働かずに生きる、と彼女は言った

第2話  金策手段

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幕間小劇場A 〜学力向上大作戦〜

 
 姉者――萩窪樹新は運動もできて勉強もできる。
 だけど、別にアタシはそれが羨ましいとか妬ましいとか思った事はない。
 だってそんなものは生きていく上で不必要だし無意味なのだ。
 普段大して何も考えてないような生き方をする位なら、運動音痴でもテストの成績が悪くったって構わない――いや、しかし構わなくないのが世の常なのだ。
 それはこの前やった数学の小テストの結果を、うっかりレオ姉に見られた事がきっかけだった。
「これはひどいわね、ひどすぎるわ……仄ちゃん。サラっちに勉強教えてもらいなさい」
 と、レオ姉に言われてしまった。
 だから勿論アタシはすかさずこう言った。
 姉者になんか教えてもらったら余計に馬鹿になる。レオ姉が教えてよ――と。
 しかしレオ姉は。
「だ、駄目……私にはさっぱり分からない……。まるで次元が違うわ……。って、仄ちゃんっ。そ、そんな悲しそうな目をしないでっ。ね、ねぇ仄ちゃん、人ってね……学生じゃなくなった途端に、学校で学んだ知識が一気に抜け出てしまうものなのよ」
 と言われてしまった。つまりレオ姉には中学2年の問題を解くことができないというわけで……仕方ないから姉者に聞くことにした。
 姉者、数学を教えてくれ。
「え? 数学? 珍しいな、仄がボクに勉強を教えて貰いに来るなんて」
 まぁな。たまには家族サービスをしてやろうという、可愛い妹の計らいだ。さぁ教えろ。
「そ、それが人にものを訊く態度なの……家族サービスっていうなら、貴翔に訊いた方が喜ぶんじゃない?」
 兄者に教えて貰いに行ったら危険だからな。襲われるかもしれん。
「……はいはい。分かったよ。ボクが教えるよ。それじゃあ問題見せて」
 この問題だ。この前やったテストなんだが。
「ほいほい……って、ビックリ! ほぼ全部不正解じゃん! 正解してるの選択問題だけだし! しかもこれ、絶対勘で選んだでしょっ!?」
 ほう、よくわかったな。さすが動物並みの勘を持っているだけはある。アタシとは比べものにならないな。
「堂々と言ってる場合じゃないよっ。そりゃ分かるよっ。だって答える気ゼロじゃない。最後のほう、証明問題の空白のとこに4コマ漫画描いてるじゃん。しかも全っ然つまんないし。なんだよ、『4コマ・人間の証明』って。なんでちょっとインテリっぽいんだよ。100点中23点しか取れてないのに。人間よりもまず自分の学力を証明してくれよ」
 まぁまぁ、4コマに対するツッコミはいいからさっさと教えてくれ。
「……分かったよ。じゃあ始めからいくよ? うんとね、ああ。これはね……なんか左の式と右の式がごにゃごにゃってなってるから、ピピっとするわけ……そうすると――」
 ――って、ちょっと待て! あ、姉者……それはなんだ。解法にベールに包まれた箇所があるように思うんだが……それは何かの暗号文か?
「え? 暗号じゃないよ。方程式の解き方だよ。ほら、2つの式を綺麗にしたいからね、2つを合体するんだよ。そしたらちょこちょこってなって――答えが出てくるんだよ」
 いや! だからそのちょこちょこの部分が知りたいんだよっっ! なぜそこをブラックボックスにするっっ!?
「だってボクはいつも発想と閃きで計算とかしてるからなぁ……言葉では説明できないんだよ。なんとなく答えが出るんだよねぇ」
 って、お前こそ勘で問題解いてるじゃないか! なんだよ、その前代未聞の奇跡的な計算方法はっ! 全然参考にならないよ! 馬鹿姉者!
「ひ、ひどいよ。仄が数学教えてくれって言うから教えてあげたのにぃ〜。数学できない自分の方が馬鹿のくせにぃ〜」
 言うにこと欠いてこのやろー。多分このやり方が通用するのは全人類探しても姉者以外、他に誰もいないぞ。
 もういい。姉者に教えてもらおうと思ったアタシが馬鹿だった。
「やっぱり自分の方が馬鹿だって認めたじゃん」
 うるさい。
「あいたっ……うわぁ〜ん、仄がぶったぁ〜……」
 ……結論。萩窪樹新は勉強はできるけど、人には教えられないし、やっぱり馬鹿だ。
 仕方ないから、数学の勉強はまた今度することにしよう。
 こういう風にして、アタシはますます勉強から遠ざかっていくのだ。


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