エルデルル冒険譚

第一章 仲間

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 結局その後、竹槍を買った俺は集合地点の噴水広場に行った。
「あっ、ゼリィ」
 噴水前で所在なげにキョロキョロしているゼリィの姿を見つけた。
「えっ、あ、うう……勇者さん」
 俺の姿を確認すると、ゼリィは恥ずかしそうに顔を伏せた。というより……凄く嫌そうな顔だった。来たのが俺で悪かったな。
「真字はまだか?」
 俺は気にしないようにして、はたから見たら挙動不審な少女に遊び人の行方を尋ねる。
「え、えーと……遊び人さんは戦闘に役立つアイテムを買いに行く、とか……」
 ゼリィの態度はぎこちなかった。そうか、彼女ひどい人見知りなんだったっけ。
「た、多分痔のお薬でも買いに行ったんだと思いますぅ……」
 でも言う事は意外と毒舌。それとも、もしかしてただの天然なのか?
「そ、そうなのか。まぁ、あいつもあいつなりに大変なんだなぁ」
 俺はとりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
「は、はぅ」
 ゼリィは口をもごもごさせて視線を地面に落としている。俺と目を合わせようとしない。
 う〜ん、ここまで人見知りが激しいとは思わなかったなぁ。背中にあんなでかい剣背負ってるのに。 
「……こいつと2人きりなんて最悪ですぅ……」聞こえるか聞こえないかの声で。
「てか、聞こえたぞ! 心に致命傷を与える呪文ちゃんと俺に届いたぞ!」
「は、はうぅう」
 放っておいたらすぐ俺に精神攻撃を仕掛けてくるのはどうにかならないのか。
 でもこれからは一緒に旅することになる仲間なんだし、このままはまずいよな……よし、涙を拭いてここは俺が一肌脱いでやることにしますか。
「い、いやぁ……それにしてもゼリィってホント強いねぇ。その剣術はどうやって身につけたんだい?」
「え……その」
 押し黙ってしまった。まずい。今の質問は失敗だったか。だ、だがこんなもので俺はめげんぞぉ! 
「真字とは古い付き合いなのかな?」
「……いや、別に……」
 な、なんだよこの空気はっ! これは何かの試練なのかっ!?
「あ。え〜と、ゼリィ……」
「ひっ。あ、あのっ……ごめんなさいっ」
 なぜか謝られてしまったよ! もう完全に修復不能だよ!
「……」
 もはや俺は何も言えない。言いたい事も言えない、こんな子じゃ。
 もうなんか、くじけてしまいそうになった。
「あの……あまり話しかけないでください……その、くさいから」
「お、俺は……俺は臭くねえ!」
 メンタルに甚大なダメージ。損傷レベル最大。俺は地面にかがみ込んで、声を押し殺して泣いた。
「あ、あぅ……その……元気出してくださいぃ」
 慰められてるし。ちょっと罪悪感覚えられてるし。
 信頼関係向上どころか、逆に関係が悪化した感じだった。……鬱だ。
 こうして俺とゼリィの間に気まずいどころじゃない空気が流れ、そろそろ俺の心がどうにかなりそうな時だった。
「おい、知ってるか? 魔王がこの町に来るって噂だぞ」
 近くから男の声が聞こえた。俺にとって興味深い話だったので自然と注意が向く。
 俺は立ち上がって、声のした方を振り向けば、そこには2人の男がいた。
「魔王が? 一体こんな場所になにしに来るんだ」
 もう一人の男が言った。噴水近くの木陰で立ち話をしているようだ。
 俺はゼリィとの気まずい空気から逃れようと、2人の会話に聞き耳を立てた。
「なんでも勇者を討伐に来たとかどうとか」
 な、なにっ!? 勇者だって……それってつまり俺の事か? いや……それとももしや先程武器屋で出会ったあの金髪のイケメンの事なのか?
「そうなのか……それが本当なら大変だな。下手したら町が滅ぼされるかもしれん」
「まったく迷惑な話だぜ。魔王も勇者もな」
 男達はけれど、大して慌てた様子もなく話し合っていた。
 それにしても町人に迷惑がられる勇者の存在って……。今までにこんなRPGあったか?
「はぁ……なんか勇者ってのも大して尊敬される存在じゃないんだな」
 俺はため息を吐いてゼリィの方を見た。
 するとゼリィも珍しく俺の方を見て、そして言った。
「え、今頃気付いたんですか。そんなんだから勇者は馬鹿にされるんです」
「ひでえ!」
 なんか悪口の時だけは自信満々にはっきり言うよね! コミュニケーションが円滑だわ!
