働かずに生きる、と彼女は言った

第3話  ご家庭訪問

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 僕が家に帰ってリビングに入ると、妹の仄と僕の知らない女の子がソファーに並んで座っているのが見えた。
 女の子が仄と同じ制服を着ているところから、どうやら仄は学校の友達を連れてきたようだ。
 珍しい……仄が友達を連れてくるなんて。雨でも降るのかもしれない。いや、もう既に降ってるな。
 ここは邪魔にならないように、部屋に籠もってノーワーカーを実践しようと思い、黙って通り過ぎようとした。
 しかし、そんな僕にめざとく気付いた仄は、ゆっくりこっちを向いて言った。
「兄者、今日はアタシの友人が遊びに来た。兄者は邪魔だから部屋にでも行ってろ。それかおもてなししろ」
 仄はいつものように僕に対して暴言を吐いてみせる。なんて態度の悪さなんだ……だが……それがいい。
 とは言っても、お客さんの前でこんなみっともない姿を見せるわけはいけない。たまには兄として威厳のあるところを示さなければ。
「お前は、僕が妹のいうことだったら何でもきく人間だと思っているのか」
「そうではないのか?」
 そくさま仄が鋭い目つきで答えた。
「……よく分かってらっしゃる」
 仄には敵わないよ。ていうか、この家では僕は一番立場低いってのはもう決定事項なんだよ。いまさら反抗したところでどうにもならないよ。
 本当はすぐにでもブログ作るなり昨日買った本をネットオークションに出すなり家の中にある売れそうな物を探したかったけど……まぁいいや。仄がこうして家に友達を連れてくるのは珍しいし、気の置けない友達がいるって分かってお兄ちゃん嬉しいよ。よし、じゃあ最大限のおもてなしをしよう!
 でもなんだかお兄ちゃん……ちょっと寂しいよ。
「そんじゃあ、ちょっと飲み物でも入れるよ。え〜と、君は……」
 僕は、仄の友達の顔をちらりと見た。
 友達の女の子は僕と視線が合うと、ピクリと体を跳ねさせて、少し顔を赤くして僕を見つめていた。
 というか僕が帰ったときから、緊張した様子だったけど、気の弱い子なのかな。
 なんだかこの子、仄とは違って純情そうで大人しそうな、小動物みたいでなかなか可愛いなぁ。
「あ、あのっ。わ……わたしは乾水鶏です。その……よろしくお願いします。お……お兄様っ」
 ペコリと乾水鶏さんが頭を下げた。
 乾だって……? 僕はその名前を聞いてすぐに、クラスメイトであり友人である乾大悟郎の顔を思い浮かべた。
 まさかこの可愛くて大人しそうな女の子は、あのがさつで脳天気な乾の妹とか言うんじゃないだろうな……。いやいや、そんな事はあるはずない。
 ていうか――そもそも僕が訊きたかったのは名前じゃなくて、何を飲みたいかだったんだけど……。てかお兄様って。
「ああ、いや……僕は萩窪貴翔、よろしくね。それで、乾さんは飲み物なにがいいかな?」
 一瞬変に固まってしまった僕は、乾水鶏さんに再び尋ねた。
「あの……お兄様。わたしの事は水鶏って、下の名前で呼んでくれて構いません……」
 乾水鶏さん――もとい水鶏ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めて言った。いや……だから名前はいいんだって。
「そ、そう……じゃあ水鶏ちゃん。その……僕の方もお兄様っていう呼び方はちょっと変えてもらえれば嬉しいかなぁって……で、飲み物は何がいいの?」
「あ、すいません。それじゃあ……貴翔お兄様」
 水鶏ちゃんは両手で頬を押さえて、ぽ〜っとした表情で僕に熱っぽい視線を送る。
 その隣では愕然、といった表情をして水鶏ちゃんを見つめる仄がいた。
