エルデルル冒険譚

第2章 冒険

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「…………え?」
 そして、気が付いた時――そこには俺と天女ちゃん以外誰の姿もなくなっていた。
「いや……え、ここはどこだ?」
 微妙にさっきまでと場所が違っているように見えた。つーか明らかに違っていた。橋の上にいたはずなのに俺は今、原っぱのど真ん中にいた。近くに森が見える。
「……他のみんなは?」
 真字とゼリィの姿が見えない。更にはモンスターの姿までない。つまりこれはどういうことだ?
「…きっと、バラバラにワープさせてしまう魔法が発動したみたいじゃ」
 俺の傍で天女ちゃんが言った。なるほど、だから消えたのは俺達の方で、そして真字とゼリィも同じように飛ばされたのか。
 とんでもない魔法だな! で、でもひとまずは脅威から逃れることができたみたいだからよかったけど。
「これからどうすればいいんだ。そもそもここはどこなんだ?」
 突然の出来事に俺は正常な思考ができなくなっていた。
「あたし達も彼女達もそう遠くには飛ばされてはいないはず…探すぞい」
「そ、そうだな」
 つべこべ言ってても仕方ない。今は真字とゼリィの無事を祈って合流することが先決だ。
 と、俺達が進もうとした時だった。
「あっ。君は確か、あの時武器屋で出会った少年ではないか!」
 良く通る、さわやかな声がした。
「な、なんだ?」
 大きな声のした方向に目をやって俺は思わず顔を曇らせてしまった。
「うげ……」
 うげ、とか言ってしまった。俺はこの男の顔に見覚えがあった。こいつは確か……自称・正義の勇者の……。
「僕の名前はフリードリヒ・ケイ・ランスロット! パラディンの家系に生まれ育った伝説の勇者だ!」
 そう。胡散臭い名前の自称・勇者。
「それで……なんでお前がここにいるんだ?」
 俺はため息を吐きながら尋ねた。
「なんでって、僕がいれば町の人達に迷惑をかけてしまうから……だから僕は町を去らなければいけないんだ!」
 フリードリヒは大げさに嘆いてみせていた。
「迷惑って何が迷惑なんだ?」
 ちょっとこいつの言ってる事が分からない。
「魔王が現れたという話は君も知っているだろう? 魔王は勇者を倒すために町の近くにまで来たらしいからな! きっと魔王は僕を狙って来たのだ! そう! だから僕が町にいればみんなに迷惑をかけてしまう事になる! だから僕は!」
 語気を荒げているフリードリヒ。う〜ん、なんというか。
 俺はちょっとこの痛い人を相手にどう対応していいのか困惑していたら――。
「ちょっとぉ〜、フリちゃん! 戦闘中に勝手にどっか行かんといてって言ってるやろ〜。さすがに悪魔相手にウチ1人は骨が折れるって〜。まぁこの天才魔術師にかかればあんなん赤子の手を捻るようなもんなんやけどな〜」
 やけに明るい関西弁か京都弁らしき声が聞こえてきた。てか、悪魔を倒したってまさかさっき俺達が戦ってたあの悪魔を1人で? しかも赤子の手を捻るようなもの……だと!?
「こ、今度はなんなんだ?」
 俺は恐る恐る声の方を見ると、一人の女性が近づいてくるのが見えて――、
「あれぇ? も、もしかして師匠ちゃうん!? 師匠ぉ!」
 と、そのまま天女ちゃんの方へと走っていった。な、なんだ? 
