アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第4章 首絞め

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 放課後になって、教室から1人また1人と人が消えていき――最後には鳴海葉鍵と霧宮玲於那が残された。
「もうみんないなくなったから普通に話せるだろ? 霧宮さん」
 鳴海はいつもよりずいぶん自信に溢れた声で言った。というより鳴海は玲於那に呆れていた。
 玲於那のその、大勢の前では感情も表情も出さないという態度にいい加減うんざりしていた。
 そんな事していったい何になるのだ。玲於那はなにと戦っているのだ。
「……ああ、そうだな。もう大丈夫だろう」
 玲於那は何かの存在に怯えるようにキョロキョロと周りを見渡すと、席を立って鳴海の方に近づいて来た。
「今日もやるつもりなのか? 事件の調査を」
 玲於那が訊いてくる前に、鳴海は自分から切り出した。
 事件の解決するという意味でなら鳴海と玲於那は志は同じなのだが、そのベクトルはまるで違っている。
「ああ、勿論だ。だから、鳴海葉鍵……手伝って、くれるよな?」
 さっきまではずっと闇に隠れるようにコソコソ過ごしていた玲於那が、随分と堂々たる態度で鳴海を見据えた。
 昨日のやり取りがあっての事だろう。その言葉には、鳴海を脅しかけるような威圧的なものが感じられた。
 だけど、鳴海は玲於那とは手を切ることを決めたのだ。その決意は変わらない。
「それは瀬能さんを殺すことか? 昨日も言ったはずだ……僕は降りる」
 その刹那――鳴海の首筋に冷たいものが当たった。
「……ッ」
 鳴海の首には刀の刃先が当てられていた。どうやって携帯していたのかはやっぱり謎。
「貴様に拒否権はない。そんな選択肢霧宮は許さない」
 両手で日本刀を持った玲於那が、とても冷たい声で言った。
「……脅そうったって無駄だぞ……」
「貴様、昨晩霧宮と別れた後、橘陽菜が襲われたシーンに遭遇したらしいな?」
 鳴海の言葉を無視するように、ナイフのような鋭い口調で玲於那は鳴海の耳元で囁いた。
「え……いや……」
「目立つ行動は慎めと言っているだろう。貴様は霧宮のパートナーなのだぞ? 奴隷なのだぞ? 所有物なのだぞ? どうして貴様は霧宮のいう事を聞かないで勝手なことばかりするんだっ。貴様は……霧宮を見捨てるというのか……?」
 鳴海の反論を一切許さないという態度。だがそれは暴力による絶対的な隷属というよりもむしろ――寂しがりやの女の子が、単にわがままを言ってるだけのようにも思えた。
「なんだよ、霧宮さん……僕は初めからそんなこと認めてなかったんだよ……てか、言い過ぎだって」
 今まで鳴海は霧宮玲於那の事を恐れていたけれど、やはり彼女はただの女の子なのだ。少なくとも彼女は見た目はとても綺麗でか細くて、刀を持つ手だって震えていた。
「い……言い過ぎではないっ。貴様はモブキャラなんだ! 村人Aなんだ! 何者でもないただの人間なんだ! それなのに貴様ときたら……まるで主人公の如く物語に絡もうとするっ」
「でも、案外主人公なのかもしれないぞ」
「た……たわけがっ。霧宮はその筋のプロだから分かる! 貴様は決して舞台の上に立てるような人間じゃない! 小さな小さな歯車の一欠片に過ぎんのだ! だから霧宮は貴様を選んだというのに……く、くそっ」
 玲於那は歯がゆそうに顔を歪めながら、鳴海の首筋に当てていた日本刀を鞘にしまった。霧宮玲於那が、ついに鳴海に根負けしたのだ。
「……いつも持ち歩いてるの、それ?」
「貴様には関係ない……それよりも、行くぞ」
 玲於那は鳴海の手をとって、無理矢理席から立ち上がらせた。
「ちょっ……待てって。だから僕は行かないって!」
 引きずられながらも鳴海は玲於那を拒む。
 鳴海の手を掴んで、振り返ることなく無言でぐんぐん歩いていく玲於那。幸いというか、不幸というか、廊下には生徒の姿もなく、そのせいか――玲於那は大胆に鳴海を引きずっていく。
「痛いって……! 放せよっ、放してくれよっ!」
 鳴海は掴まれた腕を振り回し、全身に力を入れて玲於那を拒絶する。
 ずっと黙っていた玲於那が、まっすぐ前を向いたまま静かに口を開いた。
「で、でも……事件を解決する意思はあるんでしょ? だったら……来てよ。お願いだから……」
「…………っっ!」