「……え〜と、問題の部分がそっくりそのまま残ってるんだけど……もういいや。で、飲み物はオレンジジュースでいいね?」
 本人がそう呼びたいなら好きに呼べばいいさ。そしてこのままじゃ埒が明かなさそうなので、僕は勝手に飲み物をチョイス。
「え……ええ、ありがとうございます。貴翔お兄様……」
 なんか僕に対してえらく行儀がいいなぁ、この子は。
 それとは対称的に、仄は普段よりも随分と陰険な目つきで僕を睨んでいるようなのは、僕の気のせいだろうか。
「そ、それじゃあジュース入れてくるよっ」
 僕は逃げるように台所へ向かって、冷蔵庫からジュースを取りだしてコップに注いで2人の元に戻った。
「はい、仄もオレンジジュースでいいよね」
 僕は盆に載せたコップを2人に手渡して、そしてそのまま自分の部屋に行こうとした。
「あ、待ってっ。貴翔お兄様」
 くるりと背中を向けた僕を水鶏ちゃんが呼び止めた。
「ど、どうしたのかな、水鶏ちゃん……」
 あと、そのお兄様っていうの、やっぱりやめて欲しいなぁ。
「え、ええと……も、もしよかったら、そのぉ……」
 僕を呼び止めたのはいいけど、水鶏ちゃんはなんか言い出しにくそうにしている。もしやまだ僕に用件があるのか。
 すると、仄が水鶏ちゃんの代わりに言った。
「兄者。水鶏どのはどうやら、兄者もここにいろって言いたいようだぞ」
 仄が淡々と言った。
「って、そうなの、水鶏ちゃん?」
 なんで?
「え、えと……貴翔お兄様がよければですけど……」
 水鶏ちゃんは俯き加減に答えた。
「僕は別に構わないけど……」
 でも、さっきから仄が思いっきり睨んでいるんだよ。僕すごく居心地悪いんだよ。
「ま……まぁ、兄者。ゆっくり……くつろぐといい」
 でも仄は怖い顔をしながらも、僕がこの場に同席するのを望んではいるようだ。とてもゆっくりくつろげるような顔じゃないけど、仄はそう言っている。
 これはどういうことなのだろうか……はっ。もしや仄は――大好きなお兄ちゃんが友達に取られちゃうんじゃないかと心配してるのかっ!? それが態度に表れてるというのかっ!? そ、そんな……なんてことなんだっ。
 僕は愛おしい瞳で仄を見つめた。
 仄はぶつぶつなにやら独り言を呟いている――。
「……この馬鹿兄者……アタシが初めて友達を家に連れて来たというのに邪魔しやがって……粗相をするようなら許さないぞ……」
 怨念のように呟いていてよく聞き取れないけど、きっと友達への嫉妬とか僕に対する愛情とかが溢れているに違いない! ちょっと歪んだ愛とかかもしれないけど、それだけ僕が好きだってことなんだ!
 安心しろ、仄あああ! 僕は仄一筋だからなあああああ!
「そ、それじゃあ僕も失礼して……」
 と、にやにやが止まらない僕は2人の元に行く。
「貴翔お兄様……さぁ、こちらへ」
 そしてソファーに座る水鶏ちゃんは、ポンポン――と、自分の膝を叩いた。
「えっへっへ。それじゃお邪魔して……って、いやっ! 行かないよっ!? そんなところにはさすがに行けないよッ!?」
 危うく僕は犯罪者になってしまうところだった。
 トラップをなんとかかいくぐった僕は、カーペットの上にあぐらをかいて座った。
「それでは水鶏お兄様……あなたに聞きたい事があります。理想の女性は誰ですか?」
 僕が腰を降ろすなり、水鶏ちゃんは意図不明な質問をぶつけてきた。
「え? いや、なんでそんな事聞いてきたのか分からないんだけど……あまりに唐突過ぎて戸惑っちゃうんだけど」
 僕が不安に怯えていると、水鶏ちゃんの隣でむすっとしている仄が。
「いいから答えろ。正直に、自分の気持ちを伝えるんだぞ」
 そ、それはどういう意味だ……はっ! もしや仄は、自分で聞くのが恥ずかしいから友達の口を借りて僕の好みの女性について聞き出そうとしてるのかっ!?