「や〜ん。やっぱ師匠や〜ん。今までどこ行ってはったん? ずっと探してたんやで〜」
 俺より1つか2つ位年齢が高そうな女性は、天女ちゃんの体に抱きついて持ち上げた。
「あ〜ん! やっぱり師匠はいつ見ても可愛ええなぁ〜。お肌スベスベやわ〜」
 着物のような和服を着たお姉さんが、天女ちゃんに頬ずりし始めた。というか世界感が滅茶苦茶だ。和洋折衷な世界なのか? 時代性も分からんし。
「や、やめろ…離せえ」
 俺が考えている間、天女ちゃんはジタバタと着物お姉さんから離れようと努力していた。いや……それよりも。
「師匠って……もしかして、天女ちゃんの弟子なのか?」
 俺は戯れる2人に訊いた。見る限りどう考えても立場が逆な気がするんだけど。
「そうやぁ〜。ウチは夜芭。ウチ、かつて師匠の一番弟子やらしてもらってたんやでぇ。今は色々あってフリちゃんと一緒に冒険してるんやけどな〜」
 おっとりとした口調で答える綺麗な女性。日本人形のような端正な顔をしていて、物腰もどこか上品だった。着物効果か。
「そうだ! そして彼女は現在、天才魔術師としてその名を馳せているのだ! はっはっは!」
 フリードリヒは自分の事のように自慢した。
 悪魔を1人で倒す実力を持った魔術師がかつて天女ちゃんの弟子だった。なら、天女ちゃんはかつて相当な実力を持っていたというのは本当なんだろう。正直疑っていたけど……今再び確信が持てた。
「ははは! だけど今では立場は完全に逆転しているけどね! もはや伝説の大魔法使いはただの幼女さ! あはははは!」
 何がおかしいのか、フリードリヒは声を大にして笑った。つーか、こんなんでよく勇者を名乗っているよな。
「こら、フリちゃん! あんた言うたらアカンこと言うたな……反省しい」
 天女ちゃんに頬ずりしていた夜芭さんがピタリと動きを止め、フリードリヒを無表情で見つめて指先を彼に向けた。すると。
「ふぎゃああああああ!!!!」
 バチバチと激しい音を立ててフリードリヒの体が突如跳ねた。
「師匠の悪口言う悪い子には裁きの雷や」
 フリードリヒの体に電撃が走っているようだ。彼の体は光り輝く。
「ごっ、ごべんなざいっ……僕が、あっ、悪がっだ、あっ、でず……あっ。あっ」
 哀れフリードリヒ。ろれつが回っていない。
「ふん、分かればいいんや。分かれば」
 そう言って夜芭さんが挙げていた手を軽く振り払うと、フリードリヒの体を包んでいた眩しい光が一瞬で消えてなくなり、そして彼の体は地面に崩れ落ちた。
「ぐひゃん」
 断末魔を上げてフリードリヒは地面に転がった。汚ねぇ花火だ。
 なんとなく俺は夜芭さんにお礼が言いたくなったが、そこは心に留めておくだけにしよう。
 俺は夜芭さんの腕の中でジタバタもがく、天女ちゃんをぼんやりしばらく眺める。
 天女ちゃんは無理矢理身をよじらして、ようやく夜芭さんの手から脱出した。
「聞いたで〜。君、魔王と戦ったんやね〜」
 しかし夜芭さんは特に気にする様子もなく、俺の背中に隠れる天女ちゃんに微笑みながら楽しそうに言った。
「いや、戦ったっていうか……なんで知ってるんだ?」
 人の噂に戸は立てられないとは言うが。
「そんなん当たり前や〜ん。魔王と会うなんて事、一端の冒険者には到底でけへん事やで。それこそ魔王と対等に渡り合えるくらいの力がないと無理やで〜」
 夜芭さんは何故だか分からないけど、興奮気味に話している。
「へぇ〜……なんだかよく分からないけど凄いんだなぁ」
 実感がいまいち沸かない。
「魔王と会うだけでもそれだけ大変やってのに……それが君ときたら、こんな低レベルな平原で、しかも向こうから直々に来とる。さらにさらにあの魔王と交戦して無事生き残っとる……そりゃホンマ凄い事やで。君いったい何者なぁん?」
 夜芭さんはぐいぐいと身を乗り出して俺を問い詰める。う〜ん、なんだか面倒臭いなぁ。
「いやぁ……それは何というか、なんかの間違いといいますか」
 自分でも何が何だか分からないのだ。それに生き残ったというか、よく分からない内に見逃してもらっただけなんだけど。
「いやいや〜。そんなご謙遜〜。ウチ小耳に挟んだんやで……実は君は勇者で、だから魔王が来たんやて」
 夜芭さんは那智黒の瞳を細めて笑う。なぜかこの人の仕草は意外な事に何事も上品に見えた。
「あ、ああ……それはあれだよ」
 答えに迷った。本当に俺は勇者なのだろうか。すると、俺の代わりに勢い良く声が響いた。
「それはね、魔王の間違いなんだよ! どうやら魔王は君の事を勇者だと勘違いしているみたいだね!」
