アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

最終章 物語

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 芹奈が奏上大賀の連絡先を知っているということで、奏上大賀と、そして生徒会会計の川切落花を呼び寄せてもらった。
「こんな場所に呼び出していったい何の用かな?」
 奏上大賀は相変わらずの余裕な態度で悠然と佇んでいた。
「ふぅ〜……なんでボクまで来ないといけないのかなぁ」
 そして川切落花は面倒臭そうにため息を吐いた。
 鳴海葉鍵と対面する奏上大賀と川切落花。その様子を見守るように瀬能芹奈が立つ。
 奏上が皮肉めいた調子で言った。
「君はこんなところで油を売っていて、犯人捜しはしなくていいのかい? それとももしかして、鳴海葉鍵君――君はもう、首絞めジャックの正体が分かったとでも言うのかい?」
「ええ。犯人はもう分かりました。それを伝えたくてあなた達をここに呼んだんです」
 鳴海がそう言うと、その場の空気が一瞬固まる。
 この町一帯を騒がせた首絞めジャック。未だ警察が手がかりさえ掴めていないその犯人に鳴海が到達したという事実に、多少ならずとも全員に動揺が走る。
 しばらくして、奏上が不気味に笑ってこう言った。
「……なるほど。そうか……それは…・…奇遇だな。実は――オレも分かったんだよ」
「――っっっ!?」
 奏上の言葉にショックを受けた鳴海。
 まさか鳴海だけでなく奏上まで犯人が分かっただなんて。いや、だがこれもまた物語の運命なのだろうか。推理ものならば、こうなることは必然とでもいうように。
「そうですか……では奏上先輩、これは――2人の推理対決ということになりそうですね」
「ふふ……。だろうな。オレもそうなるだろうとは、君がこの決闘を申し出た時から予感はしていたよ」
 辺りに緊張感が走る。ただ芹奈だけが、にこにこと場違いな程の笑顔を顔に浮かべていた。
 そして奏上が口火を切った。
「ではこうなれば勿論、お互いの解答を提示していきたいと思うが――君から呼び掛けたんだ。まずは君の推理から聞かせてもらおうか」
「……分かりました。では、さっそくですが犯人を告発したいと思います」
 鳴海はすました表情で、淡々と言った。
「それは誰なんだ……オレ達の知っている人間なのか?」
 奏上は興奮した面持ちで鳴海を見つめている。
「ふふふ、まるでサスペンスドラマか推理小説みたいだねぇ」
 川切は愉快そうに鳴海の推理を聞いていた。
 ――鳴海は深呼吸して、そして犯人の名を告げる。
「連続首絞め事件の犯人。それは――川切落花。あなただ」
 鳴海は川切落花を指さして言った。
「…………」
 これにはさすがに誰もが驚いたようで。自分が犯人だと摘発された川切はもちろん、奏上も、芹奈でさえも唖然とした顔で鳴海を見つめていた。
「は……はっはっは……ボ、ボクが犯人だって? 面白い事言うねぇ君ぃ」
 川切は笑っていたけれど、目は真剣そのものだった。
 そして奏上大賀はというと。
「う、うちの川切が首絞め事件の犯人だと……。何を馬鹿な事を……ならば、それなりの証拠があるのだと言うのだな?」
 怒りの面持ちで鳴海を睨みつける奏上。
「ええ、あります。まず僕が不思議に思ったのは、犯人の靴跡でした」
 そうして、鳴海の解答編が始まる。
「警察の調べによると現場に残された靴の跡から、犯人は女性ではないかという見解がありました」
「でもボクはれっきとした男だよ」
「そうです。でもね……橘陽菜先輩が襲われた夜、僕は犯人の後ろ姿を見ました。そして捕まえようと追いかけました」
 でも、残念ながら逃げられましたけどね。と鳴海は付け加えて自嘲気味に笑った。
「その時に追いかけていたのがボクだと言うのかい?」
「はい。実は、靴跡から犯人が女性だと聞いて僕は驚いたんですよ。だってね、僕が犯人を追いかけている時、僕の頭にはそいつが女性だなんて考えが全くなかったんです」
「それは……どういうことだね?」
 奏上が鳴海の説明に割り込んで尋ねた。