 ならば仄……僕は答えようじゃないか。この機会にお前への想いをっ!
「そうだね……僕の理想の女性は年下で内向的なタイプの人間で、運動はあまりできなくて友達もなかなかできなくて、機嫌悪そうな顔してるけどとっても可愛い女の子かな」
 僕は仄に熱っぽい視線を送りながら、告白した。
「そ、そうですか……ちょっと変わってますね」
 水鶏ちゃんが首を傾げながら――「でも、私も内向的で運動は苦手ですよ!」と、なんか宣言していた。
 で、肝心の仄は。
「ううっ……なぜだろう。なんだかすごく寒気がしたよ……」
 何かに対して怯えるように身を竦めていた。……大丈夫だよ、仄。どんな危険からも僕がいつも守ってあげるよ。
「そ、そうだ貴翔お兄様っ。なにかゲームでもして遊びましょうっ」
 水鶏ちゃんが僕と仄の間を割って入るように、明るい声をあげた。
「お、ゲームか。いいね、何して遊ぶ?」
 やっぱり子供は子供らしく楽しく遊ぶのが一番だと僕は思う。よかったな、仄。いい友達ができて。
 水鶏ちゃんは無邪気な笑顔を満面に浮かべて言った。
「王様ゲームをやりましょう!」
「合コンかよっっっっ!!!!!!」
 思わず僕のツッコミが冴え渡った。
「そ、そんな……合コンじゃないですよっ。そんな不健全なことじゃありませんっ。これは何というか……楽しく交流を深めていこうという、そういうあれですっ」
 水鶏ちゃんは身振り手振りを交えて否定する。そういうあれね。
「そう? だったら僕はいいけど……仄は?」
「……水鶏どのがやりたいならアタシも勿論参加する」
 しかし明らかに乗り気じゃない様子だけど。
「そ、それじゃあアタシくじ用意しましたから引いてってくださいっ!」
 と、水鶏ちゃんは3本の割り箸を持って僕達に向けた。どんだけ用意がいいんだよ。いつでもできるように常に携帯してるのかよ。
 剣呑な気持ちになりながらも僕がくじを引こうと思ったら……結構重大な点に気が付いた。
「てか、王様ゲームって3人でできるものなのかな……」
 王様が決まってしまったら、必然的に残りの2人が罰ゲーム決定になってしまうじゃないか。
 すると賢い仄が、とっさに新しいルールの提案をした。
「……そうだな。だったらこういうのはどうだ? くじを引く前にあらかじめ罰ゲームの内容を決めておくんだ」
 さすが仄。勉強は苦手だけど相変わらず頭がキレる。
「そ、そうだね仄ちゃん! それじゃあそういうルールにして……じゃあまずは私が罰ゲームを決めるねっ」
「って、なんでっ!? 水鶏ちゃんに決定権があるんだっ!?」
「私はゲストですからね。えーと、それじゃあ……ハズレの2人はぎゅっと強くお互いを抱きしめ合う」
 すごい強引に、まるであらかじめ決まってたように、すごいあっさりと言った。
「いや、それ全然不健全じゃねーかっっ!!! やっぱり合コンだよ!? これはまるっきり合コンのノリだよっっっっ!!!!????」
「そ、そんなはしたない事ありませんっ! ハグは欧米文化では日常の一部として当たり前な行為なんですっ! そんないやらしい意味なんてありませんっ!」
 なんてことを鼻息を荒くして言う水鶏ちゃんの目はマジの目だった。
 でもここは欧米じゃないんだけどなぁ……。
「……水鶏どのがやりたいと言うなら……アタシは受けて立とう」
 仄はそれでも水鶏ちゃんの意見を飲むつもりだった。
 だがその表情には、ある種の決意が秘められているようにも思われた。
 仄……お前、友達ができてそんなに嬉しかったんだね。大事にするんだぞ……。
「分かったよ、水鶏ちゃん。僕もその条件でいいよ……それじゃあ引くよ」
 そして僕達は割り箸のくじを引いて、せーのでお互いに見せ合った。
 僕の割り箸の箸に赤いマークがついていた。
「あ……僕が王様だ」
 てことは、仄と水鶏ちゃんが抱き合うってことで。
 僕はチラリと2人の顔を見る。
「……ふふ」
 って、仄は仄でまんざらでもなさそうだよ! むしろちょっと嬉しそうにも見えるよ! なんだかお兄ちゃん嫉妬しちゃうよ! ホントは僕、仄とその罰ゲームをやってみたいなぁって思っちゃってたんだよ! みんなには内緒だよっ!
