働かずに生きる、と彼女は言った

おまけコーナー

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

仄ちゃんの豆知識  〜労働について〜

 
 やっほー。みなさん。あなたの心の恋人、萩窪仄でーす。
 突然始まったこのコーナー。はっきり言ってこれは所詮おまけであって、本編とは全く関係ない蛇足であり、従って読み飛ばして頂いても全然構わないのだが……暇つぶし程度にはなるように、アタシが頑張って面白くて為になる情報をお届けしようというコーナーだ。
 まぁ読み飛ばしてもいいなんて口では言ってはいるものの、それでも読者のみなさんに少しでも楽しんでもらえるように、誰にとっても役に立つであろう情報をこれでもかと放出していくつもりなので、できたら読み飛ばさないで頂けるなら幸いだ。
 そういうわけで始めよう。仄ちゃんの豆知識。『労働について』――だ。
「あーっ。どうしよう……お金がぁ、お金がピンチだぁ〜っっ」
 おやおや。早速だけど、まるでタイミングを見計らったように兄者がいつものように嘆き始めたぞっ!
 ふぅ〜……小さい男だ。貯金ならまだまだあるだろうに。そんなにお金にガツガツしていたら大物にはなれないぞ。
 仕方ない。ここは心優しい萩窪仄が、お金を得るための手段――つまり労働についてのあれこれを懇切丁寧にレクチャーしてやろうじゃないか。
 海より深く、山より高い、アタシの心意気に感謝するんだな、兄者ッ!
 それでは早速始めよう。おい、兄者。労働とはそもそもなんだ?
「……な、なんだ仄……突然?」
 いいから答えろ。
「わっ、分かったよ……う〜ん。そりゃやっぱり、生きるために必要なもの……じゃないのか?」
 ブーっ! っていうか、つまらん! お前の答えはつまらん!
「な、なんだよ仄〜っ。なんだかいつもより凶暴さがアップしてるぞっ」
 ハハハ、これが本当のアタシなんだ。さぁ、馬鹿兄者……もう一度チャンスをやろう。答えるんだ。
「え、え〜と……それじゃあ……」
 それじゃあ?
「そ・れ・は――もちろん、愛に決まっているじゃあっないかぁっっっ!」
 ……はい? って……あ、兄者! いきなり何をするっ!? なっ、なんで抱きついてくるっ!? わっ……や、やめろっ……気でも狂ったかーっ!
「わっはっはー! いいじゃあ〜ないかぁ〜! 減るもんじゃあないだろぉ〜っ?」
 あ、兄者! いいわけないだろっ……だから駄目だってっ。そ、そこは……ひゃうっ!
「可愛い声あげちゃって、仄は可愛いなぁ〜。ボクがもっと可愛がってあげるからねぇ〜」
 う、うう……はうう……こ、こんなの……アタシが知ってる兄者じゃないっ!!
 いや――というよりも。はっ!
 き、貴様。もしや……兄者ではないなっ!? 
「……。ふっふっふ……このボクの変装を見破ったか。さすが我が妹だっ!」
 や、やはり兄者の偽物だったんだな! 貴様は誰なんだっ。正体を現せ――っ!
「いいだろう――それでは見せてやるっ!」
 と言って、ババッと服を脱ぎ捨てて現れたのは……さっきまでとなんら変わっていない――萩窪貴翔の姿だった。
「ってぇ! よく見てよ〜〜っ!!!! 全然変わってるじゃん!? ボクだよ! 萩窪樹新だよ!」
 いやぁ……大して変わってないなぁ……。
「ええ〜っ!? 全然違うじゃん! いくら双子だからって男と女の違いじゃん! それってつまり、ボクが男みたいだって言うのっ!?」
 むしろ兄者が女っぽいと言うべきなのだろうか……。うむむ〜。でも確かに、胸は先程よりも巨大に膨れあがっているな。つんつん。
「って、胸だけで判断しないでよっ!」
 ええい、うるさい。それより馬鹿姉者。アタシのコーナーを滅茶苦茶にかき乱して、いったいなんのつもりなんだ!
