エルデルル冒険譚

第2章 冒険

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
「うむむむぅ〜マジかよ。本当にこんなところで野宿すんの?」
「当たり前よ。ただでさえ私達パーティーの実力は低いのよ。完全に陽が落ちてからの移動なんてあまりに無謀よ。ここなら多分安全だし、うだうだ文句言ってないでさっさと火をおこす薪を探してきなさいな」
 というわけで陽も暮れ始めてきたので俺達は森の中で野宿することになってしまった。
 俺は仕方なく真字の言われるがままに薪を集めに行って適当にその辺の木を拾ってから戻って来た。
「うお……なんかいっぱいある。それみんなが取ってきたのか?」
 戻って来て俺はたまげた。そこにはなんかよく分からない獣が倒れている姿と、あと見たことないような魚と、その他木の実とか果物っぽいとかが地面に並んでいた。
「そうよ。遅かったわね、勇者さま。それで薪はちゃんと拾ってきたの? ああ、それ位あったら大丈夫ね」
 じゃあ火を起こしましょう、と言って真字は薪をその辺に手際よく配置して、木の棒をくるくる回して火を起こした。
「すげえ。サバイバル生活を我が物にしている」
 この方法で火をおこすのは至難の業だって聞く。それをこんな簡単にやってのけるなんて。
「当たり前よ。冒険者たるもの、これくらいできないでどうするって言うの?」
 特に自慢するようでもなくさらりと言う真字。
 うむう。素直に感心した。遊び人といえどもあくまで真字も冒険者なのだな。
「じゃあゼリィや天女ちゃんもこんなのは朝飯前だって事か?」
 女の子なのに、その辺たくましいなぁと感心。
「え、あたしはそんな野蛮な事しませんよ」
 しかしゼリィは間髪入れずに否定。
 いや、この中で一番できそうな感じなんだけどな。あと、俺に対してだけ冷たい言葉を放たれているのはきっと俺の気のせいだ。
 では逆に天女ちゃんはどうだ。彼女こそ本当にできそうな感じではないけれど。
「…ファイア」
 いきなり天女ちゃんが人差し指を薪に向けて呟いた。
 瞬間――炎が舞った。
「うひゃあ!」
 俺はびっくりして飛び退く。
 今まで小さな火がチリチリ燃えていただけの薪が、その炎の勢いが加速度的に増したのだ。
「…魔法使いたるものこれくらいできないでどうするのだ」
「か、かっこいい……」
 真字の火起こしが霞んで見えてしまう位に俺の心は魅了された。
 でもそんな魔法があるなら最初からそれで火を起こした方が速かったじゃん。つか、そもそもさっきのモンスターとの戦いでその魔法使えばよかったじゃん。ねぇなんで。
「…さ、まずは腹ごしらえですぞ」
 天女ちゃんはさっさと肉を火の周囲に並べていった。
 周辺がぼうっと明るくなったのを眺めていて俺は、いつの間にか夜が訪れていたことにようやく気が付いた。
「く、悔しいっ。この私がこんな幼女の当て馬にされるなんて……屈辱だわ!」
 真字は真字でなんか怒ってるし。プライド高いんだから。
「まぁまぁ……そう怒らずに。ゼリィも何か言ってやってよ」
 これ以上ごたごたしても疲れる一方だ。ゼリィ、なんとかこの状況を丸く収めてくれ。
「ふぁい?」
 俺が見たゼリィの顔は、口の中いっぱいに食べ物を詰め込んで頬を膨らませている奇怪なものだった。
「他人事かよ! しかも全部独り占めする気なの!?」
 ゼリィ。まさかの大食いキャラ。
「あたしは、食べにゃいと、力が出にゃいのでひゅ」
 口に物を入れたまま喋るゼリィ。行儀悪いっ!