 俺が心の病一歩手前まできてしまったところで、ようやく待ち人がやって来てくれた。
「あら、あなた達もう来てたの。っていうかどうしたの、勇者さま。戦う前から死にそうな顔してるけど」
 真字が大きな紙袋を両手で抱えてヨロヨロ歩いていた。
「随分買ったんだな。中身はなんだ?」
 やっと地獄から解放された喜びを感じながらさりげなく尋ねた。
「痔の薬ですよね」
 ゼリィが横から答えた。破天荒すぎる!
「死ねっ!」
 毒舌を吐くロリっ子剣士の頭をぱこんと殴って、真字は自信満々に口を開いた。
「ふん、冒険の支度金をそんな私用で使うわけないじゃない。これの中身はね……私専用の菓子類よっ!」
「思いっきり私用じゃねーか!」
「ちなみに最近嵌っているのはハバネロのきいたスナック菓子よ!」
「そんな情報いらねえ! なんでちょっと偉そうなんだよ!」
 このパーティー、ほんとパンチの効いた人間ばっかりだよな。
「さぁ、そろそろ行きましょう。敵を狩って経験値とお金を貯めるのよ」
 遊び人は涼しい顔で言った。
「分かったよ」
 でもゼリィが加入した分、戦闘面に関しては不安な気持ちはなくなっていた。まぁ、これも成長か。

 こうして俺達は町の外へ出てモンスター達と戦った。
 牛に似た姿をしたモレックとか、あと、俺がこの世界に来て初めて出会って殺されてしまったスライム状のモンスターとか、あとコウモリみたいな怪鳥とか様々だった。
 俺と真字は弱かったけれど、その分ゼリィがもの凄い活躍を見せてくれた。ほぼ一人で戦っていた。
「う〜ん……さすがゼリィの強さはいつ見ても脱帽ものよね」
 とか言いながらお茶を飲んでくつろいでいる真字。
「いや、お前はリラックスしぎすぎだろ!」
 ゼリィは鼻のでかい小人のモンスターと戦っている。なのにこの状況はなんだ。いくら役に立たないからって茶はないだろ。茶は。……いや、ただ突っ立って見ているだけの俺が言うのもなんだけどさ。
「たああああっ」
 おっ。ゼリィが小人に斬りかかっていった。あんなでかい剣を軽々と振り回す姿は圧巻だ。
 邪魔にならないように、結局俺も真字と一緒にお茶を飲んで見学する事にした。
「ほらほら、ゼリィ。そんな奴さっさと倒しなさいな」
 なんて性格をしているんだ。ああ……でもこうして茶を飲みながら観戦するのもいいものだな。頑張れぇ、ゼリィ。
「――って、うわあっ!?」
 真字と2人で和んでいたら、いきなり大剣がこっちに飛んで来て、目の前の地面に突き刺さった。
「あ、熱うううう〜〜〜っっ! 危ないわね! なにしてるのよ、ゼリィ!」
 真字が腰を抜かしている。しかもお茶をこぼしてスカートがびちょびちょに濡れていた。
 どうやらゼリィの大剣が飛んで来たようだ。
「ご、ごめんなさぁい。うっかり手がすべっちゃいましたぁ」
 見ればゼリィが舌を出して笑っていた。……いや、絶対わざとだ。その姿に俺は恐怖を感じた。背筋が凍り付くような殺意が込められているし。
「ま、まあ……分かればいいのよ。分かれば」
 真字も俺と同じ感情を抱いたのか、ガクガク震えながら大人しく納得した。
 そしてなんだか真字のスカートがさっきよりも濡れてきてるように見えるのは俺の気のせいだろう。あと微かなアンモニア臭がするのも気のせいだ。
 それにしても……真字の今の姿はけしからんな。女の子座りで泣きそうな顔になって下半身が濡れている。むう。目に焼き付けておく価値はある。
「って、アンタはさっきから何見てるのよっ」
 いてっ。叩かれたし。

 その後ゼリィはなんなくモンスターを退治して、気が付けば、すっかり空の色がオレンジに染まる頃合いになっていた。
「そろそろ戻るか?」
 なんだかんだで敵も結構倒したし、何よりゼリィ一人で戦わせっぱなしだったからそろそろ休ませてあげないと。
「戻るに決まってるじゃないっ。私にこの格好のままでいろって言うのっ?」
 ああ、そうだった。真字の事をすっかり忘れていたよ。まぁ自業自得みたいなもんなんだけど。
「ふぅ……やれやれですぅ」