「だってだって! 仄ばっかりずるいよっ! なんでボクのコーナーはないの? おかげでボク、全然目立ってないじゃん!」
 それはお前よりもアタシの方が仕切り力もあるし、聡明だし、読者の食いつきもいいからに決まっているだろう。お前では役不足なんだよ。
「ひ、ひどいよっ仄っ! ボクだって実は見えないとこで色々頑張ってたんだよ!? なのにフタを開けてみたらこのザマだったんだよっ!?」
 仕方ないだろう。裏で何をやってたって見えるものだけが全てなんだ。所詮お前は脇役がお似合いなのだ。諦めろ。
「や、やだよ、そんなのっ! ボクもっと出番欲しいよっ! 最後くらい活躍させてよおっ。ううっ……うえ〜んっ!」
 って、泣き出しちゃったよ! な、何も泣くことないだろっ、この馬鹿っ。
「だって、仄ばっかり……仄ばっかりずるいよ〜〜〜〜っ! あ〜〜っん!」
 ……ま、まずい。具体的に言うとこのグダグダ感は非常にまずいっ。
 おい、馬鹿姉者。お前のせいでこのコーナー台無しになってるぞ。このままではこのおまけコーナーは丸々カットだぞっ。
「ふえ……な、なんだってーっ! ど……どうしよう、仄っ」
 ふん、だからお前には荷が重いと言ったんだっ。いいか、姉者もちゃんと活躍させてやるから、とりあえずアタシの華麗な進行役っぷりを見てるがいい。
「さ、さすが仄だねっ。頼もしいねっ! 頼りにしてるよっ!」
 ……というわけで仕切り直し。労働とお金について語り合いましょう。時間が押しているからサクサクいくぞ。じゃあ姉者、働く事をどうお思いか?
「え? い、いきなり……? てか、さっきも言ってたんだけど……うん。ボクはね、働く事は楽しい事にしたいと思ってるんだ。人生の多くの時間を労働に割くんだったら、嫌々仕事するのはできたら避けたいよね。ボクの場合はね、働きたい仕事があったら喜んで働くってこと。だから自分の好きな事を仕事にしたいよねっ」
 長文ご苦労様です。つまりやりがいある仕事というわけですな。だが、世の中そう甘くない。ほとんどの人がやりたくない仕事をやって生活の為にお金を稼いでいるのが現状です。
「そ、そうだよね……だったら、仄。それじゃあボク達はいったいどうすればいいのっ!?」
 ふふふ……なかなか板についてきてるじゃないか、姉者。いいだろう、その司会進行っぷりに応えて教えてやろう。それはな――将来自分が好きな仕事をできるように、今からしっかり考えておかなくちゃいけないという事だっ!
「な、なんだってーっ! それってつまり、遊んでばかりいないで勉強しろっていうことなのっ?」
 いいや、そうじゃない。勉強も確かに将来の選択肢を増やす大切な手段の1つかもしれないが――大切なのは、本当に大切なのはっ、自分が本当にやりたい事はなんなのかを知ることなのだっ!
「それは仄が勉強嫌いだから言ってるんじゃないよね?」
 そ、そんなことはないぞっ。アタシのやりたい事は勉強とは無関係のところにあるから、だから勉強が必要じゃないだけだっ! 子供が勉強しなければいけないのは、まだ自分が本当にやりたいことが何なのか見つからないから、だから将来できる仕事の範囲を広げるために勉強するのだ! アタシのように将来やりたい事が決まっている者に勉強は必要ないのだ!
「なんか必死な感じが伝わってくるけど……で、でもなかなかいい事言うね仄っ。というかとても中2の言葉とは思えない深みある言葉だねっ」
 そうだぞ、姉者。アタシは姉者と違ってしっかりと普段考えて生きているのだ。それに比べて姉者はどうだ? 高校生にもなってお前、将来の事なんてまるで何も考えていないだろう?
「え……そ、それは……ちゃ、ちゃんと考えてるよ……」
 ふふ……どうせくだらない事だろう? お金持ちになりたいとか、不老不死になりたいとか、世界征服とか。
「ぎっくりん」
