アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

エピローグ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 ――あれから数日が経って、連続首絞め事件はピタリと収まった。
 結局、川切落花が事件の真犯人なのかどうかは分からず仕舞いのままになってしまった。
 川切落花はあの時を境に、学校にもどこにも姿を消してしまったのだ。学校では登校拒否という事になっているらしい。
 犯人が見つからないままだけれど、しかし幸いなことに、首絞め事件の被害者達は全員意識を取り戻した。
 ちなみに、犯人の姿を見た西澤アンナをはじめ、被害者達は犯行時の記憶を失っていて、つまり犯人は誰か分からないという。だがそれ以外は、全員体のどこにも異常はなかった。
 一応、大事をとって数日間入院するということらしい。
 そういうわけで鳴海は今日、橘陽菜と西澤アンナが入院している病院へと行った。
 まず鳴海は、橘陽菜が入院している病室に訪れる。
 陽菜のいる部屋の近くまで来た鳴海は、どこが彼女のいる部屋なのかすぐに分かった。
 ある部屋の前に、千本ヶ谷学園の制服を着た生徒達が大勢集まっていたのだ。さすが生徒会副会長というところだった。
 鳴海が呆れ半分に生徒達の群れに近づくと、その中から1人の男子生徒が出てきた。
「よ〜、鳴海じゃないか。駄目だ、この調子じゃ中に入れそうにないわ」
 クラスメイトの五反田圭だった。
「や、五反田。こんな時まで凄い人気だな。てか、人気者すぎるのもあまり考えものだよな」
 療養してるというのに、これじゃゆっくり休んでいられないじゃないかと、鳴海はぼんやり考えた。
「そこは最低限のルールは守るようにしてるさ。うるさくならないように、声を立てずに、見守っているんだ」
 病室の中にもはいれず、ただ外で見守っていて……何をしに来たのかちょっと不思議に思う鳴海であった。
「そうそう。そういえばさ、今、病室の中には生徒会長がいるんだぜ?」
「え……奏上先輩が?」
 五反田の言葉に、鳴海は少しだけ表情が固くなった。
「ああ。ここにいる女子達の多くが生徒会長目当てだろう。聞くところによるとな、橘先輩が入院した日から毎日お見舞いに来てるらしいぜ?」
「そう……だったのか」
 鳴海は病室の方に視線を向けた。
 瞬間、強張っていた鳴海の表情が自然と緩んだ。
 病室の扉に付いている小窓から、奏上大賀と、ベッドの上で上半身を起こした橘陽菜が談笑しているのが見えたからだ。
 その2人の姿は、以前のように一般人からかけ離れたカリスマ性を感じられず……でも普通の高校生の男女は、まるで肩の荷が降りたように自然な笑顔で楽しそうに笑い合っていた。
「それより知ってるかよ、鳴海」
 と、五反田が、部屋の中をのぞき見ている鳴海に話しかけた。
「ん? なんだよ」
 再び鳴海は、意識を五反田の方に向けた。五反田は告げた。
「生徒会がさ、一旦解散するっていう噂があるんだ」
「……えっ?」
「会計の川切先輩がいきなり消えちゃったし、それに橘先輩の件もあるし、生徒会長も……なんか最近すっかり大人しくなったような感じでさ、近々生徒会の総選挙をやるっていう話が学園で広がっているんだよ」
「そ、そうなのか……」
 鳴海は五反田の話に驚きながらも、再び病室を見た。
 そして鳴海は、楽しそうな生徒会長と副会長を見て――きっとそれは、彼らにとっていい選択なんだろうな、となんとなく思って、立ち去る事にした。

 鳴海は次に、西澤アンナが入院している病室に向かった。
 部屋を確認して、目的の部屋を見つけた鳴海は中に入ろうと、ノック――しようとして手が止まった。
 病室の小窓から、西澤アンナと瀬能芹奈が話しているのが見えた。
