エルデルル冒険譚

第2章 冒険

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
「さあ、パーティーも4人になったところだし、そろそろ次の町に進もうと考えているのだけれど……異存はないわね?」
 翌朝、宿屋を出たすぐの場所で真字はでんと胸を張り上げて言った。
 なんでか知らないけど、いつの間にか真字がこのパーティーのリーダーになってる気がするんだけど。遊び人なのに。いや、いいんだけどさ。俺はとやかく言うつもりはないし、そもそも何も言えるような立場じゃないし、それどころじゃない。
 宿屋で休んだはずなのに、俺はいま瀕死状態になっていた。
 何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった。っていうか半殺しになって途中で気絶してた。
「…目的地はどこ?」
 天女ちゃんが無感動な声で真字に尋ねていた。
「ここからそう遠くない町……って言っても1日じゃ到着するのは難しいから途中で野宿する事になると思うんだけれど……」
 そこまで言って、真字は俺の方をまるでゴミでも見るかのような目で見た。
「も、モンスターより恐ろしいけだものですぅ……」
 ゼリィの声が真字の背後から聞こえた。彼女は今日一日、ずっと俺の視界に入らないように真字の後ろに隠れてるのだ。
「だからあれは誤解だって言ってるだろ。それに昨日あんな目に遭わされたんだ。こっちから御免だよ。逆に俺がお前らから身を守りたいよ」
 顔の腫れは大分マシになっていたが、まだ凄く痛む。昨夜は彼女達の恐ろしいものの片鱗を味わった。モンスターより恐ろしいのはどっちだ。
「…とにかく出発。遠出になる」
 天女ちゃんだけは、一見いつもと変わらないような態度だった。だけどたまに俺を無言で見つめてくる天女ちゃんの目が、いつもに増して冷え切っているような気がするのは俺の気のせいか?
「そうね。いろいろと問題はあるけれど、出発しましょう」
「は、はぁい」
「お、おう……」
 そんなこんなで、パーティーメンバーとの間に確執が残ってしまったけど、とにかく俺達は出発した。今は悲しい気持ちも忘れよう。どうやら長い旅路になるらしい。俺も自然と竹槍を持つ手に力が入った。

 町を出て、しばらくの間はモンスターと遭遇する事はなかった。空高くには太陽が燦々と輝いていて、果樹園らしき畑が遠くに広がっていた。
 一見のどかで、モンスターの気配は感じられなかったが。
「ここから先は敵の強さもいっきに上がるわ……気を引き締めていくわよ」
 真字が不機嫌そうに呟いた。
「そうなのか。それは……気を付けないとな」
 まぁでもゼリィがいれば多少敵が強かろうが負ける事はないだろう。それに新メンバー、天女ちゃんは伝説の大魔法使いなんだぜ。その真意は定かではないけれど。
 で、でもいざとなれば俺と真字だって……いや、俺達はもう戦力外だな。うん。ごめん。
 若干の不安はあったが俺達4人は歩を進める。
 そして浅瀬の川にかかる橋を渡っている、その最中だった。
「げりゅりゅりゅりゅるるるるるる……」
 近くから変な音が聞こえた。というかこれは……。
「…魍魎の類じゃ」
 天女ちゃんが目を光らせた。
 さっそく出てきたか。俺達は橋の先の森の中を見つめた。それにしても魍魎って表現はどうよ。
 橋で立ち止まって警戒していると――どっどっどっどっどっど。足音のようなものが聞こえてきた。こっちに近づいてきている。そして――。
「るるるるうううううう……」
 モンスターが姿を現した。だけどそれは……モンスターというよりは。
「あ、悪魔……」
 そう。悪魔だった。まるで影のような真っ黒い体に、背には翼、額にツノ。そして尻尾。
 昨日出会った魔王やその配下のサキュバスと特徴は似ていた。が、目の前にいるそれはおよそ知性というものは感じられそうにない――まさにモンスター、悪魔、怪物だった。
 俺は動きをピタリと止めて唾を飲み込んだ。
「あらあら、なんてこと。まさか悪魔と戦うはめになるなんて」
 暢気そうに言っていたが、真字も冷や汗をかいている。
 緊張が走った。こいつは今まで会った雑魚敵とはひと味違うぞ。
 俺と真字が橋の真ん中付近で立ちすくんでいると、
「あたしに…任せて」
 なんとここで立ち上がったのは天女ちゃんだった。
「悪魔は光の攻撃に弱い…聖なる魔法で撃退できる」
 大魔法使いというのは本当だったんだ。今の台詞だけでただものではない予感を感じたぞ。
「わ、分かった。それじゃあ君に任せた!」
 俺は天女ちゃんを信用する。
 さぁ、天女ちゃん! 今こそ君の実力を見せて貰おうか!
