アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第2章 演者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
 翌日鳴海が学校に行くと、珍しく芹奈は朝から学校に来ていて、彼女は鳴海の姿を見つけるなり、今日の原稿を渡した。
 鳴海は受け取って自分の席へ行くと、さっそく原稿に書かれた内容のチェックを始めた。
「…………」
 それを読んで、鳴海は陰鬱な気分になった。嫌というよりも、それはむしろ理解不可能な気味の悪いものだった。
 鳴海はチラリと横の席を見た。
 芹奈がこっちを見ていて、目が合うと彼女はニコリと無機質な微笑みを返した。
 そして放課後。鳴海は芹奈との待ち合わせ場所に寄る前に確かめておきたい事があって校舎を抜けて歩いていたところ――芹奈の歩いている後ろ姿を見つけた。
 芹奈は昨日と同様に、まっすぐどこかに向かっているようだった。
 また飼育小屋の方に行くのだろうか、とそう思った鳴海は芹奈の後を追っていった。
 だが鳴海の予想は外れ、芹奈は飼育小屋とは全然違う方に歩いていった。
 鳴海は不思議に思いつつもその後を追っていくと、辿り着いた場所は体育館の裏。
「……」
 鳴海は嫌な予感がした。こんな何もなさそうな場所に何の用があるのだろうか。思いつくのは誰かと待ち合わせをしている事くらい。
 今朝もらった原稿の内容を思い出す……。とても嫌な予感がした。
 体育館裏なんて悪いイメージしかない。そして――悪い予感に限って的中するものである。
「――来ましたわね、瀬能芹奈さん」
 建物の影から、西澤アンナが現れた。
「西澤……」
 鳴海は思わず渋い顔をする。
 西澤アンナは事あるごとに芹奈に対してつらく当たる、所謂いじめっ子なのだ。
 しかも今回は彼女だけじゃない。
「くふふふ……」
 西澤アンナを挟むように、2人の女子生徒が立っていた。
 彼女達も西澤アンナと同じく、芹奈を執拗にいじめている人間である。
 こうやって3人揃うと、2人はいつもアンナの取り巻きみたいなポジションになる。
 鳴海は助けに入ろうかとも思ったが、下手な手助けはかえって逆効果だ。今はよくても今後さらに悪化する恐れがある。なので本当にまずい状況になるまでは見守る事にした。
 それに、なぜアンナ達が芹奈にちょっかいをかけるのか、その理由が分かるかもしれない。
 ――大丈夫だ。自分はいつでも恐れることなく芹奈を助けに行くことができる。だったら彼女達を止めた後、何事もなかったように、いつもみたいに演劇を始めたらいい。
 鳴海はすぐにでも飛び出せるようにと、聞き耳を立てて様子を見守った。
「ごきげんよう。それで、私に何かご用でしょうか?」
 鳴海の心配をよそに芹奈は、怯える様子も不安がる顔もしないでアンナ達に笑顔を向けていた。
「……ちっ」
 芹奈の態度が気に入らないのであろう、アンナと取り巻きの少女2人は顔をしかめている。
 芹奈の強気ともとれるその態度に、3人はたじろいだ様子だったが、リーダー格のアンナが口を開いた。
「あなた、奏上大賀さまと随分仲がよろしいじゃない? その事について聞こうと思って」
 芹奈に負けないくらいの勝ち気なアンナ。
 それに触発されて、2人の取り巻き達も自信をつけた。
「そうよ。奏上様はみなさんのものなのよ。独り占めは許されないの!」
「どうしてアンタみたいなおかしい奴に奏上様がとられなきゃいけないのよ! どうやらあなたには、制裁が必要みたいね!」
 どうやら、彼女達が芹奈をこんな風に追い詰めているのは……奏上大賀が原因であるようだった。
 生徒会長の奏上大賀には女子生徒からの人気がもの凄く高く、彼女達3人も例に漏れず奏上大賀に夢中のようだ。
 それよりも鳴海は意外に思った。芹奈が奏上大賀と仲がいいなんて全く知らなかったし、芹奈はそんな素振り全然見せていなかった。
 せいぜい鳴海が知っている事といえば、この間鳴海が西澤アンナにいじめられているところを奏上大賀が助けたぐらいだが……転校してきてたかが1週間ちょっとしか経っていないので、まだまだ知らない事だらけだというだけなのか。
