アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第3章 存在消し

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 翌日のこと。鳴海が学校に行って授業風景が流れて、また放課後になった。
 ちなみに今日も芹奈が教室に現れることはなかった。だが霧宮玲於那の方はちゃっかりと遅刻することもなく真面目に授業に出ていた。
 しかし鳴海は、放課後になって玲於那に話しかけられるまで、彼女の存在をすっかり忘れてしまっていた。
「霧宮のことをすっかり忘れていただろう?」
 玲於那にズバリと指摘されて、鳴海はドキリとした。
「そ、そんなことは……あ、いや……ある。すっごい存在感ゼロだった」
 思わず鳴海は条件反射で否定しかけたが、玲於那は普通の価値観を持っていないことに気付いた。
 玲於那は――。
「ふふふ。そうか。なら――今日も霧宮は絶好調のようだ。ついてこい」
 無感情な声で喜びを表現すると、背中を向けて歩き出した。
 なんだか鳴海は複雑な気分で玲於那の隣を歩いた。ややこしい少女だ。
「あまり廊下の真ん中を歩くんじゃない。ビクビク怯えるように移動するんだ」
 人の視線を怖がるように、鳴海に聞こえるくらいの小声で玲於那は言った。
「いや……だから絶対そっちの方が目立つって……今は人が多いから絶対やめた方がいいって」
「この臆病ものめ。霧宮はそんな情けない相棒をもった覚えはないぞ」
「いや、そもそも僕は君の相棒になると言った覚えがないんだよ。半強制的だもん」
 変なやりとりを交わしつつ到着した生徒会室前。昨日は何も収穫がなかったのでリベンジを果たしに来たというのだ。
 玲於那が鳴海の背後に隠れて、そして鳴海は生徒会室の扉をノックして、中に入った。だが――やはり誰もいなかった。
「やっぱりいない……2日続けて」
「諦めるまだ早い。授業が終わったばかりで誰も来てないだけかもしれないから、しばらく待とう」
「薄々気付いてたけど、君って結構ポジティブな人なんだね」
「機関の構成員はポジティブでないとやっていけん。物語に左右されない健全な精神をだな……」
 というわけで玲於那の言に従って、生徒会室の前で待ってみたけれど……やはり誰も来なかった。
 もしかして現在生徒会は活動を休止しているのか? しかし、鍵が開いているのと部屋の中の様子を見る限りでは、それはなさそうに思えた。だったらどうして誰も来ないのだ。
 このまま待っても埒があかない。2人が半分諦めそうになって、どちらともなく帰りそうになった時、2人の背後から声が聞こえてきた。
「なにやってんだ? 鳴海に……霧宮さん」
 その声に鳴海が振り返ると、五反田圭が不思議そうな顔で彼らを見ていた。
「……ああ、五反田か。いや、ちょっと……ブラブラしてたんだよ」
 本当の事を言ってもいいのだが、言うとたぶん玲於那に叱られそうだし、話したとしてもややこしくなりそうなだけなので伏せておいた。
「…………」
 玲於那は急に大人しくなって、静かでスムーズな動作で五反田から隠れるように、鳴海の背後に回った。
「転校生コンビで学校見学か〜? まさか付き合っちゃったんじゃないだろうな?」
 五反田は、チラリと玲於那を見ると、すぐに視線を鳴海に固定させて、呆れたように両手をあげた。
「そ、そんなわけないだろっ……」
 鳴海が慌てて否定しようとした瞬間――転校生という、五反田の言葉ではたと気付いた。
「そ、それより……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 そうだ。転校生の2人はこの学校の事は詳しくないのだ。彼らの情報量は、普通の生徒に比べて少ないのだ。
 つまり、生徒会のことに関して色々動き回るより、やはり一般生徒に聞くのが手っ取り早いんじゃないのかと。玲於那の方針であまり他人と関わるのを避けてきたが……普段仲良くしている五反田となら、友達感覚で気軽に訊けばいいだろう。
 だから鳴海は生徒会の秘密について、なんでもいいから話して欲しいと五反田に尋ねた。
 すると彼は――。
「生徒会……か。ああ。生徒会って言ったら、七不思議の一つの『開かずの生徒会室』が有名かな」