 と言って、ゼリィが剣を背中に掲げている姿を、夕日の光に目を細めながら俺はぼんやりと眺めていた。
 滲む橙色に溶け込むゼリィの姿を見ていると、この世界も俺の世界も基本的には大差ないんだなと感じた。
「ああ。もうすぐ陽も暮れるし、そろそろ帰らないとな」
 俺はどこか懐かしさのようなものを感じながら曖昧に返事した。
 結局、俺はここに来て何をやっているのだろうか。
 ゼリィばかりに戦わせ続けて、ただ状況に流されて。でも俺も最初の方は一生懸命竹槍を振り回して一応は戦っていたんだ。全然ダメージを与えられているようには思えなかったんだけど。
「はぁ……」
 なんだかまた気分が滅入ってきた。この世界に来てから俺のメンタル値がどんどん下がってきている気がするよ。
 まぁいい。とにかく今はさっさと町に戻って、それから考えればいい。
 そうして俺達が踵を返し、町の方へと歩を進めたその時だった――。
「ふははははは! 貴様が勇者かぁ!?」
 ――一際高い声が、橙に染まった草原に響いた。
「な、なんだ……?」
 俺達はその声に一様に驚いて、声のした方を振り向いた。
 そこには、翼で羽ばたきながらこちらへゆっくりと近寄ってくる人型のシルエット。
「だ、誰だ、こいつは……」夕日に照らされ眩しくて見えない。
 そして、その謎の人物は地面にふわりと着地した。
 その際に、はっきりと姿を確認する事ができた。一見カッコイイ男のように見えるけど、背中に翼を有していて、頭には2本のツノが生えていて、まるで吸血鬼のように歯には鋭い牙があって、そして爪も肉食獣の様に鋭く尖っていた。
 瞳は青と赤のオッドアイ。赤と黒を基調にしたやけに仰々しい服装。先程あった自称勇者のようにマントまでついている。流行っているのか?
 そいつは翼をたたんで、腰に手を当てて、大きな声で言った。
「我が輩は魔王だッッ!!!! さぁ、敬え、崇めよ!」
 ……え? 今なんて言ったこいつ。
「な、なあ真字。ゼリィ……こいつはいったい」
 俺は訳の分からない突然の闖入者に戸惑ってしまって、助けを求めるように隣に立つ仲間達を見た。
 だが、そこにはゼリィの姿しかなかった。いつの間にか真字は消えていた。
「ま、まさか……魔王がこんなところに……」
 そしてゼリィはそう独り言を言ってわなわなと震えていた。
「……って、ま、マジで!? ま、魔王なの!? この人がっ!?」
 人じゃないんだけどね。ツノとか生えてるし。
 ……というか、真字はどこに行ったんだ。つーか逃げたんだよな!? 最悪だ!
「ふわぁははははっ! 虫けらが! 我が輩を知らぬとはいい度胸だ!」
 どうりで偉そうに高笑いしているわけだよ。だって偉いもん、実際。あと声でかいよ。
「それよりもなんでこんな場所に魔王が登場するんだっ! いきなりラスボスて!」
 普通魔王が直々にこんなフィールドまで出向いてくるか!? かなり序盤辺りなんじゃないの、ここ。ゲームバランスおかしすぎだろ!
「常識を打ち破る男、それがこの魔王クオリティーなのだよ! ふはははは!」
 魔王が腰を思いっきり逸らして笑っている。なんだその破天荒ぶりは。ほんとに魔王か?
 俺は軽い疑問を感じ始めたのでゼリィに意見を伺うことにした。
「なぁ、ゼリィ……って、あれ?」
 いつの間にかゼリィまでいなくなっていた。そ、そんな……まさかゼリィまで逃げ出したというのか?
「そんな……俺は見放されたのか」
 ああ、俺ってなんて不幸なんだ。もう何も信じられない……。
「ぬわっはっはっはっ! 勇者よ、貴様も仲間には恵まれなかったようだなぁ」
 魔王が瞳を赤と青に光らせながら嬉しそうに言う。
 もうなんか疲れた。俺は人生とかここでの生活とか全てを諦めた。もうどうにでもすればいいさ――と思った次の瞬間。
「はっ、はらわたをブチまけなさいですぅっ!」
 と声がして、魔王の背後に高く跳び上がる影が見えた。
 それは――ゼリィだった。
「ぜ、ゼリィ!」
 さすが頼れるエース。いつの間にか魔王の背後からゼリィが斬りかかっていたのだ。あ……ありがとう、ゼリィ! 逃げたんじゃなかったんだね! というか抜け目ねえ!
