アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第3章 存在消し

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 翌日。鳴海は登校すると、すぐに教室の中を見渡した。予想通りというか芹奈の席は空席で、きっと……彼女は今日も学校に来ないのだろう。
 やがてチャイムが鳴ってホームルームが始まると、いきなり今日から転校生が入って来るということを担任教師から告げられた。
 というか鳴海が転校生としてやって来て間もないというのに、この学校はどうなってるんだと鳴海が考えていたとき。 
「それじゃあ入ってこい、霧宮」
「はい」
 ガラリッと教室のドアを開けてやって来たのは――霧宮玲於那だった。
「ヨロシクお願いします」
「んなあっ――!?」
 鳴海は思わず叫んでしまいそうになった。というか、ちょっと声が出てしまった。
「どうした、鳴海?」
 担任教師が怪訝な顔で鳴海を見た。
「あ、いえ。なんでもないです……」
 鳴海は恥ずかしげに目を伏せて、そして上目遣いに転校生の霧宮玲於那を見た。
 千本ヶ谷学園の制服に身を包んだ玲於那は、感情のまったくない顔で、じっと鳴海のことを見つめていた。
「おい鳴海。すごい美人だよな」
 前の席から五反田がニヤニヤした顔で鳴海に同意を求めてきた。確かに黒スーツ姿の時は気付かなかったけど、こうして制服に身を通した玲於那は年相応の美少女だった。ていうか玲於那の年齢は、本当に鳴海達と同じなのかどうか怪しいけれど。
「……まぁ、そうだな」
 とりあえず鳴海は、心ここにあらずといった気のない返事をした。
 玲於那が空席に着席すると、彼女はそれきりただ黙って大人しくしていた。
 そして学校での時間は流れていったが……鳴海は霧宮玲於那の凄さを理解した。
 彼女は転校生であるというのに、クラスメイトの誰もが彼女に近寄ろうとしなかったのだ。
 比較的地味で友達も多い方ではない鳴海でさえ、転校してきて数日はクラスメイトから好奇心一杯の目で見つめてこられた。
 だが今回、美人の転校生には誰も話しかけようとする者はなかった。
 彼女は一種の才能とでも言うべき、存在感のなさだった。これが彼女の在り方。
 確かに初めの数時間は玲於那に話しかける人物がたくさんいたけれど、彼女はつまらない返事を返すことしかしなかった。
 鳴海が特に玲於那に感心したのは――つまらない返事、という点だった。
 それはただ黙っていることでもなく、かと言って芹奈のように相手を小馬鹿にするようなヘラヘラした作り笑顔でもない。
 ただ一言、それ以上話の広げようのない言葉をぽつりと返すだけだった。
 それは黙ってるでもなく、ヘラヘラしてるだけでもない、極めて自分の存在感を薄くさせる言動だった。好きにも嫌いでもない、自分に対して無関心にさせる術。
 その魔術の結果――午前中の数時間の内に、みるみる彼女に近づく人間が減っていった。
 玲於那を一目見て美人だと感想を漏らしていた五反田でさえ、彼女の事が見えていないかのように話題にあげようともしない。
 時間は普段と何も変わりなく、何事もなく、流れていった。
 とうとう昼休みになったけれど、未だ玲於那は石のように静かに固まったままだった。
 そしてやっぱり瀬能芹奈も学校に来る気配はない。
「あ〜ら。なんだか今日は心が落ち着くと思ったら、瀬能さんがお休みだったのねぇ。とても平和だわ。このままずっと来なければいいのに」
 西澤アンナが不愉快に笑っていた。
「…………」
 鳴海はしかし、アンナに対して何も言うことができなかった。
 もしかすると、アンナが言う通りなのかもしれないと思ったからである。芹奈がいなければクラスがはまともに機能するかもしれないと思ってしまったからである。
 鳴海が複雑な気持ちで苦虫を噛み潰したような顔をしていると……いつの間にか彼の傍に人が立っていた。
「……ちょっと話がある」
 その人物は鳴海に一言呟いた。霧宮玲於那だった。
 彼女が自分からクラスメイトに声をかけたのは初めてだったが、もはや誰も玲於那の行動を気にする者はなかった。
 鳴海は驚いて玲於那の顔を見るが、やがて静かに決意した。
「う……うん。いいよ」