「開かずの生徒会室……? なんだそれは?」
 むしろ誰もいないのに開いている生徒会室という、セキュリティー上よろしくない七不思議があるのだけど、そこはツッコまずに鳴海は続きを促した。
「それはな……そこにある生徒会室じゃなくて、この学校のどこかに別の生徒会室があるらしいんだ」
「別の生徒会室だって?」
 鳴海は目を見開いて五反田の言葉を反芻した。
 一方、玲於那は表情1つ変えずに、暗い顔で鳴海の後ろにオドオドと立っている。
「どこにあるのかは誰も知らないんだ。でも確かに存在はしているらしい。行ったことあるっていう人間が何人もいるんだ。でも誰もはっきりした場所は覚えていないって言ってて……」
「なんだそれは……都市伝説じゃあるまいし」
 鳴海は肩すかしを食らった気持ちになった。そんな存在自体が不確かで、見つけることが困難な場所へどうやって行けばいいのだ。
「ま、俺が生徒会の事で知ってるのはこれくらいだな。生徒会メンバーはいつも忙しいみたいだから、その部屋に誰もいないときも多いみたいだ。そういうとこから噂が生まれたんだろ」
 それじゃーな、と五反田は2人から遠ざかった行って廊下の角へ消えた。
「……じゃあ、やっぱりないって事じゃないか、そんな部屋」
 鳴海は姿の見えなくなった五反田に、ぼそりと不満を呟いた。
「成程。生徒会室にいつも人がいないから、自然と他の場所に第2の生徒会室があるのだろうという発想が生まれたというわけか……興味深いカラクリだ」
 いつの間にか大人しいモードを解除させた玲於那は、口元に手を当ててなにやら考え込んでいた。
 なんか嫌な予感がするなぁと鳴海が思ったら。
「よし。ここは1つ、もう一つの生徒会室を探すことにしようではないか」
「……やっぱりね」
 ポジティブに加え、積極性も抜群。もはや鳴海は文句を言う気持ちすら沸かない。
 こうして鳴海と玲於那は、存在するかどうか怪しい生徒会室を探し出すことになった。
 だが現実は現実で、誰かの言うような都合のいい物語なんかじゃない。そんな簡単に見つけられるはずもなく、広い学校の中を手分けして探しても、どこにもそれらしい部屋はなかった。
 そして、1時間経って――無人の生徒会室前で、鳴海は玲於那と合流した。
「……結局、手がかりらしい手がかりはなかったね」
「なぁに。明日また挑戦するさ。それより貴様、ちゃんと目立たずコソコソ探していたよな?」
「……は、はい。もちろん。だって僕も存在感ないし、目立つの嫌いなんだよー」
 ギラリと睨み付ける玲於那に、鳴海は引きつった笑顔で答えた。
「そうか――だったらいいが」
 特に鳴海を疑う素振りも見せず、玲於那は学校の外へ向けて歩き出した。
 鳴海は隣を歩きながら、おそるおそる玲於那に尋ねる。
「……あのさ。それでさっきから聞こうと思ってた事があるんだけど……君は瀬能さんを見つけてどうするつもりなんだ?」
 それは、昨日からなんとなく気になっていたこと。1人で秘密の生徒会室を探している時にずっと考えていたこと。
 物語を憎み、消滅させることを生業にする霧宮玲於那。物語の中心人物である瀬能芹奈に対して何を思っているのだろう。彼女に対して何をするつもりなのだろう。
「瀬能芹奈は物語の核だからな……それは当然、霧宮にとっての最重要項目になる……」
 珍しく、玲於那は少し言いよどんだ。鳴海は再び、嫌な予感がした。
「やっぱり瀬能さんは首絞め事件の真相に関わっているってことなのか? なら、彼女が犯人と何らかの関わりがあるってことか?」
 首絞め事件すらも瀬能芹奈を巡る物語の中の一事件に過ぎないと玲於那が言っていた。
「……いいや、事件の犯人については分からない。瀬能芹奈が関わっているというより……彼女の存在そのものが事件を引き起こしているのだ」
「やっぱり何を言ってるのか分からないな」
 鳴海はため息を吐いた。
 そして玲於那が校門を出た辺りで、鳴海の瞳をじっくり見つめた。
「要するにバタフライエフェクトだ。瀬能芹奈を中心にこの町は動いているのだ。物語には核がある。事件が発生するというのは、単に誰かの意思で起こされるような単純なものじゃないのだ。要は誰の為に引き起こされるか、だ」
