アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第3章 存在消し

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 鳴海葉鍵と霧宮玲於那の調査が始まった。
 パートナーを組むにあたっての、霧宮玲於那からの鳴海への条件はただひとつ。できるだけ目立たずに、存在感を消せということだった。
 郷に入っては郷に従え。鳴海は渋々ながらもその条件に従うことにした。
 だがしかし――自らを演じていたかと思えば次は、自らを殺せ、か……。鳴海はコロコロと振り回される自分の不運を秘かに嘆いていた。
 放課後。学校の中庭で、鳴海と玲於那はベンチに並んで座っていた。
 そこは人通りの少ない中庭の中でも、さらに人が滅多に訪れないような、逢い引きの場としても使われているような、影に隠れた場所だった。
 さすが玲於那。こんなマイナーな場所まで知っているのは賞賛に値すらする。
「それで……物語に関しては教えてくれないけれど、とるに足らない首絞め事件については教えてくれるんだろ? 調査は進んでるの?」
 玲於那によれば、首絞め事件でさえも物語を収束させる為の単なるフラグの1つに過ぎないのだ。どれだけ壮大な物語が背後に隠されているのか分からないが、玲於那の様子からは何も伺えない。
「ある程度は勿論調べた。警察はいまだ解決の糸口すら見つかっていないという事で焦りを見せ始めたところだ。警官を追加投入して捜査するらしい」
「なんで君がそんな警察内部の事とか知ってるんだよ」
「機関の力を舐めて貰っちゃ困るな」
「機関……ねえ」
 胡散臭い話である。存在すら怪しい。
 世間の注目を浴びず、秘密裏に暗躍している組織が存在するらしい。で、その構成員の1人が滅茶苦茶目立っちゃってる少女なのだ。
「あまり公の場所でその名前を口にするな」
「……ていうか自分から口に出したんじゃないか」
「霧宮は存在感をゼロ化しているから大丈夫なのだ」
「なんだよその、使用法が全く想像できない技は……ってか全然ゼロ化してるようには見えないんだけど……で、それより手がかりすらない事件をどうやって解決するっていうんだ?」
 鳴海は疑うような目を、ベンチの隣に座る玲於那に向けて言った。
「簡単な事だよ。この学校の生徒会を調べるのだ」
 あっさりと玲於那は答えた。
「……うん?」
 玲於那の口から出てきた意外な単語。そして更に玲於那は鳴海にとって興味深い事を言った。
「ひいては、彼らの手の中にある――瀬能芹奈」
「……っ!? せ、瀬能さん……だってっ!?」
 思わず鳴海は、体ごと玲於那の方に向けた。
 玲於那は淡々とした口調で語る。
「そうだ、瀬能芹奈だ。何を隠そう、君を協力者に選んだのも、彼女に見込まれていた人物だったからというのが大きい。というか貴様の声も大きいぞ。目立った行動は控えろ」
 玲於那はシーッと口に指を当てて、周りをキョロキョロ気にしていた。
「あ、ごめん……。っていや、それよりなんで瀬能さんが……全然事件と関係ないように思うんだけど……もしかして、事件の犯人とは言わないよな?」
 でも鳴海が薄々思っていたことは正しかったようだ。瀬能芹奈が物語に関わっていたのだ。
「詳しくは言えないが、彼女の存在が物語を動かしているのだ。首絞め事件だって彼女から派生して起こっているのだ。全体を解決する事で、首絞め事件だって解決するのだ」
「全然分からない……理屈が分からない。じゃあ意識不明の被害者が大勢出てるのは、全部瀬能さんのせいだって言うのか?」
「そうだ。というわけだから――早速行くとしようか」
 きっぱりと言い切って、玲於那はベンチから立ち上がった。
「い、行くってどこに……」
 ベンチに座ったまま、鳴海は不安そうな顔で玲於那を見た。
「もちろん瀬能芹奈について調べに行くのだ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。瀬能さんは関係ないってっ」
「声が大きいぞ」
「あ、ごめん」
「よし、では行こう」
 ついてこい――と言って玲於那は校舎の方へと急ぎ足で向かった。 
「あ、いやっ、だから人の話を聞いてよ……っ」
 玲於那1人で行かせるのはとても不安なので、仕方なく鳴海も立ち上がってその後を追っていった。
「鳴海葉鍵。そんな感じに霧宮の後をついてくるな。なんか物語っぽいぞ」
