エルデルル冒険譚

第一章 仲間

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 意識を取り戻した俺は、真字に言われるがままさっそく冒険することになった。
 本当は街で武器とか役に立ちそうなアイテムを買っていきたかったんだけど、よく考えたらこっちの世界のお金持ってなかった。ちなみにお金の単位はゼニらしい。
 だから、とりあえず俺達は街の外に出て経験値兼ゼニ稼ぎに出たわけなんだけど。
「モンスターいねえ……」
 果てしなく広がる平原を前に僕は途方に暮れていた。
「そうね。国の周辺だからさすがにこの辺は滅多にモンスターなんて現れないかもね」
 あっけらかんとした口調で言う真字。
 やたらと脳天気そうな少女に、心配性の俺は質問をぶつけてみる。
「それよりさ、気になってることがあるんだけど……」
「なによ」
「なんていうか、魔王とやらを倒したら本当に元の世界に帰れるのかな……って」
 そこら辺の事とかどうにも曖昧になっているし、そもそも魔王と俺の繋がりもよく分からないし。
「それは大丈夫よ」
 だけど俺の心配をよそに、真字はやけに自信満々に言った。
「どうしてそんな事わかるんだよ。魔王に聞いたのかよ」
 冗談めかして俺は尋ねたが、真字は顔を少し曇らせてから答えた。
「だって私の目的も――魔王を倒すことだし」
「……そ、そうか」
 真字のその顔はやけに決意めいたものを感じられて、俺はその理由を聞くことが憚れた。
 振り返って見てみれば俺達が出た街は小さくなっていた。いつの間にか遠くに来たらしい。

 その後もずっと俺達はだだっ広い原っぱを歩いた。
 こうしてみると、この世界はなかなかに素敵な場所だと思う。少なくとも風景だけは。
 まず日本の都会では見ることのない光景だろう。まさにTVの中のドキュメンタリー番組で見るような大自然だ。
 広大な土地に澄んだ青空。見渡す限り草が生い茂っていて、遠くには動物の姿が……。
「って、あれ?」
 遠くに見える動物。なんか変な気がするんだけど……あれは、なんだ? こっちに近づいてきているみたいだ。
 一見するとそれは牛のようにも見えるが、やたら凶暴そうな風体をしている。体中に危険そうなトゲが突き出ていて、色だって白と黒のツートンカラーじゃなく灰色で、なんというか模様が迷彩柄みたいになっていた。
「な、なんだ……あいつは」
 俺の声は震える。あいつは多分……モンスターだ。おいおい、なんてこった。いきなりあんな敵でてきたけど大丈夫なのかよ。
 どうすればいいのか分からいので、俺は真字の方を見た。
「あら。あいつはモレックじゃない。なかなか珍しいわね。こんな町の近くにまで来るなんて。でもただの雑魚よ」
 真字さんメチャ余裕そうだし。なんだ、もしかしてあいつ見た目とは裏腹にそんなに強くないのか? 名前は強そうなんだけどなぁ、モレック。
「その様子だと秘策ありって感じだけど……大丈夫なのか? 遊び人」
 ま、遊び人といえども雑魚くらいは倒せる……か。
「まずいわね……遊び人の私と、右も左も分からない勇者さま……駄目だわ。私達じゃああんな敵でも勝てないわっ」
「さ、最悪だあああああ!!!!」
 モレックが強いんじゃなくて俺らが弱すぎるのかよ! じゃあそもそも外出るなよ! 俺達は一体なにしに来たんだよ!
「問題は私達にあり……ね」ズビシとキメ顔で答える真字。
「お前が言うなよ! それより落ち着いてる場合じゃないだろっ!」
 こうしてる間にもモレックが迫ってきている。普通に走って逃げたってすぐ追いつかれるだろう。
「分かったわよ、こうなったら――やるしかないわね。うふふ……いいでしょう。遊び人の本当の力ってやつを見せてあげるわ……」
 何故か真字は不敵に笑った。な、なんだ。もしかしてこいつ本当は凄い奴だったのか?