「誰の為って……それが瀬能さんだっていうのか」
 玲於那の気迫に押されそうになりながら、鳴海は一歩も退かずに訊いた。
「そうだ。だが勘違いしてはいけない。瀬能芹奈には何の悪気もないし、むしろ彼女は事件自体を望んではいないだろう。それどころか――彼女も被害者だ」
「被害者? じゃ、じゃあ誰のために……こんな」
 それじゃあ芹奈の為でもなんでもないじゃないかと、鳴海は思った。他に誰がこんな事を望んでいるのだ。
「それは――第三者のためだよ」
「だ、第三者……だれ?」
「人はそれを観客と言うし、視聴者と言うし、読者と言う。つまり、この町の外側の存在だ。しょせん瀬能芹奈だって、彼らにとっては登場人物の1人でしかないのだ。瀬能芹奈は彼らにとっての主人公にあたる存在。客の好奇心をみたすため、瀬能芹奈を中心として物語が引き起こされているのだ」
「いや、全然分からない……」
「瀬能芹奈でさえも物語からは逃れられないということ。例外は外側にいる者だけなのだ」
 つまりそれが玲於那が言うところの、『機関』という謎の組織。そして彼女自身。
「それで君は……君達は」
「物語を消滅させるためにいる。この世界をフィクション化させない為にいる。世界のバランスを保ち影で調律している。そのためならなんでもやる。それがワタシの贖罪だから」
 自分の事を決して語ろうとしない少女が、少しだけ垣間見せた素顔。
 きっと彼女は、物語の被害者なのだと――鳴海はこのとき確信した。どんなものかは分からないが……きっと、玲於那を中心とした悲劇の物語。エンターテイメントのための理不尽な犠牲者となったのだ。少なくとも――彼女はそう思っている。
 彼女は理不尽な事故に巻き込まれたのだ。だから、その不幸に対して憎むべき対象が欲しかったんだ。それが、彼女が創りあげた『物語』というシステムなのだ。それが、鳴海の分析によって導き出された、霧宮玲於那という人物像。
「さぁ……話はもう終わりだ。今日はこれくらいにしておこう。明日からはもう少し積極的に行ってみようか。瀬能芹奈という、事件のコアを破壊しに行こうじゃないか」
 感情を隠すことも忘れて、わざと明るく振る舞うような玲於那の口ぶりは、彼女も普通の女の子なのだということを鳴海に感じさせた。
「ふふふ、だが……瀬能芹奈と親しい者が幸いなことに、まさか全く物語の引力がない奴だったとは。おかげで気兼ねなく君をこき使えるよ」
 玲於那もやはり1人よりも2人の方が嬉しいのだろうか。空元気ではあったが、その話し方に嬉々としたものを鳴海は感じた。
 でも鳴海はどうしても訊いておかねばならなかった。どうしてもそれは、曖昧にできなかった。少女の代わりに鳴海は、感情のない顔で尋ねる。
「霧宮さん……君はもしかして、瀬能さんを……」
「ん、なんだ? もちろん抹殺するつもりだが?」
 何の躊躇いもなく、何でもないようにそう言った玲於那。
「根源を倒せば物語は終わる。明日も頑張ろうな」
 微かに笑顔すら浮かべる玲於那。
 ――鳴海はこれまで、なんだかんだいって玲於那の言う事に従っていた。なんだかんだいって気を紛らわせて楽しんでいたのかもしれない。どことなく彼女は、芹奈と似ていたから。
 彼女の笑顔が、見たかったから。
 だけど――いま、鳴海の気慰みは終わった。玲於那と自分との決定的な壁を感じた。
 ――バイバイ、相棒。
 彼は立ち止まって、まっすぐに玲於那を見て、はっきりと言った。
「僕は行かない。コンビはここで解消だ。僕は……事件を解決する為に来たんだ。君は……瀬能さんに危害を加えるつもりなんだろう?」
「え? な……何を言ってるのだ? 多少の犠牲は仕方ないのだぞ? 物語の核は抹殺せねばならないのだ。存在してはいけないんだ……別の世界なんて……そんなものっ」
 突然の脱退宣言に、玲於那は感情を露わにして、わなわなと震える声をあげた。
「だけど抹殺だなんて……そんなの、あり得ない……だから僕は、降りる」
 瀬能芹奈を打倒しようという霧宮玲於那。瀬能芹奈を守りたかった鳴海葉鍵。2人はそもそも相容れない存在だった。
「ごめん。でも――さようなら」
 別れを告げた鳴海が、玲於那から背を向けて立ち去ろうとしたとき――。
「待て」