 玲於那は振り向かずに言った。
「なんか、って……ずいぶん抽象的な指摘だね」
 でも確かに情けないキャラクターみたいな感じなのは否めない。
「では貴様に我が機関の戦い方を特別に伝授してやろう。真似するがいい」
「いや、別にいいよ」
「真似するがいい」
「いや、だから……」
「真似するがいい」
「……分かったよ」
 鳴海が力なく言うと、玲於那は突然、校舎の前の茂みにその身を隠した。
「な、なにを……?」
「いいから貴様は黙って霧宮の真似をしてろ」
 と言うので、仕方なく鳴海も茂みに隠れる。
 すると、校舎から3人ほど男子生徒が出てきた。なるほど。見つからないように、とっさに姿を隠したのか。でも、こうやって隠れてるほうが全然目立っているんだよ、って鳴海は心の中で説教した。しかし、無表情でじっと男子生徒達を見つめている玲於那を見ると、そう言うのも野暮だと思って、やっぱり言葉には出さないことにした。
 そして生徒達が去った後、玲於那は辺りを窺いながら校舎に近づき、壁に沿いながら校舎の中に入る。どこのスネークだよと思いながら鳴海は、同じように壁に背中を付けながら歩いていた。滅茶苦茶恥ずかしかったし、客観的に見たらほとんど不審者だ。
 鳴海は、玲於那とは違う意味で、誰にも見つかるわけにはいかないと思った。
 校舎に入っても、何の罰ゲームだと思うくらい、玲於那の行動は徹底していた。
 まるで戦場の敵地にいる兵士のように、玲於那はビクビク怯えながら一歩ずつ前に進み、人の気配があればすぐに物陰に隠れてた。
 そんな感じで不毛な行軍は続き、そしてやっとの思いで辿り着いた生徒会室。普通に行くより3倍以上の時間がかかった。得たものといえば、まったく意味のない疲労だけだった。
「いいか、鳴海葉鍵」
 平然とした無表情の顔で、おもむろに玲於那が言った。
「どうしたんだい、霧宮さん」
 色々言いたい事があるのを我慢しながら、わざとらしく返事する鳴海。
「知っての通り、霧宮達は目立つ行動を控えねばならない。特に霧宮の方は些細な行動にも気を配らなければならないのだ」
「つまり、どういうこと?」
 なんかもうすっかり疲れて面倒臭くなった鳴海は適当に訊いた。
「霧宮は部屋の中に行ったら、できるだけ話をしないし、貴様の後ろに隠れている。生徒会のメンバーと話しをするのは専ら君だ」
 なんでもないように玲於那は鳴海に伝えた。そうかそうか、なるほど。
「って、ちょっ……! 僕にそんなことできるわけが……第一何を話せばいいのかもっ」
「物語を収束させる為に来たんだ。その事を聞けばいいのだ。そして、瀬能芹奈を見つけ出したいのだろう?」
 玲於那の言葉に、鳴海の体がピクリと反応した。
「……」
 鳴海は沈黙で玲於那に答えた。
「……では、行くぞ」
 鳴海の意思を読み取った玲於那が、扉に向かった。
「うん」
「それじゃあ――鳴海葉鍵。君がノックしてくれ。そして後は頼んだぞ」
 玲於那はスッと鳴海の背中に隠れて言った。
「って、僕かい」
 鳴海はちょっとズッコケた。
「そういう時のための君なのだ。霧宮は物語に干渉しないのだ。だから頼むぞ」
「……分かったよ」
 そういうわけで扉の前に立った鳴海は、深呼吸してから、ノックして中に入った。
「失礼します……えっ?」
 先頭に立って部屋の中を見た鳴海は、意外な光景を見た。
「――誰もいないな」
 後ろから玲於那が覗き込むように顔をあげて見ていた。
 部屋の中は空っぽで、椅子やら本棚やテーブルが綺麗に並べられていて、でもそこに人の気配は全くない。窓のカーテンすらも閉じられていた。
「……今日は活動休止なのかな? でも鍵は開いていたし……どういう事だろ」
「霧宮には分からない。だが……ここにいても意味はなさそうだ。行こうか」
「えっ……せっかくこんな恥ずかしい真似までして来たのに……」
「それが機関に属するものの宿命なのだ。ワタシ達は修羅の道を歩んでいるのだということを忘れるなよ」
「いや、そもそも僕は機関とか関係ないんだけど……」
「細かい事は気にするな。用がないならすぐ立ち去る。それが機関のやり方だ」
 そう言って玲於那は、周りをキョロキョロ確認しながら、コソコソと廊下を進みだした。
「って、またそれやるのっ!?」
「当たり前だ。さあ、貴様も後に続け」
「うぅ……」
 そして鳴海は再び恥ずかしい思いで校舎を後にして、どうにか校門を抜けたところまで来ると――霧宮が無愛想な声で提案をした。