「体重のことは禁則事項でひゅ〜」
「ああ、俺も別に知りたくないよ」
 知ったらその瞬間に記憶を消されるイベントがもれなくついてくるのが予想できるもん。
 それにしても――そんな小柄な体でよくそれだけ入るものだよ。そのエネルギーはいったい体のどこに……。
「も、もしやっ……」
 その大きな胸に栄養が全て集まっているというのだろうか? ……ごくり。
「もしや――なんなのよ勇者さま」
 気が付けば真字がまるで不潔なものを見るかのような目で俺を見つめていた。
「…なにかゼリィの胸辺りを凝視していたようじゃが?」
 天女ちゃんまで俺に厳しい目を向けてきた。
「ひゃ、ひゃあぁぁぁ……けだもの。けだものですぅ〜」
「なっ、けだものって、俺は別にそんな……」
 見ていたのは確かなんだけど。でもそんな目はしておらんぞ。
「ふん、ゼリィ。あなたもあなたよ。何よその自己主張の強すぎる胸は。これじゃ見て下さいって自分から言ってるようなものじゃない」
 なぜか真字がゼリィを攻撃し始めた。
「え……えっ。あうぅう」
 すっかり困り果てているゼリィ。首を傾げている。
 そんなゼリィの態度にますます苛立ったのだろうか、真字は。
「こんな胸のどこがいいって言うのよ? ただでかいだけじゃない!」
 なんてことをしでかすのだろうか、真字はいきなりゼリィのたわわに実った胸を両手でわしづかみにした。
「ひゃぁあああああっ!」
 悲鳴を上げるゼリィ。
「こんなのただの肉の塊よ、贅肉よ! ほれほれ〜」
「あ、あひぃぃぃんっ。んあああああっっ」
 さぁさぁ盛り上がってまいりました〜〜〜〜っっっ!
「うふふ。なかなかいい声で鳴くじゃない。このウシ乳女! どう? 気持ちいい? 気持ちいいのっ? 答えなさい、ゼリィ!」
 おいおい、変なスイッチ入っちゃってるよ、真字さん!
「そ、そんな事……言えません……あっ」
「言えないというならもう続けてあげないわよ! どうなの? 止めて欲しいの? それとももっと続けて欲しいのっ!?」
 趣旨がずれていってるような気がするよ!? そりゃ止めて欲しいよ!
「あふぅ……続けて――欲しい、ですぅ」
 続けて欲しいの!?
「続けて下さい……でしょ?」
 そして真字のこのキャラはなんだ?
「続けて……下さい。お願いしますぅ……お姉様」
 お姉様ってなに!? そしてなんでそんなに順々なの!? なに? マゾ? マゾなの!?
「だけど男はどうしてこんな肉の塊に興奮するんでしょうねぇ〜」
 真字はゼリィの胸をたぽたぽ揺らしながら呟く。同感です。いやぁ〜、おっぱいって不思議ですね。
「そ、そんなことっ、わたし……あっ、知り……ませんっ」
 ゼリィの喘ぎ声が凄い。
「きっと普段衣服で隠しているからこそ興奮すると思うのよ。普段全裸だったら有り難みもないし、きっと興奮もしないわ。そして大きい胸は衣服で隠していても隠しきれないから、そこに想像とか色々加わって欲求が膨れあがるのよ」
 なるほど、真字さん考察がよくできてる。
「わ、わたし……好きで胸が大きいわけじゃないですぅ……肩もこるし、男の人に見られるし、嫌なんですぅ〜……」
「出たわね、大きい胸の人間に限って自分の胸にコンプレックスを持つというジレンマ。これが持つ者と持たざる者の屈折した妬みっ……このでか乳を分け与える事ができればこんな悲しみなくなるというのにっ……」
 そういうと真字はますます一層ゼリィの胸をもみしだき始めた。
「あっ……ああんっ。はぁっ……あ」
 混沌としたこの状況。完全にR指定かかっちゃってる。
 でもこのもの凄い空気に入っていく勇気が俺にはなくただ黙って見ているだけだった。いや、俺は決してやましい気持ちがあって止めないとかそんなんじゃないんだからね!
