働かずに生きる、と彼女は言った

第2話  金策手段

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3

 
「おや。今日は随分と豪華な夕食じゃないか、姉者」
 部屋に籠もってTVゲームで遊んでいた仄が、テーブルに並んだ夕食を見るなり感想を漏らした。
 まぁ、いつもより豪華ってだけで、世間一般に考えたら全然普通の料理なんだけどね。
 それでも樹新は得意げに胸を張っていた。
「えへへ。今日は貴翔に手伝ってもらったんだよっ。ところで、仄。アネキはどっか出かけてるの?」
 玲於麻ねえの席は空いていて、部屋にもいなかった。
 仄ははぁ〜……と、ため息を吐いて説明した。
「ほんとに姉者は人の話を聞かない奴だな。朝言ってただろ、今日は高校時代の友達と遊びに行くから帰りが遅くなるって」
 あ、そういえば学校に行く前に玲於麻ねえがそんな事言ってたな……。久しぶりの外出だー、とか。すっかり忘れてたよ。
 樹新は頭をポリポリ掻いてあっけらかんと笑った。
「あれれ、そうだっけ? あはは、全然覚えてないや。じゃあそれならアネキの分は置いとくとしてボク達だけで食べようじゃないか」
 そして僕達は先に夕食を食べ始めたけど……うん。姉さんがいないこの状況なら、あの話をするには好都合かもしれない。
「玲於麻ねえがいないうちにさ、今後のことについて話したいと思うんだけど……」
 僕は頃合いを見計らって、ポツリと呟くように切り出した。
「話すって何を?」
 仄はちまちまと白ご飯を口に入れながら尋ねた。 
「そりゃ色々あるけどさ……ほら、例えばお金の話とかさ」
「特に話すことはないな」
 あっさりと、仄は僕の会話を打ち切った。
 ……ま、仄はまだ中学生なんだ。こんな話、実感が持てなくても仕方ない。
「ボクもないね」
 そして樹新も僕の話題を一蹴した。
「って、なんでだよっ! なんで誰も僕の話をまともに取り合ってくれないのっ?」
 もはや悪意すら感じられる。僕がこの家のピンチについて真剣に向き合おうとする度にこの仕打ち。
「玲於麻ねえ、ずっと家に引きこもっててさ……そんなの全然生産的じゃないよ!」
 テーブルじゃなくてちゃぶ台だったなら、ひっくり返してそうな勢いで僕は叫んだ。
「大丈夫だよ、貴翔っ。アネキちゃんと外に出てるじゃん」
 樹新は親指を立ててウインクした。
「それただ遊びに行ってるだけじゃんっ!? リハビリやってるんじゃないんだからさぁ……家の外に出ることが大事なんじゃないんだって。大事なのはお金を稼ぐ事で……」
 と言って、僕はあることを思い出した。
「そうだ! な、なぁ2人共……データ打ち込みの内職って知ってるか?」
「データ打ち込み……?」
 僕は今日、和泉夜さんから伝授してもらった『働かないで生きていく方法』を2人に語って聞かせた。
「……ふぅん。ブログかぁ〜……面白そうだよね〜」
 一通り説明を聞いた樹新は、けっこう興味を示しているようだった。
「なるほど。確かにブログもデータ打ち込みも、家に引きこもっていてもできるな」
 仄も悪い気はしていないようだ。
 これはなかなか好感触だ。このチャンスを逃す手はない。
「それなら失敗してお金を減らす事もないしな。レオ姉もFXで随分お金を減らして悔しがっていたし……」
 うん。そうそう。FXはやっぱりリスクがねぇ……って。え?
「ちょっ……ちょっと仄。今なんて?」
「おや。今日は随分と豪華な夕食じゃないか」
「どんだけ前だよっっ!!! そうじゃなくて直前の台詞だよっ! もっと後ろだよっ!」
「フフ、兄者……お前はどれだけ変態なのだ? こんなもので興奮するなんて……汚らわしい豚め」
「いつの話だよっ、それ!? ないよね? 未だかつてそんなシーン一切なかったねっ!? 未来? まさかそれは未来で発生するイベントだというのっ? だったらそれは……」
 やばい。ちょっと想像したら鼻血が出そうになった。
 じゃなくて! 違うよ! 話逸れすぎだよ! お約束とはいえ、だよ!
「な……なにぃいいい!? 玲於麻ねえがFXで大損こいたってマジかよおおおおお!?」
 もう仕方ないから、僕は強引に話題を元に戻した。
「ち、せっかく上手く話を逸らそうとしてたのに……」
 仄は舌打ちした。
「駄目じゃん! 現実から目を逸らしちゃ駄目じゃんっ!?」
 僕が泣きそうな顔になって取り乱していると、横から樹新が僕をなだめるように言った。
「誰にでも失敗はある。失敗を恐れていては何もできないぞっ」
「そ、そうだけど……だから僕は反対だったんだよ……嫌な予感が見事的中したよ」
 はぁ……とため息を吐いて僕は仄からコトの次第を聞いた。
 どうやらFXで損したと言っても全財産を失うという話でもなくて――それでも更に家計を逼迫する結果になったのには変わりなかった。
 だから僕はさっき話したブログやデータ打ち込みの必要性を、更に2人に言い聞かせて、
「もう2人共食べ終わったみたいだし、これからちょっとやってみないか?」
 僕は優しく諭すように提案した。
 すると僕の話に共感した2人は。
「え、別に――」
「ボクもそんなに興味ないし――」
「よしっ、そうと決まればやってみよう! ほら、2人共。食器は後で僕が洗っておくからっ」
 僕は2人の意見を聞かなかったことにして、勝手に話を進めた。

