アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第2章 演者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

7

 
 日がだいぶ傾いてきた頃。鳴海と芹奈は、明日の分の脚本内容の打ち合わせをしながら歩いていた。
「ですからね、鳴海さん。物語というものは起承転結ですよ。鳴海さんが提案するものには全然起伏がないんですよ。確かに日常系アニメというのも面白いんですけど……」
 鳴海は芹奈からいろいろ駄目だしを食らっていた。
「いやあ。恋愛ドラマよりかはいいかな〜と思って」
 ちょっと行き過ぎた恋愛劇に辟易してた鳴海は、当たり障りのない物語ばかり提案していたのだが。
「な、鳴海さんは恋愛ドラマは嫌いですかっ?」
 芹奈は鳴海とは意見が違うようで、目を見開いて信じられないといった顔をしていた。
「え、いや……なんでそんな驚くか分からないけど、別に嫌いってわけじゃないよ? ただ僕はね、ロマンチストなんだ。恋愛というものを高尚に考えてるんだよ。テレビドラマでやってる内容をただなぞるのは、ちょっと違うなって思うんだよっ」
「……さては鳴海さん……あなた童貞ですね?」
 キザに語る鳴海に、芹奈が容赦ない一言を返した。
「ぎ、ギクリ……な、なぜそれを……い、いやっ。ていうか高校1年生の大部分は童貞なんだよ。恋愛経験ないんだよ。何も気にする必要はないね。僕は平均を好む人間だからさ」
「ふ。平均ですか……ま、鳴海さんがそれで幸せなら、平均という事にしておきますか。鳴海さんは大部分の中にいるのだと思って安心して過ごしていけばいいでしょう。これからも、ずっと……未来永劫」
「な、なにその不吉な未来を暗示するような言い方はっ!? そしてその哀れむような目はっ!? まさか高校1年生で童貞なのはマイノリティだと言うのっ!? 時代はもうそんなところまで来ているのっ!?」
「いや、知らないですけど……なに真剣になってるんですか」
 芹奈はちょっと引き気味に鳴海を見ていた。
「……相変わらずよく分からないところでSなんだから。それに……そう言う瀬能さんこそどうなんだよ。付き合った事とかあるの?」
「ええ、勿論ありますよ」
 芹奈はあっさり答えた。
「ほらみろ。瀬能さんだって……って、えっ!? うそ!? あるのっ!?」
「いえ、嘘です」
「うそかよ!」
「処女です」
「そこまで言わなくていいよ!」
「鳴海さんが喜ぶかと思って……」
「……べ、別に喜ばないよっ!」
 鳴海はちょっと考えて答えた。
「今のタメがなんなのか少し気になりますが……丁度いいじゃないですか。練習ですよ」
「な、なにが?」
「2人とも恋愛未経験なら、やっぱり私達の劇は恋愛ドラマがぴったりってことですよ。童貞と処女どうし、愛を知らない寂しい2人の疑似恋愛」
「なんか僕達が凄く可哀相な人みたいになってるけど……はぁ。分かったよ。当分は恋愛劇に甘んじることにするよ」
 根負けした鳴海は、結局当初の通り、芹奈の脚本で物語を進めていくことにした。
 瀬能さんには勝てないよな――と、鳴海は心の中でため息を吐いた。
 そして2人はそうこうしているうちに、お互いの別れ場所となっている川の付近まで来ると――そこに、見覚えのある人物がいた。
「やあ、君達。一緒に下校かい?」
 サラサラした綺麗な髪と、モデルのような彫りの深い顔。そして劇団スターのような長い手足をした男性。
「あなたは……生徒会長」
 それは、千本ヶ谷学園生徒会長の、奏上大賀だった。
「奇遇だね、こんなところで」
 奏上はわざとらしい爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「……」
 芹奈は学校の中にいる時のような作り笑顔を浮かべて、奏上を見ていた。
「あ、あの奏上……会長。その、僕達に何か用でも……?」
 鳴海は先程、学校の体育勘裏で出会った川切の事を思い出しながら、恐る恐る尋ねてみた。
「いやだなあ、偶然だと言ってるだろう? はははっ、君も案外疑い深い人間なんだな――鳴海葉鍵くん」
 奏上はよく通る声で快活に笑った。
「どうして、僕の名前を……」
