アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

最終章 物語

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
「……う、いたい……」
 しばらくして、公園のベンチで気絶していた霧宮玲於那が目を覚ました。
「やぁ、もう起きたのか。僕より全然早いな。理由があったとはいえ、女の子を殴ってしまうなんて。ごめん」
 鳴海は玲於那の顔を覗き込んですまなさそうに言った。
「え、いや……そ、それよりワタシは……」
 鳴海の膝の上に頭を載せ、体を横たえたままの姿勢で玲於那が言った。
「今まで気絶してたんだよ。といってもほんの数分程度だけどね」
「そ、そうか。ワタシは……って、なっ、ななななっ!?」
 その時、ようやく玲於那が今の自分の状況を悟ったようで――飛び跳ねるように思い切り体を起こした。
 すると、鳴海の頭と玲於那の頭が激しくぶつかった。
「いっつぅぅ――」
「きゃうっ!」
 2人は同時に額を押さえて、うめき声を上げた。
「ご、ごめんなさいっ。葉鍵っ!」
 玲於那は額を押さえながら、素の声で謝った。
「い、いや。いいんだよ。それよりも霧宮さん……話してくれないかい? ぜんぶ」
 落ち着きを取り戻した鳴海が静かに言うと、
「あっ、ああ……分かったよ……君はワタシを乗り越えたんだ。な、何でも話すよ」
 玲於那も少しずつ冷静さを取り戻して、いつものような口調になっていく。
 だけど、それでも彼女の表情は、まるで憑きものがとれたようにスッキリしていた。
「芹奈に何をしたのか答えてくれ……銃で撃たれたのに、傷ひとつなかった」
「ああ、それは……安心しろ。瀬能芹奈には何もしていない」
 玲於那は落ち着いた声で答えた。
「何もしてないって、撃ったじゃないか。それとも弾は当たっていないっていうのかっ?」
「いいや、正確無比に心臓に当てたよ。けれど、あれは機関から配布された特殊な銃だ。実弾は使っていないし、生身の肉体は傷つかない」
「なに言ってるんだ? だったら何を撃ったっていうんだよ? ファンタジーじゃあるまいし」
 玲於那はまたいつものように、変な妄想で鳴海を翻弄しようとしているのか。
「ワタシが撃ったのは彼女の中に溜まった因果律だ。特殊な弾丸が込められた特殊な銃で撃つことにより、彼女の因果を一時的にリセットした。つまり物語を強制的に真っさらの状態に戻したのだ。まぁ……あくまで一時的な措置なのだがな」
「…………。やっぱりファンタジーじゃないかよ。そんなの信じられるかよ」
「はぁ〜……君は馬鹿だな。霧宮はそういうことを言ってるのではない。まだ気付かないのか、この世界は君が思っているようなものじゃないんだ」
 まるで聞き分けの悪い生徒に対するように、玲於那がゆっくり首を振った。
「……じゃ、じゃあ君はどんな世界だって言うんだよ」
 拗ねた口調の鳴海に、玲於那が真面目な顔をして言った。
「君は、銃で撃っても死なない世界って知ってるか?」
 突拍子もないような質問だった。
「そんなものあるわけが……まるでギャグ漫画じゃないか」
 でも現にさっき見たものの説明ができない鳴海には、はっきりと否定できるだけの自信がなかった。まさかこの世界が……。
「ふふ、ギャグ漫画か。なるほど面白い。ギャグ漫画なら人の死さえも笑いとなるし、場合によってはなかったことにもできる、ある意味君の知る現実世界とは最もかけ離れた世界だろうな。そんな世界を構築できるとしたなら、それこそ霧宮にもどうすることもできない。神そのものだ」
 玲於那は1人でわけの分からない事を言って、1人で笑っていた。
「……いつも言ってるけど、君の言葉の意味が分からないんだよ」
「だから霧宮は物語の外の存在だと言っただろう? つまり君の物語の常識は霧宮には通用しないのだ。霧宮だからこそ、人を傷つけない弾丸を放つことができたのだ」
「……まさか、君が言っていた事は全部本当だったのか。単なる妄想じゃなかったのか……」
「ようやく信じてくれたか……。だがいいさ。牧場の柵の中で暮らす家畜が、外側に広がる世界を知ることなんて決して不可能なのだから仕方ない」
「ずいぶん寛大だね」
「まがりなりにも君はワタシを倒した男からな。褒美だ。だがな――ワタシは君には負けたけれども……瀬能芹奈には勝った。ワタシは当初の目的を果たした。物語を収束させたのだ」
「でもそれは……一旦ゼロの状態にリセットしただけで、完全に終わらせたわけじゃないんだろ?」
 きっと完全に物語を終わらせるには、玲於那が何度も言っていたように芹奈を抹殺しなければならないのだろう。
「ああ、そうだ。だがゼロの状態から物語が世界を脅かすほど巨大になることは滅多にないし、あったとしても相当時間を要するはずだ。だから……ワタシは勝ったのだ。一時的とはいえ、瀬能芹奈の物語を駆逐した! はは、ははははは……」
