働かずに生きる、と彼女は言った

第3話  ご家庭訪問

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幕間小劇場B 〜友達〜

 
 最近アタシに、友人ができた。
 乾水鶏――同じ学校に通うクラスメイトだ。
 彼女は大人しくてまるで小動物のような奴だけど、根は優しくて、少し恋愛とかに対して夢見てる乙女みたいな部分はあるけれど……悪くはない人間だ。
 本当はアタシは別に友達が欲しいとか全然思ってはいないけど、やっぱり人生経験を積むという意味でも友人を作っておくにはこしたことがないと思うのだ。
 1人で生きていくのには限界があるという事くらい、アタシにも分かる。
 そういうわけで、アタシは友達を作った。水鶏どのなら、アタシの友人として不足はないだろう。
 そのきっかけは――学校の体育の授業中だった。
 その日はバレーボールをする事になっていて、2人1組でボールをパスする練習だった。
 2人1組という言葉が大嫌いなアタシは当然ペアの相手を見つける事ができずに、仕方なく1人でボールをレシーブしたりトスしたりするという、離れ技をかましていた。
 そんな奇妙なバレーをしていたら、アタシに声をかけてきた人がいた。
「え、え〜と……荻窪さん、1人なの? あの……もしよかったら、私と一緒にバレー……やらない?」
 おどおどと頼りない声をかけてきた少女。少女はぎこちない笑顔で、口元をひきつらせていた。
 アタシは、緊張する少女に。
「……荻窪(おぎくぼ)じゃない……萩窪(はぎくぼ)だ」
 と、今まで話したことのないクラスメイトに、ぶっきらぼうに答えた。
 ――それが、乾水鶏とアタシの、初めての邂逅であった。
 水鶏どのはクラスではアタシと違った意味でおとなしくて、自分から誰かに話しかけるような人間ではないと記憶していた。
 でも、それ以上に水鶏どのは……心優しい人間だったのだ。
 だからアタシは彼女を受け入れた。人付き合いが苦手だったけれど、頑張った。
 そして最初は水鶏どのに対してぎこちなかったアタシも、最近ではすっかり気を許せる仲になっていた。
 そして今日もこれから水鶏どのと遊びに行くのだ。
 アタシは水鶏どのの家まで行って、呼び鈴を押し、そして彼女が出てくるのを待った。
 しばらく待っていると――。
「ん? 君、この家に用でもあるの? 小学生かな?」
 と、いつの間にかアタシの後ろに見知らぬ男が立っていた。
 ……失礼なやつめ。私はちょっと身長が低いかもしれないが、これでも立派な中学生だ。
 それにしてもこの男……見たところ兄者や姉者が通っている高校の制服を着ているが……突然アタシに声をかけてくるなんて……もしやこの男、不審者かっ。
 アタシは警戒を強めて、男を睨み付けてながら――何者だと尋ねた。
「あはは。嫌だなぁ、俺はこの家の人間だよ。今学校から帰って来たとこなんだよ。見たら分かるだろぉ」
 男は軽く笑いながら乾家の中へ入ろうと足を向けた。
 いや、ちょっと待て――と、アタシは男の襟首を掴んで引き留めた。
「って、なにするんだよ」
 不審者め。お前こそこの家に何の用だ。
「いや、だからここは俺の家だって。人の話聞かないな〜。俺は乾大悟郎。この家の長男なんだよ」
 呆れるような笑顔を浮かべ、男は説明する。
 しかしアタシは騙されないぞ。
 こんな節操も甲斐性もなさそうな、うだつの上がらない男が、乾家の長男……つまり水鶏どのの兄であるわけがない。きっとそう言ってアタシを騙して家の中に入ろうとしているんだ。オレオレ詐欺だってこんな簡単な手口は使わないぞ!
 乾家の長男だと言うのなら――アタシにその証拠を見せてみろ!
「しょ、証拠だってぇ? な、なんで自分の家に帰るのに、見知らぬ他人にそんなもの証明しなきゃいけないんだよ」
 ふ、ほらやっぱり証拠なんてないんだ。だからそう言ってかわそうとしているんだ。
「いや、そうじゃないって! くそ……だったら証拠を見せればいいんだろっ。ほら、見ろ! 生徒手帳だ! ちゃんと乾大悟郎って名前が載ってるだろ!」
 不審者が生徒手帳をアタシに突きつけてきた。だが、そんなもので簡単には納得できない。もしかしたらその生徒手帳は偽造かもしれないのだっ。
「ぎ、偽造だってぇ〜? なに馬鹿な事言ってんだよっ! いいから家に入れさせてくれよおおっ」
 駄目だ! もっと他にちゃんとした確たる証拠を見せるんだ! 他に誰も知らないようなハッキリした証拠をっっ! そうしたらアタシは素直に認めてやろうッ!
「く、くそ……今日はなんて厄日なんだ……いいよ、なら見せてやるッ。見せてやるよおっ! 確たる証拠ってやつをよおおおお!」
 そう言って、不審者はいきなり制服のブレザーを脱ぎ始めた。さらに、カッターシャツも脱ぎ、Tシャツまでも手にかけて――上半身裸になろうとしている。
 な、なにをしているんだこの男はっ。もしや本性を発揮したのかっ!
「ち、違うっ……! 俺は証拠を見せようとしてるんだ! 本物の乾大悟郎なら盲腸手術した後が腹に残っているんだっ! だからそれを見てくれればっっっ」
 男はガバリと裸体を晒した。
 だ……だ、だれか助けてくれーーーっ! へ、変質者だっ! お、襲われるうっ!!
 アタシはとっさに駆け出していた。全力で逃げなければ襲われる。間違いなく。
 しかし、恐ろしい事に不審者は、逃げるアタシを追ってきていた。しかも上半身裸のまま。
「ま、待てっ……! 君は誤解しているっ! 俺はただ証拠を見せようと思ってっ! 待ってくれええ! この体を見たら分かるんだっ! 俺の、俺の体を見てくれよおおおーーーーーっっっっっ!!!!!」
 い、いやあああああああ!!! 殺されるううううーーーーーっっっ!!!
 その後、アタシはどこをどう逃げたか記憶がおぼろげだが、気が付いた時には自分の家に帰っていて、そして外ではパトカーのサイレンの音がやたらとうるさく鳴り響いていた。
 あの体験はなんだったのか……今でもアタシは時々思い出してはうなされます。


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