「…どうでもいいが、勇者よ…2人のやりとりを見つめるお前の目がたまらなくいららしいぞ」
 天女ちゃんの的確な指摘。
「あ……やっぱ俺そういう風に見えてた?」
「…顔が醜く歪んでいたぞよ」
「はっはっはー。俺ほんと、そんなつもりはなかったんだけどなー」
 爽やかな笑顔で俺は真字とゼリィの方に再び視線を向ける。
「…………」
 さっきまでのやりとりが嘘のように、2人の動きはピタリと止んで氷のような冷たい目で俺を見ていた。
 あ、殺されるパターン入ったわ、これ。
「え〜と、どうぞ俺の事はお構いなく続きを楽しんで下さいな」
 一応俺は言ってみる。
「「死刑」」やっぱりね。
 その言葉と同時に2方向からパンチが飛んできた。
「な、なにをするだーーーっっ!」
 まともに顔面に喰らった俺は悲鳴をあげながら吹っ飛んでって木にぶつかった。
「お二人共、いささかやりすぎですぞ」
 離れたとこから興味なさそうにお茶を飲む天女ちゃん。
「ちょ……ちょっと、みんな最近はちゃめちゃすぎないか! もっと俺を大事にしろよ!」
 俺はよろよろと立ち上がりながらここ最近の不遇な扱いについて抗議する。
「まぁまぁ、開き直っちゃって勇者さまったら。ほら、これでも食べて落ち着きなさい」
 真字が木の枝に刺さった肉の塊を俺に手渡した。
「あ、うん……じゃあ遠慮なく頂こうかな……もぐもぐ……うっ? これは……上手いぞ!」
 何の肉か分からなくて抵抗があったけど意外と上手い。これはやみつきになりそうだ。
「気に入ってくれたみたいね。まだまだあるからたんと食べてね」
「あっ、あのっ……こっちの野草サラダもおいしいです……」
「へ〜……もしゃもしゃ……おお、口の中に広がる香ばしさ! あっ、じゃあ次あれ食べたい。ほら、そこのゆで卵」
「ゆでた孫?」
「怖いわっ! 卵だよ卵っ……そうそう、ありがとう……んぐんぐ……ほどよい甘さと溢れる野性味溢れる新鮮さ……んっま〜〜〜いっっ……って、違うわあああああ!!!!! 俺の扱いについての話を有耶無耶にすんなあああああああああああ!!!!!」
 俺の必殺ノリツッコミ。ちゃぶ台があったらひっくり返してただろう。
「はぐらかせようったってそうはいかんぞ! 話を元に戻せ!」
 俺としたことが随分と長いノリだった。
「ふう……分かったわよ。そうね……私はやっぱりアニメはネットで見るよりも、録画して次の日に見るタイプよねぇ」
「なんの話してるのっ!? お前の口からそんなこと初めて聞いたんだけど!?」
 あとこの世界にもアニメってあるんだ! ネットもあるんだ! 録画とかするんだ!
「ファンタジー物ってなんだかとっつきにくさがあるのよねぇ。世界感に馴染むのに時間がかかるとか、設定覚えるのが面倒とか、なんか身構えしちゃうのよねぇ」
 あ、なんかそのまま普通にアニメの話に入ってるし。
「まぁそうだな。年齢のせいとも言えるが、アニメの飽和状態になった今、大量消費型の視聴にファンタジーは向かないのかもな。それよりも力を抜いて気軽に見れる日常系とかの方がやっぱ人気があるのかもな」
「そうね……だったらいっそ、ゆるゆるのファンタジー物ってどうかしら? 使い古されたファンタジーというジャンルをパロディ化するの。世界感とか設定はコテコテのファンタジーだけどやってることは日常系っていう新ジャンル」
 いや、あんたらにとってはその使い古されたファンタジーこそが日常だろう……というツッコミはしない方がいいのか?
「でも、う〜ん、それは奇をてらいすぎっていうか……。いいものならどんなジャンルでも受け入れられるものだよ。ファンタジーがずっと残っているのがその証拠さ。いいものは売れる。結局はそれだよ。それは時代が変わっても変わらない事だと思……ってええええ――、長えよっっっ! だからなんで俺達はアニメの話してるんだよおおっっっっっ!!!!!!」
 ……この詭弁士め。ケツから大量出血して死ね。もういい、このままじゃ埒があかない。ならば……ゼリィだ!
