エルデルル冒険譚

第一章 仲間

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

6

 
「――というわけで、これから新たな仲間になる天女ちゃんだ。みんな仲良くな」
「よろしくね」
「よっ、よろしくお願いしますぅ〜」
「…袖振り合うも多生の縁」
 天女ちゃんの挨拶がよく分からなかったが、一応みんなの顔合わせも無事に終わったことだし、さぁ出発だと言いたいところだったが――。
「もう夜だから今夜は宿屋に泊まる事にしましょう。部屋はとっておいたわ」
 う〜ん、俺がゼリィを生き返らせている間に真字は宿をとっていたのか。なかなか用意周到じゃなイカ。
 俺達は真字の案内で宿屋に向かい、そして到着すると俺は叫んだ。 
「って――相部屋だしッッッッッ!」相部屋だしッッッッ! だしッッ! しッ――!
 予約されていた部屋は一つだった。つまり全員同じ部屋で寝泊まり。しかも部屋は狭く、4人分の布団を敷いて丁度部屋のスペースが埋まるくらい。
 いや、いくら金がないからって、女3人男1人同じ部屋なのはどうよ……。逆に全然ゆっくり休めそうにないんだけど。俺が。
「しょうがないじゃない。お金ないんだし。だったら勇者さまだけ野宿でもいいんだけど?」
「文句言ってすいません。泊まらせて下さい」
 ああ……なんか俺のポジションがどんどんと駄目な方にいってる感じがする。
 でも客観的に考えてこの状況はとても幸運とも言えるんじゃないのか? 3人の可愛い女の子に囲まれてお泊まりなんて……こりゃ期待するなって言う方が無理でしょうよ!
「……ふふっ」
 俺は布団を敷きながら、自然と笑みがこぼれてしまった。
「……」
 そしてそんな俺を軽蔑するように、3人の美少女達が冷たい視線で俺を見つめていた。
「うぅ……いやぁあ……キモイですぅ」
 ゼリィ泣き出したしッ! そこまで!? そんなに嫌なの!? なんかショックなんだけど!
「あ〜あ。ゼリィ泣かしちゃった。さいてー」
「…そりゃあ泣きたくなるわい。鬼畜めが」
 いや、どちらかというと泣きたいのは俺の方だよ!
「なっなんだよ、そんなに批難する事ないだろ。安心しろって。何もしないし、大人しく隅の方で寝とくからっ」
 不服だったけど俺は素直に部屋の端に布団を移動させて、さっさと中に潜り込んだ。本当は風呂に入りたかったんだが、これ以上面倒に巻き込まれたくないからすぐに寝よう。
「そう。じゃあおやすみ」
 と、真字は言ってそのままトイレに向かった。
「はぅぅ〜」
 ゼリィは尚も不満そうに俺の方をチラチラ伺って、そして俺の位置から対称の方向へ布団を引きずっていった。
「…」
 天女ちゃんは今まで被っていた三角帽子を脱いでテーブルの上に置いた。
 俺は――布団を頭から被って目を閉じた。
 はぁ……これでやっと一日なんだ。俺がこの世界に来てから……まだ一日しか経ってないんだ。きつすぎるだろ。
 今日一日本当に色々あって、俺はとても疲れていたからすぐに眠りにつくことが――できない。
 目を閉じて30分以上経つけど未だ寝れない。っていうかなんかメッチャうるさいし! ガチャガチャとみんな何やってるんだよ!
 俺は布団の中で耳を澄ませて様子を探ってみた。
「ふぅ〜……やっぱりウォシュレットって私にとっての至福の時間だわぁ〜」
 ガチャリとトイレのドアの開く音と、真字の声が聞こえた。
 嘘おおお!? 今までずっとトイレに籠もってたの!? ずっとウォシュレットお尻にあてていたの!?
 俺は痔の恐ろしさというものの片鱗を感じ取った……。
「そ、それで……魔法使いさん……。魔法使いさんの血液型ってなんですかぁ」
 今度はゼリィの声が聞こえてきた。どうやら天女ちゃんと会話しているみたいだ。人見知りだけど、同性だったら打ち解けるのは早いのだろうか。
「…AB」
 天女ちゃんの声がした。相変わらず感情が読み取れない声だった。今どんな顔をしているのか想像もつかない。っていうか何の話をしているのだ?
