エルデルル冒険譚

prologue

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

プロローグ ようこそ異世界へ!

 
 いつものように俺が高校から帰宅する途中にそれは起こった。
 俺は急いでいる時はショートカットになるからと墓地を通っているのだが、俺はきっとその事を後悔し続けるだろう。こんな場所通るべきじゃなかったのだ。せめてこの日だけでも……。
 学校の用事が忙しくて帰りが遅くなった俺は、近道に墓地を通ることにした。
 まぁ、この辺はざっくり割愛するが……その時俺は、墓地の中に見慣れない光を見つけたのだ。そして興味の沸いた俺はその光に近づいてみたが――その途端に強烈な眩しさに目が眩んで――とにかく気が付くとそこはもう、ファンタジーの世界だった。

 強烈な眩しさから次第に視力が回復してくると、まず目に飛びこんだ小高い丘。
「え……丘?」
 先程までこんなものはなかった。俺は驚いて辺りを見回してみた。するとそこは見渡す限りの草原が広がっていた。
「ていうか……え、墓は?」
 ここは墓地であるはずだ。なのに墓が一つも見えなくなっていた。消失した。ちなみに人の気配も相変わらずない。それにいつの間にか光のトンネルも消えていた。っていうか完全に地形が違う……広大な大自然になっちゃってるよ! しかももうすぐ夜になろうとしてるはずなのに、何故か太陽が上の方でギラギラ輝いてるんだけど!?
「おいおい、これは洒落にならないだろ」
 何が何だか分からない状況に、俺は茫然とする以外になかった。
 ここはなんだろう……とキョロキョロ辺りを見回し、呆けるように考えていたら――事態はもっと理解不能なものへと発展していった。
 俺の背後から何か気配がした……何者かが近寄って来る音が聞こえてきた。
 何だと思って俺はだらしなく口を開けたままゆっくり振り返ると――そこには謎のモンスターがいた。
「……はへ?」我が目を疑った。
 それは一見すると愛くるしい、プルプルしてそうな、まるでまんじゅうにも似たスライム的なキャラクター。ただし――それは人間大の大きさだった。
「なんだこいつは……?」
 その可愛らしい見た目から、俺は警戒心を持つことを忘れていた。だが完全に油断していた。俺がしげしげとマスコットのようなキャラクターを眺めていたら、
「ピキーッッッ!!!」つぶらな瞳をしたそいつがいきなり叫び声を上げた。
「なっ、なんだ……っ」
 いきなりの事に俺の思考は停止。体が固まって動けなかった。
 そしてそいつは鳴くのを止めると……なんと信じられない事に、俺に襲いかかってきた。
「うえっ!? 嘘だろッ!」
 ぱっちりした目を潤まして、そいつは丸い巨体をバウンドさせながら突進してきた。
「うぐあっ!」
 まともに体当たりを喰らった。なにこいつ、見た目と相反してめっちゃ凶暴だし、めっちゃ強いし!
「プピピーーーーッッ!」
 なおも追撃の手を緩めないスライム。
 そしてしばらくの間、俺は可愛らしいモンスターに攻撃され続けた。何度も何度ものしかかられた。
 俺の意識は次第に薄れていって……体の感覚は麻痺していく。ああ、俺もしかして死に直面しているんだ。こんなわけの分からないうちに、わけの分からない敵に、わけの分からないままに殺されるなんて。ああ、死ぬってこんなに身近で簡単なものだったんだ――。
 俺はその時、確かに一度殺されてしまった。
 そして、気が付くと――。
「なっ? ここは……お城?」
 場面が突如、ガラリと変化していた。またもやわけの分からない場所にいた。
 いや、それよりも――。
「生きている……?」
 死んだはずの俺は生きていた。もしかして気絶していただけなのか?
 俺は様々な疑問を感じながら周りを確認する。
 ここは――そう。行った事は一度はないが、確信をもって言える。それ位、お城の中っていう感じの場所だった。
 絢爛豪華な意匠が施された中世の西洋的な城内。いかにもファンタジー世界っぽい。
 そして――俺の目の前には、王様らしき人物までもがいた。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
 ……え? 誰こいつ。王様? っていうか、勇者? え? 誰が? 俺が?
「武器は装備しないと意味がないぞ」
 ぽか〜ん、とする俺を無視して王様は続けた。って、いや……武器って。ねーよ、そんなもん。
「あの〜。何か僕ちょっと道に迷ったぽいんですけど、ここってどこなんですかね」
 いても立ってもいられなくなって俺は王様に尋ねてみた。
「武器は装備しないと意味がないぞ」
 は……反復された! っていうか答えになってないし!
 俺はこの時、ようやく全てを悟ってしまった。
「つか、これ……ゲームじゃん! RPGじゃん!!」
 異世界に飛んじゃったよ。ワンダフルワールドだよ!
「武器は装備しないと意味がないぞ」
 尚も同じ台詞を繰り返す王様。もういいよ! 分かったよ!
 信じられないような事実だけど、ここがゲームの世界だと仮定しておこう。ならとりあえずこの王様に話しかけても意味がない。たかがNPCにしか過ぎない。
 だったら……他の人間に話そう。情報収集しよう。それがRPGの基本だ。ふふ……俺もゲームなら人並みにはやっている方だ。たかがゲームだと思えばこんな状況でも冷静に考えられた。
 落ち着きを取り戻して辺りを見回してみると……大臣っぽいのが王様の後方にいるのが見えた。とりあえず話してみようと思い、俺は王様をスルーして大臣の方へと向かった。
「あのう……」
 何と話しかけてみたらいいか分からなかったが、俺の台詞が発せられるより早く大臣は大きな声で言った。
「おお! おぬし、よく見れば仲間が一人もおらんではないか。それでは魔王は倒せんぞ。城下町にあるルイーザの酒場に行けば百戦錬磨の強者達が軒並み勢揃いしておる。まずはそこで仲間を見つける事じゃ」
 ルイーザの酒場って! まんまドラ○エじゃん! なにこれ、やっぱ夢なの!? さっきから俺は悪い夢でも見てるの!? あと魔王ってなに? 魔王倒さないと醒めない仕組み!?
 しかし、いつまでも嘆いていても仕方ない。ルイーザの酒場に向かうことにしようか。
「おお、おぬしよく見れば仲間が――」
 さっさと俺は城の外へ出た。
 ――と、そこまでが俺のざっくばらんとした経緯なのだが……落ち着いているように見えて気が滅入るほど困っている。滅茶苦茶すぎる。支離滅裂過ぎる。俺は一体どうなってしまうんだろう。果たして俺は元の世界に戻れるんだろうか。それはやはり、この馬鹿げた世界をクリアしなければならないという事なのだろうか。
 ここから俺の、長く厳しく理不尽で不条理な異世界での物語が始まった。


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