「ちょっと、ゼリィ……うん?」
 そこには――ゼリィが天女ちゃんに膝枕してもらっている姿が。
「…ゼリィは…ほら、寝ておるわい…見てみい…可愛い寝顔じゃろう」
 天女ちゃんは慈しむような顔でゼリィを見つめていた。
「あ、ああ……本当だ」
 思わず俺は声を落としていた。その風景を壊してしまわないように。
「ふにゃふにゃ……お腹、いっぱい……」
 口をむにゅむにゅさせて寝言を言うゼリィ。
「ふふっ」
 俺は思わず笑みがこぼれた。
 パチパチと爆ぜるたき火の炎の横で、オレンジの光に染まりながら幸せそうな表情を浮かべる2人の美少女。すごく絵になる光景だった。守りたい……この笑顔。
「ってえ……なるかってのッ!」
 俺の連続ノリツッコミ。
 はぁ、なんかどっと疲れてしまった。もう諦めた。結局俺は今回も泣き寝入りすることになったようだ。でも、今のままじゃあまずいよなぁ。

「痛たた……なんかここんとこモンスターというか、自分の仲間によって俺は瀕死の危機に立たされているような気がするんだけど」
 まだゼリィと真字に殴られた痛みが残っている。今考えてもあれは絶対理不尽な暴力だ。俺は何も悪くないぞ。
 まぁでもなんとか食事も無事に終了して――俺はちょっとトイレをしようと森の奥に足を踏み入れていた。多分今頃みんなはキャンプファイヤー気分で談笑してるか眠ってるかだろう。
 すっかり真っ暗になった森の中を俺はちゃっちゃちゃっちゃと進む。
 月の明かりだけが頼りだった。ホーホーと、ふくろうらしき泣き声がどこからともなく聞こえてくる。あまり奥に進むと迷いそうだけど、それでも俺はずんずんずんずん進んでいった。
 すると、森の奥の方で何やらオレンジ色にぼんやり浮かぶ光のようなものが見えてきた。
「あれは……?」
 ともすれば危険な何かかもしれない。罠かもしれない。
 けれど今の俺にはそこまで考えが至らなかった。まるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように俺はフラフラと光に近づいていった。
「人がいる?」
 そこには誰かがいた。どうやら1人のようだけど……何してるんだ? 真字でもゼリィでも天女ちゃんでもないはずだけど……彼女達は眠っているはず。
 俺は恐る恐るじんわり浮かんだ人影の方へと近づいていった。
 そして俺はその正体を知った。
「あ、お前は……魔王のっ!」
 大木にもたれるようにして立っていた人物――その顔を確認して驚いた。
「あらぁ、あなたはいつぞや出会った勇者じゃな〜い。ごきげんよう」
 それはサキュバスだった。
「な、なんでサキュバスがこんなところに……」
「うふ、ワタシの事はさっちゃんって呼んでいいのよぉ〜」
 サキュバスはウインクしながら甘い声を出す。
「何がさっちゃんだ。こんな場所で何をやってるんだ」
 俺は精一杯の勇気を振り絞ってサキュバスと対峙する。だが、きっと俺ではこいつに勝つ事なんてできないだろう。でっかいピンチです。
「あらあら〜。そんなに怖い顔しなくていいのよぉ〜。ワタシは別にあなたと戦いにきたわけじゃないんだからぁ〜」
 しかしサキュバスはそんな俺をあざ笑うように、まるで敵意を感じさせなかった。
「戦いにきたわけじゃないって、なら一体なにしに来たんだよ」
 俺はあくまで警戒を解かない。油断させる作戦かもしれないからな。
「実はさっきぃ、ある強力な光の波動を感じたのよねぇ。それでワタシは気になって調べに来たの。この周辺だったと思うんだけどね〜」
 光の波動? この周辺でさっき? それはもしかして俺が放った光のことだろうか?
