エルデルル冒険譚

第一章 仲間

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
 教会の中は静かで、どことなく物寂しい雰囲気が漂っていた。一番奥の祭壇で神父さんらしき人がお祈りを捧げているのが見えた。
「それじゃあ勇者さま。私は物資を補給しにいくから後は任せたわ」
 と言って真字はさっさと外に出て行った。薄情な奴め。どうせスナック菓子でも買いに行くんだろう。痔の他に、あと糖尿病にもなってしまえ。
 静かになった教会内で俺は辺りを見回した。人の気配はなさそうだ。天井が高く、厳かなステンドガラス、きらびやかな内装で、そして長イスが整然と並べられていて……よく見れば隅の方に一人の少女がいた。
 それは銀髪の髪に、ミステリアスな雰囲気を醸し出している幼い少女。黒いコートのような、あるいはローブのような衣装に身を包み、頭には大きな三角帽子を被っている。そしてフランス人形のように白くて端正な顔立ちだった。
「…………」
 俺の視線に気付いたのか、幼女は氷のような冷たい目つきで俺を見た。
「――っ」
 俺は反射的に少女から視線を逸らす。見た感じでは10歳くらいだろうか……おっとっと、いけない。そんな事より早くゼリィを生き返らせなければ。
 俺はゼリィが入った棺桶を引きずって、神父さんの元まで近づいた。神父さんは女神らしき銅像に向かって跪き、一生懸命黙祷を捧げている。
「あ、あのぅ……すいません神父様」
 静寂の教会に、俺の声がやけに響く。
「……む。おお、どうしましたかな。悩める子羊よ」
 神父さんが振り返り、立ち上がった。銀縁眼鏡に禿頭。口の周りには白髪交じりの髭がわさわさ生えていた。
「実は、仲間が死んでしまったもので生き返らせて欲しいんですけど」
「おうおう。死んでしまわれたか……おう。その方ですね」
 神父さんは指で眼鏡を押し上げながら、俺の背後にある棺桶を覗き込んだ。やたらと平然としている。日常茶飯事の事なのだろうか。人が死んでるんですよ。
「ん〜。そうですな……この方でしたら一万ゼニってところでしょうか」
 神父さんが髭をさすりながら顔を上げた。どうやって値段をつけているんだろうなぁ。
「はあ、一万……ってえ、一万っっっ!? そんなにっ!?」
 いくらなんでも高すぎる。ちなみに今の所持金は約2千ゼニ。絶対無理。ちなみにさっき買ったワゴンセールの竹槍の値段が560ゼニだった。
「あ、あの……ちょっとこれ高すぎじゃないですか。今2千ゼニしか持ってないんですけど」
「はぁ。ですがこれも商売でしてねぇ」
「そ、そこをなんとか〜……」
 ゼリィをこのまま放っておくなんてできない。
「う〜ん。なんとかしたいところだけど、こればっかりはね〜……ところで、あなた。これは一体誰にやられたのですか? 見たところ一撃必殺でやられたみたいだけど」
 すごいな。棺桶見ただけでそんなことまで分かるのか。さすが神父さん、もはや超能力。
「実はさっき、近くの草原で魔王にやられたんですよ」
 と俺が言うと、なぜか知らないが神父さんの顔がみるみる蒼白になった。
「ええええっ!? ま、魔王にですかっ!?」
 そして目を見開いて叫んでいた。声が建物内部に反響してキンキンうるさい。
 俺は思わず耳を塞いだ。やっぱり魔王ってすごいんだな。
「あっ、あなた。いったい何者なんですかっ!? どうして魔王とっ!?」
 神父さんは食いつくように俺に迫った。
「ああ……実は俺、一応俺勇者らしいんですけど」
 自覚は全くないんだけれども。
「ゆっ、勇者さま、ですか……あなたが」
 俺の言葉に納得したのか、目を見開いていた神父さんはやがて落ち着きを取り戻して眼鏡の位置を直した。
「そうですか。いいでしょう……勇者さまとあっては今回は特別です。2千ゼニでお引き受けしましょう」
「えっ、いいんですかっ!?」
 初めて勇者であることで良かったと感じた。あ、でもちゃっかり金は取るんですね。
 だけどこれ以上文句なんか言えようもない。俺は大人しくなけなしの2千ゼニを払った。
「確かに頂きました……では生き返らせましょう。おお、神よ。この者の魂を再び地上に戻したまえ」
 神父さんが女神の銅像に向かい祈りを捧げた。すると、
 ちゃ〜ららちゃらら〜らら〜ん♪
 またもや謎の音楽が流れた。しかも別の曲。
「なっ、なんだ今の音はっ!? いつもと違う音楽だっ!」
 いったいどこから音楽は流れるのだ? とっさに端の方に置いてあったピアノに目を向けるが誰もいない……。この怪現象だれか説明してくれ。
「さぁ、これで生き返りましたよ、勇者さま」
 キョロキョロする俺をたしなめるように神父さんが振り返った。
「えっ。あ、ありがとうございます……って、え? 終わり? これで? もう生き返ったのっ?」
 俺はきょとんを呆気にとられた。正直それだけで2千ゼニの仕事をしたとは思えないんだが。やっつけ仕事?