 投げやりに笑う玲於那のその姿を見て鳴海は、彼女はもう完全に物語に組み込まれていると――そう思った。
「そうか……つまりもう瀬能さんは普通の女の子に戻ったと、それだけなんだね?」
「ああ。ワタシの本心としては瀬能芹奈も、そして貴様の存在も抹殺したかったのだが……今回のワタシは、そこまで勝利する事はできなかった。そういう意味では君達の勝ちだ」
 玲於那は皮肉めいた声でそう言ったが、それでも自分の勝ちを確信するように微笑んでいた。
「分かったよ。なら敗者であり勝者の僕はもう行くよ……ありがとう、霧宮さん」
 鳴海の言葉に、玲於那が目を丸くさせた。
「ふ、ふはは……ありがとうだと? 何を感謝している?」
「やり方はどうあれ、世界を救おうとしたんだろ? それに君がどう思っていようと、瀬能さんも僕もこうして生きている。それじゃ」
 鳴海はそれだけ言って、玲於那に背を向けて走った。
「……ちっ。貴様は……貴様らは間違っているというのに。なのに……まだ」
 鳴海の後ろから、玲於那のうめくような声が聞こえたが、鳴海は振り返ることなく走った。
 ――瀬能芹奈の元へと。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 今日ずっと走ってきたせいで、鳴海が川原に戻ってくる頃には、息があがって酸欠状態になっていた。
 瀬能芹奈に奏上大賀、そして川切落花の姿を探した。
 すぐに見つけた。さっきと同じ場所に奏上大賀がいた。だけど……いるのは奏上だけで、芹奈と川切の姿が消えていた。
 鳴海は堤防の斜面を駆け下りて、まっすぐ奏上の元へ行った。
「そ、奏上先輩っ。瀬能さんはっ……それに、川切先輩はっ!?」
 鳴海は奏上に掴みかからんばかりの勢いで奏上に尋ねる。だが彼は。
「オレは……オレは……この世界を掴む男なのに……あと一歩だったのに」
 奏上大賀は放心しているようだった。彼は鳴海と視線を合わせず、どこか遠いところを見てボソボソ呟いていた。
「し、しっかりして下さいっ! 奏上大賀生徒会長っ!!!」
 鳴海は奏上の胸ぐらを掴んで、揺さぶった。
「あ、ああ……君か。おかえり……今までどこに行ってたんだい?」
 ようやく現実に帰って来たらしい奏上は、情けない顔をして鳴海に訊いた。
「そんな事は後でいいです! それより瀬能さんは? それと川切先輩はどこに?」
 鳴海が奏上から手を放すと、奏上はよろよろと倒れそうになりながら答えた。
「さぁ、オレに聞くな。知らないよ……だが、彼女なら無事だ。いや……無事だが正常ではないな。様子がおかしかった。君がどこかに行った後すぐに目覚めて、どこかへ行ったよ。川切は……いつの間にか消えたみたいだ」
「そ、そんな無責任な……っ。2人がどこかに行くのを黙って見てたんですか? それに様子がおかしかったって……瀬能さんはどうなったんですかっ」
 玲於那が言うとおり、芹奈に傷1つなかった点には安心したが、それでも全然安心していられなかった。
「彼女は別の物語にパラダイムシフトしたんだ……我々をおいて、別の世界の住人に進化したんだ。ははは……やはり彼女こそが世界の全てだったんだ」
 どうやら奏上は壊れてしまったようだ。これ以上、彼には期待できない。瀬能芹奈と川切落花――。鳴海がどうするべきなのかを考えていると。
「川切の事は気にするな……そっちは君が関わる程のものではない。瀬能芹奈のところに行くんだ。展開を間違えれば世界の危機に繋がる。彼女は……君を必要としている。残念だが……」
 少し正気を取り戻したのか、奏上は本当に残念そうに顔を歪めて、涙目になっていた。
「そ、奏上先輩……」
「はは……オレは、オレ達生徒会は……彼女の創った遊びに本気になってただけなんだな。なぁ……鳴海。止めてくれ……瀬能芹奈を止めるんだ……君ならできるはずだ……君なら」
 それは力なきものの願い。奏上はこの物語をドロップアウトしたのだ。だからもう、彼は無力なのだ。
「で、でもそんなの、どうやって。瀬能さんはどこにいるんだ……」
「それはきっと……君にしか分からないはずだ。君と瀬能芹奈の物語なんだろう? だから頼む……君に託した。君なら全部知っているはずだ」
 そう言って奏上大賀はうつろな視線を再び中空に向けて、ぼんやり佇んでいた。
「…………」
 鳴海には、芹奈がどこにいるのか、そして芹奈の元へ行ってどうすればいいのか、正直分からなかった。彼女にいったい何が起こったのか。
 だけど――彼の足はまっすぐ進み出していた。
 これが物語なら、彼女が行きそうなところ。彼女がやりそうなこと。
 彼女が決着を着けなければならない相手――それは。


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