 俺がそんな考えに耽っていると、俺の気持ちを察したのだろうか、サキュバスが妖艶に目を細めて訊いてきた。
「ああ、そうだ。あなた勇者だったんだわぁ……ねえ、もしかして聖なる光を発動させたのは、あなたなんじゃないかしらぁ?」
 そうだ。やっぱりあの光の事を訊いている。そしてこの女は俺がその光を発した本人であることを知っているのだ。それでここにやって来てのだ。
「……そうだとしたら、なんだっていうんだよ」
 平静を保って答える。逃げる準備はいつでもOKだ。
「だから、そんなに身構えなくていいってぇ。別にアナタが光を出したからってどうするって話じゃないんだからぁ」
 俺とは対照的にサキュバスはリラックスムードを崩さない。大木にもたれるそのポーズがやけに魅惑的だった。
「じゃあどうするんだよ」
「どうやらアナタはその光について知らないようだから教えてあげようと思ってね」
 サキュバスは俺に接近すると耳打ちするように囁いた。
「あの光はね……名前の通り聖なる力が込められているの。勇者にしか使えない技なのよ。それで人間や普通のモンスターにはどうってことないんだけどね、唯一魔族だけには絶大な効果があるの。その光には悪を浄化する効果があるのよねぇ」
「つ、つまりそれって……」
「そう――魔王の弱点でもあるってことなのよぉ〜」
 サキュバスはきっぱりと言い切った。
「は、はぁ?」
 なん……だ、この展開。どういう状況なんだ。理解できない。
「詳しい発動条件は分からないんだけど、どうやら精神状態が重要らしいわぁ。ピンチの際に強い心を保っていれば光が出るとかいう噂よ」
「お、お前何を言ってるんだ……なんで」
 俺はもはや正常な思考ができない状況に陥っていた。
「勿論ワタシも魔族だからそれを喰らうのは勘弁なんだけどぉ、ねえ勇者さん。そういうわけだから今日は見逃してよ」
 わざとらしい笑みを向けてサキュバスは、静かに大木に預けていた身を離した。
 そしてゆっくりと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待てよ。何の狙いがあってその話を俺にしたんだ……本当は何の目的で来たんだよ」
 俺はサキュバスを呼び止める。そんな事わざわざ俺に話す意味が分からない。敵に弱点を教えに来たというのか?
 サキュバスは俺に背を向けたまま立ち止まって、
「そうそう、魔王様が言ってたわよ。近いうちに再び会いに来るって。首を洗って待っていろ――だって」
 そう言ってこの場から去っていった。


「あれはどういう意味だったんだろう……」
 夜の森の中、サキュバスの言った言葉について俺は思案していた。わざわざ俺にあんな話をするためにここに来た……。彼女には何か魂胆がありそうだった。
「光の正体、ね」
 なんだか胡散臭い話ではあるけれども……魔族の弱点、か。
 俺はようやく用を足して、真字達が眠っているキャンプに戻ろうと歩き始めた時だった。
「あれ? ゼリィじゃないか。どうした、あんなところで」
 月明かりの下、いそいそと歩いているゼリィの姿が目に入った。彼女はこちらには気付いていないようだった。
「お〜い、ゼリィ」
 俺は声をかけた。 
「ひ、け……けだものっ?」
 突然声をかけられたからか、ゼリィは体をびくっとさせて小さな悲鳴を上げた。
「落ち着け、よく見ろ、俺だ。勇者だ」
 俺はゼリィを安心させようとにこりと笑いかけた。
「ひ、ひぃいいいい〜〜〜〜!!」
 俺だと知って――ゼリィはますます怯えた。
「ひっ酷いっ!」
 その反応はおかしいよね!? 俺はけだもの以下なのっ!?