 そらみろ。姉者みたいに今が楽しければそれでいいと考えている人間が、大人になった時に決まって後悔する事になるのだ。そういう風に学生時代に何も考えてない奴が、決まって大人になった時にやりたくない仕事をする羽目になるのだっ。
 いいか? 時間はあっという間に過ぎるんだぞ? 過ぎ去った時間は絶対に戻ることはないんだぞ? なら特別に……アタシが姉者の未来を断言してやろうじゃないかっ。
「え……ボクの未来……教えてっ、仄っ」
 ああ、教えよう。このままいくと姉者は高校を卒業して……勉強ができるから大学に行けたとしても、特に夢とか希望とか姉者には見つからないから、そのうちやる気をなくして中退するんだ。それでしがないパートの仕事を点々とするも、やがて30を過ぎる頃には雇われなくなっていって、家賃を払うお金も工面できずに家を失うことになるのだ。
 そこから姉者は公園生活を余儀なくさせられる。近くにいた野良犬をパートナーにしたお前は、寒さを凌ぐためにダンボールで作った家に住み、日中は町中の空き缶を集めて一日数百円のお金を得るのだ。そして冬の寒いある朝、冷たくなったお前をランニング途中のおじさんが見つけて、お前のつまらない人生は終了する。
 残念だけど――これが姉者の運命なんだよ!
「…………」
 アタシの予言を一通り聞いた姉者は顔を蒼白にして、わなわなと体中を震わせていた。
 ……姉者?
 もしかして言い過ぎたかな? アタシが姉者の肩にそっと手を置くと、姉者の体はピクン――と火がついたように跳ねて、
「ぼ、ボクは……ボクはダンボールハウスで生活するのなんて嫌だああああああああーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!」
 そう言って、姉者は絶叫しながらいずこかへ走り去っていった。
 ……えーと。パートナーが逃亡したというハプニングが発生したため、本日はここまで。
 そ、そういうわけで、仄ちゃんの豆知識。これにて終了だ。
 シーユーばいばい。またいつか。
 ――はいっ、お疲れ様です〜っ。
 と、その瞬間。アタシは営業スマイルをやめて深呼吸した。
 ……はぁ、疲れたなぁ。
 アタシは年寄り臭い台詞をはいて、しばらくぼんやりと休憩した後――てくてくと帰り道を歩き出した。
 家に帰れば家に帰ったで、また兄者や姉者に構ってやらなければならない。
 毎日毎日あんな姉や兄に囲まれて、アタシもよく頑張ってるもんだなぁ。
 でも――それでも不思議なもので、レオ姉に兄者や姉者の事を考えると、アタシは自然と笑みがこぼれてくるのだ。
 だったら、まぁ……こんな生活も悪くない。
 しかしまぁ……それにしても、夢……か。アタシの本当にやりたい事は、いったいどこにあるんだろうな。
 そして、アタシ達はこれからどこに向かうんだろうな。
 アタシは……アタシ達は、果たして見つけられるのだろうか。本当に大切な何かを。
 なんとなくアタシは少し不安になって下を向いて歩いていると――なにやら視界の隅にキラキラ光るものを感じた。
 顔を上げてそちらの方に目を向けると、そこには夕日を映した川面がオレンジ色にキラキラと輝いている光景があった。
 川を挟んだ向こう側には部活動中なのだろうか、体操服を着た人達が並んでランニングしているのが小さく見えた。
 アタシはなんとなしに夕日に染まる町の景色を眺め、そして前を向いてまた歩き始めた。
 どこからか聞こえてくるひぐらしの鳴き声をBGMに歩いていると、涼しい風がアタシの体を通り抜ける。
 この気持ちいい夏の夕暮れを気持ち良く感じられるなら、アタシ達はきっとこれからも大丈夫に決まってる――アタシは姿の見えないひぐらしに、そんな事を誓ってみた。


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