 この奇襲は魔王といえども防げないだろう。だけど――。
「フンッ。愚かなり……雑魚がッッ」
 魔王は不敵に笑っていた。
 瞬間。魔王の姿が消えた。ゼリィの大剣は虚しく大気を斬る。
「な、なん……だと!?」
 いったいどこに行ったのだ――と、思ったら。
「ふにゃあ……」
 大剣を振り下ろし立ち尽くしていたゼリィが、可愛らしい声を上げて倒れ込んだ。
「えっ……」
 呆気にとられた。一瞬、何が起こったのか全く分からなかった。だけど、ゼリィのすぐ傍で魔王が手刀を構えたポーズをとっているのを見て全てを悟った。
「魔王に反撃されたんだ……しかもたった一発の手刀で」
 ゼリィは完全に戦闘不能状態だった。ゼリィは倒れたままピクリとも動かない。
 俺は我が目を疑った。あの圧倒的な強さを誇るゼリィが一撃、だと……!
 その時、俺の背後から声がした。
「はっはっは。貧弱貧弱ゥゥ〜……人間というのはかくも脆い生き物なのか……わざわざ我が輩が出る幕もなかったなぁ!」
 俺の首筋に息がかかった。ゾクリ、と寒気が走った。気付けば、さっきまでの場所に魔王の姿はなかった。そして俺の背後に、魔王がほぼ密着するように接近していた。いろんな意味で身の危険を感じた。
「さぁて……では、貴様には悪いが死んで貰おうかぁ」
 魔王は氷のような冷たい声で告げる。う……絶対絶命だ。
 俺は死を覚悟した。何も訳が分からないままここで殺されてしまうのか。
 俺はぎゅっと目を閉じる。
 目を閉じると同時に遠くの方からバサリバサリと何かが飛んでくるような音が聞こえたが、これから殺されようとしている俺には関係のない話だろう。
 だが。
「魔王様、魔王様。またこんなところまで来ちゃってぇ〜。駄目じゃないですかぁ〜」
 ん……あれ?
 羽ばたく音と共に、場違いな程の妖艶な女性の声が上空から聞こえた。
「こ、今度はなんだ?」
 俺は目を開けて、声のする方に視線を上げると、そこには背中から翼を生やした、もの凄い美人でセクシーなお姉さんが空を飛んでいた。
「おおッ、サッちゃんじゃないか! わざわざ何しに来たのだ、わが下僕よ!」
 すると俺の傍に立っている魔王が大げさなくらいの大声で、翼を羽ばたかせて飛んでいる女性に話しかけた。下僕……ということはこの女性は魔王の配下なのだろうか。つーか耳元でそんなでかい声出すなよ。
「何しにって、そんなの決まってるじゃないですかぁ〜。魔王様を止めに来たんですよぉ〜」
 サッちゃんと呼ばれた美女は地面に着地すると、翼をたたんで甘えるような声で言った。
 こいつも――人間じゃない。魔王と同じように、頭には2本のツノが生えているし、なんと尻尾まで生えている。ちなみに胸はもの凄く大きくて、腰のくびれもセクシーで、いやらしい体に密着するような黒いコスチュームに身を包んでいて、なんというかかなりの大胆だった。真字とは比べものにならないくらいだった。
「む。なぜ我が輩を止めに来たのだ? まさか……貴様我が輩を裏切るというのかっ? 下克上か!?」
 俺が見とれていると魔王が美女に詰め寄っていた。
「ちっ、違いますよぉ! 何を言ってるんですか魔王様ぁ〜。私ごときサキュバス風情が魔王様にたてつくはずないじゃないですかぁ〜」
 美女はうろたえるようにして頭をブンブン振った。成程、この美女はサキュバスだったのか。どうりでエロイわけだ。
「私は魔王様の側近として、ルールを遵守して頂きたく忠告しているのですよ!」
 サキュバスは人差し指を立てて、頬を膨らませながら魔王の顔を凝視した。
「ルール……とな?」
 魔王は不服そうな顔でサキュバスの説明を聞いている。もはや俺の事など眼中にも入っていないのだろう。
「そうですよぉ。魔王にも魔王の領分ってものがあります。魔王はラスボスなんですよ? ラスボスは常に受け身なんです。凶悪な魔物が住み着く秘境の城の最深部でどっしり身構えていなければらなないのです。早々に勇者を倒したい気持ちは分かりますがそれをしちゃうと何の物語にもならないですよっ」
 なんだ、その理屈は。まぁ、ゲームとしてももっともなんだけど。
「く、くう……。確かに。それは超えてはならないルールだったな……しかし我が輩はそんな倒されるのを待つだけの悲劇の運命から逃れるためにこうしてだな……」
