
 おお、真字が興味を持った。さすが天女ちゃん。期待のエース。
「…………痔?」
 それはNGワードおおおおおおお!!!!!
「コロス!」
 怒っちゃったよ。どうしよう、なんとかなだめないと……と思っていたらすかさずゼリィが口を開いた。
「あっ、じゃあ……痔のお薬もらいに来たとかは?」
 火に油を注いだよ! なに便乗してるの!? ろくな事言わないのは分かってたけど!
「あんたもコロス!」
 ほら見ろ、ますます怒ったよ! 仕方ないここは俺が。
「ほらほら、真字。ここは冷静になって。サキュバスの元に辿り着く案考えようぜ」
 脱線を綺麗に正しく軌道修正!
「……ふん、そうね。こんなところで怒っていたって時間の無駄だものね」
 ふう。なんとか静まってくれた。
「それじゃあ続けるわよ……勇者さま何かアイデア」
 そして再び俺かよ! 2週目突入かよ!
「じゃあ――」
「…お尻の病気」
 パコーン、と真字が俺の頭をはたいた。
「つーか、俺じゃねえ! 今のは天女ちゃんだよ!」
 なんてひどいだまし討ちだ。
「ふん。そんなのどっちにしたって同じよ。ほら、ゼリィ。次はあなたよ。真面目に答えなさいよね」
 俺は理不尽さを覚えた。くう……なんという女だ。だが俺はやられっぱなしで済まさない人間なんだぜ。今に見てろよ、真字。
「え、え〜と……う〜ん」
 ゼリィは小さく首を傾げて思案していた。そこで俺はいいことを思いついてゼリィに耳打ちする。
「ちょっとゼリィ。いいアイデアがあるんだが……聞いてくれ」
「な、なんですかぁ?」
 俺がゼリィの耳元まで来るのを明らかに嫌そうにしていたが、それでも渋々ゼリィは耳を貸す。俺の企みを悟ったらしい。ある意味さすがだ、ゼリィ。顔に似合わないその腹黒さ。
「っていうか、あ……そっちの耳ね」
 ゼリィは大きな猫耳の方を俺に差し出した。戸惑いながらも俺はピンと立ったふさふさの猫耳に向かって呟く。
「実はな……ごにょごにょ……お尻をな……ごにょごにょ……痔なんだよ……そう……真字のお尻が……」
「って、ちょ、ちょっと……あんた何を内緒話してるのよ! なんか私のこと馬鹿にしてない?」
 真字が横から睨みをきかせている。
「いやいや、してないしてないよぉ〜。これはただの相談だ」
 と、真字に言い聞かせて、尚も俺は話し続ける。
「で、真字は痔で……トイレに……可哀相に……」
「ふわぁ〜、それは可哀相ですぅ……遊び人さん〜」
 ゼリィは頷きながら真字に哀れみの表情を向けた。
「う、うう……あんた達……あんた達……」
 おっ。真字が怒っている。顔を赤くして目が潤んでいる。俺だって怒らせたら怖いんだぜぇ? って……ん? 目が潤んでいる?
「あ、あんた達……あん……うっ。ぐすっ……うあっ……わぁあああ〜んっ!」
 え……? な、泣き出しただとぉおおっっ!?
「あ、ま……真字。悪かったよ、ごめん……」
 その普段の態度から想像できない取り乱しように俺は冷静さを失った。
「ううっ。ぐすっ……わた、私は違うもん。痔じゃないもんっ……」
 泣きじゃくる真字。嘘吐くなよ、お前痔じゃん。とは言えなかった。
 と、とにかく真字を落ち着かせよう。俺はゼリィと天女ちゃんに目で合図した。
「ほ、ほら真字。お前が痔じゃないって分かったから、な」
「…痔は恥ずかしいことじゃない…病気と向き合って一緒に戦っていこう…」
「そうだ。真字。俺も一緒に頑張るから」
「もう偏見はしないですぅ」
 俺達は暖かい心で真字を受け入れた。
「真字、一緒に戦っていこう」
「痔なんて怖くないですぅ」
「…真字、頑張ろう真字」
 真字は俯いて体を小刻みにぷるぷると震わせていた。もしかして感動で泣いているのか?