「ど、どうするつもりなんだよ。真字……」
「どうするって勇者さま……そりゃあ決まってるでしょう――逃げるのよッ!」
 てえ、逃げるんかいっ!
 あっ、しかもめっちゃ速いし! まさにはぐれメタルの如くだし!
「ちょっ、待ってくれよ! 真字! 俺を置いてかないでくれ!」
 なんて酷い奴なんだ。こんなんだったら仲間にするんじゃなかったよ。
 俺はなんとか真字の後を追いかけようとするが、足が思うように動かない。
「うわあ、駄目だッ殺される!」
 モレックはすぐ近くまで迫ってきている。俺は足が竦んで動けない。
 ……終わった。
 俺は、また死んでしまうのか。一生怨んでやるぜ、真字よ。
 と、俺が真字に対して怨嗟の感情を抱いていた、その時――。
 ザンッ――と、広い大地に小気味いい音が響いた。
「え……あれ?」
 ほぼ同時に、俺の目の前まで来ていたモレックの動きがピタリと止まっていた。
 そして――。
「なぬうっ!?」
 凶暴な顔をした牛が表情一つ変えずに、縦に真っ二つに分断された。
「……」
 俺は呆気にとられて言葉が出ない。何が起こったのだ?
 左右対称綺麗に2つのパーツに別れたモレックは、ぱっくりと中を開くようにしてドスンと地面に崩れ落ちた。それはシュールである意味滑稽な光景だった。
 それからすぐに、その光景にはあまりに不釣り合いな声がした。
「やっつけると心の中で思った時、既に行動は終了していますぅ」
 それは甘ったるい、舌足らずな少女の声だった。
 俺は声のした方を凝視する。でも……誰もいない。
「あ、あのう……だ、大丈夫ですかぁ?」
 だけどまた甘い声がした。
「えっ」
 その時、ようやく俺は気付いた。
 よく見れば、モレックの巨体の後ろに少女がいた。少女は小柄だったから全然気が付かなかった。
「えう〜っと……あの……その……」
 その少女はおどおどと視線をせわしなく動かして、俺をチラチラ盗み見ている。挙動不審だった。
 黒髪のツインテール。そして、頭にはなぜか猫耳らしきものがくっついていて、よく見ればしっぽらしきものまで生えている。この世界の住人は何でもアリなのか。いや、俺としては嬉しいんだけど。そして更に嬉しい事に、少女は小さな体の割にとても発育のよろしい胸をしていて。薄ピンクのヒラヒラした薄着に窮屈そうにタポンタポンと配置されていた。
 そして猫耳より、しっぽより、さらには胸より、何よりも際立っていたのが――背中に抱えた、少女の身長を軽く超える大剣だった。
「まさかこの牛は君が……その馬鹿でかい剣で?」
「え、ええ〜と……あ、は、はいぃ」
 甘えるような声で、申し訳なさそうに言った。
 俺は驚いてただただ小動物のような少女を見つめていた。
 するといつの間に戻って来たのだろうか、気付いたら俺の隣には真字がいて、言った。
「あら、あなたゼリィじゃない。こんなところで何してたのよ」
 謎の少女に語りかけた。な、なんだ。この子の事知ってるのか?