「そりゃあ千本ヶ谷学園の生徒会長たるもの生徒の名前くらい覚えておかないとな。……というのは嘘だ、すまん。実は君に話があってきたんだ」
 奏上は1人で勝手に盛り上がっていた。
「……なんなんですか、全然奇遇じゃないじゃないですか……はっきり言って下さいよ」
 じれったい奏上に対して鳴海は不機嫌になってきた。
 すると奏上は、
「ではハッキリ結論を言おう。その少女から手を引けと言っているのだ――鳴海葉鍵君」
 奏上はビシリと芹奈を指さして言った。
 芹奈はしかし、尚も笑顔という名の無表情を貫いている。
「な、なにを突然……」
 ただ鳴海だけが戸惑いを隠せない様子で息を呑んだ。
「君は大きな勘違いをしている。彼女は救いなんかを求めてはいないのだ。彼女は君が干渉していい存在なんかではない。彼女こそが救いそのものなのだ!」
 奏上はまるで演説するように、身振り手振りを交えて声高らかに言った。
「な、何を言ってるのか……」
「オレが言っている事は1つだけだ。瀬能芹奈から手を引け、鳴海葉鍵」
 奏上はまさに貫くような瞳で、鳴海を凝視していた。
 川切といい、奏上といい、なぜ芹奈がそんなにも特別なのか鳴海には理解しがたかった。
 そして鳴海にはどうしても、許せなかった。
 芹奈の身の安全は保証すると約束しながら見過ごした川切落花。そして、ようやく芹奈とも上手くやっていけそうな気がした矢先に、わけの分からない事をのたまって彼女を引き離そうとする奏上大賀。
 鳴海はもう、こんな勝手な話に振り回されるつもりはもうなかった。
 これもまた物語というのなら――そんなものを演じるつもりはない。
「嫌だ。僕はそんな理解不能な理由なんかで瀬能さんをどこかにやったりしない。きっとそれは、瀬能さんの為にはならない」
「フン。何も知らないで……これはな、世界の為なのだよ。いや……君みたいな凡人にする話ではないな。分かったよ、君がどうしても聞かないというなら……こっちはこっちのやり方で解決させてもらう」
「やり方って……なんだよ?」
「それは――決闘だ」
 奏上は、不敵な笑顔で口元をひきつらせた。
「け、決闘って……なに言ってるんだよっ」
「昔から――世界各地で意見の衝突があった時、人は決闘で決めていた。それは野蛮な行為などではない、高潔にして神聖な儀式なのだ」
 奏上は歌うように、解説する。
「せ、瀬能さんっ……」
 急すぎる展開に、鳴海は思わず芹奈の方を振り返った。
 すると芹奈は、鳴海が予想もしてなかった言葉を返した。
「はい。ここは決闘で勝負を付けましょう」
 顔を上げて鳴海を見る芹奈の表情は、能面のように全く感情が伺えなかった。
「な……せ、瀬能さん。どうして……」
 芹奈の言葉に鳴海は一瞬、わが耳を疑った。
 鳴海は思った。まさに、今のこの状況こそが作り物めいてて、これこそチープな三流ドラマそのものだ――と。
 すると、鳴海の想像を裏付けするように、芹奈が彼に告げた。
「鳴海さん。演じて下さい。今こそ特訓の成果です。ここからは物語の時間です」
「えっ?」
 まるで芹奈も、奏上と同じ思想を持っているかのような、鳴海を突き放すような言葉だった。
「これも私達の現実の一部です。台本はありませんが、そこはあなたのアドリブ力に任せます。今までの事を思いだして、頑張って下さい」
 無責任にも芹奈が微笑んでエールを送る。
「な……なんで決闘だなんてそんなものを僕が……っ」
「それが決まりなんですよ。仕方のないことなんですよ」
「仕方ないってそんな……君に意思はないのかっ」
「そんなもの必要ありません」
 きっぱりと芹奈は否定する。
「……フフフ」
 2人のやり取りを黙って見ていた奏上が、堪えきれないといった感じで笑っていた。
「これも必要な物語の1つなのですよ。そして鳴海さん――あなたはここで負けます。これがそういうシナリオなのです」
「ま……負けるって……」
 予言というよりも、それは決定事項のような断定口調だった。
「ハハハ、戦う前から既に敗北が決定しているとは。だがこれも彼女の物語だ。悪く思わないでくれよ、鳴海葉鍵君」
 奏上は嬉しそうに笑っている。きっと、自分が負けるシナリオになっていたとしても彼は同じように笑っているような――そんな気がした。
「…………僕は」