 ビックリした。回復したのだろうか、いつの間にか横からフリードリヒが割り込んできていた。
「フリちゃん……」
 夜芭さんは少しかったるそうに顔をしかめて、頭を横に振っていた。
 だかフリードリヒは気にする様子もなく、我が道を行くといった感じに己の世界に浸り始めた。
「なぜなら勇者はこの僕だからだ。勇者というのは世界にたった1人しか存在を許されないものなのだ。だから僕以外に勇者がいるとしたのなら、そいつは偽物って事になるわけだ。よかったな、君。僕という本物を目の当たりにする事ができて。これで君は幻想から解放された」
 フリードリヒはまるで舞台の上の役者のようなおおげさな身振り手振りでペラペラ語った。
 俺はフリードリヒのその言葉に少しむっとした。
「いや、今まで黙ってたけどさ、俺が本物の勇者なんじゃないか? だって王様も魔王も俺を勇者だって認めているみたいだしさ」
 だからついムキになって言ってしまった。俺らしくもない。
「ん、なんだとぉ〜……聞き捨てならないっ! 僕を差し置いて君が……君が勇者だと言うのかッ!?」
「俺は事実を言ってるまでだ」
「フン! そんな貧相な竹槍を持った奴が勇者だなんて僕は認めないね! 本物の勇者はこの僕だ!」
「誰でも最初は竹槍から始まるんだよ。勇者だって始めから最強じゃつまんないだろ?」
「いいや、たとえそうであったとしても……だがそれでも君は勇者ではない!」
 自信満々にフリードリヒは声を張り上げる。
「なんでお前にそんな事が言えるんだ?」
 その自信はどっからくるのか不思議だった。
「君には足りないがたくさんあるのだ。まず勇者としての資質が足りない。そして覚悟が足りない。自覚が足りない。積極性が足りない。信念が足りない。情熱が足りない。目的が足りない。動機が足りない。夢が足りない。勇気が足りない……」
 フリードリヒはずんずんと俺を責めるように一歩一歩近寄ってきた。俺の目の前まで来ると彼は金髪の長髪を軽く払って、
「そして何より――正義が足りないッ!」
 言った。
「……」
 俺は何も言い返せなかった。あまりの気迫に圧倒されたのもあるし――彼の言ってることは概ね当たっているからだ。
「フン。何も言い返せないか……君はつくづく勇者に向いてないよ。さぁ、ここから先は僕に任せて君はもう町に戻るんだ。ここは危険だ」
 フリードリヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら語る。
 ああ、確かに勇者なんてもの俺には荷が重いのかもしれない。だけど、
「その言葉に反逆する。このままおめおめと戻るわけないだろうが。俺はともかく仲間だって一緒に冒険しているんだ。そんな事したら俺がどんな目に遭うか分かったもんじゃない」
 俺は背中に隠れている天女ちゃんに視線を配らせてフリードリヒに刃向かった。
 フリードリヒは何も言わず不快そうに顔を歪めていた。
 そうか……こうやって戦う理由を他人に委ねてしまうから俺は勇者の素質がないんだな。なんとなく分かったよ。
「……とにかくお前にとやかく言われる筋合いじゃない。俺は冒険を続ける」
 俺はすでにフリードリヒと夜芭さんから背を向けていた。このまま早く立ち去りたかった。なのに。
「待て、偽物」
 フリードリヒは俺を行かせてくれない。あくまでも俺を責めさいなむ。追及の手を緩めてくれない。自分でも分からない俺の真意を測ろうとする。
「なんだよ。もういいだろ」
「いいや、お前……この僕と勝負しろ!」
「えっ?」
「勝負だ!」
「勝負……だって?」
 しばし俺は茫然とした。つまりフリードリヒと戦えというのか? そ、そんなの無理だ。
「ちょ、ちょっとフリちゃん! あかんて! 実力に差がありすぎるって! その子に勝ち目なんかあらへんやん!」
 夜芭さんが慌ててフリードリヒに走り寄った。仰る通りなんだけど、そうきっぱり断言されるとちょっと悲しいです。
「…喧嘩はだめ」
 天女ちゃんも俺の服の袖を引っ張って阻止しようとする。
 けれど自分中心なフリードリヒはあくまでも己の意見を変えるつもりはなさそうだった。
「君には何も核というものがない。ただ受動しているだけだ。状況をモラトリアムに過ごしているだけだ。そんなものに主役は務まらない」
 なんと俺の在り方までもを否定するような事を言い出した。
「さっきから黙って聞いていれば言いたい放題だな……分かったよ。お前がそんなに俺と戦いたいってならやってやるよ」
 俺だって仏じゃないんだからいつまでもフリードリヒに言いように言われ続けるつもりは毛頭ない。