 と、玲於那の冷たい声が響いた瞬間に――鳴海の首筋に冷たい感触のものが当たっていた。剣先だった。
「な……なにをするんだ」
 今までどこに隠していたのだろうという位の、まごうことなき凶器。剣。
「霧宮は物語の引力を断ち切るためなら何でもする」
 鳴海の首にヒヤリと当たる剣よりも、玲於那の声はもっとずっと冷たかった。
「きょ……強硬手段というわけかい」
「あまり霧宮を目立たせる行動をとらせないでくれ――霧宮達は常に舞台裏の日陰者だという立場を忘れてもらっては困るのだ」
 今の鳴海には分かる。瀬能芹奈の覚悟は本物だ。もう彼女に動揺は全くみられなかった。
「……そんな脅しで僕が怯むと思っているのか。僕を、みくびるなよ」
 もちろん鳴海には玲於那が脅しでやっているんじゃない事は分かっていた。だが、鳴海はそれが分かったからこそ、決して退くことはしなかった。
 鳴海にも鳴海の覚悟があるのだ。
 しかし、自分の心を殺した機関の構成員に、鳴海の覚悟が敵うはずもなく。
「その台詞をそっくりそのまま貴様に返そう。これは脅しではない、本気だ。霧宮はなんだってできると言ったろう? ……忘れたか? 貴様も物語の重要人物の1人なのだということを」
 玲於那は容赦しない。思えば彼女の行動は一貫して筋が通っていた。ただ単純に、この町が舞台となった物語の登場人物にならないように、物語外のところで行動するように心がけていた。瀬能芹奈や生徒会メンバーや首絞めジャックが物語を展開している間に、玲於那は見えないところで暗躍していたのだ。それはまるで、決して公開されることのないスピンオフ作品のように。彼女は人知れず、読者からも視聴者からも観客からも見えないところで、物語を収束させようと戦っているのだ。
 そして彼女は今ここで、物語を更に拡大させる恐れのある鳴海の存在を、人知れずなかったことにさせようとしている。
 まるで時間が止まっているようだった。一歩も動かない2人。放課後の人通りのない帰り道に、緊張感が走る。2人のうちどちらも折れるつもりはない。ならば、この状況は剣が振り下ろされる事以外に道はないのか。
 鳴海の耳にごく、と玲於那が喉を鳴らすのが聞こえ、剣を持つ手に力が入ったのが分かった。
 殺される――鳴海が悟った時……だがその張り詰めた空気は、更に驚くべき展開によって崩壊した。
「――我が校の生徒たるもの、暴力沙汰は見過ごすことはできないわね」
 それを壊したのは――優雅で上品な、女性の声だった。
「えっ?」
 鳴海が声のした方を見て見ると、そこには――。
「ふ、副生徒会長っ!?」
「フ……こうやって話すのは初めてね。はじめまして、鳴海くん」
 副生徒会長・橘陽菜が大げさなポーズをとって立っていた。それはまるで役者のような立ち居振る舞いだった。
「ちっ……なんということだっ。うかつだった。少々……目立ち過ぎたか。物語が発生してしまった……っ」
 表情を一気に暗くした玲於那は、咄嗟に剣を収めて――「後は頼む」と鳴海に小声で言い、彼の後ろに隠れた。
 潜入調査用の無口キャラへと変貌するのだろう。
 さっきまで命のやり取りをしてたというのによく言えるよと思いながらも、鳴海は。
「え、えっと……はじめまして、橘先輩。な、なにかご用ですか?」
 とりあえずこの場をしのぐため、愛想笑いを浮かべて返事した。
「そうね……なにやら不穏な動きの気配があったものだから、ね。なにか企んでいるんじゃないかと、ね」
 陽菜が玲於那に視線を向けた。その瞳には明らかに敵意みたいなものが宿っている。
「…………」
 しかし、副生徒会長から敵意を向けられても玲於那は動じなかった。
 あらゆる事に対し決して自分の態度を変えないという点でも、霧宮玲於那と瀬能芹奈はやっぱり似たもの同士なのだな――と鳴海はつくづく思った。
 その間、尚も玲於那の方を凝視して動かない陽菜。
 仕方ない、今回だけだぞ――と鳴海は。
「あ、あはは。えーと……な、何の事でしょうか?」
 何も答えない玲於那に代わって他人と会話するのが彼の役目だったのだが……結局、未だに玲於那との契約は続いているようだった。
 鳴海の言葉を聞いた陽菜は含み笑いをして。
「ふふ。分かっているのよ。君達、昨日からずっとコソコソと嗅ぎ回ってたじゃない」