「確かに僕が見た犯人は小柄な人物で、女性である可能性だってあります。ですが――同性とはいえ、自分より体格のある人物を正面から首を絞め、そのあと男性の全力疾走から逃げ切れるのは女性じゃ難しいと思います。走り方だって女性とは思えない印象でした」
 靴跡や体格は女だけれども、女ではない犯人。
「ということは……」
 奏上大賀は横目で川切落花を見た。
「そうです、奏上先輩。見た目は女性だけれどもれっきとした男性――つまり、川切先輩が犯人だということです」
「そ、そんな馬鹿な……そんな事だけで我が生徒会の川切を犯人に仕立て上げるなんて」
「他にも色々不思議に思った事はあります。例えばこれ」
 そう言って鳴海は、先程この近くで拾った銀色のアクセサリーの一部を見せた。
「これは……?」
「この付近で拾ったんです。半分地面に埋もれていたので、雨が降る以前に落としたものでしょう。そして丁度この現場で首絞め事件があったのは雨の日です」
「でも、それが犯人のてがかりになるとは思えな――あっ」
 奏上は鳴海の手にある銀色の物体を眺めて、何かに気付いた。そしてすぐに川切を見た。
「奏上先輩も気付きましたね。川切先輩は普段からアクセサリーに首やら腕やら色々なところにつけています。きっとこれは、被害者のOLを襲った時にアクセサリーが破損して、その一部を落としたものでしょう」
「……ふぅ〜ん」
 川切はやけに冷静な様子で鳴海の告発を聞きながら、首にぶら下げているアクセサリーを見つめていた。
「確かに川切……お前のネックレス、前とは違うものになっているが……」
 奏上が疑うような目を川切に向ける。
 川切は何も答えなかった。
「――それが、僕の導き出した答えです」
 そうして、鳴海の告発は終わった。
 しん、と静寂に包まれた川原。
 川切も何一つ反論しようとはせず、表情のない顔でぼんやりあらぬところを見ていた。
 しかし、反論はまったく別のところから起こった。
「それで、終わりなのか? ふ……そうか。それが君の推理なのだな、鳴海葉鍵」
 奏上大賀が、意味深に微笑んでいた。
「……奏上先輩には別の仮説がありそうですね」
「ああ、ある。そしてそれはお前のような妄想の域を出ない仮説ではなく、真実だ。オレの言葉に間違いはない」
 大胆にも公言する奏上。しかしその様子から、彼の言葉は全く虚勢でもハッタリでもないことが分かった。
「では教えて下さい。犯人は誰ですか?」
 鳴海が尋ねる。
 そして、奏上は。
「偶然にも、オレの答えでも犯人はここにいる人間でね――それは、瀬能芹奈だ」
 流し見るようにして芹奈に視線を向けた奏上。
 その彼の結論に、鳴海の表情は一気に凍り付いた。
「な、なに……瀬能さんが……っ?」
 まさか奏上の口からその名前が出てくるとは、鳴海は思っていなかった。
「そうだ。まず動機だが……今回の一連の事件、そもそも動機が全然分からないだろう? 川切が犯人だとしても何故そんな事をするんだ?」
「そ、それは……でも、瀬能さんだって同じじゃないか」
 あれだけ芹奈に対して執着していた奏上が、あっさりと犯人だと告発するその展開に、鳴海の頭は真っ白になっていた。
「全然同じではない。君だって知っているだろう? 彼女は物語を創る人間だ。その為のバイタリティは凄まじいものがある。彼女なら、今回の事件を起こしたとしても不思議ではないとオレは思うのだが」
「…………」
 確かに奏上の言う通りだった。瀬能芹奈ならひょっとするともしかして……鳴海は不安な気持ちに包まれる。
「次に犯行が可能かどうか――だ。実はな、瀬能芹奈はオレ達の内にあった時も……彼女は夜になると姿を消していたのだ。君だって事件が起こる時間に瀬能芹奈の姿は見ていないだろう? つまりアリバイがない限り、彼女に一連の事件の犯行は可能だということ」
「そ、それだったら……川切先輩だって同じ条件のはずじゃないですか……」
 川切にも明確なアリバイはないはず。
「ふふ……川切ね。そもそも君の川切犯人説が説得力に欠けすぎると言っておこうか」
「……そ、それは分かっています」
「君は女性だから足が速いわけはないし、首を絞める腕力もないと言っていたが、それだけで川切が犯人なのは当然おかしい。それを言うのだったら瀬能芹奈だって同じだ。彼女は特別な存在だ。だから足が速くても、陽菜の首を絞めて気絶させる事をしても何らおかしくはない」