 鳴海の方こそ玲於那に対して話があった。
 得たいの知れない人物だけど、彼女は何らかの秘密を握っている。
 だから彼は勇気を振り絞って席から立ち上がり、芹奈と連れだって教室を出た。
 迷いない足取りで、音も気配もなく進む玲於那についていき、辿り着いた先は校舎の屋上。
 2人の他に誰もいなく、話をするにはうってつけの環境だった。
 春と夏の間の空気を体で感じながら鳴海は、どうして今日転校してきたばかりの玲於那がこんな場所を知ってるのかと、さりげなく聞くと。
「霧宮は影の存在だ。世界にとっての黒子。だから目立たずに行動する事は霧宮にとって朝飯前なのだから、その為の目立たない場所を朝飯前より前に確保しておくのは当然のことだろう」
 答えになってるようでなっていないような返答をした。
「ていうか……目立ちたくないって言いながら、なんで霧宮さんは突然ここに転校なんてしてきたんだ?」
 黒子といいながらもの凄い行動力のある少女だ。少女の正体、そして目的が何なのかということに鳴海は疑問を持った。
 玲於那は迷うことなく言った。
「この場所こそが事件の中心点であると突き止めたからだ。なぜ分かるのかって? なぜならば、霧宮の存在は世界のバランスをとるためにあるのだから。因果律の異常を霧宮は検知できるのだ」
 まったくもって分からない。これ以上彼女の事を話されても頭がこんがるだけと思った鳴海は、玲於那の用件を聞くことにした。
「それで話って何だい」
「そんなもの、昨日の話の続きに決まっている。貴様が途中で逃走したせいで話が中途半端に終わったからな」
 やっぱり鳴海が呼ばれたのは昨日の件だった。ていうかちょっと根に持ってるし。
「ちょっ……ちょっと待ってよ。確かに逃げたのは僕が悪かったけど……だって僕は協力するなんて一言も言ってないんだぞ。君が勝手に話を進めるからさぁ……」
「いいや。貴様はもう既に物語に組み込まれてしまったのだ。ハッキリ言うが、霧宮の分析によると貴様の立ち位置は非常に危ういのだぞ? 場合によっては排除しなければならない」
「は、排除っ? 分析ってなんの分析? ハッキリ言われてもサッパリ分からないよ」
「要するに世界を守る為に、霧宮が貴様を消すということだ」
 霧宮玲於那は、まっすぐと鳴海の目を見据えて断言した。やけにぬるい風が吹いた。
「け……消すってなにを不穏なことを……。ぼ、僕がなにをしたって言うんだ……」
「安心しろ。貴様は幸運な事にまだ取り返しがつくポジションでもある。貴様は本来的には物語の中心にはなり得ない人物だ。何者にもなれん、個性も特徴もない人物。君を見た瞬間、霧宮は思ったよ。君は――持たざる者だと」
「……それは安心するところなの?」
 言っている事は分からないけど、なんか馬鹿にされているようにも聞こえた。
 玲於奈は少しだけ、表情を暗くさせた。
「安心するところに決まっている。物語なんてものは無能な奴が崇拝しているだけで、忌避すべきものなのだ。部外者でいられるという事は世界の外側にいるということなのだ。物語に影響される事なく、物語を外から俯瞰する者……それは神と言っても過言ではない」
 過言だろ――と鳴海はツッコミを入れたくなったが、心の中だけに留めておいた。
 無表情で無感動な玲於那が顔を歪ませたのを見ると、物語の存在そのものに対して個人的な憎しみを持っているように見えた。
 でも玲於那はすぐに、表情を元の美しき鉄仮面に戻して話を続けた。
「だから本来、貴様は霧宮に感謝すべきなのだ。物語の深奥にまで行きかけた貴様を、霧宮の協力者にする事で救おうと言っているのだ。共にこの物語を終わらせるのだ」
 それはすごいありがたい話だ――なんて実感、1ミリグラムだってできない。とんでもない人間に目を付けられてしまったという気持ちしかない。
「その……さっきから言っている物語って、最近この辺りで起こってる首絞め事件のことだろ? つまり僕が……その事件の真相近くにいるってことなのか?」
 鳴海が恐る恐る尋ねると、玲於那は表情1つ変えずに鼻で笑って言った。
「ふ、首絞め事件……ね。霧宮が例の連続首絞め事件を追っているのは確かだが、それはいわばオマケのようなものだ。物語を終わらせる為のフラグの1つでしかない」