 だけど本当は、フリードリヒが言った事は自分でも自覚していて、だけど自分でその事を再確認するのが嫌だったから……だから俺は戦う事に決めたのか。それは分からない。
「ハンッ、そうだ。君にもしも勇者としてのプライドが少しでもあるというのなら……かかって来いっ! 偽物ッッ!!」
 フリードリヒが吼えた。
 次の瞬間、俺は竹槍を構えてフリードリヒに向かって飛びこんだ。
「うおおおおおおっっっっっ!」
 そして気が付いたら、
「ぬわぁっっ!?」
 背中に強い衝撃があって、俺は地面に転がっていた。
「弱い弱ぁいっ」
 フリードリヒが俺を見下すように見下ろしていた。
「く、くそお……」
 いつの間に俺は返り討ちにあったのかは分からないが、このままじゃ俺の面目は丸つぶれだ。
「おりゃあああああ!」
 俺はフリードリヒに向かって果敢に竹槍を振り回した。
「無駄無駄無駄無駄ァァァァ! そんなもの当たらないよ!」
 だけどフリードリヒは上体を動かすだけで竹槍を躱す。
「そらよっ」
 と、フリードリヒが一瞬腕を動かした。あまりの速さに何をしたのか分からなかったが、
「な、なんとぉっ……!」
 大体は分かった。
 俺が手にしていた竹槍が、ポッキリと真っ二つに割れてしまった。そして、
「ほらっ」
 今度はフリードリヒの右足が一瞬動いたのが見えた。
「がふぅっ!」
 同時に腹に強烈な痛みが走った。やっべぇ。今のはもろだった。
 俺は地面に膝をついてうずくまった。
「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
 呼吸が上手くできない……まさか実力差がここまであるなんて思わなかった。
 そして武器屋のおやじめ……やっぱこれただの竹じゃん。使用期間短すぎだぞ。俺は手に持っていた半分になった竹槍をその辺に投げ捨てて嘆いた。
「君はただ知らぬ内に勇者ともてはやされて、それでなんとなくその気になっているだけなんだよ。結局は今の状況を心のどこかで君はまんざらでもないと漠然と感じているだけなんだ。それが君の勇者の在り方だ」
 フリードリヒは俺のいったい何を知っているというのか、上から目線で俺を断定する。
「だったらお前の勇者の在り方というのは自己満足の理想の押しつけだな」
 俺は虚勢を張ってフラフラと立ち上がる。
「どうやら君と僕は徹底的に意見が合わないようだ……仕方ない。僕は君の間違いを――断罪するッッ!!!!」
 ああ、なんだよこいつ頭おかしいんじゃねーのか。俺を処刑する気かよ。
「たぁああああああっ!」
 フリードリヒが鋼の剣を構えてこちらに向かってくる。
 ちくしょう。俺はこんなところで訳の分からないまま理不尽に殺されるのか。死んだらまた王様のとこからやり直しになるのか? それとも……今度こそ俺は元の世界に戻ることができるのか? だったら俺は……。
 その時、俺の頭にふと仲間達の顔が浮かんだ。
 真字にゼリィ。そして天女ちゃん。
 俺はチラリと視線を天女ちゃんに向けた。
「……」
 天女ちゃんは相変わらずの無表情だったが、それでも、俺の気のせいかも知れないけれど、少し悲しそうな表情をしているようにも見えた。
 俺は――まだ。
「まだこんなところで死んでいられねえんだよっ!」
 叫んだ。
「だけどもう遅いっ――僕の剣に沈めッ! ジャスティスストライクッッ!!」
 フリードリヒの体が跳んで俺に向かって剣を振りかぶる。
 絶体絶命だ。だけど俺は、だからこそ俺は、フリードリヒに向かって飛びこんだ。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
 気分が高揚する。今なら何でもやれそうな気がする。たとえ死んだとしても。俺はそれでもこの拳一つで。勝ち目なんかなくてもいい。でも今は、ただフリードリヒを倒すことだけを考えて。
「……ふん、特攻か。だけどそれは勇気ではなく無謀というものだよ!」
 俺の反撃に一瞬驚いた様子のフリードリヒだったが、しかしすぐに体勢を立て直し、決着を着けようと今まさに剣で斬りかかろうとした。
 しかしその時――奇跡が起こった。
「な、なんだこれはっ?」
 突如、俺の体が光に包まれた。
「これは、光っ?」
 攻撃を止めてフリードリヒがその場に立ち尽くした。俺も自分の変化に戸惑って立ち尽くすしかなかった。
 俺の体全体から発する光は徐々に強力になっていく。初めはぼんやりとかすかに浮かび上がるような光だったが、すぐに目も眩むような強烈な光を発し始めた。