 鳴海は、思わず口をつぐんで、抵抗する力を失った。
 これまでにかつて聞いたことのなかった霧宮玲於那の、見た目通りのか弱い少女のような声。
「き、霧宮さん……」
 鳴海が言葉をかけかけた時、玲於那がくるり――と、髪を揺らして鳴海の方を振り向いた。シャンプーのような微かな香りがした。
「わ、ワタシは……物語を終わらせないと駄目なの。来てよ……ねぇ」
 玲於那の顔は、いつものような無表情でも機械的なものともかけ離れていた。思わず見とれてしまいたくなる程の、とても、とても綺麗な顔だった。
「…………。そ、そりゃあ事件は解決するつもりだよ……。何の罪もない人を無差別に襲う犯人に僕は怒ってるんだ。でも……僕と君とじゃ方法が全然違うじゃないか。僕は僕のやり方で解決したいんだ」
 鳴海がそう言うと、玲於那は泣きそうな顔をした。
「でも……これが最良の方法なんだよ? 葉鍵がもがいたところで何もできるわけないもん……っ」
 ――いいや、できる。できるはずだ。
 霧宮玲於那は物語を嫌っている。物語に入る事を酷く恐れている。だけど玲於那は……滑稽だった。だってそれこそが――物語に入らないように頑張っているという、物語がそこに成立しているのだ。
 それは悲劇であり喜劇。玲於那はそうとも知らずに、物語性の薄い鳴海と共に、物語を収束させる為の物語を繰り広げているのだ。
 と、その瞬間――霧宮玲於那から手を切ることと、奏上大賀から瀬能芹奈を取り戻す為のシナリオが、鳴海の頭に浮かんだ。
「……いいや。できるさ、きっと。……これから生徒会に行くんだろ? 霧宮さんが思いとどまるなら……分かった。だったらついていくよ」
 鳴海は、強引にも玲於那を幻想から救いだそうと思った。
「え……?」
 玲於那が目を大きく見開いて、その顔のままピタリと固まった。
「その代わり約束してくれ……もうしばらくの間は、瀬能芹奈に手出しはしないと」
 鳴海が言うと、止まっていた玲於那の時間が動き出した。
「な、なんだ……。きゅ、急に素直になったな? わ、分かったっ。瀬能芹奈については考慮するっ。しばらく様子を見るっ。でも……ははは……分かってくれて、ワタシは嬉しいぞ」
 玲於那は涙目で、しかしその言葉の通りに……とても嬉しそうに顔を明るくさせて言った。
「うん……そ、そりゃあ刀で斬られるのは嫌だからね……」
 違う。鳴海には目的があった。霧宮玲於那から解放される為に彼は嘘を吐いたのだ。
 鳴海の胸に、罪悪感がずしりとのしかかった。
 そうは思いながらも鳴海と玲於那の足は進み、2人は生徒会室前までやって来た。
「……でも、今日もいないんじゃないかな? 誰も」
「いや、さすがに今日は誰かがいるだろう。生徒会長でなくとも、生徒会メンバーの誰かが」
 普段の仮面を取り戻した玲於那は、無感動に呟くような声で言った。
「どうして分かるんだ?」
「橘陽菜の事件だ。昨晩の事件があって、今は生徒会に注目が集まっているはず。たとえ『開かずの生徒会室』が存在して、そこにメンバーが集まっていたとしても、人払い用に正規の生徒会室に誰かを置いておかなくちゃまずいだろう?」
 要するに注目を一手に受けるカスタマーサービス的な場所として、目の前の部屋は機能しているというらしい。
 鳴海はゴクリと息をのんで、扉の前に立った。
「いいか。中に入ったら橘陽菜の事で話があると言うんだ。貴様が昨夜の現場にいたことは当然知っている。きっと奴らは食いつくはずだ」
 霧宮はそう言って、鳴海の後ろに立った。
「なんだよ……さっきは橘先輩と関わった事をすっごい怒ってたくせに」
「やった事は仕方ない。それはそれだ。利用できるものは何でも利用するのが、機関のやり方だ。臨機応変さがないと霧宮のやっている任務は遂行できんのだよ」
「はぁ、そうっすか……それで僕は昨晩の事を話しつつ色々と情報収集すればいいんだよな」
 どっちにしても、鳴海はもう玲於那との協力関係を切るつもりだが。
「ああ、それでいい。霧宮はその間に部屋の中を調べて、もし瀬能芹奈がいれば即座に抹殺する」
「そうか。それはいい作戦……じゃねえよ! それが駄目なんだよ! あんた何にも分かってないじゃん! 全然僕に譲歩してくれてないじゃん!」
 生徒会室の前にも関わらず、つい大声でツッコんでしまう鳴海。
 さっき、しばらくは芹奈の身の安全を保証すると約束したばかりなのに……。やはり鳴海は玲於那と決して相容れることはないのだろうと、鳴海は思った。
