エルデルル冒険譚

エピローグ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

welcome to the

 
 目が醒めた時、そこは見慣れないベッドの上だった。
「あれ……ここは?」
 俺は上半身を起こして周囲を見渡す。
 まるで異世界で起こった事は全て夢の中の出来事であるみたいな、とても静かで落ち着いた場所だった。
「もしかして……元の世界に戻ってこられたのか」
 それにしては知らない場所っぽいんだけど。ま、気にしない。
 壁にはどこかで見たことあるような平原の風景画がかけられていて、窓の外からは聞いたことのあるようなないような牛っぽい声が聞こえてきた。
 視線をキョロキョロと動かしていると、部屋の扉が開かれた。
「あっ、勇者さん……目を覚ましたんですね」
 ゼリィが出てきた。
「いやっ、戻ってねえじゃん!」
 なんだかんだで実はちょっと期待してたんだよ!
「それよりゼリィ、ここはどこなんだ? なんで俺はこんなところで……っていうか、ゼリィ無事だったんだ。よかった」
 一気に疑問が口をついて出た。
「はぁ……順を追って説明しますが、あの後勇者さんが意識を失って、魔王はすぐに去ったみたいです。で、直後にわたしと魔法使いさんは目覚めました。で、屋敷の敵を全て倒したフリードなんとかさんと天才魔法使いさんがやってきて、そのまま眠ったままの勇者さんを連れて町まで運んできたんですぅ」
 なるほどね……よく見れば、ここは宿屋か。そう言えば外の景色と部屋の造りに見覚えがあった。
「でも分からないことがある……どうして俺はこんなところで眠っているんだ? 俺は元の世界に戻ったはずなんじゃあ?」
「その時わたしは気を失っていたから詳しい事は分かりませんが、それはですね……」
「そ、それは……?」
「こんな事で勇者にいなくなられては魔王の立場がなくなってしまうから……らしいですぅ」
「はぁ? なんじゃそりゃ! 約束が違うじゃん」
「なんでも魔王が言うには――」
 といって、ゼリィは魔王の口ぶりを真似るように語り出した。
「――そう。確かに約束はした。したが……その約束をいつ、どのように執行するかは正確には言っていない……っ。ならば、我が輩がその気になれば10年後20年後に果たす事も可能だということ……っっ」
「な、なん……だって?」
 ざわ……ざわ……ざわざわざわっ。
「――って、可能なわけねーだろっっっ!!!」
「それが駄目なら実力行使でいつでもかかってこいと言ってましたぁ」
「はあぁ?」
「つまり……元の世界に戻りたければ我が輩を倒せ……ってことらしいですぅ」
「なんだよおおおお! それじゃあ最初と何も変わってねえじゃん!」
 つまり元の木阿弥じゃん!!!! あと意識失わせる意味なかったじゃん!
「あっ、あのっ。それじゃあわたしはみんなを呼んできますから……」
 このままだったら怒りにまかせて俺が暴れ出すとでも思ったのか、ゼリィは苦笑いを浮かべてそのまま出て行く。うん、その選択は正しいよ。
 と、思ったらゼリィが扉の前で立ち止まって、
「そ、そうだ……わたし、またあの町に戻ることにしました。今のままじゃ実力が足らなさすぎなのでもう一度イチから経験値を積もうと思っているんですぅ」
 と言った。
「えっ……ゼリィ……それってつまり」
「はぁい……ここで勇者さんとはお別れです」
「……」
 そうか……お別れ、か。
「そ、それで勇者さんに餞別の品があります。う、受け取って下さい」
 そう言ってゼリィは俺に何やら包みを差し出す。
「……ありがとな、ゼリィ」
 すっごい甘ったるい匂いが包みからぷんぷん匂ってきた。まったく……ゼリィらしいよ。
「こっちもありがとです。短かったですが結構楽しい日々でした」
 俺に包みを手渡してゼリィは可愛らしい笑みを浮かべた。子供っぽい笑顔だった。
「少しは男嫌いを克服したか?」
「えへへ、それは内緒ですぅ」
 それじゃさよならです、と言ってゼリィは部屋を後にする。
「……正直、俺と離れられてほっとしてたりするだろ?」
 俺はゼリィの後ろ姿に尋ねてみた。
「当たり前です。これでやっと安心して眠る事ができますから」
 笑うように告げて、ゼリィは出て行った。