 鳴海は現実世界から、一気に置き去りにされたような気持ちになった。
「さぁ、鳴海葉鍵君。試合方法はどうする? 君のやりやすい勝負で構わない。オレはどんな勝負でも負ける気はしないが……一応今回はこれを用意してきた」
 そう言って、奏上は鳴海の前に木刀を投げた。
「古今東西、剣は決闘に1番使われてきた高貴な武器だ。君からの希望がないのであればこれで勝負するが……怖いなら逃げてもいいんだぞ?」
 鳴海の足元に転がる木刀。
 決闘。瀬能芹奈を巡っての戦い。この戦いは初めから仕組まれていたものかもしれない。だけど、戦うか戦わないかを決めるのは、決断を下すのは、結局最後は自分の意思なのだ。
「だ、誰が逃げるって言ったんだよ……ああ、分かったよ。瀬能さん。君がそう言うのなら……僕は、戦おう」
 だから鳴海は、足元の木刀を拾って、奏上を睨み付ける。
「いい目だな、鳴海葉鍵。もちろんオレが負ければ大人しく引き下がるが……だけど、シナリオは決まっている。君は――負けるのだよ」
「……いいや、生徒会長。そのシナリオは間違ってるぞ。僕はあんたには負けない!」
 そう言って、木刀の先端を奏上に向けた。
「フフ……いい目だ。とてもいい目をしている」
 奏上は優雅に木刀を両手で持って上段に構えた。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだッッッッ、生徒会長おおおおおおおお!!!!」
 鳴海は奏上に向かって飛びこんで行った。
 その瞬間――。
「フン――ッッ!!!!!」
 稲妻のような一閃が、鳴海の胴体を打ち付けた。
 2人の体が交差した時。決着は既に着いていた。
「が、ふぁ……」
 うなり声をあげて、鳴海はその場に倒れた。
 ――一撃。勝負は一瞬で終わった。
「お前の負けだ、鳴海葉鍵。そして瀬能芹奈は頂いていくぞ」
 奏上は倒れる鳴海を気に掛けることなく、瀬能芹奈の元にまっすぐ向かった。
「や、やめろっ……どうしてこんな事……」
 クラクラとする脳で鳴海はなんとか声をあげた。
 背を向けていた奏上は、鳴海に振り返って、
「世界のためだ」
 強い眼差しと声で彼は断言した。そこには彼の信念の強さがあった。
「…………」
 芹奈は勝者となった奏上の元へと歩み寄る。
「ま、待って……瀬能さん。こんな奴に、ついて行くな……」
 鳴海の意識が薄くなっていくのを堪えながら芹奈を止める。
 だが、彼女は――。
「何言ってるんですか、鳴海さん?」
 それは、あまりにも場違いな言葉に聞こえた。あまりにも物語から外れた言葉だった。
「え――?」
 思わず鳴海は聞き返す。
「男らしくないですよ、鳴海さん。あなたは決闘に敗れたのです。ここは私が生徒会長さんと去って行くシーンなのですよ? あなたは潔く退いてくださいよ」
 あまりにもあっけなく、ひどく無感動で無機質な言葉だった。まるでこの決闘自体が茶番だったかのような様子で。鳴海はただのピエロだったと言わんとする目で。
 鳴海の視界が霞んでいく。景色が滲んでいく。世界が薄ぼけていく。霧のように消えていく。
「残念だな。鳴海葉鍵。だが君が芹奈とのドラマを演じているように――オレも芹奈とのドラマを演じているんだ」
 奏上は鳴海をフォローするかのように、いや、鳴海を絶望させようとするかのように、告げた。
「君だけが特別じゃないのだよ。いいや、特別なのは……瀬能芹奈。彼女だけなのだ」
 そこで鳴海は、ようやく理解したような気がした。
 なぜ瀬能芹奈が教室であんなにも浮いているのか、なぜ誰も極端なまでに彼女を避けようとするのか。理屈ではなく、言葉ではなく、心で分かった。
 鳴海はもう、芹奈のことが信じられなくなった。
「さらばだ、鳴海葉鍵」
 そのまま鳴海の意識が遠のいていく。
 奏上大賀と共に去って行く芹奈の後ろ姿が小さくなっていく。
 だけど、これもそれも全部、演技だ。こうやって熱く話しているのも、芹奈を助けたいっていう気持ちも、全部創り上げたものでしかない。全部、そういう物語なんだ。
 そう思いながら鳴海の頭の中は霞んでいき、そして意識が途切れる瞬間――芹奈が一瞬こちらを振り返ったような、そんな幻覚を見た。
「……さようなら」


inserted by FC2 system