エルデルル冒険譚

第3章 対ボス戦

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 そして翌日。俺達は明日に迫ったサキュバス討伐に向けてそれぞれの役目を果たすことにした。
 真字は1人でどこかへ出かけていった。それは俺達がやって来た方向だった。町の外は危ないっていうのに何をしにいくのだろうか。
 ちなみにフリードリヒと夜芭さんは、サキュバスが乗っ取った町のはずれにある屋敷の様子を窺いにいった。
 そして残されたのは俺とゼリィと天女ちゃん。
 俺達の仕事は町の人達から情報収集することだったのだが――。
「あれ? ゼリィは?」
 町の中心にある広場で俺は気が付いた。いつの間にかゼリィの姿が見えなくなっていたのだ。
「なあ、天女ちゃん。ゼリィはどこに……って、ええっ」
 つい今しがたまで俺の隣にいた天女ちゃんまで消えていた。
「な、なんだよそりゃ……」
 これはあれか? 町の人達からの情報収集なんてやってられないから、俺に押しつけて逃げたって言うのか?
「夢もキボーもありゃしない……」
 嫌な役割ばっかり俺に押しつけやがって……今に見てろよ! と思いながらも何もできないんだが。
「ふぉっふぉっふぉ」
 俺が悔しさに悶えていると変な笑い声が聞こえた。振り向くと老人がいた。
「なんだい、じいさん」
「おうおう……お前さん勇者だそうじゃなぁ」
 ボロボロの服を纏った、長老って感じの雰囲気を備えた老人は俺の事を知っているようだ。昨日結構目立ってたからなぁ。もう町中に広まっていてもおかしくはないか。
「そうだけど……それが何か」
「坊主よ……どうかこの町を救ってくれ」
 老人は笑顔のまま言った。無責任だよなぁ。
「そりゃ分かってますよ。でもまだ準備がありますから」
 こっちだって色々あるんだ。そんなプレッシャー与えるようなこと言うなよ。
「……のう。坊主にとってはこの町はどこにでもあるただの通りすがりの場所かもしれんがなぁ。わしらにとってはここが命のあるべき場所なんだ」
 そう語る老人はどこか脆く見えた。俺は何も言えなかった。言うことなんてなかった。
「あの悪魔を止めなくてはならないのじゃ。あいつはかつて世界を脅かしていた先代魔王の信奉者なんじゃ」
「なに……?」
 今の発言に聞き捨てならない箇所があった。
 だが老人は何かに取り憑かれたように話し続けるので、俺は黙って耳を傾けることにした。
「今の魔王になってから世界は落ち着きを取り戻したんじゃ」
 それは初耳だった。今の世の中は平和の時代にあったなんて。サキュバスは魔王を腑抜けと言っていたのはそういう事だったのか。
「先代の魔王は本気で世界を滅ぼそうとしたんじゃ。そして実際に世界は終わりかけた。それは比喩でもなんでもなくこの世界の存在そのものが終わりを迎えようとしていたのじゃ」
 終わり……。それはどういう意味での終わりなのだ。比喩でない正真正銘の終わり? 俺には老人の言ってることが話半分でしか分からない。
「だが世界が間もなく終わろうとした時、10数年前の事じゃが、先代の魔王は突然世界から消えたんじゃ……死んだという話なんじゃが、詳しい事は分かっておらん。それで消えた魔王の代わりにその息子が後を継いだんじゃ」
 だけど現魔王は世界を滅ぼすことにあまり興味はなかったらしいな。見ている限りそれだけは確かだった。
「そして妙な噂がある……」
 老人は声を低くして言った。
「それは……?」
 俺は固唾を呑む。
「先代の息子である現魔王は……人間の血を半分引いているというのじゃ」
「人間の血……」
 つまりあの魔王は極悪非道の先代魔王と人間の母親の間に生まれたっていうことなのか?
「そして人間の母親は魔族の血が入ったということで、その為に死んでしまったようじゃ。血に耐えられなかったのじゃろう……」
「そんな……」
「だが、その母親には恋人がおったんじゃ……その男は勇者と呼ばれておった」
「ゆ、勇者っ? 勇者だって?」
「そうじゃお主と同じように異世界から来たらしいの。先代はその勇者に倒されたという噂もあるが……別の噂ではの、勇者とその魔王の母親との間にも子供がいたっていう話もあるんじゃ」
 とんでもない三角関係があったものだ。スケールでかすぎだしドロドロしすぎだろ。
「つまり魔王には兄弟がいるってことか……しかもそいつは勇者の血を引いている……」
 噂ばっかりで信用に値しない話だけど。
「……とにかくあのサキュバスは先代の野望を引き継ごうとしておる。サキュバスが魔王の座を奪ったというのが本当なら、あの頃の悪夢がまた蘇ってしまう事になるじゃろう」
「世界が滅びるか……なんかスケールの大きな話になってきたな」
 はやくなんとかしないと……って事か。お約束の展開だな。

 その後、町を探索してその際にいろいろと話を聞くことができたが、皆一様に不安を隠せないといった感じであった。
 途中何人もの人達によくしてもらった。道具屋の主人からは体力を回復させる薬やら色々貰ったし、パン屋のおばさんからいくつかパンを貰った。そして武器屋に行ったら無愛想な親爺が高級な竹槍をくれた。
「って、結局俺の武器竹槍じゃん……」
 竹槍キャラとして定着しそうで少し納得いかなかったが、今日一日この町を回ってみて俺は気付いた。この町に生きる人達はずっと一生懸命にここで生きてきたんだ。
 俺にとっては夢か異世界かゲームでしかない世界なのかもしれないけれど……ここの住人達にとってはここが現実であり世界なのだ。
 だから俺はこの人達の為にもサキュバスを退治しようと思った。
 異邦人の俺だからこそ、それがピッタリな役目だと思ったからだ。
 そうして決意新たにしたところで、日が暮れ始めていたので宿屋に戻るとフリードリヒと夜芭さんが戻っていて、さらに夜も更けてきた頃にようやく真字も帰ってきた。
 とうとう明日、世界を救うための決戦が始まる。


inserted by FC2 system