 ゼリィが扉の向こうに消えて部屋の中は再び静かになった。
 ――と思ったらすぐに扉が開いた。なんだ。忘れ物でもしたのか?
「…健康祈願にあたし、参上」
 現れたのは天女ちゃんだった。
「…お見舞いに来たよ」
 相変わらずの抑揚のない声で語る。
「……ていうか、お見舞い?」
 俺はケガでもしていたんだっけ?
「おぬしは少々聖なる光を使いすぎたようじゃ…あれはちと体力を消耗しすぎるきらいがあると言ったじゃろ…乱用無用なのじゃ」
「そうでしたね」
 どうりで日に日に体力的にも精神的にも消耗していったわけだよ。
「…かれこれ3日は眠っておったからのう」
「そうですか……って、3日っ? 俺3日も寝ていたわけっ!?」
「そうじゃが…というわけでほれ、今回おぬしは大活躍したようじゃから土産を持って来てやったぞい…」
 天女ちゃんは何でもないようにさらっと言って、手に持ったビニール袋からごそごそを何やら漁り始めた。
「わぁ、なんか悪いな……ありがとう天女ちゃん」
 嬉しくて涙が出そうだ。この世界に来てこんなに優しくされたのは初めてじゃないか? なんだろう。やっぱりここは定番で果物とかかな? それで天女ちゃんが「あ〜ん」とか言って俺に食べさせてくれるんだ。
「ほれ、これじゃ」
 俺がむふふと鼻の下を伸ばしていたら、天女ちゃんがベッド脇のテーブルの上に土産品を置いた。随分重みがありそうな物だった。それは、
「わぁ〜……これはこれは立派な……阿弥陀如来!!!!??」
 木彫りの阿弥陀如来の仏像だった。結構でかい。
 ていうか、なんでっ!? なんでお見舞いの品に仏像!? 意味が分からないし、怖い! なにこれ嫌がらせ!?
 俺がびびっていると、外から何やら大きな声が響き渡ってきた。
「師匠〜〜〜っ! どこ行ったんや〜〜〜っっ」
 夜芭さんの声だった。
「…あうあうあ〜」
 見れば天女ちゃんの小さな体がガクガクと震えていた。そんなに苦手だったんだな。不憫だ。
「…ゆ、勇者よ。そういうわけでそろそろあたしは行く…もう暫く休んでいるよい」
「……どこかに行くのか?」
「ああ…あたしは今回の旅で色々得られるものがあったからの…魔力を復活させるために別の町へ行くことにしたのじゃ」
 天女ちゃんもゼリィと同じくここでお別れということか。少し寂しく思うけれど。
「師匠〜〜〜っ! 遊園地行く約束果たしてもらうで〜〜〜〜〜〜っっ!」
 やっぱり一刻も早くここから出るべきなのだろう。
「こちらも楽しかったぞい。またお主と旅ができればよいな…」
 本当にそう思っているか分からない口調で答える天女ちゃん。
「そうだな。早く元気になるよ。仏像ありがとうな」
 でもきっと天女ちゃんも俺と同じ気持ちだろう。短い付き合いだがそれ位には天女ちゃんを理解できるようになっていた。
「うむ…またの」
 そして天女ちゃんも部屋から立ち去っていった。