「あ、遊び人さん……わ、わたしはちょっとお小遣い稼ぎをしてたんですぅ」
 そして謎の少女も真字の事を知ってる風だ。
「お、おい。真字……この子、お前の知り合いなのか?」
 っていうか真字よ、俺を置いて逃げた件についてはスルーなのか? いいや、俺が許さん。後できっちり片をつけてやるからな。
「まぁ、そうよ。この近辺で彼女の名前を知らないものはいないわ……彼女の強さは折り紙付きだからね」
 遊び人は俺の胸の内も知らずに言った。
 ふ〜ん……なるほど。そんなに凄い人間なのか、と俺は感心してロリロリな少女を眺めた。なんだか少女は照れくさそうに俯いていた。
「い、言わないで下さい……遊び人さん。わ、わたし目立つの好きじゃないんですぅ」
 泣きそうに顔を赤くしている。恥ずかしがり屋なのだ。っていうか、あんなでかい剣を抱えて目立たないもなにもないと思うんだけど。
「そ、それより遊び人さん……その男の人は……」
 小さな少女は俺の方を怯えるようにそっと見た。でも俺と目が合った瞬間に、またすぐ逸らした。
「ああ、彼は勇者よ。こっちの気付いたらこっちの世界に飛ばされてきたんだって」
 なんの事もないように真字は言った。なにさらっと言ってんの。え、っていうか日常茶飯事なの? 俺の世界では異世界転送なんてすっごいスペクトラルな事なんだけど!?
 だけど気弱な少女は、勇者という言葉に特に食いつく素振りもみせずに自己紹介した。
「そ、そうなんですかぁ……あ、あのぅ。わたしはゼリィ=フィッシュって言います。一応剣士をやらせてもらってますぅ」
 剣士……か。なんか全然見た目とマッチしてない職業だよな。あとゼリィって名前もなんだかこの子にはピッタリだな――ってことを考えていると、真字が
「そうだ。ねぇゼリィ。よかったら私達の仲間にならない? 私、この勇者さまとパーティーを組んで魔王を倒しに行くつもりなのよ」
「えっ? ちょ、真字……」
 おいおい、遊び人よ。それはいきなりすぎるだろう。
「わ、わたしがっ……男の人とっ!?」
 ゼリィは下を向いて顔を赤くした。そりゃいきなりそんな事言われても戸惑うよな……。って、ん? 男の人って……俺が問題なのか?
「勇者さま。この子はね、男が苦手なのよ。それにすごい人見知りだからパーティーを組んだりもしないの」
 な〜るほど。どうりでさっきから俺の事を警戒してるわけだよ。
「そうなのか……はは」
 ちょっと悲しいものがあるけどね。でも……たしかにこの子がいてくれれば頼もしいだろう。是非とも欲しい人材ではある。
「なぁ、男が怖いって気持ちは分かるけどさ……俺はそんな危険な人物じゃないから……よかったら一緒に魔王を倒しに行こうぜ」
 だから俺からもゼリィに頼んでみた。今のメンバーじゃ最弱すぎるしゼリィが入ってくれたらだいぶ助かる。
「え、わ、わたしは……ってか、キモっ……」
 ゼリィはもじもじと口ごもっている。まるでリスかハムスターみたいだ……って、ちょい待ち。今さりげなくキモとか言わなかった? え? ゼリィちゃん、君は……。
 俺は動揺を隠せないまま次第に涙目になっていった。ゼリィもモジモジと俯いている。
 と、そんな俺とゼリィの完全に膠着してしまった状態に業を煮やしたのか、真字が語気を強めて言った。
「ねぇ、ゼリィ。あなたこのままでいいの? ずっと一人で戦い続けていつまでもこの町にくすぶってるつもり? あなた人見知りの性格治したいっていつも言ってたじゃない。……今こそ生まれ変わるチャンスなのよ」
 う〜ん。遊び人は戦闘スキルが低い分、こういう時は役に立つんだなぁ。詐欺とかしそうだ。
「え、で、でも――」
「大丈夫よ。私がついてるじゃない。ほら、まだ私とだったら安心できるでしょ?」
 真字が優しく諭すようにゼリィに語りかける。まるで悪魔のささやきだ。