 もしそうなのだったら――と考えると、鳴海は少し寂しくなった。そこらのアイドルよりも可愛い顔の芹奈に、文字通り学園のアイドルの奏上大賀。これほどお似合いのカップルはいない。
 しかし鳴海の心配をよそに芹奈は。
「奏上大賀さま……ああ、生徒会長の奏上さんですか。私、別にあの人とは大して仲がいいつもりではありませんけど? あの人に対してあまり特別な感心はありませんね……えへへ」
 とてもドライな返答だった。
 その素っ気ない返事に、アンナ達3人の顔つきが明らかに変わった。今まで表情にあった余裕が消し飛んでいた。
「あれ? どうかしましたか? といっても、私にとって生徒会長さんは単なる顔見知りの1人でしかないので、別段答えられることなんて何もないですけど……。あいにくですけど私は、1人で生きられないほど完成された人間ではありませんから……あなた達とは違って」
 火に油を注ぐとはこのことだ。
 ひょっとしてと思っていたことだけど――鳴海はこの時、確信した。
 やはり芹奈は――今もこの状況下で、演技をしているのだ。
 アンナ達を怒らせるような態度も、自分がいじめられているのも、全て台本通りなのだ――と。
 だからこの後の、鳴海との演技に繋げるようにわざとアンナ達を挑発しているのだ。
 アンナ達によって、自分を酷い目に遭わせようと――。
 鳴海はゾクリと背筋に悪寒が走るのを感じた。まさにそれは狂気だった。
 利用されているとも知らずに目元をひくつかせ、蒼白な顔をしていた西澤アンナは――、
「……ちょっと来なさい」
 芹奈の手首を掴んで体育館の中へと強引に引っ張っていった。
「え? い、痛っ……」
 芹奈が小さな悲鳴をあげながら連れて行かれる。取り巻きの2人がその後を追って行く。
 ――これは割り込んだ方がいい。たとえこれが芹奈の予定通りの行動であったとしても、イジメをみすみす放っておく事はできない。
 不穏な空気に包まれたのを感じ取った鳴海は、身を乗り出そうとした――が。
「おっと……その行為自体は素晴らしいものだと思うけれど、この場合に限って言えば全然素晴らしいとは言えないなぁ〜」
 男なのか女なのかよく分からない高い声が、鳴海のすぐ後ろから聞こえた。
「えっ……だ、だれだっ」
 いきなり後ろから話しかけられて驚いた鳴海が振り返ると、そこには――やっぱり男なのか女なのかよく分からない生徒が立っていた。
 いや、着ている制服からして男であることは間違いないのだろうけれど……。
 そのファッションもまた凄い。ネックレスや指輪やキーチェーンなど、アクセサリーを至るところに装着している。
「あははぁ〜。誰だ、か。心外だなぁ〜。そりゃあボクも会長さんに比べたら地味だし知名度も人気もないと思うけどさぁ……これでも有名人気取りでいたんだけどねぇ。仮にも生徒会のメンバーなんだからさぁ」
 その少年の話し方は、やたらと人を煙に巻くようなものだった。
「あ、あなたは……生徒会の?」
「うん。ボクは川切落花。一応、生徒会の会計をやらせてもらっている」
 生徒会メンバー。川切落花。この前見た、美男美女の生徒会長・副会長に比べれば確かに地味だが、童顔に中性的な風貌はそれはそれで人気がありそうだった。
「えと……僕は鳴海葉鍵です。それで会計さんが僕に何の用ですか?」
 鳴海は急いでいるのだ。はやく行かないと芹奈の身が危ない。
 鳴海は、芹奈のシナリオをぶち壊さなければならないのだ。
 しかし川切は、脳天気に鳴海をジロジロ見つめながら言った。
「ははは、鳴海葉鍵くんね。いやぁ〜……でもまさか、そうか。意外だよなぁ……。君、確か転校生なんだって? なるほど転校生か……いや〜、迂闊だったよ。灯台もと暗しってやつだねぇ。主人公不在の物語にいきなりラスボスが登場って感じだねぇ。これぞ青天の霹靂」
「いや、なんの事を言ってるのか分かりませんが……」
 とらえどころのない川切のキャラに、鳴海はすごく辟易していた。
「あは、君の事を言ってるんだよぉ。君の存在、君という立場、君がこの学校に来たわけ、君が瀬能芹奈に関わる理由を。君の人生はこの時のためにあったのだ! みたいな」