 部屋のドアが閉じてしばらくするとまたドアが開かれた。なんだ、またかと中に入ってくる人物を見て俺は少し身を固くした。
「あ、真字……」
 遊び人で――そして魔王の妹であるという真字。
「いいかしら?」
 俺の返事も待たずに真字はベッドの傍まで近づいてきて、そこにあった椅子に腰を降ろした。
「私と魔王とは父親が違うのよ。そして母親はただの人間。魔王の父親が先代の魔王で、私の父親は普通の人間……つまり正確には私は魔族の血はほとんど流れていないの」
 聞いていないのに真字は話し始めた。
「だけど、魔王を身ごもった私の母親の体は魔族の血に侵された。そして私の父と結ばれて、私を産んだ後母はすぐに死んだわ」
 つまり町の老人が言っていた事は本当だったのか。
「どうしてあそこまで魔王を憎むんだ。お前にとってあいつは……」
 聞きにくいことかもしれないけど、俺は聞かずにはいられなかった。
「魔王の血のせいで母は死んだ。魔王の血は人間には耐えられない猛毒なの。そして父は行方が知れない。父が消えたのと同じ時期に先代の魔王も消えた……きっと先代の魔王と戦って相打ちになったのよ。父はあなたと同じく勇者だったから……」
 やっぱり噂は本当だった。つまり真字の父親は勇者で、その勇者と先代魔王は一人の女との間にそれぞれ子供を作ったのだ。なんという昼ドラ。
 父も母も魔王一族によって奪われてしまった真字。人生を滅茶苦茶にされた真字。そして、自分の体の中にも少なからずその血が流れているのだ。
「私の目的は魔王を倒し、その座を頂く。そして私が魔王や勇者などというシステムをなくす。それは物心ついた頃からずっと変わらない……だから勇者さま」
 真字はそこで口をつぐんだ。そう、真字にも真字の目的がある。魔王の座……か。魔王を憎む彼女がその座を望む。その思考にも深い理由がある。みんなそれぞれの目的がある。みんな別々の道を見ている。俺だけは……どこにも向いていない。
 だから俺達のパーティーはここで解散なのだろう。
「そうか……分かったよ。ありがとう真字……いろいろ楽しかったよ」
 これでとうとう俺は1人になってしまった。またふりだしだ。
「なにを言ってるの、勇者さま?」
 しかし、真字は首を傾げて俺の目をじっと見つめていた。
「え? でももうパーティーは解散なんじゃ……」
 俺は呆気にとられて茫然としていた。
「うふふっ……馬鹿ね勇者さま。一番最初に言ったでしょ? あなたと私の目的は同じなの。あなたは元の世界に帰るため……そして私は魔王の座を頂く。その為に魔王を倒すの」
「で、でも俺は勇者として弱すぎるし、今回だって全然活躍できなかった……」
 ほとんど魔王に助けられたものだ。もし俺がサキュバスを倒せる力があれば真字は魔王を復活させる必要なんてなかったはずだ。
「あはははっ。違う違う。勇者さまも立派に活躍したわよ。これから強くなればいいのよ」
 なのに真字は気持ちいいくらいの笑顔で俺を否定した。
 俺はそんないいかげんな事を言う真字の言葉に少しむっとした。
「いやいや人間そんなすぐに変われないだろー」
 すると、真字は慈悲に包まれたような、ある種神々しい顔になって言った。
「変われるわ……現に私は変われた」
 それはまるで悪魔というより天使のような姿だった。
「あなたに出会って私は変われた」
「俺と……出会って?」
「あなたがいなければきっと私はあの時魔王を殺していたわ……けどあなたはそれを止めてくれた。初めはその事が許せなかったけど……今はその選択で良かったんだと思うの。少なくとも私は変われた。だから今度はあなたが変わる番。大丈夫よ、きっとあなたは強くなれる。私とあなたは同じだから。同じ目的を持って同じ方向に進む仲間だから」
 そうか……同じなのか。俺と真字は同じ方向を向いているんだ。一緒にいられるんだ。
「だから――もしあなたがよかったら……」
 真字が顔を赤くして、俯き加減で呟く。俺はその姿に少しドキリとした。
「な、なんだ……?」
 俺の声は思わずうわずってしまう。
 真字はそんな俺を見てくすりと笑って、そして流れるような髪を風に揺らして言った。
「これからもあなたと一緒に冒険を続けてもいいかしら?」
 真字は儚げで、悲しそうで、けれど清々しい目をしていた。
 俺はできるだけの笑顔を作って、目の前で俺を見つめる碧眼の瞳を持った少女に答える。
「ああ。俺は元の世界に帰るために戦う。そしてお前は魔王を倒すために戦う……利害は一致してる。そういうことだろ?」
 だから今のところはまだ何も聞く必要はない。知ってることだけ知っていればいいんだ。
「うん……私達の共犯関係はまだまだ続くってことね」
 共犯関係……ね。いかにもな台詞で陳腐だけど……そうだ。物語はまだまだ始まったばかりなのだ。
「さぁて、これからどうしようか。ゼリィも天女ちゃんももうどっか行っちゃったからなぁ」
 俺はベッドから起き上がって窓の外を見上げた。
「そうね、まずは仲間集めからね。なにしろ私達最低最弱のコンビなのだから」
 真字も俺の隣に立って空を見上げる。
「よし、じゃあさっそく酒場にでも出かけるか」
「ええ」
 そこには透きとおるような空が広がっていた。そこを一羽の名も知らぬ鳥が横切る。
「そういえば……聞いてなかったな」
 俺は窓から離れて、旅立つ支度を整えて真字に聞いた。
「うん?」
「この世界の名前……俺が迷い込んで、当分過ごすハメになったこの世界のことさ」
 俺の質問に真字は目をぱっちり開いて、そしてクスリと笑ってから言った。
「――エルデルル」
「……エルデルルか。それはとてもいい名前だな」
 俺が過ごしていたのとはまた別の世界。俺にとってここは胡散臭くて虚構のような世界かもしれないけど、ここに生きる人達にとってはまぎれもなくここが現実で、毎日が真剣なんだ。 そう、ここは剣と魔法のファンタジーな世界、エルデルル。
「それじゃあそろそろ行こうか」
 俺達は宿を出て出発した。外に出た俺は太陽の眩しさに目を細める。
 まだ目的地は決まってないけれど、新しい旅の始まり。
「勇者さま」
 俺達の新たな旅を祝うように気持ちのいい太陽が輝く空の下、陽光を体全体で浴びるように、真字はわざとらしく大げさに両手を広げて、くるくる回りながら言った。
「私達の冒険はまだ始まったばかりよっ」
 俺と真字の冒険の第2章はここから始まる。


inserted by FC2 system