「声がでかいぞ、静かにしろ」
「でかくもなるよ。だってそれはまずいって。犯罪だよ? 抹殺だなんてそれじゃあ首絞めジャックと同じじゃないか」
 いや、それ以上だ。なんだかんだ言って、首絞めジャックは今のところ1人も人を殺してはいない。
 ただ、被害者全員が意識不明の重体状態にあるということ。
「大丈夫だ。安心しろ。霧宮が殺すのは瀬能芹奈の因果の理だ。これは瀬能芹奈にとっての救済なのだ」
「なんだよ、それ。だからわけが分からんっての……」
 うんざりしながら鳴海がそっぽを向いた。だけどもその瞬間に鳴海は、意識を失った橘陽菜の顔を唐突に思い出した。あれは被害者というよりも……むしろ救われたように、安らかな顔をしていた陽菜の事を思いだしていた。
 だから唐突に突拍子もないことを思った。
 つまり、首絞めジャックは――救済の為に犯行を重ねているのでは、と。
「霧宮は彼女の在り方を殺す。言うなれば彼女も貴様のような、何の個性も無い凡人へと強制的に改造すると言っているのだ」
 鳴海が茫然と考えている間も、玲於那は得意の電波的持論を展開させていた。聞くだけ無駄だ。
 鳴海は話半分に玲於那の言葉を聞き流して、頃合いを見計らって電波話をストップさせる。
「どっちにしたって分からないっての。あと僕のこと滅茶苦茶言い過ぎ。それより早く生徒会室に入ろうぜ。もしかしたらこの中に奏上大賀がいるかもしれないっていうのにさ」
「――オレがどうかしたのかい? 君達」
 すぐ傍で、今までとは明らかに違う、よく通った凛々しい男の声が心地よい音で響いた。
「あ、あ……」
「……き、貴様は」
 それは、千本ヶ谷学園生徒会長――奏上大賀だった。
「こんなところで何をしている。もしかして、生徒会に用事かな? 鳴海葉鍵君」
 驚愕の表情を浮かべている2人に対して、悠然といった風に佇んでいる奏上大賀。
「あ、いえ。その……」
 鳴海はすかさず玲於那の方を見る。彼女は。
「…………」
 おどおどと、不安そうな顔で鳴海と奏上の顔を交互に見ていた。
 ――鳴海は呆れた。だが……むしろ、これは彼にとってチャンスだった。まさか本当に会えるとは考えてなかった。
 奏上大賀。鳴海がここに来たのは、実は彼に会うためであった。さらに霧宮玲於那と一緒という点――とてもベストな状況だった。
「ちょっと話がしたいと思って……あなたと」 
 突然の登場に驚いたものの、鳴海は余裕と自信を取り戻して奏上に告げた。
「話だって……オレはいいが……ところで君は? もしや……君が転校生の?」
 奏上は隠れそびれた玲於那に対して不思議そうな目を向けた。なぜ奏上が彼女が転校生だということを知っているのかは分からないが。
「ワタシは……」
 玲於那は気まずそうに伏し目がちにした視線を彷徨わせている。スポットライトが自分に向けられている状況に戸惑っているのだろう。時折鳴海に視線を送っているが、きっと助けを求めているのだ。
 なので鳴海は玲於那の救援要請に応えた。だが、それは――玲於那の求める方法ではない、救済の技法だった。
「そうです。彼女はつい先日この学校に転校してきた、霧宮玲於那さんです。彼女はシャイで口数が少ない女の子だけど……本当はとっても情熱的な子なんです」
 鳴海は奏上大賀に、堂々と玲於那のことを紹介した。
「――っっっっ!?」
 玲於那が表情を凍り付かせて鳴海を見た。当然といえば当然の反応だった。
「ほう。霧宮玲於那君か……いい名前だな」
 奏上は玲於那を見定めるように眺めて、にこりと笑顔を向けた。
「…………あ、りがとうございます」
 玲於那は渋々といった感じに、消え入りそうな声で言った。
「はは、なるほど。確かに鳴海くんの言うように、人見知りの激しそうな女の子だな」 
 奏上が快活に笑っていて、玲於那は無愛想な表情で鳴海の後ろに、より小さくなって隠れる。もはやここは彼女の指定席みたいなものだ。
 しかしいつもとは違って鳴海は後頭部に、玲於那の刺すような視線を痛い程に感じていた。
「で、鳴海くん。このオレに言いたい事があるんじゃないかい?」
 奏上大賀は、含みのある視線を鳴海に向けた。
「……どうして分かるんですか?」
「それくらい君の目を見れば分かるよ。さぁ、ここじゃあ話したいことも話せないだろう? 少し……場所を移そうか」
 奏上は大げさな動作で、鳴海を促す。
 鳴海は微かに口元を緩めた。