「……いや、だから分かりません。そんな事より、僕は行かないといけないんです」
 こんなわけの分からない話で時間を潰している場合ではないのだ。
「分かってないなぁ。だから君は瀬能芹奈のとこに行っちゃいけないとボクは言ってるんだよ〜? どうしてそれが分からないかなぁ? ボクの言葉、君には届かないのかなぁ」
 わざとらしくしょげる川切。どうやら鳴海の行く手を、どうしても阻みたいらしい。
「届くわけないでしょ。どうして僕が行っちゃいけないんですか? 先輩は彼女が心配じゃないんですか? 見てなかったんですか? 今の光景を!」
「見てたよぉ〜。そしてボクも心配してるよ〜。瀬能芹奈の事をいつも、いつでも、いつまでも。君が思っているより、ずっと心配している。だからこそ彼女の邪魔をしちゃいけないんだよ。というよりね……分かってる? ボクはね、君のせいで心配しているんだよ〜?」
「さ、さっきからなに分からないこと言ってるんですか……」
「分からないのはボクの方だよぉ。君は彼女のやっている事に理解を示していないというのなら……だったら君はどうして彼女に選ばれたんだい? 君はどうして彼女に付き合ってるんだい? どうして君みたいな凡人が……」
 さっきからまるで話が噛み合わない川切の言葉。
 しかし鳴海は、自分でも答えが分からなかった。どうして僕は、瀬能芹奈のことがこんなにも気になっているのだろう。瀬能芹奈との無益な演劇を続けているのだろうと。
「ぼ、僕は……」
「とにかく瀬能芹奈の事を何も分かっていない君が、彼女のやっている事にとやかく口出しして欲しくないんだ。彼女は君が思っている以上に偉大な人物なんだ。彼女の存在は地球誕生以来の一大イベントなんだ。本来なら君みたいな普通の人間が近づく事なんてできないくらい高みにいる人なんだ」
 川切はやたらと芹奈のことを崇めているようで、それはまるで神様扱いといっても過言ではない。
「で、でも……今、瀬能さんはっ――」
「君は瀬能芹奈について何を知っているっていうんだい? 君の自己満足の為にみんなが迷惑することになるんだよ? 誰もが幸せになれなくなるんだよ?」
 川切こそ、芹奈の何を知ってるのだと言いたかったが――彼の言葉と眼差しには妙な説得力があった。
「…………」
 鳴海には言い返す言葉が見つからなかった。
 川切は容赦なく追撃する。
「君がそれでも彼女の邪魔をしようと言うなら――僕は生徒会メンバーとして、君と戦うことも辞さないけれどね」
 そして鳴海は――。
「…………分かった」
 彼は自分の正義を諦めた。
「そうかい。ありがとう。そう言ってくれるとボクも助かるよ。君はいい人間だ」
 川切は童顔の顔を不気味に歪ませて、両手をあげた。
 鳴海は呟くように口を開く。
「その代わり……約束して下さい。瀬能さんを、危険な目に遭わせないって」
 川切の事を信用できるようには思えなかったけど、それでも鳴海は彼に約束させる。
「いいよ。約束する。彼女の安全は保証する。後はボクに任せるといい」
 川切はあっさりと鳴海の要望を受け入れた。
「……お願いします」
 そう言って、鳴海はくるりと背を向けもと来た道を引き返す。
 とても信用できない。川切の言ってる事だって全然分からない。
 だけど、それ以上に鳴海は芹奈の事を、何も分かっていなかった。
 だから鳴海は、川切の言葉に大人しく従って、もと来た道を引き返していった。



 そして鳴海が立ち去った後――川切はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「やっぱり彼が……鍵なのか」
 鳴海の歩いて行った方向を見ながら呟き、そして――芹奈やアンナ達がいるであろう体育館の方を向いて。
「どうやら物語が加速してるのは確かなようで……それは彼が原因のようだね。これは会長さんがどんな顔をすることやら……さっそく報告しないと、ね」
 朗らかな笑顔を浮かべて、そして体育館に背を向けて足早にこの場から立ち去った。
「ああ……楽しいなぁ。すごく楽しいことになってきたなあ」


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