エルデルル冒険譚

第一章 仲間

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 ゼリィが仲間に加わり、俺達は一旦町に戻って身支度を調えることにした。幸い、あの牛に似たモンスターは、意外とお金を多く落としてくれたみたいで、安い武器くらいは買えるとの事だった。
「武器か……何にしようかな」
 俺は今、小さな武器屋にいた。そして思わず心が弾んでいた。だってよく考えればこの状況、男子なら誰もが一度は憧れたものじゃないのか。
 異世界に旅立って異形のモンスターと戦う。そう思えば、悲観ばかりしていてもしょうがない。
「やっぱりここは無難に剣かな」
 武器屋の厳つい顔した親爺に見守られながら、店内を物色。色々ありすぎて迷う。幸い、こじんまりした店の中には客は俺一人だからゆっくり選ぶことができる。
 だけど埃っぽい店の中で素人の俺が色々悩んでたって何も分からないだろう……そうだ、ここは親爺に聞いてみるのもいい。ちょっと怖いけどこっちは客なんだし気さくにいこう。
「え〜と、お金これしかないんだけど……これで買えるお勧めの武器ってなんかあります?」
 ジャラジャラと、俺はお金――ゼニ――をカウンターに広げて親爺に聞いてみた。すると親爺は黙ったまますっと立ち上がり、壁に並んで掛けられている武器の方へ向かった。どうも無口な店主らしい。
 そして親爺は壁に掛かった武器を――とろうとせず、むしろ目もくれずに素通りして、そして――。
「えっ? ワゴンセール?」
 まるで傘立てのように、店先に乱雑に置かれていた武器の元に行ってその中をごちゃごちゃ手で探っていた。
 高揚していた気分が一気に萎え始めた。
 ……い、いや、まだ気は早い。若干テンションが下がってしまったけれど、まだゴミのような武器を掴まされたわけじゃない。もしかしたらあの中に誰も手に負えない幻の一品が紛れているのかも。
 そしてそれを使えるのは勇者だけだという展開なんだ――。
 やがて、親爺は一つの武器を手にとって、俺に差し出した。
 これが俺にしか扱えない、幻の武器。隠された秘宝。
「こ、これは……っ」
 それは――竹槍だった。
「絶対ハズレだ!!!!」
 なんだよ、これ! なめてんのか! これ、ただそこらにある竹を切って先端尖らせただけじゃん! こんなん勇者どころか誰も使わないよ! ある意味誰にも手に負えないよ!
「ちょ、ちょっと何なんですか! これは! 竹槍なんてこれ武器と言えるんですか! もっと別の……ほら、同じワゴンでもせめてもうちょっとまともな、そっちの剣とかくれよ!」
 俺は銅でできていそうな剣を指さした。
 しかし親爺は、
「無理言っちゃいけないよ、お客さん。それっぽっちのゼニじゃあせいぜい竹槍くらいしか買えんよ。それでもまけてやってるくらいだぜ」
 野太い声で答えた。意外と話しやすい人間なのかもしれない。いや、そんなんどうっでもいい。
「う……う〜」
 俺は言葉をなくした。そうか、あの牛一匹倒しただけの金額じゃせいぜい竹槍程度が限界なのか。俺はこの世界の金銭感覚がまだまださっぱり分からないようだ。
 仕方ない。何もないよりかはマシだ。とりあえずその竹槍を――と、思ったその時だった。
「やぁ! ご店主! 元気でしたかっ。ははははっ」
 扉の開く音と同時に、やたらと爽やかな男の声が響いた。客か?
「……」
 親爺はぶすっとした表情のままだ。果たしてこの親爺は客商売ってものを分かっているのだろうか。
 俺は店を訪れた新たな客を見た。爽やかな声によく合う、爽やかな表情をした若い男だった。年齢は俺と同じくらいだろう。
「なんだ、君は? 見かけない顔だけど」
