働かずに生きる、と彼女は言った
最終話 幸せ家族計画
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幕間小劇場最終話 〜働く方法〜
ある日、アタシが1人で町を歩いている時だった。これから家に帰るところだった。
歩道橋を渡っていると前方から、とても綺麗な女の人が歩いてくるのが見えた。
長い黒髪に、整った顔立ち。スラリとした体型。……どことなくレオ姉に似ている女の人だった。
着ている制服から察するに、姉者や兄者と同じ学校の生徒のようだが。
だけどアタシには関係ないことだ。
アタシはそのまま気にせずその女の人とすれ違った時――。
「あ、ちょっと待って」
女の人がアタシを呼び止めた。透きとおるような澄んだ声だった。
なんですか?
「あなた……ハンカチ落としたわよ」
そう言って、女の人は地面に落ちた布きれを拾ってアタシに差し出した。
宇宙人とUMAがコラボレーションした超かっこいいハンカチ……このセンスあるハンカチ、確かにアタシのものだ。
すまない、感謝するぞ。
アタシは女の人に礼をしてハンカチを受け取った。
その際に女の人は、爽やかな笑顔をアタシに向けた。とても綺麗な顔だった。
その笑顔があまりにも素敵で、そしてレオ姉に似ていたから、アタシはなんとなく女の人がどこに行くのか気になって、少しだけ後をつけてみることにした。
しばらくすると女の人は、喫茶店へと入った。目的地が案外普通だったのでアタシは少しガッカリした。
さて、ではアタシは帰ろうかと思って引き返そうとした時に――、アタシは店内に意外な人がいるのを見た。
――レオ姉だ。
どうしてレオ姉が喫茶店に? 窓際のテーブルに座って、そわそわしている様子から誰かと待ち合わせしてるみたいだけど。
ま、まさか……彼氏かっっっっ!?
そう思った瞬間――アタシはすぐさま物陰に隠れてガラス越しにレオ姉の観察を始めると……やがてすぐにレオ姉の様子に変化があった。
レオ姉が表情を明るくして口を開いた。待ち合わせの人物が来たみたいだ。ゴクリ……。彼氏だったらそくさま乱入してレオ姉を救出しよう。
しかし、アタシはその登場人物を見て更に驚くことになる。
レオ姉の待ち合わせの人物は――アタシが今までつけてきた女の人だった。
ま、まさか……さっきの綺麗な女の人はレオ姉と知り合いだったなんて。
女の人はレオ姉の向かいに座ると、少し緊張した顔で話し始めた。
会話の内容はここからでは聞こえない。が、どのみち人のプライバシーを侵害する趣味もないから聞こえなくてもいい。
だから2人の表情から察するしかないのだが……どうやらレオ姉も緊張しているみたいだった。というか、なんだかレオ姉はずいぶん申し訳なさそうな顔をしていた。
2人に何があったんだろうか……2人共妙に他人行儀で照れくさそうにしていて……怪しい関係だ。きっとそれはアタシ達にも言えない関係に違いない。
……ひょっ、ひょっとしてレオ姉っ……これはもしかして新しい仕事の話なのか?
あんなに綺麗な女の人と、世界で一番綺麗なレオ姉が話している仕事というのは……どんな内容の仕事なんだっ。
……まっ、まさかレオ姉……っ! レオ姉はひょっとして……口に出すことが憚れるようなビデオに出演するつもりなんじゃ!
もちろん主演はレオ姉で、そしてあの女の人も共演ということで出演して――人には言えないような事をあれやこれやと繰り広げるのではっ!?
アタシの妄想の中で、レオ姉と綺麗な女の人が卑猥に乱れている様を想像して……ちょっと鼻血が出てきた。
だっ、駄目だレオ姉! はやまっちゃいけない! 仕事なんて他にいくらでもあるんだっ!
アタシは思わず店の中に入ってレオ姉を連れて帰ろうとした。
だけど、その時――突入しようとしたアタシの足は、ピタリと止まった。
ガラス越しの店内では、レオ姉と女の人が、表情を綻ばせて楽しそうに笑い合っていた。
レオ姉の笑顔は、いつもアタシ達に向けてくれる――見た人みんなが安心するようなもので。
女の人の笑顔は、さっきアタシがハンカチを落として、それを拾ってくれた時のものだった。つまり、アタシが後を追いたくなるような笑顔。
…………ふふ。
だからアタシは、楽しそうに笑い合う2人から背を向けて、家に帰ることにした。
早く家に帰って、たまには馬鹿双子と遊んでやってもいいなとアタシは思った。