 どこか照れくさそうな表情を浮かべているアンナと、自然な笑みでにこにこしている芹奈。
「…………」
 その2人の様子を見て、いろいろ思う事はあったけど、鳴海は引き返すことにした。
 そして鳴海は病院の建物を出て、なんとなく敷地の庭を歩いていると――そこに見知った顔の姿を目撃した。
「き、霧宮さん……」
 鳴海は少し驚いていた。霧宮はあの事件解決の日以来、学校に一度も来ていなかったのだ。
 だから鳴海は、てっきり玲於那は学校を辞めて、また別の物語を収束させる為にどこか遠い場所に行ったものだと思っていた。それが物語の外側にいる彼女の在り方だから。
 なのに黒いスーツ姿ではなく学校の制服に身を包んだ玲於那は。
「どうした? そんな顔をして」
 誰からも関心されない、人知れずの、いつもの佇まいで小さく首を傾げた。
「あ……いや、まだこの町にいたんだな……って思って」
「ああ、物語は君のおかげで完結はしたんだが、なにせハプニング続きの大仕事だったからな。しばらく君と瀬能芹奈を観察する事になったのだ。事後処理も大事な任務なのだよ」
 淡々とした口調は相変わらずだったけど――それでも玲於那の表情は、初めに会った時よりずいぶん柔らかくなっていた。ような気がした。
「そっか……それはよかった」
「よかった? よかったとは、何がよかったのだ?」
 鳴海が何気なく言った一言に、玲於那が興味深そうに食いついた。
「あ、いや……深い意味はないんだけど。霧宮さんはまだこの町にいてくれるんだな……って」
「…………う、うん」
 玲於那が頬を赤く染めて、小さく頷いた。
 病院の庭は、午後の太陽の日差しを浴びてキラキラと土や花が光っていた。
「それで……さ、鳴海葉鍵……」
 玲於那が恥ずかしそうに声をあげた。
「ワタシはこれからもしばらくこの町にいるけれど……ほら。ワタシは物語には干渉できないから……だから、その……」
 と言って、玲於那は鳴海に向けて手を差し向けた。
「うん。分かってるよ。これからも付き合ってやるよ。だって僕達はパートナーだもんな」
 やたらとしおらしい態度をみせる玲於那の手を握って、鳴海は快活に笑って答えた。
 その瞬間、玲於那は顔一杯に笑顔を浮かべて、
「う、うん! ぜったい……今の言葉、絶対忘れちゃ駄目だからねっ!」
 握手する鳴海の、もう片方の手もとって、玲於那は興奮気味に両手でブンブン振った。
「はは……忘れられるわけないよ。君のような女の子」
 鳴海は苦笑いして、でも悪い気はしなかった。
「そ、それじゃあ。そろそろ行かないと物語に干渉してしまうから……またな」
 満足したような顔をして玲於那は、軽快な足取りで去って行った。
 1人残された鳴海は、これも物語だよなぁ――と、遠ざかる玲於那の背中を見つめながら思った。
 そして玲於那と別れたあと鳴海は庭をぐるりと周って、病院の入り口の門のところまで来ると――そこに瀬能芹奈の姿を認めた。
 西澤アンナのお見舞いを終えたのだろう、芹奈は太陽の光に眩しそうに目を細めながら、それでも空を見ていた。足元には彼女のペットのヌーボーが気持ちよさそうに眠っている。
 鳴海は小さく咳払いしてから、太陽の下の少女に声をかけた。
「やぁ芹奈、おまたせ」
「あ、葉鍵さんっ」
 鳴海を見るなり、芹奈はぱっと顔を明るくさせた。
「ヌーボー、病院にまで連れて来たのか?」
「ええ、だって私の数少ない友達ですからね。ちなみに1番は葉鍵さんです」
 それじゃあ行きましょう、と。芹奈は寝ていたヌーボーを起こして、帰り道を歩き始めた。
 そして鳴海も、照れ隠しの苦笑いを浮かべて芹奈の横を歩いた。
 2人は会話もなく、午後の陽気の中を歩いていた。それは割と苦痛ではない沈黙だった。
 しばらく歩いていると芹奈が、自嘲めいた口調で独白した。
