アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

最終章 物語

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 霧宮玲於那の持つライフルの銃口からは、白い煙がゆらゆらと上がっている。
「あ、あれは……たしか転校生の……な、なんで……」
 奏上が弱々しく斜面の上を見上げた。
 黒スーツ姿の玲於那は無表情の顔で黙って3人を見下ろしている。
「霧宮……さん? なんでこんなことを……霧宮さん……」
「フン……」
 鳴海の問いかけにも、玲於那は答えない。
 だが、数日間玲於那とパートナー関係にあった鳴海には、その無回答の意味が分かった。
 物語に入らないように、目立たないように、必要以上の言葉は話さない。
 彼女はそんなものに、まだ自分の全てを委ねているのだ。
 鳴海がそう思った瞬間、彼の中にあった何かがブチ切れた。
「な、なにを……なにをやってるんだよおおおっっっ!!!! あんたはああああアアアアアア!!!!!」
 鳴海の叫びをきっかけに――静止していた時は動きだした。
「せ……芹奈あああああ!!!!」
 地面に倒れていた芹奈に真っ先に駆け寄ったのは、奏上大賀だった。
「……っ!」
 玲於那に気を取られていた鳴海も、すぐに芹奈の元へ行った。
 奏上の腕の中にいる芹奈。不思議なことに彼女の体には傷1つなかった。息もしている。だが――意識はない。
 弾丸は外れたのか? でも奏上がいくら呼び掛けても芹奈の瞳は開こうとしなかった。玲於那に何かされたのは間違いがない。でも彼女の身に何が起こっているのだ。
 奏上も、鳴海も不安そうに芹奈を見守っている事しかできない。
「くっくっくっ……くく〜ぅ」
 そしてこの状況の中、川切落花だけが愉しそうに口元をにやつかせて、その様子を傍観していた。
 一瞬、誰もが芹奈の方に気を取られていた。
 だから彼女の存在を瞬間的に、忘却していた。彼女に対しての隙が生まれていた。
 そう、忘却。存在が消える。だから鳴海は――気が付いた。
 存在感を消す少女。いつも何かに怯えるように舞台の影でコソコソしている少女。これが『機関』の構成員である彼女の技。相手の気をそらしたり注意を別のところに向けたりして隙を創り、そして自分の存在を消す。そっと物語の舞台から降りる。
 彼女の生き方を嫌というほど学んだ鳴海だから、見落とさなかった。
 鳴海はとっさに土手の上を見上げた。
 そこにはライフルを黒いコートの中にしまった玲於那が、颯爽と背を向けて去ろうとする姿があった。
「……ッッッッ!!」
 鳴海は反射的に玲於那の後を追っていた。
 追ってどうなるものか分からない。けれども鳴海は、玲於那を追わなければならない気がした。玲於那との決着を着けなければいけないと思った。それが物語だから。
 鳴海は堤防の斜面を駆け上る。誰もが芹奈に気をとられていて、鳴海の行動を気にする者はいない。鳴海の存在も、彼らの物語から一時的に消失した。
 もちろん鳴海は、芹奈の事も心配だったし、川切落花を放っておくのも不安だった。
 だが鳴海は――奏上がいるからあの場は彼に任せておいて大丈夫だと、なぜかそんな風に思えたのだ。
 だから鳴海は、今はただ全速力で霧宮玲於那を追う。
「待てっ。止まれよっ、霧宮ああああ!!」
 人通りの少ない道路を駆けていく玲於那。その足は速く、鳴海は見失わないようについていくだけで精一杯だった。
 玲於那は後ろを振り返らずただ走っている。
 首絞めジャックの時のように、もう見失うのはこりごりだった。鳴海は走る。
 道を右に左に曲がる度に玲於那の姿が見えなくなるけど、鳴海は迷うことなく走り続けその後ろ姿をすぐに見つける。
「ちっ……なぜだ。なぜ見失わないっ」
 鳴海の方に振り返り、疑問をぶつける玲於那。
「ようやく口を開いてくれたか、霧宮。そんなの……決まってるじゃないか。君は目立たない行動しかしないんだろ? だったら人気のない場所を選んで進むって事はすぐ分かるよっ!!!」
 鳴海は足がちぎれそうになる程に、ひたすら玲於那に追いつこうと走る。
「くく……この物語はどうしても霧宮を登場させたいようだ。……影なる霧宮を追って来る者はいないと思っていたが……それでももし霧宮を追ってくる者がいたとしたなら、それはお前だと確信していたよ」
 玲於那は諦めるように、呆れるように言うと、やがて誰もいない公園の中に入って足を止めた。
 後を追う鳴海も公園に入り、後ろを向く玲於那の元へと辿り着く。
「それは僕が物語に関わりのないような、存在感の薄い人間だから?」
 息を切らしながら鳴海は玲於那の背中に尋ねた。
「違う。その逆だよ。君はとてつもない存在だったよ。君は物語の外に、さらに大きな別の物語を創りあげたんだ。君が主人公の物語を。本当に倒すべきは……君だった」
 そして玲於那は鳴海の方をゆっくりと振り返った。
「……脇役以下の存在から一気に主人公か。ほんと、君ってばどうしようもない馬鹿だな。いいかげんうんざりだ、そんな妄想」
 鳴海は一歩、玲於那へと近づいた。
 しかし瞬間――すぐに鳴海は足は止まった。
 それは玲於那がコートの中に手を入れて、すぐさま黒い何かを取りだして鳴海に向けていたから。
「妄想ではない。これは――霧宮と君の物語だ」
 それは拳銃だった。
「そうだね……霧宮。もう君も完全に物語のヒロインだよね。それも相当なヤンデレだ。どうせなら感情も思いっきり出してみたらどうだい? 気持ちいいよ」
 鳴海は拳銃に動じる事なく、挑発するような言葉を吐いた。
「撃たれたくないならここから消えろ――とは言わない。もはや貴様こそ何より抹殺せねばならぬ存在。貴様を倒すことで、今度こそ物語を終わらせられるのだ。これが――最終決戦だ」
 玲於那は銃口を鳴海に向け続けたまま言った。
「だったらその物語が終わることはないね。それよりも答えろよ。芹奈に……何をしたんだ?」
 少しも怯む様子を見せない鳴海は、玲於那へと、再び足を一歩踏み出した。
「……さぁな、どうしたんだろうな」
 玲於那の拳銃を握る手に力が加わった。
 本気で撃つつもりだ。もはや物語の主人公とみなされた鳴海は排除対象でしかないのか。全部、くだらない基準で感情を消したり味方だった人間を傷つけたりできるのか。
 鳴海は――。
「芹奈を……芹奈をどうしたって聞いているんだぁああああああああああああ!!!!!」
 叫んで、そして玲於那へと飛びかかった。
「馬鹿め……」
 かっこうの的になっている鳴海に、玲於那が銃を放とうとする。しかし。
「なっ――!?」
 突如、玲於那に向かって黒い何かが飛びかかっていった。
 玲於那の銃口はあらぬ方向に向かった。
「なんだこれは――ネズミ!?」
 玲於那に飛びかかったものは――ヌートリアのヌーボーだった。
 鳴海はここぞとばかりに、一気に玲於那と距離を詰めた。
「し、しまっ……!」
 ヌーボーに気を取られていた玲於那は、銃口を再び鳴海に向けた。
 だが――時は既に。
「遅いよ霧宮あああああ!!!! そんなに物語を終わらせたいなら――僕が今、終わらせてやるよおおおお!!!!」
 鳴海は拳を大きく振りかぶって――。


inserted by FC2 system