 奏上は大人びた様子で優雅に髪を掻き上げた。
「で……でも、それだって瀬能さん犯人説の根拠にはならないでしょう」
「当然だ。だから証拠を挙げるんだ。それはな、昨夜起こった西澤アンナ君の事件にある。もう君も気付いているはずじゃないのか? アンナ君が意識を失う前に残したメッセージに」
 もちろん知っていた。土の上に書かれていた文字。せり×。
「推理の必要もない。あれが純然たる証拠さ。あれは間違いなく西澤アンナ君の手によって書かれたものだそうだ……さあ、これに対して何か反論はあるのかね?」
 奏上は勝利を確信したかのような不敵な笑みで鳴海に問うた。
 だが鳴海は――。
「ええ、あります……。奏上先輩は川切先輩の手にまんまとかかった。だから――その推理は間違っている」
 鳴海の顔つきが変わった。
「オレが間違っている……だと?」
 鳴海の突然の反論に、奏上は思わず言葉を止めて、鳴海の話に耳を傾けた。
「ええ。そもそもあれは、『せり』という言葉じゃないと僕は思うんです」
「何を……言っている?」
 奏上が顔をしかめる。
「『せり』の『り』です。もしあの文字が『り』じゃなくて、『い』だったとしたら――? っていう事です。さらに文字数も3つではなく、まだ続きがあるとしたら?」
「『せい』……ま、まさか貴様、『せいとかい』っていうんじゃあ……」
 鳴海の言わんとしている事に気付いた奏上は、顔を青ざめさせた。
「その通りですよ。犯人は生徒会の人間っていうことです。つまり、川切先輩も当然当てはまります」
「な、ならそんな遠回しに書かずに、川切の名前を書けばいいだろうっ」
「それは単純に西澤さんが川切先輩の名前を知らなかっただけだとしたら? 1年はまだ入学して間もないから無理ありません。生徒会の人間だとは知っているけど名前まで浮かばなかった。だから『せいとかい』と書こうとして途中で意識を失ったんです。犯人が文字を消さなかった理由にもなります」
「ふ……何を言い出すかと思えばそんな戯言……全部推測じゃないか」
 奏上は無理に笑顔を作って、余裕をみせようとする。
「いいや、生徒会長……でもね、どんなにあなたの説得力が強くても――物語の展開が僕の勝ちを認めているなら、それは決して変わらないんですよ」
「な、なんだと……まだ言うかっ! 貴様はっ!」
「もちろん犯人は瀬能さんじゃないですが……犯人は僕達の知っている中にしかいないと確信していました。だから僕は初めからその中から絞って推理していたんです」
「な、なぜ、そんな事が貴様に分かるのだっっ!!! そのアクセサリーだって、他に持っている奴はいるかもしれないし、女みたいな男だって無数にいるだろうっ!」
 納得できない、と奏上は怒りを露わにして鳴海に食いついた。
 鳴海は奏上とは対称的に、落ち着いた声で言った。
「だって、油断でもしない限り、橘陽菜先輩が小柄な相手に襲われるなんて僕には想像できませんし、でもね。それになりより――それがお約束じゃないですか。真犯人は、誰も知らない人物であってはいけないんですよ」
「――っ」
「奏上先輩、巧妙ですよね。物語の展開を心がけてます。セオリー通りです。自然な流れで僕から推理を始めさせて、自分の推理を後にするのが実に巧妙です」
「な、なんの事だ……オレはただ……」
 取り乱していた奏上はなんとか
「とぼけないで下さいよ。推理合戦なんて要は後出しジャンケンみたいなものですよ。もし1人目でいきなり真相に辿り着いていても、後の人間は口の巧さでいくらでも真相なんて否定できるし、間違った答えを真実にすることができる。しかもそれが瀬能さんだったらインパクトもあるし、犯人に仕立てやすいときた」
「仕立てやすいなどと……オレは真面目に推理をしてこの結果を導き出したんだっ。貴様の言い方だと……まるで、犯人なんて誰でもいいみたいじゃないかっ」
「そうですよ。まさにそうなんです。犯人なんて誰でもいい。みんなが納得してくれるなら、要は答えなんてなんでもいいんですよ。物語として1番面白いのが誰なのか、大切なのはそこだけなんです。そこはあなたも充分に承知でしょう?」
「そ、そんな事はない……それは……」
 奏上はぶつぶつと独り言を言うように否定しているが、その言葉にもはや説得力はない。
 鳴海はなおも続けた。