「そうですかぁ。だったら魔法使いさんはわたしとの相性はそこそこみたいです。それと、近々思いがけない知り合いと再会するそうですぅ」
 ガールズトークに花咲かせてるよ! 血液型占いしちゃってるよ!
「ふん、何よ。私が至極の時を過ごしている間、あなた達はそんなくだらない事に時間を浪費していたというの?」
 再び真字の声。どうやら空気の読めない遊び人はこの手の話題には興味がないらしい。
「トイレに30分こもっている方がよっぽど無駄な時間だと思うんですけどぉ」
 ゼリィが皮肉で返した! 相変わらずの毒舌クオリティ!
「くっ……何を言っているの!? トイレ……もとい排泄はね、全ての人間にとって生きていくために必要不可欠な大切な要素なのよ! 排泄はあらゆる生き物にとって欠かせない大事な行為なの! 大事なことなので2回言いましたっ。アンダースタンっ?」
 女の子の口から排泄なんて言葉2回も聞きたくなかったよ!
「全然分からないですぅ。というか女の子がする話題じゃないです」
「この時代遅れのぶりっ娘めっ。そうやって萌えっ子ポジション狙ってるアンタだって排泄してるくせに! どうなのよ、排泄行為やってるの? やってないの!?」
 やめろぉぉぉ! これ以上俺の、女子に対する幻想をぶち殺さないでくれぇぇぇ!
「そ、それは言っちゃ駄目ですよぉ〜。ひどいですぅうぅうう……」
 ふええええん、とゼリィがすすり泣きし始めちゃった。
 真字は少々言い過ぎだ。俺もゼリィの口からその答えを聞きたいのはやまやまだけど……けれどそれは言い過ぎだ。
 このままだと乱闘騒ぎに発展しそうなので俺が止めようかと起きかけると、
「…喧嘩は駄目」
 なんと天女ちゃんが仲裁に入ったようだった。さすがああ見えて最年長者。
「…排泄しない生物も実は存在するんじゃ」
 議論を白熱させようとしてるーーーーッッッッ!!!!
「お、女の子がそんな話するもんじゃないですぅ! もっと女の子らしい会話がしたいんですぅ! ぐすんっ」
 ゼリィが珍しく声を荒げてるし。しかも嗚咽をあげながら。
「だから私はその女の子らしい話題ってのが嫌なの。私達は冒険者なのよ? そんなネタ一つだって持ってないわよ」
 確かにモンスターと戦う生活に浮いた話なんてないよな。
「わ、分かりましたぁ。じゃ、じゃあわたし達にふさわしく、且つ女の子っぽい話をしましょう」
「じゃあどんな話題があるのよ?」
 ふん、と鼻を鳴らして真字が言った。
 そういえば……いつの間にかピリピリした空気はなくなっていた。もしや天女ちゃんの狙い通りに事が進んだのか。やっぱりこの子、なかなか侮れないな。
「…ちなみに排泄しない生物にセンモウヒラムシやチューブワームなどがいる…」
 本当にしたかったんだ! 排泄の話! このパーティーメンバー変人の集団だっ!
「え、え〜と女の子らしい話題は……と」
 天女ちゃんの発言無視されてるよ! ゼリィ無視して考え込んでるよ。
「…般若心経の朗読」
 無視されたのが癪だったのか、天女ちゃんが話題を持ちかけた! でもそれ全然駄目だよ! ある意味女の子から更に遠ざかっちゃってるよ! ドン引きだよ!
 案の定ゼリィは無反応でそれを却下していた。そして――。
「ね、ねえねえ、2人の好みのタイプってどんな人です? す、好きな人いるっ?」
 結局そっち系じゃん! つかここは修学旅行かよっ!
「愚問ね。私にはそんな人間いないわ」
 きっぱり言い放つ真字さん。そこきっぱり言うとこかよ。なんか悲しいぞ。
「…あたしにもおらんな」
 天女ちゃんもいないらしい。
「なぁんだ。つまらないですねぇ……」
 残念そうなゼリィ。
「なによ、ゼリィ。だったらあなたはどうなの? 好きな人いるの? もしかして……勇者さまだったり?」
 真字が驚かせるような事を言った。おいおい、ここで俺の話題出すのやめてよね。
「……え、マジありえないですし……」
 ゼリィさんメッチャどん引きしてる! お、俺がいったい何したっていうんだーっ!