「首絞め事件が本命じゃない……?」
「ああ、とるに足らない些細な事件だ」
 巷を騒がせている大事件が些細なものでしかないという、大胆な発言。
「そんな……じゃあ霧宮さんは何を……」
「あまり詳しく教えるつもりはない。余計な情報を広げる事で、また新たな物語を発生させてしまうことになるかもしれないしな。油断すると次から次へとどんどん沸いてくる。まるでゴキブリのようだ」
「まぁ、ゴキブリも物語も昔からずっと存在してたからね。でも詳しく教えられないって……それじゃあ僕に協力できる事はあまりないんじゃ……」
 1番いいのはこのまま放っておいてくれることなんだけど。
「いいや、できることはある。本来なら1人で任務を遂行するのがベストなのだが、今回は難航してな……霧宮1人ではどうしても行動が目立ってしまうのだ。だから存在感が0の君を使う。なるほど……利害関係は一致しているわけだ」
 一致してないし。鳴海はそんな電波的なエセ哲学を全然信仰する気にはなれない。ただの迷惑でしかなかった。
 ――だけど、そんな事言って霧宮に協力しなければ消されるということらしく……彼女はマジでちょっとヤバそうな人だと確信し始めた鳴海は、話を合わせるというその場しのぎな対応をとることにした。
「ま、まぁ分かったよ。で……それで、君は僕にどうしろと……?」
「簡単な事だ。君は霧宮の言う通りに行動すればいい。あと、物語に関われない霧宮に代わって、他人と会話をしてくれればいい」
 つまり鳴海の仕事は、玲於那の代わりに雑用をこなしていくわけだ。
「なら……一つ、教えてくれないか」
 大体の事情もおぼろげながら把握してきた鳴海は、指を一本立てて玲於那に尋ねた。
「なんだ?」
 玲於那が無機質なツリ気味の目で鳴海を凝視した。
 鳴海はゴクリと唾を飲んで、躊躇いがちに言う。
「どうして――霧宮さんは、そんなに物語を憎むんだ?」
 その言葉を鳴海が放った時、玲於那が固まって、その場の空気も固まった。
 しばし訪れた静寂。
 失言だったか――と鳴海は己の発言に後悔した。
 しかし玲於那はすぐに沈黙を切り裂いた。
「それは――言えないな」
「……どうして? 物語になってしまう恐れがあるから?」
 拒否する玲於那に、尚も鳴海は引き下がろうとしなかった。
「そうだ――とでも言っておこうか」
 玲於那は相変わらず無表情だったが、それでもその顔には、闇を抱えた暗い彼女の心が垣間見られた。
 玲於那がそんな事をやっている理由や背景とは、いったいなんなのか。いずれその答えが分かるときが……いや、こないだろう。だってそれも物語なのだから。
「とにかく……他に協力してもらえる人物も他に見つかりそうにない。予想以上に物語は感染しているらしい。……君はこの町に来てまだ日が浅いらしいな? だからまだ君は凡人でいてられるのだろう」
 無感動な表情だったが、玲於那のその言葉は、はぐらかすようなものに聞こえた。
「この学校の人間達はほとんど物語の登場人物と化してしまっている。役割に支配されているのだ。頼れるのは、君しかいない」
 そして玲於那の言葉は、鳴海の常識からは逸脱していて理解に苦しむものだけど……鳴海はなんとなく玲於那が悪い人間には思えなかったし、彼女が力を貸して欲しいと言ってるのは本当のように思えた。だから。
「……分かったよ。協力するよ」
 だから鳴海は、玲於那に力を貸すことにした。
「そうか。霧宮は感謝するぞ」
「……握手でもするか?」
「いいや、そんな余計な行動なぞ、霧宮のやり方から外れている」
「そう言うと思ったよ」
 鳴海は屋上のフェンスに寄りかかって空を見た。青い色の中にぽっかり浮かぶ雲が、その色が綺麗だと思った。そして思いながら考えていた。この学校に、物語の核があると玲於那が言うのなら……それは、瀬能芹奈に関係しているのではないのかと。
 生徒会の川切落花や奏上大賀も、芹奈に関して不可解なことを言っていた。
 物語を自ら創作し、脚本し、演じる少女――瀬能芹奈。
 そして、物語への干渉を嫌う霧宮玲於那。
 鳴海は知りたかった。瀬能芹奈の背後にあるものの正体を。
 だから鳴海は、玲於那に力を貸すことにした。


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