働かずに生きる、と彼女は言った
第4話 社会復帰更正プログラム
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すっかり日が沈んだ頃、僕は家に帰って再び両親のことを思い出した。
僕は和泉夜家のように金持ちじゃなくて、ごく平凡な家庭だったけれど、幸せだった。
今は両親が亡くなってしまって、家計だって苦しいのも確かだ。
けれど、第三者がなんと言おうと僕の人生は幸せに包まれていたと断言できるし、それは今だって変わらないと、声を大にして言える。
幸せかどうかを決めるのは本人なんだ。だから僕は自分が幸せだと思うのならそうだし、きっと玲於麻ねえや樹新や仄だって僕と同じ答えを言うだろう。聞くまでもない。
母さんは最後に言ったんだ。
僕達は幸せに暮らしなさいって。
だから僕は守らなくちゃいけない。
そして和泉夜さんは――他の誰がなんと言おうとも……不幸なんだろう。
僕は彼女の為に何かしてやりたい――そう思って部屋でぼんやりしていると、玄関の方から物音がした。
僕が部屋を出て階段を降りると、玲於麻ねえがいた。
「ああ、玲於麻ねえ……おかえり。随分遅かったね」
一日中莉菜さんに連れ回されていたせいか、玲於麻ねえは心底疲れ気味の様子だった。
「うん、ただいま〜。サラっちと仄ちゃんは?」
「2人共部屋で勉強なりゲームなりしてると思うけど」
玲於麻ねえは、僕の返事を軽く聞き流しつつ、靴を脱いで、リビングへと入っていく。
「玲於麻ねえ、夕飯は食べてきたの? 何か食べる? 夕飯の残りだけど」
僕は玲於麻ねえの後ろにくっついていって尋ねた。
「うん。ありがとう」
と、姉さんは洗面所に行って、僕はその間に夕食を温め直してテーブルに置いた。
そして玲於麻ねえがテーブルについて夕食を食べ始めて、僕が台所で洗い物をしていたら――玲於麻ねえが唐突に言った。
「姉さん、働くわ」
それは、なんでもないようなポツリとした一言で、ともすれば聞き逃してしまいそうだった。
「……えっ? 今なんと?」
僕はお皿を持ったまま、玲於麻ねえの方を振り向いた。
「だから、姉さん働くことになったの」
玲於麻ねえはご飯をパクパク食べながら再び言った。
…………。
働く。誰が? 玲於麻ねえが。え? それって、つまり……。
「って。ええっ!? ええええっ? ええええええっっっ!?」
僕はあまりのショックで、お皿を落としてしまいそうになった。
「な、なんでっ……いきなりっ」
「奈美に紹介してもらったの。結構お給料もいいのよ。莉菜が通っている大学の警備の仕事。ま……バイトなんだけどね」
玲於麻ねえはいたって普通に説明しているけど、僕はもう何がなんだか分からなくなった。
その時、僕の胸がちくりと痛んだ。
僕が今まであれだけ玲於麻ねえに働け働けと言っていたのを、今になってちょっと後悔していた。
そして……本来なら喜ぶべきところのはずなのに、僕はどうして素直におめでとうって言ってあげられないのだろう。
僕はどうしてしまったんだ。
僕は無性に、胸の中にもやもやした、何かの存在のようなものを感じた。