「え? な……なにを」
 鳴海は苦笑いを浮かべたが、その顔は凍りついていた。
 鳴海と玲於那が生徒会に対して調査していた事を……彼女は知っていた。
「何を企んでいるか分からないけれど……あなたは昨日転校してきたばかりなのよね? それに鳴海くんもつい最近転校してきたばかりだっていうし」
 陽菜が疑いの眼差しを2人に向ける。
「そ、そうですけど……」
 鳴海の視線は泳ぐ。一方、玲於那はといえば、この状況でも平然としているようだった。
「ふぅん……怪しいわね」
 陽菜は、本当は全部知っているけど知らないフリをしているような、そんな態度で2人を意地悪そうに眺めていた。
 一触即発の予感。
 生徒会を探っているという事は、きっと陽菜に悟られている。そこをどういう言い訳でごまかせばいいのか。まさか正直に全てを話すわけにはいかない。
 いや……でもここはもう正直に全部打ち明けるべきなのかもしれない。妙な疑いを持たれるよりは、玲於那が抱いている妙な妄想を打ち砕く意味でも伝えた方がいいのかもしれない。
 秘密の生徒会室を探している、と。生徒会の野望を止めようとしている、と。瀬能芹奈を奪還しようとしている、と。
 鳴海が呼吸を整えて、震える声をあげかけた。しかしそこで、意外なところから彼の言葉を遮る声が聞こえた。
「…………いえ、ワタシ達はそんな事……ないです。ただ、ワタシは友達がいなくて……この前、転校してきた鳴海君に……案内してもらってたんです。そしてさっき、意見の違いからケンカになって……それで、つい剣を振り上げて……」
 ボソボソと、聞き取れるか取れないかの声で呟いた玲於那。他人と話す、非常に貴重な場面。
 ……でも剣はおかしいだろう、常識的に考えて。
 だが陽菜は、鳴海の後ろにいる玲於那の言葉を見定めるように、じっくり耳を傾けて。
「だったらなぜ生徒会を調べてたの?」
 疑うような眼差し。上品だけど、厳しさも兼ね備えた瞳。
「それは……実はワタシにオカルト趣味があって……それで学校案内のついでに、この学校の七不思議の1つである『開かずの生徒会室』を調べてたんです……」
 玲於那は、鳴海の制服の裾を掴みながら、ぽつぽつとした口調で説明する。
 生徒会副会長の橘陽菜は、なおも疑う眼差しを玲於那に向けていたが……ふ、と小さく息を吐いて言った。
「……分かったわ。アナタがそう言うなら、この話はこれでお仕舞いにしましょう」
 ――その瞬間、鳴海は思わず肩の力を抜いてぐったりしそうになった。だが、そんな怪しまれるような事すれば、せっかくの玲於那の努力が台無しになってしまう。
「はは。よ、よかったです。何だかよく分かりませんけども、疑いが解けて……」
 鳴海は引きつる苦笑いを表情に浮かべたまま言った。
「…………」
 そして玲於那は、再び鳴海の影に溶け込むようにぷっつりと黙り込んだ。
「……あなた達。学校見学もいいけれど、下らない噂にはしゃぐのもほどほどにしなさい。小学生じゃないんだからね」
 と陽菜は、先輩然とした口調で言って、サラリとしなやかな動作で身を翻した。
「それじゃあ2人共。私はこれから大事な用事があるから失礼するわ。邪魔したわね」
「あ、お、お疲れ様です」
 鳴海は軽く手を上げた。
「…………」
 玲於那は黙ったまま、ほんの微かに頭を小さく下げた。
 そうして陽菜は、長い髪を左右に揺らしながら学校の方角へと歩いていき、しかし途中でピタリとその動きを止めた。
「そうそう、鳴海くん」
 くるりと陽菜が振り返る。
「な……なんですか?」
「ふふふ。話は聞いたわよ。君、奏上と決闘をしたんだって? それも剣術で」
 陽菜はウインクして、愉快そうに鳴海に尋ねた。さっきとはガラリと態度が変わっていて、とてもフランクリーな表情だった。
「そ……そうですけど、それが何か?」
 鳴海は、長身で美人な陽菜のその仕草に、ドキリとしながら答えた。
「ははは、まさか本当だったとは……君は馬鹿だなぁ。いや、状況にのまれやすいというべきか。まんまと奏上にしてやられたワケね。いい? 彼はね、剣道の全国クラスの実力者なのよ? わざわざそんな決闘方法にする必要はなかったのに……きゃは」
 陽菜は心底楽しそうに、顔に笑顔を浮かべて笑っていた。とても綺麗で自然な笑顔だった。玲於那や、芹奈にはない表情。