「あ、あなた達……本当に、本当に」
 途切れ途切れに言葉を放ち、そして真字はゆっくりと顔を上げた。
「私を怒らせてくれたわねぇ! あんた達ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!! もう許さないんだからねーーーーーーっっっ!」
 あ、やっぱりね。真字キレたわ。
「むきぃいいいいいいいいいいい!!!!」
 そして真字が暴れ出した。
「や、やべえ、逃げろっ……ってもう既に逃げてるし!」
 ゼリィも天女ちゃんも俺達からかなり距離をとっていた。
「な、なんとかなだめて下さい。勇者さん〜」
「…ファイト」
「他人事だし! いやいやいや! なんで俺1人が全ての罪を受けなければいけないの!? 俺を見捨てないでくれよ!」
 俺はゼリィと天女ちゃんの元へと走った。
「ひゃぁ……こっち来ないで下さぁいっ」
「巻き添えは御免こうむる…」
「うっせー、みんなの罪はみんなで償うもんなんだよっ」
 俺は逃げる2人を追う。
「あーっ! こらっ、待ちなさい! ぶっ殺してやるッ!!」
 そして真字は逃げる俺を追う。
 いや、ぶっ殺されるのに待つ人間なんているわけないじゃん。抵抗するじゃん。
 俺達は部屋を出て宿屋中を走り回った。
 いつの間にか完全に本題から外れて死の鬼ごっこをしていると、俺達の騒動を聞きつけて来たのか、野次馬が現れて――、
「あ、あれ。君は偽物勇者じゃないか! どうしてこんなところに!」
 見覚えのある金髪の少年が目の前に登場した。
 俺達は一旦休戦して再び出会った冒険者に相対した。俺の横で真字が不服そうに頬を膨らませてむっつり黙り込んでいたけど気にしない。
「なんだよ……うるさいと思って来てみれば、また君か! 全く本当に迷惑な偽物だなあ!」
 自称勇者である金髪は苛立たしそうに顔を歪めた。傍には天才魔法使いの夜芭さんもいた。
「あれ、フリなんとか……あんた達も来てたのか」
 久しぶりの再会に俺は笑顔で答えた。
「僕の名前はフリードリヒ・ケイ・ランスロットだっ! 由緒正しいパラディンの家系の一族! 正義の勇者だ! この台詞丸ごと覚えろ!」
 俺に対して敵意丸出しの眼差しで睨んでくるフリードリヒ。なんだか会う度に小者っぽくなってきているのは気のせいだろうか。
「や〜んっ、師匠〜〜〜〜っっっ。また会いましたね〜〜〜〜! うちらやっぱり運命の糸で結ばれてるんや〜〜〜〜」
 フリードリヒが怒っている横で、おっとりお姉さんの天才魔法使いが天女ちゃんに飛びついた。
「うう…苦しいぞ」
 もはや魔法の実力が逆転してしまった事を象徴するように、魔法使いの腕の中でガックリとうなだれている天女ちゃん。
 うん。これはこれでいい眺めかもしれない。だからしばらくはそのままにしておこう。
 俺は和みながらフランス人形と日本人形が戯れてる様子を眺めていると、フリードリヒが生意気な口調で話しかけてきた。
「それより、お前。この町はいったいどうなってるんだ。それに町に来る途中でもの凄い破壊の跡を見たんだがあれは何なんだ? お前、知ってるか?」
「そうか、あれを見たのか……」
 ということはこの2人は俺達と同じ道を通ってこの町にやって来たのだろう。
 あの惨状を見たのなら話は早い。俺達はここに来るまでに起こった一連の出来事を話した。

「まさか、そんな事があったなんて……あの魔王が」
 神妙そうに唸るフリードリヒ。
「そうなのよね……それで私達はそのサキュバスを倒そうと目論んでいるのだけど……」
 いつの間にか機嫌が戻ったらしい真字が現状の行き詰まりにため息を吐いた。
「そうですぅ……せめてもう少し戦力があれば……」
 と、ゼリィも猫耳を折り曲げた。これはテンションが下がった事を意味しているんだな。今までの付き合いで分かった。
 俺がゼリィの猫耳をなんとなしに眺めていたら……閃いた。あるじゃん、戦力!