「じょ……冗談ですぅ。ほら、あたしってドジですからぁ」
 その割にはあの怯えに鬼気迫るものを感じたのだが。そしてドジなのは一切関係ない気が。
「それよりここで何してたんだ、ゼリィ」
「え……それは」ゼリィは目を伏せ、もじもじと答えづらそうに顔を赤くして「そういう勇者さんは何していたんですか」なぜか逆に聞き返された。
「何ってちょっとトイレに……あ」
 なるほどね。ゼリィも俺と同じだったってわけだ。
「……なんか変な想像されてる気がしますぅ……」
 ゼリィは小さな身を竦ませて猫耳をぺたんと下げた。
「いやいや、別に変なこと考えてないよ!」
「はぁ……そうでしょうかぁ」
 ゼリィはじりじりと俺から距離をとっていた。殺るか殺られるか状態的な。
「そ、そんな警戒しなくてもさぁ。別にとって食おうって訳じゃないんだからさ」
 ゼリィは必要以上に俺を避けすぎなのだ。この関係のまま旅を続けて行くのは正直俺がしんどいぞ。
「はぁ……それは分かってるんですけど」
 ゼリィは伏し目がちに申し訳なさそうに答える。しっぽがヘニャリと垂れ下がっていた。
「この際だからはっきりさせておこうか。なんていうか……ゼリィって男嫌いなんだろ?」
 いずれにしてもゼリィと2人きりでこんなに話すなんて今までなかった事だ。ここは思い切ってゼリィとの関係性をもっと向上させようと俺は一歩踏み込んだ。
「まぁ、そうですけど……」
 目を泳がせながら挙動不審に呟くゼリィ。
「なら……やっぱり俺の事も?」
「ええ、はい……」
 答えにくそうに小さな声でゼリィが言った。
「っていうか……勇者さんだからこそ」
 ぽつりと小さく呟いた。俺の精神にクリティカルヒットした。
 いや、でもモロ分かってた事なんだけどね。
 しかし俺はそんな事はおくびにも出さないで精一杯の笑顔をつくってゼリィに語りかける。
「色々と誤解があったかもしれないけどさ、もうちょっと俺の事を信用して欲しいっていうか……俺達もっと仲良くやっていけるんじゃないかってな」
 夜の森は暗く不気味だけれども、不思議と心は落ち着いていた。
 暗いのでゼリィの表情は伺えない。だけど俺は気にせず続ける。
「俺達、これからも一緒に冒険していく仲間なんだから」
「そ、そうですよね……」
 ゼリィの影が微かに揺らいだ。少なくとも悪い空気ではないと思う。
「一緒に戦っていくのにあたしが勇者さんを怖がっていちゃお話になりませんもんね」
 けれど、さっきと比べてゼリィはいくぶんかリラックスしているように見えた。
「ああ。人見知りも治していかないとな」
 今の様子を見ている限り、この調子だったらすぐになんとかなるはずさ。
「う〜……でもどうやって治せばいいのか」
 だけど、ゼリィは深刻そうに肩を落とした。ネガティブ思考なのだ。
「それはやっぱりスキンシップというかコミュニケーションというか……」
「えっ? スキンシップ……ですかっ?」
 どうしてだかゼリィはえらく驚いたようだった。
「うん? まぁそうだな。スキンシップは大切だよな」
 お互いのことを話すだとか、そんな程度のことだ。
 なのに――。
「わ、わかりましたっ。勇者さんがそこまで言うのならあたし……頑張ってみますっ」
 と気合いを入れて、なんでだか分からないが俺の方にじりじりと歩み寄ってきた。
「って、ゼリィさん!? いったい何をっ?」
 きっと君はなにか思いっきり勘違いしているようだけど。
「そ、それは決まってるじゃないですか。す……スキンシップですぅ」
 そう言いながらゼリィは震える手で俺の胸元辺りを触って、そしてその小柄な体を俺に急接近させていく。
 いやいや、ゼリィさん! 確かに言ったけど! スキンシップが大切だって確かに言ったけど、そういう意味じゃないから!