「このまま収穫なしは悔しいだろう。せっかくだから町を探索して首絞め事件の犯人でも探そうじゃないか」
「……え? まだなんかやるの?」
 警察でも未だ手がかりすら得られていない犯人を、2人だけで解決することができるんだろうか。いや、絶対無理に決まっている。
 だが鳴海は自信たっぷりに聞こえる声で――。
「霧宮達は物語の外にいるのだ。犯人の正体が知りたいと思ったならば、答えはおのずと見つかるはずだ。何もしなくとも向こうからやってくる」
「ええー……ありえねー」
「貴様は霧宮に従わないと言うのか?」
「……別にそうじゃないですけど」
 無機質な瞳で見つめられた鳴海は、思わず反論を引っ込める。
 滅茶苦茶で自己中心的な理由で、霧宮は強引に鳴海を連れて町中を探索した。
 もちろん、機関のやり方というのはまだ適用されてたみたいで、町中でもコソコソ隠れ回って人のいない場所ばかりに行った。
 恥ずかしくて馬鹿らしくはあったけど、それでも――この町に来て間もない鳴海には、今まで行ったことのない場所を見るのは案外楽しくて、新しい発見もたくさんあった。
 しかし……当然の話だけれども、歩き回ってるだけで犯人が見つかるわけもなかった。しかも目立たずに行動する玲於那のやり方は、できるだけ人と接触しないという事で、つまり聞き込みなどをすることもできないから情報も全く入ってこなかった。
 つまり収穫はゼロだった――。

「……どういう事だ。我々が動いているというのに、事件解決のきざしがまるで見えない」
 真っ暗闇の中、玲於那は落ち着いた声で言った。
「いや、当たり前だろ。彼女は事件とは何も関係ないし、そもそも事件が起こるのはいつも夜なんだぞっ」
 やってたことと言えば、人の視線を避けながら町を徘徊することくらい。逆にこっちが怪しい人物になったと、鳴海は怒りたくもなる。指名手配されないか心配なくらいだ。
「だが犯人といえど、昼には昼の生活があろう。夜になってからでは遅いじゃないか」
 玲於那はいたって何事もない声のまま答えた。
「そ、それはそうだけど……僕達はここまで姿を隠す必要性はあるの? こんなことしてて意味ないような気がするし、絶対こっちの方が目立ってると思うけど」
 鳴海は公園にあるトンネルみたいになってる遊具の中で、隣に密着している玲於那に尋ねた。
「ある。いつどこで物語が展開されているか分からないのだ。この町全てが敵だ。常に潜入している気持ちでないといけないのだ」
 そう言って、狭いトンネルの中で玲於那が鳴海の方に体を寄せてきた。
 暖かくて柔らかい感触が鳴海の体に触れる。
「ちょっ、近いよ。霧宮さんっ!」
「うるさいぞ。声が反響するだろう」
「だ、だって。霧宮さんがこっちに来るから」
「狭いから仕方ないだろ」
 そう言って、玲於那は更に鳴海の体にくっついて、鳴海は。
「ぼ、僕はもう出るよ、霧宮さん――」
 無理矢理トンネルの中から出ようとして、
「待て、勝手に出るな」
 と、玲於那が鳴海の足を引っ張ってトンネルの中に引き戻した。
「って、わわっ――」
「きゃっ!?」
 鳴海の体が倒れて、そして玲於那の体にぶつかった。
「いたたた……」
「鳴海葉鍵……倒れるのはいいが……重いぞ」
 と、鳴海の体の下から玲於那の声がした。
 そして、鳴海の手にはむにゅっとした感触。
 どうやら――鳴海が玲於那を押し倒したような格好になっているようで、それに気付いた鳴海は。
「って、わわわっ? ご、ごめんっ。霧宮さんっっっ!!!」
 驚いたハムスターのように、遊具の外へと飛び出した。
 面目ない気持ちで公園の大地に立った鳴海。
 すぐに玲於那が遊具の中から出てきて、特になんの感想もない様子で体に付いた砂や埃を払っていた。
「ご、ごめん。霧宮さん……」
「何を謝ってる? ああ、勝手に外へ出たことか。気にするな」
 玲於那は無表情の顔で大きく伸びをしていた。
 鳴海は苦笑いをして空を見上げた。
 もうすっかり日が傾きかけていて、黄昏時の空が広がっていた。
 無駄骨な一日だったけど……貴重な玲於那の、女の子らしい悲鳴が聞けてよかったなと、ふと鳴海は思った。
 そして郷愁を誘うオレンジの光の中に、なんとなく瀬能芹奈の顔を幻視した。


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