「最近……学校に行っていて思います。私、どうやら普通の女の子に戻っちゃったみたいです。いえ……そもそも私は、最初から特別でも何でもない、ただの女の子だったんですね」
 あの日から演技する事のなくなった彼女は、これまでとは違いやけにクラスに溶け込み始めていて、相変わらずまだ友達はいないけど――いじめられる回数もぐんと減った。
 そしてその代償として――彼女にあった神秘性は、もうほとんど感じられなくなっていた。彼女は既に、単なるクラスメイトの1人となっていた。
「でも――悪くないだろ? 普通の女の子も」
 鳴海はおおげさな程に明るい声で言った。
 少なくともそれで、今まで存在していた彼女とクラスメイトとの距離が縮んだように思うし、クラスの空気が以前よりも明るくなったのを鳴海は実感していたから。そして何より、芹奈が学校で自然な笑顔を見せ始めるようになったから。
「でも、どうすればいいか分からないんです。……不安なんです。本当の自分をどうやって出せばいいのか分からないんです。どうやってもそれは演技にしかならないような気がして――」
 芹奈が自信のなさそうな、おぼろげな声で言った。
「だったら、演技でいいんじゃないかな?」
「え――?」
 鳴海の言葉に芹奈は立ち止まって、鳴海の方に体ごと向けた。
「僕が君と契約した時の事を覚えている? 放課後の公園でさ」
「……ええ、覚えてますけど」
「その時、君が言ってたじゃないか。人は自分を演じて生きているものだって。だからさ、演じるのも必要なことなんじゃないかな。それで生きやすいのなら。でも今度は、台本なしでさ」
 演じる事は決して悪いことではない。今の鳴海にはそれが分かる。
 芹奈はしばらく茫然と、鳴海を見つめたまま固まっていた。西洋人形のような綺麗で整った白い顔と、パチクリ瞬きする大きな瞳。夏の風が吹いて、そのサラサラと艶やかな髪が絹のように揺れた。
 鳴海が、自分の心臓の鼓動が高まるのを感じた時――芹奈はようやく何かを決心したようで、表情を綻ばせた。
「じゃあ私……ひとつ、演じちゃってもいいですか?」
 自信なさげで、恥ずかしそうにモジモジしている芹奈。
「加減にもよるけど、いいんじゃないかな。それで……何を演じるの?」
 鳴海が子供をあやすように芹奈に聞くと、芹奈は顔を上げて、きっぱりとした口調で。
「えへへ……それは――葉鍵さんの、恋人です」
 そう言った直後――芹奈がいきなり鳴海の体に抱きついてきた。
「――っ!?」
 鳴海は突然の事に驚いたが、特に抵抗することなく、芹奈に抱きつかれるまま立っていた。
 胸に顔を埋めている芹奈に緊張しながら、だらりと垂らした手を握ったり開いたりすることしかできなかった。鳴海は相変わらず無力で何もすることができなかった。
 でも不思議と、鳴海はそれでも自分が嫌いにはならなかった。むしろ清々しい気分だった。
 到底、主人公なんて無理だな――と、視線の行き場をなくした鳴海は仕方なく空をみた。
 空は雲1つない青空が広がっていて、遠くの方に白い鳥が1匹飛んでいるのが見えた。
 きっとあの鳥にも、これから壮大な物語が待っているに違いないのだろうと、鳴海は思った。
 鳴海が知らないだけで、世界には物語が無数に満ちあふれている。だから、こんなにも綺麗な大空を飛んでいるあの白い鳥に、雄大な物語が訪れないはずはないのだ。
「それだったら僕も……演じてみるのも悪くないな」
 芹奈に抱きつかれたままの鳴海は、顔を赤くして小さく呟いた。
 気付けばどこかからセミの鳴き声が聞こえてきて、これから本格的に暑くなるなと――鳴海はなんとなく思った。



                                 ――閉幕。


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