「…イエス、マイロード」
 天女ちゃんはゆっくり敵の前に出て、そして片手を前にかざして――そして小さく一言発した。
「シャイニング…レイ」
 呪文だ。なんかすごい強そうな呪文名じゃないか! さぁ、どうなる!?
 俺は目を凝らして天女ちゃんを見た。そして、天女ちゃんの掌から仄かに輝く光がぼんやりと浮かんだ。そして……何も起こらない。
 む……これは?
「…暗いところで役立つよ」それで終わり。
 光る手をひらひら振りながら天女ちゃんが言った。
 悪魔は先程までと全く変わらない様子で佇んでいる。うん――だってこれ、ただの懐中電灯だもんね。
「ってえ、なんだよこの魔法は! いや、っていうかこれ魔法って呼べるの? 俺でもできそうだよそれ!」
 いや、勿論できはしないんだけど……できたとしても使う気がしないんだけど。
「ぐるうううううううう」
 悪魔は今にも襲いかかってきそうな勢いだ。でも逆に今まで待っていてくれたのが不思議な位だった。空気読めるのか?
「ちっ……なら魔法なしで戦うしかないのかっ」
 俺は竹槍を悪魔に向けて強く握った。
「あ、悪魔は怖いけど……頑張りますぅ」
 ゼリィは大剣の剣先を体の後方に向けて脇構えの型をとった。
 そして真字は。
「あなた達、頑張ってね」
 真字は一歩後ろに下がった。やっぱりね。
 相変わらずの真字クオリティー。お前にはもう何も期待しねえ!
「ぎょるうううううううううううう!!!!」
 悪魔は今にも襲いかかりそうな勢いだ。俺とゼリィは一歩前に出た。だがその時、
「待って…あたしに…任せて」
 なんと――天女ちゃんが再び立ち上がった。
「だ、大丈夫なのかよ」
 さっきの魔法と呼べるのかどうかも分からないものを見せられた手前、とても不安だ。
「分かった…じゃああたしのとっておきの魔法を使う…」
 天女ちゃんは俺の不安を払拭するように、デデンッとぺったんこな胸を突き出した。
「な、なんだよ。そんなものがあるなら早く使ってくれよ」
 天女ちゃんのこの自信。そうか……きっとさっきのは彼女なりのユーモアだったんだな。常に余裕を持って優雅たれ。戦いにも品格が求められるんだね!
 俺は何を疑っていたんだ。彼女は……伝説の大魔法使いなんだぞ! しかも不老の少女なのだっっ! 456歳なのだ!
「…あたしの強さにあなたが泣いた」
 とか言いながら、天女ちゃんはどこから取り出したのだろうか、可愛らしいステッキをくるくる回して――、
「大空を翔る天空の神々よ、我にその力を与えたまえ、そして我の前にその姿を現さん。立ちはだかる脅威を討ち滅ぼせ」
 こ、これは……え、詠唱している。いつものような般若心経とかじゃない。とても禍々しいオーラを感じる。これが……これが魔法の力なのかっ!?
 天女ちゃんがステッキを悪魔の方に向けた――瞬間。
 ぽんっ――と、杖の先から現れた。
「ででぽっぽ」
 ハトが。
「え……なにこれ?」
「ぽーぽ、ぽーっぽっぽぉ」
 ハトは鳴いていた。
「…召喚魔法」
 天女ちゃんの解説。ああー……なるほどねえ。
「って、これ魔法じゃなくてマジック!!!! これただのハトじゃん! 隠し芸大会レベルだよ!? 練習すれば誰でも召喚できる生き物だよ!? 魔力でもなんでもないよ!」
 今度こそ俺でもできそうなマジックだった。まさか天女ちゃん……君は。君ってやつは……。
「あたしの魔法は封じられているの…残念だけど、これが今のあたしにできる精一杯…」
 開き直ってるし!
