アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第2章 演者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

8

 
 次に鳴海が意識を取り戻した時、彼の頭は柔らかいものの上にあった。
「ようやく目が醒めたか」
 開いた鳴海の視界いっぱいに、とても綺麗な少女の顔があった。どこかで見たことあるような少女の顔。
「え、ここは……」
「また会ったな、少年」
 瀬能芹奈とは違った意味で、感情がまるで感じられない表情で少女が言った。
 鳴海はこの少女を知っている。無表情で、淡々と抑揚なく話す少女を。
「き、君は……この前公園で会った……」
 それは全身真っ黒のスーツを着た少女だった。
「ああ、その節はどうも。そして気が付いたのなら……起き上がってもらえると霧宮はありがたいのだが」
 相変わらず怪しさ全開で暑苦しそうな格好の少女は、特に迷惑そうでもないように言う。
 そして鳴海は気付いた。自分の置かれた状況を。
 鳴海は今、少女の膝の上に頭を載せていて――それはつまり、膝枕してもらっているのだということを。
「うわっ? わわわ――ッッ!」
 鳴海は慌ててして飛び起きた。
「ご、ごめんっ……て、ていうか君はいったい何をっ!」
 こうなったいきさつがよく理解できない鳴海は混乱していた。
「霧宮はただ倒れていた君を介抱していただけだ」
 まるで感情の読み取れない話し方。
「そ、そうなのか……え〜と。あ、ありがとう」
 でもなぜ膝枕? と思いながら鳴海は周囲を見渡した。
 そこは川辺にあるベンチの傍だった。近くに人はいない。そして、すっかり日は暮れていた。
「僕はいったい……どのくらいの間眠っていたんだ?」
「そうだな……とりあえず今は夜の7時だ」
「夜7時……ということは僕は1時間近くも意識を失ってたのか……」
 鳴海は先程までの出来事を思いだしていた。
 突然現れた生徒会長・奏上大賀によって唐突に決闘を申し込まれ、そくさま敗北して、瀬能芹奈が連れ去られてしまったこと。そしてそれらの事も全てが演技だということ。そのシナリオを覆すことができなかったこと。情けない自分のこと。
「……くそぅっ」
 鳴海は拳を握りしめ、歯を強く噛みしめた。
「どうやら悔しい思いをしたようだな……とても強い感情だ。だが、君のおかげだ。おかげでようやく見つける事ができたよ」
 その声は淡々としたものだが、どこかに嬉しさが混じっているような気がした。
「見つけるって……?」
「こっちの話だ。それより少年、貴様の名前はなんという?」
「鳴海葉鍵……だけど」
「そうか。ワタシは霧宮玲於那(きりみやれおな)という。これからよろしくな、鳴海葉鍵」
 自分の事を名前で呼ぶ変わり者の少女は、ぶっきらぼうに名乗った。
「こ、これからよろしくって……」
 鳴海には、さっきからなんの話をしているのかさっぱり分からない。
 川切落花といい、奏上大賀といい、近頃変わった人間にちょっかいをかけられる。
 そして玲於那は、さらに鳴海を驚かせるようなことを口にした。
「挨拶も終わったことだし……では、そういうワケで――しばらくの間、君は霧宮の協力者だ。霧宮のためにキリキリと働くのだぞ」
 と、事務的な口調で言った。
「……はぁ? な、なに言ってんの?」
 いきなり何を言い出しているのだろうか、もしや鳴海の頭はまだ目覚めていないのかと思った。
「ああ、説明がまだだったな。霧宮は現在、この町に起こっている事件を解決する為に来た、機関から派遣されて来たのだ。そして貴様はその協力者になったのだ」
「え? いや……え? はいぃ?」
 事件というのは首絞めジャックのことだろう。この前公園で会った時もそんな事を言っていたし。
 しかし――それで、なんで鳴海が玲於那の協力者にならなければいけないのだ。
 鳴海が呆れ半分な苦笑いを玲於那に向けると、彼女は。
「ああ、そうそう。霧宮と行動するにあたって1つ約束しろ。それは存在感を際立たせないこと。できるだけ地味に目立たずに人目につかずに行動するのだぞ」
 なぜか上から目線的な言い方で鳴海に命令する玲於那。
「ちょっ……ちょっ……いや、そうじゃなくて。だからなに言ってんだよっ。なんで協力するの前提なんだよ。そもそも僕はそんなのお断りだよ」
 鳴海が困惑しながら玲於那を諭してみせるが、しかし彼女は。
「大丈夫だ。君は素質があるからな。多少君が大きく行動したところで物語が加速することもなさそうだし、ましてや新たな物語が発生するということもないだろう」
 くるりと鳴海に背を向けて伸びをした。
 何が大丈夫なのだと言うのだ? まず自分の頭が大丈夫なのか?
 言ってる事は分からないけど。どうやら確かに言えることは――鳴海が玲於那の協力者であるということは既に彼女の中で決定事項となっているということ。
 そして霧宮玲於那は、日本人形のような美しい顔を鳴海に向けて言った。
「だが貴様、決闘は感心できないぞ。そんなもの、物語の最たるものだ。貴様はそのせいで物語を大きく動かしたと言っても過言ではない。凡人は大人しくしていればいいものを、そんなドラマ性を強く孕んだイベントを自ら行うなどと……」
 電波的持論をひたすら展開していく少女。というか……この少女は鳴海が奏上と決闘していたところを目撃していたのだ。
 これまで出会ってきた人達を凌駕する程の変わり者に、鳴海は。
「あ……あの。看病ありがとうございました。そ……それじゃ!」
 鳴海は玲於那に軽くお辞儀すると、全速力でこの場から逃げ出した。
 背後から、機械のように感情の感じられない声が聞こえた気がしたが、それでも鳴海は聞こえない振りを貫いた。
 堤防の斜面を駆け上がり、夜の町を駆け抜け、後ろを振り向かずに駆けた。
 息を切らして上を見ると――空には煌々と輝く月が綺麗に漂っていた。


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