 魔王は魔王で納得してるし。しかも逃れたがってるし。
「駄目ですよ。気持ちは分かりますが、それでもこの状況はナンセンスです。ほとんど無力じゃないですか。こちらから襲うにしても実力差がありすぎますよぉ〜」
「むぅ〜。分かったよサッちゃん。でもこのままおめおめと帰るのはなんというか……せっかく勇者を倒すチャンスなのに」
 魔王はしょんぼりと体を小さくしていた。
「ここは一旦引きましょう、魔王様! これじゃいくらなんでも酷すぎますよ。ポリシーに反します」
 さすが魔王の側近という感じだった。完全に魔王を手玉にとっている。
「う、うん……そうする。だ……だが、勇者よ! 我が輩は諦めたわけではないからな! きっといつか正々堂々と貴様を倒し、そして我が輩こそがこの世界の主人公となるのだ! ぬはははは!」
 魔王は思い出したように俺の方を振り返って捨て台詞を吐いた。なんか雑魚っぽい。
「……」
 俺は何と言っていいのか分からないので、ただ茫然と突っ立っていた。
「ふははははは! では勇者よ、また会おうではないか! 次会うときが……貴様の命日だッッ!!!」
 そう魔王が言うと、途端に何もない空間からまるでトンネルのような歪みが生まれた。
「なっ、なんだ……あれは」
 それには――見覚えがあった。俺がこの馬鹿げた世界に来てしまったそもそもの要因。墓地で行き遭った時空の扉。
「あら〜。これはね、坊や。空間と空間を繋ぐ特異点のようなものよ。これを使って任意の場所に行くことができるのよぉ〜。便利でしょ〜?」
 サキュバスは悪戯っぽい笑みで俺に言うと、まだ未練がましそうな魔王の手を引いてトンネルの方へと進んでいった。
「それじゃあ坊や。また……近いうちに会いましょう」
 トンネルの間際まで来るとサキュバスは俺の方を振り返って妖しく微笑み、投げキッスをして、再び背中を向けた。
 そのまま魔王とサキュバスは穴の中へと姿を消した。
 そして――トンネルが閉じた。
 一気に静寂に包まれた。今までの騒動がまるで白昼夢だったみたいに。
 もう陽はほとんど暮れかけていた。
「ふう、まさか魔王が登場するなんてね」
 ふと、後ろから聞き覚えのある声がした……というか真字の声だった。
「って、お前今までどこいたんだよ!」
「そんなの決まってるじゃない。ずっと隠れていたのよ!」
 眉間に皺を寄せ、真字は胸を張って堂々と答えた。
「偉そうに言うなよ! あとなんでちょっと逆切れ風!?」
「だって勝てるわけないじゃない」
 悪びれる様子がまるでない。駄目だこいつ……なんとかしないと。
「そりゃ、勝てないかもしれないけどさ、それでもゼリィだって……」
 と、言いかけて俺は大事な事を思い出した。そうだ、真字なんかに構ってる場合じゃない! ゼリィだ!
「ゼリィ、大丈夫……って、うおおおっ!?」
 俺はゼリィが倒れていた方を見て――驚愕した。
 なんとゼリィの姿がいつの間にか消えていて、その代わりにゼリィのいた場所には棺桶が一つあった。
「な、なんだこれ……これって、なぁ真字。もしかして、これって」
「あら、ゼリィ死んじゃったのね」
 あっけらかんとした口調で真字が言った。
「簡単に言うなよ! ひでえ!」
 こんな薄情な人間、俺は未だかつて知らない。もうこんな奴は放っておく。短い間だったが、俺はゼリィとの思い出を脳裏によぎらせていた。
「……くぅっ」
 自然と涙が溢れ出していた。
 まさかたったの一撃でゼリィが殺されてしまったなんて……。くそおっ! 許さないぞ、魔王めえええええええ!!!!
「ううっ……ゼリィ。すまない。俺達が不甲斐ないばっかりに……」
 そうだ。俺達がゼリィを殺したも同然だ。俺に力があれば……。
 俺はこれから一生ゼリィの死を背負って生きていくだろう。
 ゼリィ。君の死は絶対に無駄にしないからな。
 俺が心の中で決意すると、真字が特に何の感慨もなさそうに語りかけた。
「とにかく一旦町に引き返しましょう。教会に行ってゼリィも生き返らせましょう」
「って、生き返られるんかーいっっ!!」
 まぁ、予想はしてたんだけど、なんだか人の命の重さがない世界感だよなあと思いながら、俺と真字は重い棺桶を引きずって町へと戻った。


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