 というわけで、僕達は夕食を済ませて――さっそくリビングのちゃぶ台に置いてあるパソコンの電源を入れた。
「で、なにをするんだ兄者」
「うん。まずはデータ入力の仕事がどんなのか見て見ようと思って……どれどれ。個人の能力によって仕事の内容も変わるんだな……僕だったらそんなにパソコン使いこなせないからこんなものかな……え? 時給50円?」
 計算して僕は失望した。この仕事でまともにお金を稼ごうと思ったら、恐ろしく早いスピードで正確に文字を打たなければならないのだ。そして長時間パソコンに向き合える集中力も必要になる。
 玲於麻ねえにこれだけの事ができるのか、僕は少し不安になった。
「うん、アネキには無理だね」
 隣でモニターを覗き込んでいた樹新は、きっぱりと断言した。
「えらい自信満々に言うじゃないか。玲於麻ねえを信用してるんじゃないのか?」
 すると今度は仄が、
「そもそもレオ姉にこんなメンタルをすり減らすような真似をさせられるか。この馬鹿兄者」
 過保護な妹に怒られちゃった。
「くっそー……それじゃブログはどうだ。ブログなら誰でも作れるだろ」
 僕は『初めてのブログ』というサイトに訪れて、ブログの作り方をじっくり眺めた。
「これなら簡単に作れそうだけど……広告で稼ぐには想像以上にもの凄いアクセス数がいるみたいだな……そんなに人気のあるブログなんて作れると思えないけど」
 う〜ん。やっぱり世の中そんなに甘くない。おいしいお金稼ぎの方法があったとしても、既に誰かがとっくに開拓しているのだ。そこにはもう旨みなんて残っていない。
 しかし、僕の隣でブログの作り方を見ていた樹新は、何かいい方法が思いついたとばかりに顔を輝かせた。
 どうせしょうもない方法に決まっている。
「そうだ、貴翔! ここは1つ、ボクのエッチな画像を貼り付けて――」
「はい、却下!」
 ほら、しょうもない。
 こんな姉の言う事なんてまともに取り合っちゃいけないよ、仄……あれ、仄?
 いつの間にか仄の姿が消えていて、しかし戻って来たと思ったら、その手にはデジカメがあった。
「ほら、姉者。さっそく撮影会だ。脱げ」
「って、なんでお前もやる気まんまんっ!? ちょっ、駄目だよ、そんな事しちゃ! それは色々やばいって! 放送倫理協会が許さないよっ!?」
 僕は仄からデジカメを奪い取ろうとしてると、その横で樹新が。
「じゃ、まずは上着から脱いでみるよ……よっこいせっと」
 と、ガバリと上の服を脱いで――Tシャツ1枚の姿になった。
「よっこいせ、じゃねーよっ! 脱いじゃ駄目だって! こんなの学校とかにばれたら退学もんだよ!?」
「大丈夫だ、兄者。その時は全部兄者に脅されてやったと答えるから心配は無用だ」
「超絶心配だよっっっ!!! つーかそのシッポ切り残酷すぎるよっ! なんで僕だけ犠牲になるんだよ! だからカメラ覗き込むのやめろっての!」
「下も脱いだ方がいいかな、仄?」
「どんどん脱いで構わんぞ、姉者。これを売ったら高値になるぞ」
「よし! ボク、みんなの為に頑張る! 文字通り一肌脱ぐよ!」
「全然上手いこと言ってねえよ! だから脱いじゃ駄目だって! ちょっ! ぱ、パンツっ! パンツ見えてるっ! あ、意外と黒なんだ……さすが我が家のエロ担当……って違うっ! ていうか仄、売るって誰に売るんだよっ!? なんか話が変わってきてないかいっ!? う、うわっ。見えてるっ! 樹新さん大事なとこ見えてますよおおおおお!!?? ひいいぃ〜、も……もう収集がつかない〜〜〜っっ!」
 なんか当初の目的とか見失ってしまって、結局僕達はいつものようにドタバタと騒がしい日常を過ごして一日は過ぎていった。


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