 俺は慌てて弁解しようとすると。
「や、やっぱりあたしにはできませんっ。そんなの、破廉恥ですぅっっ」
 ゼリィの方が俺の体を突き飛ばして距離をとった。
「って、痛てぇ」
 俺はゴロゴロ地面を転がっていく。凄い力だ。
「あ、あわわわっっ。ご、ごめんなさい勇者さんっ!」
 ゼリィは、地面に尻餅をついている俺にペッコンペッコンと頭を下げた。
「あぁ〜いや、いいよいいよ。俺の方こそ無理にスキンシップとか言っちゃったからさ」
 だけどさすがにそこまでやるとは思っていなかったのだが。いきなりデレ率上がりすぎだろ。
「で、でも……」
「まぁ、気長にやればいいさ。とりあえず仲良くしようって気持ちがあるならそれだけで十分だよ」
 そういうのはしっかりフラグを立ててやるからいいものなんだぞ。
「そ、そうですか……でもあたし勇者さんを突き飛ばしちゃったし」
 ゼリィはまだ心配そうな声で呟いていた。まぁ、あんな調子じゃいつまで経ってもフラグは立たないよな。むしろ死亡フラグの方が先に立ちそうだし。
 まったく先が思いやられる――けれど、安心した。
 俺はゼリィに向かって手を伸ばして言った。
「それじゃあ……仲直りだな」
 その気持ちがあればきっと大丈夫だ。
 ゼリィは少し迷うような素振りを見せていたが俺の手をとった。 
「そうですね、仲直りです……かなりの苦行ですけど」
 そう言ってゼリィは俺の手を引く。俺は立ち上がった。
「うん。そうだな……って、え? 苦行!? 嫌々なのっ!?」
 うっかり聞き逃すところだったけど、なに? 本当はやっぱり俺とは仲良くなりたくなかったんだ!? せっかくいい感じになってたのに今のくだりを全部覆す気なんだ!? なんと無慈悲なクラッシャー!
 そしてなんかまた俺から距離とって手をはたいてるし。え? 俺との握手イヤだった?
「ははは、やだな〜。じゃ、冗談はやめてくれよ〜」
 まぁ、でも……それはそれでゼリィらしさなのかもしれないよな。
 と、俺は苦笑いしながらゼリィの方へと一歩足を踏み出した。ところが――。
「うわっ?」
 その時俺の足に何かが引っかかった。多分木の根につまづいてしまったのだろう。
「きゃっ!?」ゼリィが俺の様子を見て驚く。
 俺の体が前のめりに倒れていく。やばい、この状況は。このまま倒れたら――。
「ぐぎゃっ!」
 しかし、遅かった。俺は地面に正面から倒れ込んでしまって、けれどその衝撃は柔らかい感触によって吸収された。
 それは最悪のクッションだった。むしろこれからより甚大なダメージを受けることになるであろう防御壁。
「ひ、ひにゃ〜……」
 俺の体の下でゼリィが目を見開いて間の抜けた声を上げていた。
 密着する体と体。ゼリィの体の弾力がダイレクトに俺に伝わる。
 そして――。
 ふよふよと、俺の手に柔らかく、そして暖かい感触。
「こ、これは」
 これは――ゼリィの、その小さな体に不釣り合いな人一倍大きな胸だった。
 もむにょりもむにょり。
 俺の手は意思とは無関係に勝手に動く。これが巨乳の魔力?
「はううっ……うぅ」
 俺の下でゼリィが喘ぐ。だ……駄目だ。いいかげんこのパターン使いすぎだ。
「あ、ぜ、ゼリィさんっ。こ、これはわざとじゃないんだよ?」
 そして俺は何度制裁が与えられるのだろうか。こう何度もやっていたらそろそろ許してくれていい時があってもいいものだが……。
「ス……」
 俺の下でゼリィが顔を真っ赤にして呟いた。俺の顔に微かな吐息がかかる。
「す?」
 何が言いたいのだろうか。大体分かるけど。もにゅもにゅ。
「スクラップの時間ですぅ……虫けらさァァァアアン」 
 それはおよそこの世のものとは思えない、恐怖そのものを体現したかのような声だった。
「あ、僕ついさっき処刑されたばっかりですよ、ゼリィさん……」
 けれども俺の言葉はゼリィの耳に届くことはなかった。


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