 俺は不信感を抱きながら棺桶があった方を見ると――。
「ふえ〜……ここは?」
 そこにはゼリィが立っていた。
「うわっ。マジで生き返った!」
 驚いて跳ね上がった。棺桶いつの間にかなくなってるし。
「あ……そうか、わたし死んでたんですね……魔王に殺されて」
 やけにあっさりと自分の置かれていた状況を理解したゼリィ。ぷるぷる頭を振る。
「ああ、ごめんなゼリィ。死なせてしまって」
「い、いえっ……いいんです。戦っていいのは倒される覚悟のある人だけなんで……そ、それより……ありがとうございます。勇者さま。神父様」
 ゼリィは俺と神父さんに向かってペコリと威勢良くお辞儀した。丁寧に猫耳までぺたんと折りたたまれていた。
「とにかく真字も待ってるから行こうか」
 と、ゼリィの背中を押しかけて――なんとかそれを思いとどまった。また投げ技を喰らったらたまらない。
 俺とゼリィは神父さんにお礼を言い、立ち去ろうとしたその時だった――。
「――ちょっと待たれよ…」
 かすれるような声がした。
「え?」
 声のした方を見ると、そこには椅子にチョコナンと座っていたさっきの銀髪の少女がいた。小さくて全然気付かなかった。
「…あなたに話があるのだけど…よいか」
 それは感情の起伏が感じられない声だった。というか見た目に似合わない古風な言葉遣いだなあ。
「え〜と、俺に……な、なにか?」
 こんな美少女が俺にいったい何の用があるというのだろうか。
 透きとおるような透明の肌に、ガラス玉のような瞳。何もかもが作り物めいた、まさしく人形のような少女だった。
 ゼリィが健全な学園のアイドル的なロリっ娘キャラなら、目の前の少女は妖しい空気を纏ったミステリアスで儚げな、正真正銘のロリっ娘――そんな感じだ。
「あ……そ、それじゃあ勇者さま。わたしは先に行ってますからぁ」
 健全な方のロリっ娘、ゼリィが気を遣ってか教会を後にした。いや、多分関わりたくないだけなんだろうけど。というか俺と一緒の建物内にいたくないだけなんだろうけど。
 ゼリィが教会の外に出て、いつの間にか神父さんの姿も見えなくなっていて――教会の中には俺と神秘的な少女だけが残された。
「それで……君。一体俺に何の用があるんだ?」
 やはり見た感じ10歳くらい。身長だって俺の胸辺りまでしかない。真っ直ぐ伸びた銀髪がやけにキラキラ光って見えた。
 そして少女は――
「…あたしも付いていってよいかの?」
 少女は抑揚のない平坦な声で言った。
「へえ?」
 意味が分からなかった。
「だから、あたしも仲間に入れて欲しいのじゃが…」
 な、何を言い出すのだ。この子は。つまりこの子も俺達と旅をしたいって言っているのか?