 そして水鶏ちゃんは、自分のハズレくじを持ったまま固まっていて――。
「なっ、なんでよおおおおおおお!!!! こんなの絶対おかしいよおおおお!!!」
 水鶏ちゃんはこの結果にすっごく不満があるようだった。そしておかしいのは君の方だよ、と言いたかった。
「……え、水鶏どの……」
 今度は仄がショックを受けて固まっていた。
 ……なんか、みんなが幸せになれない結末だったよ。僕、辛くて見てられない。
「いえ……ですが約束は約束だからやります。仄ちゃん……」
 嫌々という感じで水鶏ちゃんは、蒼い顔をしている仄に抱きついて――そしてすぐに離れた。
「さ、さぁ〜……次の罰ゲームは、王様をとった貴翔お兄様が決めて下さいっ」
 次こそは――という顔をして水鶏ちゃんは僕を急かす。
 なんかめっちゃノリノリだよ……僕ちょっと怖くなってきたよ。
「くっ……変な事考えてたら許さないからなっ、馬鹿兄者」
 仄は釘をさすように僕を見据えた。大丈夫……僕の心は仄のものだってばよ。
「え、えーと……それじゃあ次ハズレの人達は腕立て伏せでもしてもらおうかな」
 僕は考えた結果、いかにも健全で害のなさそうな罰ゲームを提案した。
「却下です」
 しかし、水鶏ちゃんはあっさり僕の提案を一蹴した。
「って、なんでっ!? ていうか却下とかできるんだっ!? なにその権限!?」
 王様の命令は絶対なのにっっ!?
 水鶏ちゃんは、わがまま王女様みたいにぷくっと頬を膨らませた。
「そんなつまらない罰ゲームじゃ盛り上がりませんよっ。もっとギリギリのとこまでイキましょうよ。そんなんじゃ水鶏お兄様、女の子に嫌われちゃいますよ?」
「だからこれ、合コンじゃないよねっ!? ギリギリのとこまでいったら僕が犯罪者ギリギリになっちゃうよ!? 王様の僕が腕立てにするって言ってるから、それでいいのっ」
 僕は絶対王制のもと無理矢理に進めて、くじを2人に引かせた。
 そして――今度は仄が王様を引いた。
 よかった……腕立て伏せを選んでおいて。
 僕はほっとしながら、水鶏ちゃんと腕立て10回を敢行する。
「ちっ……この結果がさっきのだったらよかったのに……」
 僕の隣で水鶏ちゃんが怨嗟のような言葉を呟いていた。なんかこの短期間でどんどん彼女のキャラが壊れていってる気がする! それとも普段はこういう性格なの!?