 男は俺の姿を見るなり興味深そうな顔を作ってみせた。肩まで伸びる金髪が揺れる。
「あ、いや……俺は」
 わざわざ説明するのも億劫だ。俺は答えに窮する。
「……まぁいい。それよりご店主。約束の商品はもう来てるかな?」
 俺が口ごもっていると、青年は興味をなくしたのかすぐに俺から視線を離して親爺に話しかけた。青年の言葉に応えるように親爺は店の奥へと消えていった。
 すっかり興味をなくされた俺は、青年の様子を見つめる事にした。
 マントのついた鎧を身につけていて、腰には切れ味のするどそうな剣を帯刀している。そしてその物腰と態度。こいつ……かなりのやり手だ。
 そして俺の仮説を裏付けるように、店の奥へと行った武器屋の親爺が戻って来た時、その手には滅茶苦茶高そうなピカピカに光る剣があった。
 金髪の青年はうっとりとした目で剣を見つめていた。
「そうそう。これだよ、これ。この光沢のある高級感。そして見た目の派手さ。まるでこの勇者である僕を象徴するような品物じゃないか!」
 ……え? 勇者だって? 今こいつ勇者って言わなかったか?
「なぁ……あんたひょっとして勇者なのか?」
 俺は思いきって金髪に尋ねてみた。
 すると金髪は剣を振り回しながら怪訝な顔をして言った。
「勇者か、だって〜? はははっ! よくぞ聞いてくれた! そうだ! 何を隠そう実はこの僕こそがかの有名な、魔王を倒すことのできる伝説の勇者――その名もフリードリヒ・ケイ・ランスロットなのだ!」
 金髪の青年――フリードリヒはやけに大げさに言った。なんかポーズまでとってるし。
「そ、そうなのか……勇者、ねえ」
 この男が勇者だって? 勇者は俺じゃなかったか? もしかして勇者って何人も存在できるような職業だったりするのか?
 俺がぼんやりフリードリヒを眺めていると、フリードリヒが俺の手の中にある竹槍に気付いた。
「なんだぁ……この竹槍は……もしかしてこれ、君のかい? あっはっは」
 馬鹿にするようにフリードリヒは笑う。
「なんだよ。何か文句でもあるのかよ」
「いや。すまないすまない。別に悪気があったわけじゃないんだ。ただちょっと……勇者と一般冒険者の超えられない壁っていうか、才能の違いってものを見てしまったというか……うん。残念だけど努力ではどうしようもできない事ってあるんだねぇ……って」
 いったいこいつは何を言っているのだ? とりあえず馬鹿にされているのは間違いない。凄く腹の立つ奴だ。
「でも君には丁度お似合いなんじゃないのかな、竹槍。うん。やっぱり分相応ってものはわきまえないとね」
 フリードリヒのその口調にはまるで邪気を感じられなかった。もしかして……嫌みでも皮肉でもなく、純粋な気持ちからただ本心言っているのか? だったら……尚更むかつく。
「あ、あのさ……」
 いっそ俺こそが勇者なんだとこいつに言ってやろうかと、俺が口を開いた時だった。
「フリちゃ〜ん。そろそろ行くで〜」
 店の外の方から女性の声が聞こえてきた。いや、フリちゃんて……。
「おっと、僕の仲間が呼んでるみたいだ。長居しちゃったみたいだね」
 フリードリヒが微笑を浮かべて親爺から受け取った剣を腰に差した。
「それじゃあさようなら、新米冒険者さん」
 そして、マントを大げさにバサリと翻してフリードリヒは店を後にした。
 俺はしばらくの間呆気にとられて身動きできなかった。
 ばいばい、フリちゃん。
 俺は親爺に呼ばれるまで佇んでいた。
「おい、坊主。その竹槍買うんなら早く金置いてさっさと出て行けよな」
 ぶっきらぼうな親爺の声が店に響いた。


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