「そ、そうだ! 丁度いい。この2人にも役に立って貰うってのは?」
 俺はいいアイデアを思いついた。2人共性格に難はあるが実力は折り紙付きなのだ。
「なっ……僕達がなんで!?」
「だってあんた達悪魔だって軽く倒せる力があるんだろ。だったら助けてくれよ。なあ、真字。この2人実は滅茶苦茶強いんだぜ」
 サキュバスには敵わないかもしれないが、少なくとも並みのモンスター程度なら蹴散らすだけの実力は持っている。
「ふ〜ん……それは頼もしいわね。あなた達……ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかしら?」
 真字が値踏みするように2人を眺めながら
「な、頼みだと!? エセ勇者の頼みなんて誰が聞くものか!」
「そやそや〜。なんであんたらの為にお金にもならへん事せなあかんの〜」
 2人ともメッチャ嫌そうだった。全力で否定している。
 まぁ、そんな簡単にいくとは思っていなかったけど……う〜ん、どうしたものか。
 しかし、こういう時こそ頼れる仲間が俺のパーティーにいたのだ。
「あら。正義の勇者って、困っている町の人達を見捨てるような真似平気でできるのねぇ」
 悪魔のような真字。味方にしていても恐ろしいが、敵だとしても恐ろしいのだ。
 だけど、こんなあからさまな挑発なんかに引っかかるのかな〜と、フリードリヒの方を見ると、
「く……くそぉ〜。この僕が勇者じゃないって言いたいのか〜。ぐぐぅ……」
 メッチャ引っかかってる! さすが真字さん! 相手の弱点をとことん突いてくる!
「ちょ……ちょっとフリちゃん。煽られたらあかんって……」
 精神攻撃に揺らぎそうになっているフリードリヒをなんとか立ち直らせようとする夜芭さん。
 う〜ん。夜芭さんがいるんじゃあ一筋縄ではいかないぞ。
 さぁ、どうする……と思っていたら不意に天女ちゃんが、
「…お願い。あたし達に…力を貸して?」
 瞳をうるうるさせて、まるで子犬のような眼差しで夜芭さんにおねだりした。
「ううう……し、師匠……うちは……うちはぁああ」
 あ、なんか夜芭さんが必死に耐えている。効果絶大だ。
「ぜんぶ終わったら…夜芭と一緒に遊園地行きたい、な」
 小さく首を傾げてまばたきを2、3度。なぁ……知ってるか、456歳なんだぜ、これ。
「ひゃふぅうううううう〜〜〜〜〜っっっ! し、師匠ぉぉぉおお!!!! やりますやります! うちに師匠を手伝わせて下さい〜〜〜〜〜!!!」
 烈火の如きスピードで夜芭さんは天女ちゃんの体を抱き上げた。陥落。
 まぁ、かくいう俺も天女ちゃんに心奪われてたんですけどね。
「お、おいおい。夜芭……落ち着けよ。煽られてるのは君じゃないか」
 フリードリヒもたじたじの様子だった。
「うふふ。どうやら話は決まったみたいね。協力に感謝するわよ」
 真字が不敵に笑う。
「あ、おい! 僕はまだ協力するなんて一言も……」
「勇者ならぁ〜、こういう場合どういう決断をすべきなのかは……あなたが一番良く分かってるんじゃない?」
 真字……そこまでの徹底さにある意味俺は君を尊敬するよ。
「そうやで、フリちゃん! あんたが勇者いうんやったら引き受けとき! な!」
 夜芭さんは天女ちゃんをぬいぐるみのように抱いたままで言った。あんたは天女ちゃんがいれば何でもいいのかよ。
「……わ、分かったよ。やるよ。やればいいんだろ……」
 というわけでフリードリヒもようやく折れた。
「だけどいいな! 僕らがやるのはあくまで君達の手伝いだ! サキュバスとは戦わないからな! いくら僕でも敵いそうにないからな!」
「分かってるわ、その辺りは私に考えがるから……じゃあ話もまとまったことだし、今夜のところはこの辺で解散しましょう。みんな明日はそれぞれ準備をお願いするわ。私は少しこの町から離れる。そして決行は……明後日よ」
 なんか真字にはとっておきの秘策がありそうな様子なのだが……。
「真字。その間お前は何をするんだ?」
 俺は耳打ちするように真字に尋ねてみた。
「うん……ちょっとね」
 何故か真字は困ったような、嬉しそうな、よく分からない複雑な顔をした。


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