「でも君みたいな子供が」
 そうだ。遊びでやっているわけじゃないのだ。今の状態でもいっぱいいっぱいなのに、さらに子供をメンバーに加えるなんて考えられない。
 だけど、少女はとんでもないことを言った。
「こう見えてあたしは年齢高いぞよ…お主よりも遙かにのぅ……」
 何を言ってるのか俺にはわけが分からないよ。そして何故に爺さん口調?
「いや、ちょっと君の言ってる事が分からないけど、子供の遊びに付き合ってる暇はないんだよね」
「否…これは真実。あたしは経験豊富な大魔法使い…」
 で、出た。大魔法使いっ。言われてみればまさに魔法使いって感じだけども。この三角帽子といい、ローブといい、世間から逸脱した感じの雰囲気とか。でも。でもそんなの信じられん……。
「そ、その大魔法使いがなぜ俺と旅を?」
「…盗み聞きするつもりはなかったのじゃが…お主の声が耳に入ってな…お主、勇者なんじゃろ? しかも先程魔王と戦ったとな…」
「ああ……そうだが」
 また魔王か。それほど影響力をもっているんだな。
「あたしはその両者ともに興味がある…魔力の復活に関して何らかのヒントがあるやもしれんしのう…そういうわけじゃ」
 なるほどね……それだったら辻褄はあっているな。いや、だけど……人は見た目で判断するなと言うが……このいかにもな感じが逆に怪しい。だってそうだ。そもそもこの子が俺よりずっと年上だなんて。それとも……これも魔法使いならではなのか? ……駄目だ。思考の迷宮に陥ってしまった。疑っていても仕方ない。ここは積極的に攻めていこう。
「ちなみに年齢は……?」
 おそるおそる訊いてみる。
「456歳じゃ」
 確かに高い――って。
「ん……んなあほなぁぁあああああああ!!!!!????」
 人類の寿命を遙かに凌駕している。こっ、これがこの世界の常識なのかっ!? いや、ありえねええええ!
「秘伝の奥義によって、あたしは不老の力を持っているの…」
 動転する俺をよそに、魔法使いの少女は冷めた視線で淡々と答える。
 きたよ! ありがちな設定きたよ。いかにも過ぎるよ。うさんくささぷんぷんだよ! 不老の力ってなんだよ! 何でもアリじゃん! そういうのは中二病アニメでやってよね!
 でもなんかもう慣れてきた。疲れてきたわ。どうでも良くなってきたわ。
「あたしは伝説の魔法使い…訳あって今はほとんどの魔法が封じられているが…それでもあなた達の役に立つと思うぞい」
 死んだ魚のような目で、無感情にぽつぽつ語る少女。いや、自称伝説の魔法使い。自分で伝説とか言うか? だけど、これはこれで何か凄そうな人材だ。半分ネタ感覚でOKするわ。仲間になりたいなら誰でもウェルカムだわ。
「分かった。それじゃあ君を仲間にしよう」
 だから即答。
 俺は少し悲観的すぎるんだ。ポジティブシンキングでいこう。今はほとんど魔法が使えないらしいが、不老の力を持った魔法使いってメッチャ強そうじゃん。幼女の話がもし本当ならかなりの戦力になる。しかもめっちゃ可愛いし。そう考えたら実は超ラッキーなのかも。
「よろしくな……ええと」
 そういえば名前をまだ聞いていない。それから……見た目が幼女なのでどうしても話し方がお兄さんっぽい感じになってしまってるが、特に何も言われないしこれでいいだろうか。一応年上だし敬語使えばいいの? あと幼女を見ていたら感じるこの胸のドキドキは? 俺って実はロリコン属性があるの?
「あたしの名前は、天女。……天女ちゃんって呼んでいいぞよ」
 伝説の魔法使い――天女ちゃんは小首を傾げて呟くように言った。
 自分でも立ち位置理解しちゃってるよ。己の属性を把握してるよ。年上としての尊厳とか考えてないもん。
 なにはともあれ――これでとうとう仲間が3人になった。
 ちゃらら〜(略)♪ というかもう俺は驚かない。
 音楽が鳴ってる中、俺は聞こえてない振りしてそのまま天女ちゃんと教会の外へ出た。すっかり陽は落ちていて、月がとてもきれいだった。
 世界が違っても、月はやっぱり月だった。


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