「…ゼリィはとことん勇者が嫌いじゃのう。困ったもんじゃ。どうすればよいか」
 どうもしないで! そっとしておいて!
「そうね、要はゼリィ好みにすればいいって事だから……そう! 勇者さまに着ぐるみを着て貰うってのはどう!?」
 なんだよ、そのグッドアイデアっぽい感じの声! 全然グッドじゃないし!
「い、いやですぅ……見た目とかそういう次元の話じゃないですし、そもそも着ぐるみ着てても全然可愛くないですし、むしろキモイですぅ……」
 ゼリィの泣きそうな声が余計に俺の心を傷つける。
「そうじゃのう、人間見た目が全てというわけじゃないし…だが、あたしは好きじゃがの…勇者」
 とここで、天女ちゃんが傷心の俺の心を癒すような事を言ってくれた。
「え、ど、どういうところがですぅ?」
「いたぶりがいがあるところじゃ」
 ハートブレイク! 俺の精神は崩壊した。
「そうですかぁ……それじゃ遊び人さんは?」
「うん? 私? そうね、私は……」

 ――と、そんなこんなで彼女達は盛り上がっていて、俺はこれ以上聞いていたら心の病を発症してしまいそうなので、できるだけ聞かないようにして……そうしている内にいつの間にか俺は眠りの世界に入ってしまった。
 このままゆっくり朝まで眠れそうだ――と思ったら、
 う……うん? なんだ?
 夜中に、何やら体に何かがのしかかっているのを感じて――俺は目を覚ました。
 あ、すごいいい香りがする。これは――シャンプーか石けんの……そう。お風呂上がりの匂いだ。
 次第に俺の意識は覚醒していった。そして驚愕した。
「っっっっ!!!!???」
 思わず大声を上げそうになったところを俺はなんとか必死で耐える。
 俺の目が捉えたものは――俺の体の上に被さる真字の姿だった。
「す〜、す〜」
 どうやら眠っているらしい。むにゃむにゃ言いながら俺の体の上でもぞもぞ動いている。
 ちなみに真字は浴衣姿だった。いい香りがした。
 ああ、そうか……俺が寝ている間にいつの間にか風呂に入っていたのか。俺は入ってないというのに。
 いや、そんな場合じゃねえ。
 真字は今、何故か寝ている俺のところまでやって来てそのまま俺に被さったのだ。どうやら眠っているみたいだけど……寝相わるすぎだろ!
 俺は首を必死に上げて、胸元で寝息を立てている真字をじっくり見つめる。
 彼女の浴衣は若干はだけていて、色っぽいうなじが露わになっていた。
 う〜ん……やばいな。このままでは血を見ることになる。勿論俺の。
 そう考えた俺はなんとかその場から抜けだそうと体を動かしてみるが、
「――んっ。あっ……ふぅっ……ん」
 あ、喘いでるしーーーーーっっ!!!
 なんだよ、これ。絶対まずい状況だって、これ! どんな弁解も聞き入れられない状況だよ!
 俺が動けば動くほど、どんどん真字の浴衣がはだけていく。
「はぁっ……はあ……うっ」
 俺の動きに合わせるように真字が官能的な声をあげる。俺の体に女の子の柔らかさが伝わってくる。
 ど……どうしてこうなった! だ、駄目だ。これ以上続けては未成年お断り系ファンタジーになってしまう。別の道を模索するしかない。
 といっても体の自由はほとんどきかない。よし、ここは体の端から徐々に自由を取り戻していこう。というわけで俺はまず右手を動かそうとした。腕もぴっしり固定されているようで動かない……が、それでもなんとか掌だけでもと動かしてみると――、
 むりゅり。と、もの凄く柔らかい感触。
 なんとも嫌な予感がした。
 もにゅもみゅぽみゅ。
 マシュマロのようなもみ心地。これはっ。
 俺は――恐る恐る視線を右手の先に向けた。
 案の定、そこには浴衣姿のゼリィがいた。なぜか俺の右腕に抱きついていて、掌が丁度ゼリィの胸にあたっていた。
 むにむに。
「あ、あん……っ」
 ゼリィは甘い吐息を漏らしていた。
 つまりさっきから俺は浴衣の上からゼリィのとても豊かな胸を揉んでいたというわけだ。むぎゅむぎゅ。
 はい、2重の死亡フラグ! ありがとうございます。
 もう駄目だああああ。男嫌いのゼリィがここで目覚めてしまったら問答無用で即殺されてしまう。もう俺達の関係の修復は不可能になるだろう。
 だけど……諦めたらそこで試合終了だっ! 
