アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第4章 首絞め

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 奏上大賀が去って、校舎の屋上には鳴海葉鍵と霧宮玲於那が残された。
 日は傾きかけていて、グラウンド上の部活動に励む生徒達の数も随分と減っていた。
 鳴海は玲於那の非難めいた視線を背中に感じながら、生徒達の姿をぼんやりと見つめていた。
 そして鳴海は思う。夕暮れの空の中、こうやって屋上からグラウンドを見下ろしている自分や、後ろにいる玲於那は勿論だけど……下で部活動をしている生徒達だって、自覚していないだけでただ物語の中の役割を演じているに過ぎないのかもしれない。
 この学校にいる限り……いや、この屋上から見渡せる町の人々みんなが物語の中に取り込まれているのだ。その外に出るなんていうことは、不可能なのだ。
 鳴海は西日の眩しさに目を細め、フェンス越しに町を眺めながら、覚悟を決めて声をあげた。
「さぁ、霧宮さん……。僕達も今日はそろそろ帰ろうか」
 軽い調子で、玲於那を慰めるような声。
 だが玲於那は鳴海のその態度に怒りが沸点に達したようだった。
「……き、貴様……自分が何をしたか分かっているのか。なぜあんな真似を……っ」
 玲於那は、背を向けていた鳴海の正面に回って、普段は決して表に出そうとしない己の感情を露わにする。
 玲於那が物語の中に入りたくないと言って、自分の感情をいつも殺している理由が鳴海はなんとなく分かった気がした。冷静にそう思って、鳴海は返答する。
「生徒会長に決闘を申し込んだだけだよ。そういう訳で僕は奏上大賀と対決する事になったから……よかったら君も犯人捜しに協力してくれないかい? 首絞めジャック事件は物語中の些細な出来事でしかないんだろ? 君がいてくれると助かるけれど」
「き、貴様はさっきから何を言っているんだ……何故、そんなに自分から物語の中に積極的に入っていくような真似を……っ」
 いともあっさりと言う鳴海に、玲於那はワケが分からないとでも言いたげな瞳を向ける。
 きっと2人の持っている考えなんて全く違っていて、2人の会話は噛み合っているようでまるで噛み合っていないのだろう。
「いいじゃないか、物語の中にいるのだったらそれで。意味が分からないよ、君はどうしてそこまで物語を否定するんだ? 無理に感情を殺して自分を殺して……自分を生きづらくしてまで、そんなにしなくちゃいけない事なのかい?」
 玲於那の考えとまるであさっての方向を向いている鳴海は、彼女とは対称的にとても冷静になっていく。
 そして鳴海が冷静になるにつれ、玲於那の思いは熱くなっていく。
「わっ……ワタシはっ……感情も何もいらないのよ……! 物語の中に入ったって全部利用されるだけなのよ! 客を喜ばせる為に理不尽に人生を滅茶苦茶にされるのよ! 物語の中心人物を引き立てる為だけに簡単に壊されたりするのよ!」
 玲於那が声を張り上げた。仮面を脱ぎ捨て美しい顔を悲壮に歪める彼女は、まるで悲劇のドラマのヒロインのような姿だと鳴海は思った。
「……霧宮さん、教えて欲しい。いったい君はどうして……君に何があったんだ」
「わっ、ワタシは――物語によって全てを失ったのよっ! 物語の展開という勝手な都合だけで、家族がみんな殺されてしまったのよっ!」
 家族がみんな殺された――その言葉に鳴海は固まってしまった。
「その顔を見る限り、あなたも物語を甘く見ていたようね。物語はね、それこそ世の中に出回っているエンターテインメントの数と同じく存在するのよ。そしてジャンルだって多岐に渡ってるの。あなたが今いる物語はまだ生ぬるいものかもしれないけど、ワタシが遭遇したような血なまぐさい物語だって存在するのよ」
「……っ」
 鳴海は主導権を奪われてしまった。彼女の事情を何も知らない鳴海はもはや何も言い返すことができない。
「運が悪かったで済んでいいわけがないっ。ワタシは普通に暮らしたかった。なのにワタシは1人になって……。そして全てを憎み、天涯孤独になったワタシは機関に拾われた。そこで知ってしまったの。物語の存在と……そして、ワタシの家族を奪った者の正体を。それはね……ワタシ自身だったのよ」
「え……?」
「その物語の主人公はワタシだった……。悲劇の結末を迎えた主人公を機関が回収したの。そして、かつて主人公だったワタシは、物語を収束させる事を目的としたこの組織で、二度とワタシのような者が現れないよう、全国を回って物語りを排除しているのよ」
 玲於那は感情を露わに、夕空の風に髪を煽られながら言った。そして鳴海に背を向けて歩を進めた。
「ど、どこに……」
 なんて声をかけていいのか分からない鳴海は、ただ一言そう尋ねるのが精一杯だった。
「少々……ワタシは自分を現し過ぎたようだ。ワタシには感情は不要なのだ。貴様がそこまで物語に関わるというのなら……ワタシはもう何も言わない。ワタシはワタシの任務を完遂させるだけだ。ならば……いずれ貴様とも戦うことになるかもしれない」
 玲於那は、いつものような――いや、いつも以上に強度なバリアを張って、無機質な声で言った。
「だが今は……今は貴様とは戦わない。少し、感傷的になりすぎた」
 全てをはね除けて、全てを寄せ付けない、物語の外の戦士となった彼女はまっすぐに足を進めて。
「霧宮は貴様とのコンビを解消する……さらばだ」
 そして玲於那は校舎の中へと姿を消した。
 結果的に言えばそれは、鳴海の予想していたものになったが……予想外の展開に、鳴海の心は大きく揺さぶられていた。まるで物語の主人公のように、感情が大きく揺れ動かされていた。
 フェンス越しからグラウンドを見ると、生徒の姿は全くなくなっていた。いつの間にか下校時間を過ぎていた。
 屋上を去る前に、最後にフェンス越しから見える町を一望した。
 薄暗いオレンジに包まれた町は、さながら閉じ込められた孤島のように不気味に存在していた。


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