「……な、なあ師匠。これってもしかして」
 その時、近くから夜芭さんの声が聞こえた。既に視界は真っ白でその姿は見えない。
「…そう。これは…勇者の光」
 また違う方角から今度は天女ちゃんの声が聞こえてきた。
「勇者の光……?」
 なんなんだ、それ。俺はどうする事もできないでただ立ち尽くすのみだった。
 そしてフリードリヒの様子が大人しいなと思って彼の方を見て驚いた。
「な、そんな……それが勇者の光、だと? そんな――そんな……」
 白く照らされる彼の顔は俺以上に動揺していた。フリードリヒは頭を振って後ずさりしている。
「お、おい。なんだよ」
 俺は不気味に思ってフリードリヒに一歩近づいた。そうしたらフリードリヒが唐突に壊れてしまった。
「これが……これが勇者の光だって言うのかっ! こ……こんな光……う、うっ」
「なんだ? どうしたんだよ、お前」
 フリードリヒの様子がおかしい。彼の体はプルプル震えている。そしてフリードリヒは、
「う、うわああああああん! 羨ましいいいいいいいい!!!! なんであんな奴にっ。こんなの絶対おかしいよ!! 僕も……僕も欲しいよおおおおおおおお!!!!!」
 なんと――泣き出した。
「ええっ? 何故に!?」
 フリードリヒはまるで子供が駄々をこねるように地団駄を踏んで泣きじゃくっていた。
「お〜、よしよし。フリちゃんええ子やからそない泣かんといて〜な。ほら、後でフリちゃんのかっこええ写真とったるからぁ」
 と、泣き叫ぶフリードリヒをなだめるように、夜芭さんが優しい声で彼の頭を撫でた。
「き……キラキラのラミネート加工にしてくれる?」
 フリードリヒは甘えるような声で言った。
「したるしたる。フリちゃんのファンこれでいっぱい増えるわ」
 夜芭さんはにっこりと優しい笑みを向けた。
「わ……分かったよ。僕我慢する」
 と、フリードリヒはようやく落ち着きを取り戻した。……っていうか子供かっ!
「ほんなら、今日のところはそろそろ引き上げよぉか」
 そう言って、夜芭さんはこの場から立ち去ろうとする。
 いつの間にか夜芭さんがこの場の主導権を掌握していた。う〜ん、なかなか油断のならないお姉さんだ。
「お……覚えてろよ! 偽物めっ!」
 それに比べてこの男は……。
 フリードリヒは完全に勇者とは程遠そうな台詞を吐いて走って行った。
「あっ、待ってや〜。フリちゃあ〜ん。そ、それじゃまたな、君。それと師匠ぉ」
 夜芭さんがはんなりとお辞儀をして優雅な足取りでフリードリヒが去った方へと歩き出した。いや……こんなの絶対おかしいよ。
「ふぅ……なんだかどっと疲れた」
「…ほむぅ」
 天女ちゃんも夜芭さんがいなくなってくれて安心したのだろうか、深いため息を吐いた。
 それにしても勇者の在り方……か。俺はフリードリヒが言っていたことがなんとなく脳裏によぎる。
 あいつは全然勇者なんて柄じゃないと思うけれど……でもきっと俺よりはましなんだろう。俺には勇者としての自覚も覚悟も何もない。
 けれどさっきの光……夜芭さんと天女ちゃんはあれが勇者の光だと言っていた。それが何なのかは俺には分からないけれど、それは俺が勇者だということを証明するものなのだろうか。
「なあ、天女ちゃん……」
 俺はその辺の事をはっきりさせておく為、俺の身に起こった現象について尋ねようとした。けれど丁度その時。
「あっ、いたわよゼリィ! お〜い、勇者さま〜!」
 聞き覚えのある声がして俺が振り返ると、遠くから手を振ってこっちに向かってくる真字とゼリィが見えた。どうやら無事だったみたいだ、よかった。
「い、今の方達は誰ですかぁ?」
 俺達の元に来るなりゼリィが尋ねた。視線は俺の方からずっと逸らしたままだけど。
「いやまぁ、気にしなくていいよ」
 あの連中はきっとゼリィにとっては刺激が強すぎるだろう。知らぬが仏だ。
「それより、ゼリィ。あなたいったい何のつもりなのよ。あなたの魔法のせいでこっちは散々だったんだから」
 真字が怒りを露わにして天女ちゃんに食ってかかる。
「…助かったんだから結果オーライじゃ」
「あんたが言うなっての!」
「け、けんかは駄目ですよぉ〜」
 コンビネーションぴったりなやり取りがしばらく続いていたが、俺はその光景をどこか遠い景色のように見ていた。
 俺は――フリードリヒに言われた事がずっと心に残ったまま離れてくれなかった。


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