「あの……つまりそれは?」
「彼は完璧に見えるが、全然完璧な人間じゃないって事よ。あなたの得意な試合方法で挑めばいいのよ。彼にだって弱点はあるわ。彼、ああ見えて意外と馬鹿なのよ。勉強はできるけど基本的なトコが抜けてるって言うのかしら」
 まるで友人の悪口か、恋人の愚痴を言うような陽菜の口調。
 鳴海は陽菜の言動に戸惑いを隠せずにいた。
「橘先輩はどうして――僕にそんな情報をくれるんですか?」
 生徒会のメンバーが、自身の組織にとって不利益になりそうな情報をわざわざ与えるなんて理解不可能だった。
「それは簡単な話よ。私は、奏上が嫌いなのよね。アイツが負ける姿を見てみたいだけよ」
「は、はい……? 生徒会長と副会長の関係なのに……そんなんでいいんですか」
「生徒会長と副会長の関係だからよ。確かに私は生徒会役員だし、奏上と私は同じ目的のうえに動いている。だけど――目的は同じだとしても私と奏上では、考え方はそれぞれ違う。当たり前でしょう?」
 私はアイツのやり方が気にくわないのよ――と、陽菜が寂しそうな瞳を窓の外へ一瞬向けた。
 鳴海は思った。生徒会といっても、みんながみんな奏上大賀や川切落花のような人間だと限らないのかもしれない。
 奏上のように、強引に芹奈を攫うような人間もいれば、そのやり方を快く思わない陽菜のような人間もいる。
 だったら陽菜は、鳴海にとって心強い味方になってくれるかもしれない。
「ついでに1ついいことを教えといてあげよう」
 と、玲於那は人差し指を立てて、小声で言った。
「私達生徒会は、現在この界隈で頻繁に発生している連続首絞め魔を追っているわ。瀬能芹奈を強引に連れて行ったのも、その事が関係しているようね。だから事情徴収というカタチで奏上が身柄を拘束しているの」
「み、身柄を拘束って……そんな権利、生徒会に……」
「私もそう思うわ。いくらなんでも奏上はやり過ぎよ。でも心配しないで。その問題は副生徒会長であるこの私がなんとかするわ。そして首絞めジャックも……私がつかまえてみせる」
 そう言って陽菜は、鳴海を元気づけるように優しく微笑んだ。
 その自信満々な言い方は、もしかしたらこの人は犯人を既に知っていて、本当にこれからすぐにでも全てを解決してくれそうな顔だと思えた。
「あ、ありがとうございます……橘先輩」
 なるほど……男子生徒から絶大な人気を得ているわけだ――と鳴海はその聖母のような整った顔を見て納得した。
「それじゃあ私は行くわ」
 陽菜は鳴海と玲於那に軽く手を振って、今度こそ本当に去って行った。
「ええ、さようなら橘先輩」
 鳴海はしばらく玲於那の去って行った方をぽーっと眺めていた。なんだかいい匂いが残っていた。
 しばらくすると、鳴海の隣から玲於那の呟くような声がした。
「興が冷めた……霧宮もそろそろ帰る。続きはまた明日だ。鳴海葉鍵」
 そういえば、陽菜が来るまで鳴海は玲於那と争っていたのだった。すっかり忘れてた鳴海は、はっと玲於那の方を向いた。
「き、霧宮さん。ぼ、僕は……」
「……いいか、霧宮は貴様をみすみす物語の中に放つつもりはない。さっきのやり取りの最中でも、展開次第では霧宮は即時に奴を抹消するつもりだった。だが……あの副生徒会長……なかなか侮れない。隙が全くなかった」
 よく見れば、玲於那の額からは汗が流れていて、表情も少し青ざめていた。
「っていうか……僕はそんな危うい状況にいたっていうのか……まあいいよ……それじゃあ、さようなら」
 鳴海は霧宮玲於那に対しての不信感が一気に高まった。素っ気なく背を向ける。
「え、ああ……」
 鳴海の背後で、玲於那のどことなく寂しそうな声が聞こえた。
 玲於那と別れたあと鳴海はまっすぐ家に帰ったのだが、自室に戻った彼はじっくりと今日の事を考えた。
 もしかして今までの自分の考えは間違っていて、悪いのは奏上大賀であって生徒会自体は実は何も悪くなく、むしろ敵は霧宮玲於那の方なんじゃないか――と。
 鳴海は決心した。
 いずれにしても、もう霧宮玲於那に協力する事はこれっきりやめると。


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