 腕立て伏せが終わると、仄は腕組みして言った。僕は正直……一番不安だった。
「今度はアタシが罰ゲームを決める番か……うん。それなら次にくじを引いた兄者がこの場を去るというのでどうだろうか?」
 仄は、ポンと手を叩いて言った。
「って、なんで僕限定っ!? 僕はどんなくじを引いても罰ゲーム実行なのっ!? なにその特別ルールっ!? ていうかそれ……ただのイジメじゃん!」
 ま、まさか仄は僕の存在を快く思ってないのかっ? い、いや、そんなはずない! きっと……きっと照れているんだっ。
「そ、そうだよ仄ちゃんっ。そんなの貴翔お兄様が可哀相よっ」
 水鶏ちゃんが必死でその罰ゲームを否定しようとする。ていうか新手のイジメを。
 水鶏ちゃんにほだされた仄は、渋々といった顔をして言った。
「なら仕方ない。それでは2人で××××を×××で×××××してもらおうか」
「伏せ字だらけの、合コンどころじゃない難題きちゃったよっっっっ!!!!!」
 こんな言葉、夢見る乙女を体現してるみたいな印象の水鶏ちゃんにはとても聞かせられないよ! 水鶏ちゃん! 失神してないかいっ!!?
「……まぁ、素敵……かも」
「ちょっと興味津々だよ!!!!!」
 失神どころかノリノリだよ! まずいな、これは非常にまずいな。このままいったら18歳未満禁止になってしまうな。
「仄、ちょっとここは抑えていこう。もし自分がそれをする羽目になったら困るだろ?」
 僕は仄を落ち着かせようと、優しい兄の顔で諭してみせる。
 仄は僕の顔をじっくりと眺めて……そして、顔をひきつらせて言った。
「た、確かに……そんなことをするなんて……考えただけでも吐き気がこみあげてくる。たぶんもう生きていけない……」
 仄の気が変わったようでなによりだけど――どうしてだろう。僕は悲しくなった。
 そういうわけで、仄は無難なとこで面白いギャグで王様を笑わせる――という罰ゲームを決めて、王様を引いた水鶏ちゃんを僕と仄で笑わせることになった。
 またしょうもない内容でテンションが下がったのか、白けた様子の水鶏ちゃんを笑わせるのは予想以上に厳しく、僕は渾身のギャグを何度もスベらせていると……それまで黙って様子をみていた仄が――ぽつりと冗談を言った。
 瞬間、僕と水鶏ちゃんは笑いの渦に飲み込まれた。すごい才能だった。普段の様子からして面白い事言いそうにないキャラをしてるのに、そのギャップもあって、なんかもう天才的とも言えるお笑いの才能だった。
 よ〜し、僕も負けてられないぞ! と、ギャグを続けたが――一気にその場が冷えきった。しかし僕は諦めず、水鶏ちゃんを笑わせようとその後も持ちネタを披露するが、どんどん空気が寒くなっていくだけで……僕のメンタルがどんどんと危険な状態になって。
「あの……貴翔お兄様……もう充分です。もう……これ以上は結構です」
 水鶏ちゃんが哀れむような顔をして僕の肩に手を置いた。
 僕は泣きそうになった。
 気を取り直して、次の勝負。
「さて……ちょっと変な空気になりましたが、今度は私が決める番ですね……ふっふっふ、では――ハズレの2人はキスをする! で、どうでしょう?」
「……え、き、キスって……いくらなんでもそれは」
 水鶏ちゃんだったら言いそうな感じはしてたけど、そりゃあまずいでしょう。危険域にまで下がっていた僕のメンタル値も、一気に引き戻された。
「いいんです。欧米ではキッスは挨拶です。私達も挨拶のつもりでやりましょう」
「また欧米かよ!」
 そう言ってさっきは仄とハグするの嫌がってたくせに。
「まぁいい。今の僕は負ける気がしない――」
 僕は水鶏ちゃんの手からくじを引く。
 そして3人同時にくじを見せて――王様はまたもや水鶏ちゃんだった。
「な、なんでよおおおおおおっっっ!」
 水鶏ちゃんがもの凄く悔しそうに歯を噛みしめていた。
「お、恐ろしい……恐ろしい事になった……」
 そして仄が震えていた。
 そう、この結果はつまり。
「僕と仄が……キス」
 僕はチラリ――と仄に視線を向けた。
 そして……ウインクっ。
「ひ、ひぃいいいいいい……」
 仄がヘビに睨まれたカエルみたいに体を硬直させた。
「で、でも仄……これは仕方ない。仕方ない事なんだ。罰ゲームは絶対なんだ」
 僕は呼吸を荒げながら仄に近づく。ほんと、しょ〜〜〜がないよねぇ〜〜〜〜。
「そ、そんな……た、助けてっ。水鶏どの……っ」
 仄は水鶏ちゃんに手を伸ばしたが、水鶏ちゃんは。
「ほわ〜……どきどきわくわく」
 なんか顔を赤くして期待の眼差しで僕達を見てるっ!