「……あ、天女ちゃん。君は……君は」
 もしかしてと考えていたのだが、天女ちゃん……この子、やっぱり。
「つ、使えねえええ!」
 いや、人のことは言えないんだけどさ。でもそれはないだろう。封じられてるといっても伝説の大魔法使いなんだろ!? まさかここまで弱体化してるなんてさあ!
「こ、こうなったら……ぜ、ゼリィ。こいつをなんとかしてくれ!」
 天女ちゃんが戦力外というならば、あと頼りになるのはゼリィだけだ。
「ち……人遣いの荒い勇者です……は、はい。分かりましたぁ」
 と言って、ゼリィが敵に向かって突進していった。
「いや、聞こえたけどね。最初の呟きはっきり聞こえたけどね」
 人の事言える立場じゃないので今の暴言はスルーしておくが……頼んだぞ、ゼリィ。
 悪魔の傍まで駆け寄ったゼリィは大剣を振り上げて――。
 ぺちん。と……って、あれ?
 大剣は敵に命中するより前に地面に深々と突き刺さっていた。な、なんだこれは。
 見ればゼリィは悪魔の手前で尻餅をついて泣きそうな顔をしている。あれ?
「あうう……す、すいませぇん。わたし、一回死んじゃったせいでレベル下がっちゃったみたいですぅ〜」
「なんだとおおおおお!!」
 まさかの重大事実がここにきて発覚! レベルが下がっただと!? なに、この世界はそういう仕様なの!? つまりうちのエースが弱体化したというのか!?
「グギャアアアアアスッッ!!」
 しかも状況は更に悪くなった。今のゼリィの攻撃によって、今まで大人しくしていてくれた悪魔が戦闘状態に入ってしまったようだ。
「ゲリャリャリャリャ!」
「ふひゃ〜っ!」
 悪魔は鋭い爪でゼリィに襲いかかった。ゼリィは間一髪でそれを避ける。
「ジェシャアアアアアアア!」
 悪魔はしかし追撃の手を緩めない。
「ふえ〜〜〜〜〜んっ! たっ、助けてぇ〜〜〜〜」
 ゼリィはみっともなく逃げだした。
「ぎゃばあああああああああああ!」
 逃げ惑うゼリィと、それを追う悪魔。ど、どうするんだよ。このままじゃ俺達全滅するんじゃないのかっ?
 大魔法使いの天女ちゃんは実は役立たずで、交戦中の我らがエースのゼリィは剣もろくに扱えないくらいに貧弱状態にあり防戦一方。
 なら残ったのは――。
「あ、私は無理だからね。悪魔なんて倒せる気がしないわ」
 真字はなぜか自信満々に言った。期待してねえよ! そして誇らしげに言うところかよ! じゃあもう消去法で実質俺しかいねえじゃん!
「ひええええんっ。たっ、助けてえ。遊び人さぁん〜〜魔法使いさ〜んっ……あうっ!」
 ゼリィが悲痛な叫びを上げていると、彼女の足がもつれて転んでしまった。あと、俺の名前を呼んでもらえなかったのが何気にショックだった。
「ゴリャアアアアア!」
 チャンスとばかりに悪魔がゼリィに向かう。
 このままでは彼女はやられる――。
「くそお……やるよ。ああ、やってやるよ! うおおおおおおお!!!!」
 もうやぶれかぶれだ! 俺は竹槍を握りしめて、吼えた。俺がコイツを倒す!
 そして異形の悪魔へと――と、まさに飛びかかろうとした時。
「…あたしがなんとかする」
 なななんと――天女ちゃんが三度立ち上がった。
「ま、天女ちゃん。で、でも」
 できるのかよ。君の魔法でこの状況を。さっきまでの様子から考えるに天女ちゃんには荷が重すぎるぞ。いや、このパーティーメンバーの誰にとっても荷が重すぎるんだけど。
 だけど天女ちゃんは静かに俺の前に立ったまま落ち着いた様子を崩さない。まぁ落ち着いた様子なのがこの子の常なんだけど。
「できれば……使いたくなかった」
 しかし天女ちゃんの声はいつもと違って妙にシリアスな印象を受けた。まさか、三度目の正直ということなのか……?
 けど、こういう繰り返しギャグは3度あるっていうし……。どっちなんだ。
 俺が思案していると、天女ちゃんは目を閉じて呪文を詠唱した。いちかばちかだ。もうこれに賭けるしかない。
「…何が起こるか分からない、禁断の魔法…アメアメリン」
 天女ちゃんが呟いた瞬間――俺の視界は暗転した。


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