 暫くゼリィは頭を左右に揺らしながら考えていた。頭の動きに合わせて猫耳がピョコピョコ動いているのが可愛かった。そうだ、こんな可愛い娘がキモイなんて言葉使うわけないよね。きっと俺の気のせいだ……とか思っていたら、ゼリィはようやく決心したように真字の顔を見つめて答えた。
「……う、うん。分かった。わたし……やります」
 ああ……。ゼリィが陥落しちゃった。
「わたし、頑張ってみる」
 ゼリィはぐっと拳を握った。俺が言うのもなんだが、なんだか可哀相にも思えてきた。
「じゃ、じゃあ俺達の仲間になってくれるのか」
「う、うん……自信ないけど……やってみます」
 相変わらず目を合わせてくれなかったけど、ゼリィが俺と言葉を交わしてくれた。
「よ、よろしくなゼリィ!」
 つい嬉しくなってゼリィと握手を交わそうと近寄った。
「近づくなです、けだもの」
「え?」
 一気に和やかなムードが凍てついた。
 彼女は男嫌いで人見知りの激しい女の子。そして分かった。その見た目からは想像できない、ちょっと毒舌な一面を併せ持つ剣士であった。
「調子に乗るなです、ゴミ虫」
「……」
 こうして新たな仲間が加わった。そして俺の瞳から一筋の涙がこぼれた。
 ちゃらららちゃらららちゃらららちゃちゃ〜♪
「ってまた音楽鳴ってるし! 屋外なのに! フィールドなのに! 明らかに音源ないよ!」
 半ばやけになって俺はツッコミを入れる。新技、怒りのツッコミ。
「あなた何言ってんの? 酒場でも同じこと言ってたけど」
「しっ。放っておいたほうがいいです、遊び人さん……彼を、そっとしておきましょう」
「そしてやっぱり俺しか聞こえてないんだ! あと、ゼリィさん! 俺をそんな可哀相な人を見るような目で見つめないで!」
 そういう時だけは俺の方見れるんだ! そしてなんで君達には聞こえないの!? もしかして幻聴なの!?
 俺が不可解な気持ちに陥っていると、ゼリィが心配そうな声で真字に話しかけていた。
「あ。遊び人さん、また酒場行ってたの? もうお尻は大丈夫なのぉ?」
 ん、お尻? なんかゼリィが気になることを言ったんだけど。
「お尻ってなんだ?」
「……って、ゼリィ! あんた何言ってるのよっっ!!!」
 すると突然、真字が烈火のごとく怒りだした。
「えっ、あわわっ。ごっ、ごめんなさい。ついっ」
 ついってなんだ。何の話だ。
「なぁ、真字。教えてくれよ。何の話をしてるんだよ」 
「あ、あなたには関係のない話よ!」
 なんだか真字がムキになって声を荒げた。怪しい。
 さらに、それに同調してゼリィも取り繕うように弁解する。
「うっ、うん。そうですっ。別に遊び人さんが痔に悩んでるとか、そういう話じゃありませんからっ!」
「そういう話よっ! ばらしちゃったわよ! このばかっ!」
 と、勢い良く真字がゼリィの小さな頭をはたいた。いや、なんかもう墓穴掘りすぎでしょ。
 だが……ふむ、酒場でお尻を気にしていたのはそういう理由があったからか。ようするに痔なのね。若いのに大変だな。
「遊び人さんは暴飲暴食が激しすぎるんですよぉ〜」
「うるさい、ばかっ」
 真字にぽかぽか殴られながらもゼリィの減らず口は止まらない。意外とこの娘、肝が据わっているというか……。
 なんだか先が思いやられてくるよ。
「まっ、とにかくよろしくな。ゼリィ」
 俺は逃げ回るゼリィの肩を軽く叩いた。瞬間。
「ひぃやああぁぁぁああああああっっ」
「えっ?」
 ゼリィの悲鳴と共に、視界が回転した。世界が反転する。あっ、しまった。ゼリィは男嫌いなんだった。気付いた時には遅かったとはこのことだ。
 そして俺は――地面に叩きつけられていた。
「あっ。そうそう勇者さま。ゼリィは男に触られたら攻撃してくるから注意する事ね」
「そっ、それを先に言ってくれよ」
 本当にこの先上手くやっていけるんだろうか。俺はとても気分が悪くなってきた。


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