 だったら水鶏ちゃんの期待に応えるためにもやるしかない――。
 僕は仄の体の上に覆い被さって、逃げられないようにする。そして顔を徐々に近づけていく。
 と、その時――。
 唐突に僕らの背後から物音がして、僕達3人が同時にそちらに顔を向けると――そこには僕と仄の姉の、玲於麻ねえが立っていた。
「貴翔……それに仄ちゃん……あんた達、いったい何をやってるの……」
 愕然とした顔で、玲於麻ねえはパジャマ姿のまま立ち尽くしていた。
 どうして玲於麻ねえがここに……って、引きこもってたから当たり前だった! ずっと寝てたんだね!
「あ……こ、これは違う。違うんだ、レオ姉」
 僕は必死でいいわけしようとする。
 まさか玲於麻ねえがずっと家の中にいたなんて。全然忘れていた。
「貴翔、仄ちゃん……いくら仲がいいからってそんな事は……お姉ちゃん悲しいよっ」
 玲於麻ねえは完全に勘違いしている。いや……勘違いっていうか、勘違いでもないけどね。
「この変態兄妹ーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!」
 そして玲於麻ねえは叫んで、そのまま家の外に飛び出していった。
 僕の体に組み敷かれていた仄が、すかさず僕の体を押しのけて叫んだ。
「誤解だ、レオ姉! アタシをこんな変態なんかと一緒にしないでっ! ま、まってええええっ、レオ姉えええええええ!!!!」
 そして仄は、玲於麻ねえを追って外へ駆けていった。
 リビングに取り残された僕と水鶏ちゃん。しばしの沈黙。
「……え、えーと。どうする?」
 僕は色々な意味で心はすっかり傷だらけになっていた。
「……私、そろそろ帰ります」
 水鶏ちゃんも、なんか無気力状態って感じだった。
「そうだね。それがいいよ」
 結局なんだったのか分からないまま、その日は終わった。


 その翌日。僕は学校に行って昼休みになると、乾と一緒に昼食を食べていた僕は彼に訊いてみた。
「なぁ、もしかして乾って妹いたりする? 中学2年の」
 僕はコーヒー牛乳をストローで飲みながら尋ねた。
「なっ? なぜそれを知ってるんだ?」
 乾は大げさに驚いて、椅子ごと体を後ろに仰け反らせた。
「いや……昨日、僕の妹が水鶏ちゃんを家に連れて来てな」
 乾とは対照的に、僕は落ち着いた声で言った。落ち着いたというより、憔悴した――という方がぴったりだったけど。
「そうなのか……すごいな。そんな偶然あるもんだな」
 どうやら乾も、自分の妹が僕の妹と仲良くしている事実を知らなかったようだ。
「それで昨日、水鶏ちゃんは何か言ってなかったか?」
 最後はぐだぐだになって帰って行ったから、僕はちょっと水鶏ちゃんの事を心配していたのだ。
 すると乾は、あまり妹とは似ていない顔を深刻そうにさせて、低い声で言った。
「いや、なんか様子が変だったんだよ……お兄ちゃん。恋って痛いんだね――とかわけの分からないことを言って、遠い目をしてた」
「……はぁ。いや、僕もわけが分からないけど……」
 やっぱり不思議な子だ。乾水鶏ちゃん。
 今なら水鶏ちゃんが乾大悟郎の妹だって言われてもすんごく納得できる。
 この兄にして、この妹あり――だな。


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