アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第4章 首絞め

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 次の日の朝。学校に行くと早々、鳴海は職員室に呼ばれて昨晩起きた事件について根掘り葉掘り聞かれた。
 鳴海は警察に話したのとほぼ同じ事を言って、ようやく教室に帰された。1時間目の授業は既に終わっていた。
 休み時間で賑わう教室に入る鳴海。
 さっと見渡す――予想通り、芹奈の姿はない。
 鳴海は肩を落としながら自分の席に着くと、前の席に座る五反田がさっそく話しかけてきた。
「昨日、橘先輩が首絞めジャックに襲われた現場に出くわしたんだって? 鳴海っ」
 五反田の他にも、大勢の生徒達が鳴海を取り囲んでいた。
 どうやら噂はとっくに広まっているみたいだった。
「え、えぇと……」
 昨日、陽菜に会っていた事とか、その際に彼女が事件を解決すると言っていた事とかを、正直に告白するかどうするか鳴海は悩んで……チラリと、霧宮玲於那の席を見た。
「……(余計ナ事ヲ言ウト貴様ヲ葬ル)」
 思いっきり鳴海の顔を睨み付けていた。しかもテレパシーのようなものまで聞こえてきた。
 ――とてもじゃないが詳しい事は言えない。言ったら殺される。
「いや……たまたま帰り道に通りかかったら、橘先輩が倒れていたのが見えたんだ。犯人はすぐ逃げて見えなかったけど、ショックでかいよ……やっぱり」
 身の危険を感じた鳴海は、夜道で見た出来事をそのまま伝えるだけに留めた。
「そうだよな。よりによってあの橘先輩なんだもん……俺だってすごくショックだよ。彼女は男子生徒から凄い人気だったからね……マジで学校どころじゃないよ」
 五反田は陽菜の大ファンなのだろうか。相当精神的にまいっているように見えた。
「そ、そうなんだ……でもホント、怖いよな。まさかウチの学校の生徒が襲われるなんて……」
 だがそう言いつつも、鳴海の心情はその逆だった。犯人が鳴海の近くに来ているということは、それだけつかまえやすくなったという事だ。
 一刻も早く首絞めジャックをつかまえて、くだらない物語を終わらせたかった。そして瀬能芹奈を――と、鳴海は今日も空席になっている芹奈の机を見た。
「瀬能さんはいったいどうしたんだろう……今日も来てないみたいだけど」
 鳴海は、誰にともなく呟いた。
「まあ、あまり彼女の事まで気にしない方がいいですわよ」
 すると、鳴海を取り囲んでいる野次馬の1人が言った。
 それはクラスメイトで、芹奈を執拗にいじめる少女――西澤アンナだった。
「で、でも……もう3日も学校に来てないだろ? 心配にならないのかっ?」
 いくらいつもイジメているからって、クラスメイトに対してこんな言葉を吐く西澤に対して怒りを覚えた鳴海。
「彼女なら心配いらないですわよ。それは、アタシが瀬能さんを単に嫌っているからとかじゃないですわよ。なんといいますか、彼女が襲われるとこって想像しにくいっていうか……それに、なんたって彼女は生徒会長のお気に入りなのよ……。特別な彼女の事は気にせず、アタシ達凡人は凡人らしく過ごせばいいって事なんじゃない?」
 西澤アンナのその言葉には、芹奈に対する僻みのようなものが込められているように思えた。
 でも、それは違うような気がする――と、鳴海は口を開いた。
「で、でも……彼女も僕達と同じだし、それに僕も君も特別なはずだよ。いいや、違う。むしろ逆だ。特別な人なんて誰もいない。生徒会長だって――」
「――いいや、鳴海。でもそれが現実なんだ。お前はこの学校に来たばかりだから言えるんだ。生徒会の人間なんて俺達からしてみれば遠いところの存在だよ」
 と、鳴海の言葉を遮って、横から五反田が口を挟んできた。
「ご、五反田はそれでいいのかよ。遠くから見てるだけで……そんなんで」
 鳴海は悲しくなってきたと同時に、クラスの実態を理解した。
 鳴海がこのクラスに転校してきた時から感じていた、教室に漂う妙な空気は……この諦観と羨望の感情だったのかもしれない。
「鳴海……余計な期待をしたって傷つくだけなんだよ。しょせんは高嶺の花だ。人間の質っていうものは予め決まってるんだ。背伸びしてその質から外れた生き方をしようとしても、痛い目を見るだけだぜ」
「…………」
 そんな事はないと、鳴海は言いたかった。でも、それを覆すだけの言葉を鳴海は持っていない。それがとても悔しかった。
 五反田は達観したように鼻をならすと、鳴海の肩に手を置いて言った。
「つまり俺達は脇役だというわけで――それをわきまえないといけないんだよ。鳴海」
 違う。そんなことはない。
 鳴海はなんとなく、霧宮玲於那が言っていた言葉の意味が分かりかけてきた。
 確かにここの学校の人々は、染まりすぎているようだ。
 虚構である役割に自分自身が浸食されて、知らず知らずのうちに演技しているのだ。
 見えない台本に従って、見えないルールに従って。
 もしかしてそれが、瀬能芹奈が創りあげた物語なのかもしれない。
 首絞めジャック事件を含めたこの学園を取り巻く物語は、この学園の生徒達の演劇によって動いているのかもしれない。玲於那の言う物語も、あながち妄想じゃないのかもしれない。
 なら――そんなくだらない台本も、そんなくだらないルールも、自分が破ってやる。
 そしてもし瀬能芹奈がこんなものを創りあげたというなら、芹奈の幻想だって砕いてやる。
 自分の質というものを越えて、首絞めジャック事件を自らの手で解決してやろう。


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