 手が駄目なら……足だッッ! 俺は足を動かすことに決めたっ。
 …………くぅッ! やはり駄目か。動かない。
 今度はなんだ。真字は俺の上半身で眠っていて、ゼリィは右腕にしがみついている。ならば。
 俺は首を必死で伸ばして自分の足の方を見る。もう何を見ても驚かないぞ。つまり、俺の下半身が全く動かないのは――、
 天女ちゃんが俺の両足をまるで抱き枕のように抱きついていたからだった。
 なんというか……こうなったらもうお約束だもん。3人目。
 ふぅ……やれやれだぜ。俺は微笑みを浮かべて余裕のため息を吐こうとして――気付いた。
 ってえ、天女ちゃん!? よく見ればあんたもしかして――俺の股間に顔を埋めていらっしゃらない!?
「むにゅむにゅ……ふかふかまくら」
 おふぅ! 天女ちゃんの寝言で吐かれた吐息が股間にあたるぅぅぅぅうううう!!
 天女ちゃん残念っ、それは私のおいなりさんだ! ……っていうか放送コードギリギリ! むしろNGだよ!! さすがにこれには驚いたよ。
 どうすればいいんだよと俺が泣きそうになっていると。
「むにゅむにゅ……かぷっ」
「――うっ。うほおんっ!?」
 な、なにか……なにか今、とてつもない事をされた! 俺のおいなりさんが。俺のおいなりさんがあああああああ!
 噛まれましたッ!
 こ、こいつら……なんて寝相が悪いんだっ。
「はぷはぷ……んぷっ、ちゅぱっ」
 おふううんっっっ! 駄目だ、このままだと俺は……本当に殺されてしまう。なんとか。なんとかしなければ……。
「うおおおおっっっ! 勇者の力を舐めるなよおおおおおおお!!!!!」
 俺は全身の力を入れて立ち上がった。ここは力技だッッ! いっそこうなれば一か八かのロシアンルーレットだッッ!
 大丈夫。よく考えたらこいつらメッチャ寝相悪いもん! 今更こんなこと位で起きたりしないもんね!
 俺はその場に仁王立ちし、そして真字とゼリィと天女ちゃんが俺の足元に崩れ落ちる。ふふん……時に繊細に時に大胆に……さ。
 勝利の余韻に浸り、敗者の3人を見下ろすと――。
「勇者さま……あなた私達にいったい何を……服がはだけているのはどうして?」
「ひっ……ひぃ。わたしの胸がなんか変な感じです……まさか勇者さんが……勇者さんが……」
「…あれ? あたしのおいなりさんは…どこ?」
 みなさん目が醒めちゃったよ! いや、もう途中から諦めてたんだけどね! あと、天女ちゃん。これは君のおいなりさんじゃない! 怖いこと言わないで!
 3人の少女達は浴衣がはだけた状態で、俺を軽蔑しきった目で見上げていた。
「もしかして勇者さま。あなたまさか私達に……」
「ひ、ひい! けだものっ。けだものですっ!」
「…3人一度になんて…ぽっ」
 いや、これは誤解なんだよ。でも、そんな言い分絶対聞いてくれるはずがない。ちくしょー! 俺は何も悪くないのに! むしろ被害者なのに!
「悪いのは……悪いのはそっちじゃねえかああああ!」
 そんな世の理不尽さに嘆いて、思わず俺は叫んでいた。この瞬間、俺の処刑は決定した。
「…南無阿弥陀仏」
 天女ちゃんのお経がやけに不気味に響く。それが俺の聞いた最後の言葉だった。


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