アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第3章 存在消し

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

4

 
「すっかり遅くなった……」
 その日の夜。コンビニへ行った彼は、帰りの道を1人で歩いていた。黄昏のオレンジと夜の黒が混じった紫色の空が、不気味に町を包んでいる。
 学校と鳴海の自宅との間の道は、住宅も店もない寂しげな道が続いていて、普段から人の気配なんて感じられない場所だった。
 しかし鳴海は今、そんな不確かな不気味さよりも、もっとハッキリした懸念事項があった。
「う〜ん……橘先輩が言うことが正しいとしても、奏上大賀が生徒会長なんだから生徒会が怪しいってことは変わらないんだけど……そもそも奏上は、瀬能さんを使って何をしようとしているんだろう?」
 鳴海の頭には生徒会、ないしは瀬能芹奈のことで一杯だった。
 だから鳴海は気付かなかった。彼を取り囲んだ空気が、世界が、非日常のものへと変化していたことを。
「……ん?」
 鳴海が世界の異常に気が付いたのは、両側を草木で覆われた川原沿いの道を歩いている時だった。
 何かおかしい――と、鳴海は直感した。
 鳴海は別段とりたてて勘のいい方とかそういうのではない。
 しかし鳴海は感じたのだ。邪悪な何かを。陰鬱とした黒い予感を。
 空の色がどんどんと暗くなってきている。
「ま……まさかな」
 この時になって鳴海は例の噂を思い出した。近頃界隈を騒がせている『首絞めジャック』のことを。
 首絞めジャックは日が沈んだ後に、1人でいる人間を襲うと言われている。
 でも――だったらまだ日は完全に沈んでいない。自分が襲われるなんてそんな事ありえない。鳴海は楽天的に考える。
 確率的に考えてそんな事は皆無に等しいのだ。鳴海は自分にそう言い聞かせるように、歩くスピードを速めた。
 だが――下の方で流れている川にふと視線を送り、川に沿ってその視線を前方へと辿っていった時、鳴海は驚くべきものを目撃してしまった。
「え……あれは……嘘だろ……? 首絞めジャックッッ!?」
 とんでもない非日常の物語に、鳴海は巻き込まれてしまった。
 遠くてハッキリとは見えないが――川原の橋の下辺りに、人影が2つ。その2つはとても近い位置にあって、目を凝らして見れば、小さい方の影が大きい方の影の首を絞めているのが視認できる。
 そう――それはまさに、犯行の真っ最中であった。
 彼は理解していたのに、分からないフリをしていた。たとえ確率的にどんなに低くても物語の展開上必要不可欠な出来事ならば、確立を超えてそれは確実に起こるのだ。
「どっ、どうすればっ!!!!」
 助けにいくべきなのは分かっている。だけど相手は毎晩無差別に人の首を絞めて意識不明にしている首絞めジャックなのだ。もし行ったとしても返り討ちに遭う可能性は非常に高い。
「でも見殺しにはできない……」
 鳴海は放課後の体育館裏の出来事を思いだした。芹奈がクラスメイトの西澤アンナに連れて行かれた体育館。見ている事はおろか、生徒会の川切落花に言いくるめられて、どんなカタチであれその場から逃げ出してしまった時のことを。
 その時の光景を脳裏に描いた瞬間、一歩後ずさった足を――前へと踏み出した。
「や、やめろおおおおおおおっっっっ!!!!!!!」
 ほとんど無意識だった。鳴海は無我夢中で叫びながら全速力で走る。
 声に気が付いたのか、小さい方の影が大きい影から離れた。大きい影がその場に崩れ落ちた。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
 鳴海は駆ける。せめて犯人の顔を目撃しようと足を無茶苦茶に動かして向かう。
 だが、影はすぐに走り出した。
「ま、待てよっっ!!!! おいっっっっ!!!!!!」
 鳴海は堤防の斜面を駆け下りていき、そして小さくなった犯人の背中を必死で追う。
 もう時刻は夜に入っていて、空の色が暗くて犯人の正体が分からない。それでも逃がすまいと鳴海は追う。追うが――。
「うっ、わあっっ!? し、しまっ……」
 鳴海の足がもつれてしまった。彼はバランスを崩して、その場に転んだ。
 咄嗟に鳴海は起き上がるが――既に犯人の姿は消えていて、残されたのは鳴海と。
 彼のすぐ近くに倒れている被害者だけだった。
「く、くそぅ……あとちょっとだったっていうのに……」
 鳴海は歯を食いしばったが、後悔するのは後だ。今はそれより被害者の安全を確かめないといけない。鳴海は倒れている人物の元に駆け寄った。
 気絶しているらしいその人物は、髪の長い女性で、鳴海と同じ高校の制服を着ていて、そして――彼女は。
「あ……あ……そんな……」
 被害者は、鳴海が知っている人物だった。
「た、橘先輩……」
 町を騒がす連続首絞め事件。今晩の被害者は――橘陽菜。千本ヶ谷学園の副生徒会長。
 鳴海が先程まで話していた人物だった。


 その後すぐに鳴海は警察を呼んだ。
 警察が到着するまでの間、鳴海は陽菜の安否を確認しようとしたが、陽菜は何も反応を示さず、意識がなかった。
 その時の鳴海の心情は、恐怖も勿論感じてはいたが、それよりも――激しい怒りを感じていた。
 奏上大賀は首絞めジャックが現れたから、強引に瀬能芹奈を連れ去っていった。
 橘陽菜はそんな理不尽な奏上大賀のやり方に反発を覚え、どうにかしようと動いていた。
 霧宮玲於那は、首絞めジャック事件を含めた物語を解決するためにこの町に来た。
 そして霧宮玲於那が言うには、瀬能芹奈は――全ての中心にいるのだ。
 そんなのはデタラメだ。物語の全貌なんて簡単なものだ。霧宮玲於那はやっぱり間違っている。
 全ては――首絞めジャックが中心にいるのだ。物語とは首絞めジャック事件のことなのだ。瀬能芹奈は何の関係もないし、ましてや事件は彼女が引き起こしたものなんかじゃない。霧宮玲於那が暴走しているのも首絞めジャックが原因なのだ。
 ――鳴海は決意した。
「……解決する。僕がこの事件を解決して、こんな馬鹿げた物語を終わらせる」
 鳴海は橘陽菜を抱きかかえる腕に力を込めた。
 橘陽菜は、まるで心地よい夢を見ているかのように、胸をゆっくり上下に動かしながら安らかに寝息を立てていた。とても悲惨な事件の被害者のようには見えなかった。
 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきて、ふと鳴海が空を見上げると、いつの間にか紫色だった空は、完全な暗闇へと移り変わっていた。
 この夜は、僕が明かしてみせる――と、鳴海は半分に光る月に誓った。


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