 そうと決まれば話は早い。これで――準備は全て整った。
「はい。行きましょう……生徒会長」
 鳴海は、物語を動かしていく事に決めた。
 鳴海の背後から「そんな……なんてことを」と玲於那の呟く声が聞こえたが、鳴海はもう迷わない。
「行こう、霧宮さん」
 鳴海は玲於那の方を振り返って、彼女も前に突き動かそうとした。
「……ええ……分かったわ。鳴海くん」
 鳴海と奏上の注目を受けた玲於那は、渋々といった様子で頷いた。
「ふふ……なら人目のつかない場所に行こう」
 奏上が2人に背を向けて先を歩き出した。その後を鳴海と玲於那は並んで歩く。
 その途中、玲於那が鳴海に秘かにローキックを食らわせた。
「あいたっ」
「ん……どうしたんだ?」
 鳴海の小さな悲鳴に、奏上が振り返る。
「いえ、なんでもないです。ははは……」
 当然というか、玲於那は相当お怒りの様子だ。鳴海の罪悪感は大きく膨れあがっていく。
 と、いうわけで奏上大賀に連れられて鳴海達がやって来たのは、学校の校舎の屋上だった。
 夏が近づきつつある放課後の空は黄土色に霞んでいて、じわじわした蒸し暑さを感じる。
 フェンス越しから地面を見下ろせば、人々が部活動に励んでいる姿が小さく見える。
「まず君達の話を聞く前に、俺から質問してもいいかな?」
 奏上大賀がフェンスにもたれて言った。その格好はいちいちサマになっていた。
「……ええ。なんですか」
「鳴海君。君は昨晩、うちの副会長が襲われる現場を目撃したんだろ?」
「ええ」
 やはり生徒会は、鳴海からその情報を聞き出したいようだ。
「……そうか」
 鳴海が肯定するのを聞いた奏上は、渋い顔をして手を顎に置いた。
「……なんだか納得できないみたいな顔してますけど」
 その意味深な様子に鳴海が疑問に思っていると。
「いいや、こっちの話だ。それで……俺に話っていうのは何かな?」
 奏上ははぐらかすように鳴海の用件を訊く。
 それを受けた鳴海は、チラリと玲於那の方を見て――そして深呼吸してから再び奏上に視線を向けて言葉をつむぐ。
 だけど鳴海のこの言葉は、生徒会長に向けてというよりも、むしろ玲於那に向けてのものだった。
「単刀直入に言います……生徒会長。あなたに――決闘を申し込みます」
 奏上大賀も、霧宮玲於那も、目を見開かせて驚きの表情を浮かべた。
「……ほう」
「な……決闘……だと!?」
 奏上はそれでも平静を装っていたが、玲於那の驚きようは半端ではなかった。
 玲於那は先程からの、鳴海の予想外の裏切りの言葉に、普段保っている余裕を完全に見失っていた。
「決闘で僕が勝てば瀬能芹奈を解放してもらいます。僕が負ければ……僕はあなた達から手を引きます。それで、いいですか?」
 鳴海は奏上を見つめ続けて言った。
「ふふ……いいだろう。再び瀬能芹奈を賭けて決闘か。それにしてもなんだ……君は意外と根性があるというか、肝が据わっているというか……」
 奏上は呆れるような楽しんでいるような顔をして、もたれていたフェンスから体を離して鳴海の正面に立った。
「――それで、勝負を受けてくれるんですか生徒会長」
 鳴海は悠然と立っている奏上大賀に怯まずに、問うた。
 鳴海の決意を感じ取ったのか、奏上は小さく笑って答えた。
「……いいだろう。断る理由はないし、決闘の申し出は基本断らないのが鉄則。受けて立つが……君こそいいのか? 俺に勝つ自信があるのか?」
「ええ、ありますよ。それより……あともう一つ約束して欲しいことがあります」
 鳴海は迷いない言葉でどんどん話を進める。
「……? なんだそれは?」
 勝てるとハッキリ断言する鳴海に少々辟易しながらも、奏上は余裕を保った顔のまま訊いた。
「決闘の決着が着くまでは、瀬能芹奈を自由にさせる事です。普通に学校に来て授業を受ける、今までの普通の日常生活を送らせて下さい」
「……分かった。勝負が終わるまで瀬能芹奈は解放しよう……。それで――肝心な事を聞いていなかったね。いったい決闘方法はどうするつもりなんだい?」
 もっとも、君にオレより優っている何かがあるなんてとても思えないが――と、奏上は嫌味たらしく言う。
「僕があなたに挑む決闘方法。それは――どちらが先に首絞めジャックをつかまえられるか、です。この瞬間から、僕達の決闘は始まります」
 そうして、鳴海葉鍵と奏上大賀の決闘が始まった。


inserted by FC2 system