「さぁ、考えて下さい、この後の展開を。どういうシナリオが1番面白くなるのか。どんな答えがこの状況の場合にふさわしいのかを。その上で聞きます。川切落花さん――あなたが、首絞めジャックですね」
 鳴海は、川切を見た。そして奏上もつられるように川切を見た。
 今まで黙って2人を見守っていた川切が、嬉しそうに顔を輝かせて答えた。
「そうだよ。犯人はボクだよ!」
「え……な、なんだとおお!?? な、なぜっっ!! そ、そんな事を自分の口からああああっっっ!!!???」
 もはや奏上は、普段のような余裕ある雰囲気など皆無に等しかった。ただただ鳴海と川切によって右往左往している。
 子供のように無邪気に答えた川切はただニコニコしていて、まるで奏上の反応を楽しんでいるだった。
「川切先輩は初めから――こうなる事を見越してたんだ。この展開になるように、彼が、自分で導いていたんだ」
 鳴海の立ち位置は、まるで前回の決闘の際の奏上のような場所にあった。
「うん。勿論ボクが犯人だと告発される事も想定して手がかりを残したりしたさ……でも会長の熱弁が素晴らしくて一時は冷や冷やしたよ。ボク以外の無実の人間がとばっちりを食らうのは見ていて癪だからねえ」
 さすが生徒会長〜。と、川切は半笑いの顔をして奏上を見ていた。
 生徒会会計という役割をこなすのと同じ位に――川切は、犯人という役割を演じていたに過ぎなかった。
 とても信じられないことだけど、その事を理解した奏上は。
「そ、そんな馬鹿な……か、川切……お前はそこまでして……」
 だいぶショックを受けていたようだけど、奏上だって根本からいえば川切と同じなのだ。彼も生徒会長という役割を演じているし、世界のために芹奈を賭け鳴海と決闘するというシナリオを演じている。
 そして、奏上は分かっている。これが物語なら自分がどうするべきか。
「奏上先輩……」
「あ、ああ……分かっている。お。オレの負けだ……完敗だ」
 奏上はガックリとうなだれて、鳴海の勝利を認めた。
「ふぅ……」
 決闘に勝利した鳴海は深く息を吐いて、脱力した。
 すると今まで3人から少し距離を置いて黙って見ていた芹奈が、ゆっくり近づいて来た。
「せ、芹奈……」
 奏上が芹奈にすがるような目を向けて、芹奈に震える手を伸ばした。
 芹奈はそんな奏上にニコリと笑いかけて、そして。
「さようなら、奏上さん」
 そう言うとスタスタと奏上から離れて、鳴海の方へと行った。
「ううっ……瀬能芹奈ぁ……」
 惨めに声をあげて、その場に膝をついてしゃがみ込んだ。
 もう誰もそんな彼に注目の目を向ける者はなかった。
 やがて奏上を追い越し、鳴海の目の前に立った芹奈。
「瀬の……いや、芹奈」
 鳴海は脱力した笑みで芹奈を迎えた。約束通り、名前で呼んで。
 奏上大賀を通り越して鳴海の元にやってくる芹奈も微笑んでいたが、その笑顔はいつものような仮面の笑みとは違う自然な笑顔――鳴海にはそう見えた。
 そして芹奈は口を開いて、
「はかぎ……」
 刹那――    たーーーん。   と、乾いた音が周囲に響いた。
「えっ?」
 その場にいる誰もが口を開けて茫然とした顔になった。
 芹奈の体がゆっくりと倒れていく。
 スローモーション。この空間の時間は現実から切り取られ、異界のそれになる。
「な……芹奈……」
 鳴海は倒れる芹奈を見ている事しかできなかった。正常な判断ができない。思考が上手くまとまらない。何が起こったのか理解できない。
 それは、奏上も川切も同じだった。3人の男は、ただただ茫然と呆気にとられていた。
 そして、誰もが芹奈を見つめている最中に――あらぬ方向から声がした。
「くそう……こうするしか方法がないとはいえ……これで霧宮も物語の最重要キャラになってしまった」
 女の声なのに、女らしくない言葉遣い。
 3人は視線を声の発生元に送る。川原の土手の上――。
 そこにはライフルを両手で持って立っている、全身真っ黒なスーツ姿の少女がいた。
 今まで物語から姿を消していた少女。常に物語の外側から干渉してきた少女。
 ――霧宮玲於那が、再び物語の舞台の上にあがった。


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