アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第2章 演者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

4

 
 それから数日経った。
 相変わらず鳴海は毎日、芹奈のよく分からない遊びに付き合わされていた。
 だいぶ慣れてはきていたけど、チープな恋愛劇を要求する芹奈に対して鳴海のフラストレーションは溜まっていく一方だった。
 ある時は恥ずかしい台詞で愛の告白をしてみたり、ある時は逃げ出す芹奈の後を全力疾走で追いかけたり、またある時はキスまでしそうになった事もあった。華麗なる言い訳でなんとかキスは回避することができたが……。
 そういった状況で鳴海の精神が限界に近づいていたある朝、学校に来た彼は教室の中を見渡した。
「…………」
 芹奈の空席を見つめて、これから起こるであろうイベントを思って鳴海は表情を暗くした。
 そのまま鳴海は自分の席について、教科書を出したりぼ〜っと窓の外を眺めたり、昨日芹奈から貰った、今日の分の予定表を思い出して嫌な気分になってみた。
 鳴海が考え込んでいると、いつの間にか登校してきた五反田圭がニヤついた顔で彼を見ていた。
「どうした、鳴海ぃ? ホームシックにでもなったかぁ〜?」
 鳴海の肩をばんばん叩く五反田。
「あ……や、違うよ。ちょっと考え事をさ……」
「考え事ってなんだ?」
「う、えと……その、ほっ、ほら、最近この町で起こっている例の事件。連続首絞め事件っ。昨夜はどうだったんだろうかなって〜」
 本当はそんな考え事していたわけじゃなかったけど、昨日出会った謎の少女との出来事もあってとっさに思いついたから、そんな話でごまかしておいた。
「おっ。なんだよ鳴海。全然興味なさそうだったお前も、とうとうその話に乗ってくるようになったかぁ〜」
 何故か嬉しそうに五反田は語り出した。
「で、何かあったのか?」
「あったよ。勿論。で、昨夜の事件現場はな……なんと、この学校のすぐ近くなんだぜ〜。ほら、近くに公園があるだろ? そこなんだよ」
「えっ? 公園……だって?」
 その公園を鳴海は知っていた。学校の近くには公園なんて一つしかない。
 そこは昨日、鳴海が芹奈と別れたあと立ち寄った公園である。
「そうだよ。別の高校の女の子が襲われたんだ。やっぱり意識不明ってことらしい」
「…………」
 ふと鳴海は、ブランコをこいでる時に出会った、黒スーツの少女を思い出した。
 あの少女は首絞め事件を調査していると言った。
 いったい何者なのか。昨夜の事件に彼女は何らかの関わりがあったのだろうか。
 目立つことを酷く嫌っている、怪しい少女。重大な秘密が隠されていても不思議じゃない。
 などと鳴海が思案している内に予鈴が鳴って、HRが始まって、授業が行われていって、いつものような学校の風景が流れていった。
 そして瀬能芹奈が教室にいない事も、いつも通りだった。
 結局芹奈が学校に来たのは昼休みに入ってからだった。
 ――しかし彼女が現れたのは教室ではなかった。
 それは昼休みに、鳴海が購買部にパンを買って、ふと廊下の窓から校庭を眺めた時に見つけた。
 瀬能芹奈がとてとてと歩いている姿――。
 しかもそれは明らかに自分の教室に向かう方向ではなかった。あらぬ方へ足を向けていた。
「……どこに行くんだろう」
 彼女とのドラマが繰り広げられるのは放課後になってからで、そもそも彼女は今日、学校をサボったという設定になっていたのだ。
 それがどうして学校に――。
 鳴海は彼女の行動を不思議に思って――食べていたパンを手に持ったまま、すぐに駆け出していた。
 階段を降りて校舎から出ると、芹奈の姿をすぐに発見することができた。
 彼女はずんずんと校舎裏の方へ向かって進んで行く。
 声をかけようとも思ったけれど、芹奈がどこに行くか気になった鳴海は、そのまま彼女の後をつけることにした。
 その足取りからして、芹奈にははっきりした目的地があるらしく、まっすぐ足早に歩いている。
 もう近くに人の姿は見えない。木々が立ち並ぶ静かな並木道みたいなところまで来てしまった。
 学校にこんな場所があったとは正直知らなかった。さすがマンモス校だと、鳴海は密かに感心してると、ようやく彼女の目的地場所が分かった。
 それは校舎裏の並木道を奥深く入ったところにある、小さな小屋だった。
 芹奈は扉を開けてその中に入って行ったが。
「なにをするんだ、授業も受けずにあんなところで……」
 鳴海としては、芹奈に真面目に学校に来てもらって授業を受けてもらいたかったけど……今はそんな事言ってる場合じゃないので、彼も小屋の前まで行く。
「って、ここ……飼育小屋だったのか。てか、この学校にそんなとこあったんだな……」
 鳴海は建物の中に入って小さく呟いた。
 芹奈が入って行ったのは小学校とかによくある、様々な動物が育てられている場所。飼育小屋だった。
 怪しいところじゃなくてとりあえず一安心した鳴海は、そっと扉を開けて中に入った。
 中は物置小屋みたいになっていた。動物の飼育で使うのか様々な道具が乱雑に置かれていて、しかも農業もやっているのか、クワとか土の肥料みたいなものまであった。
 その部屋の真ん中に置かれたテーブルに腰を降ろした瀬能芹奈が、口を開けて驚いたような瞳で鳴海を見ていた。
「やぁ、おはよう。瀬能さん」
 鳴海は芹奈に話しかけた。もちろんこの言葉は、演技なんかじゃない鳴海の言葉。
 今は決して劇の中ではない。2人には何の台詞も用意されていないのだ。
 芹奈はしばらく呆気にとられたような顔をしていたが、やがてゆっくり口を開いた。
「……おはようと言ってももうこんな時間ですから、こんにちはの方がいいかもしれませんね。鳴海さん」
 普段クラスの中にいる芹奈でもなく、ましてや鳴海との演技の中の芹奈でもない。ここにいるのは何も飾っていない、本来の芹奈の姿。
 それは、鳴海が雨の朝に初めて彼女と出会った時のような、今の芹奈はそんな顔と声をしていた。
「こうやって演技以外の時に会うのは……珍しいね」
「演技の時以外はあまり会いたくなかったんですけれど……うかつでした」
「……今日、瀬能さんは学校に来る事にはなってなかっただろ? どうしてここに」
「ええ、私も本当は学校に来るつもりはなかったんです。でも思い出して。……この子達にエサをあげなきゃと思って来たんですよ」
 そう言う芹奈の近くにはチャボだの、ウサギだの、ハムスターなどが寄って来ていた。そこには小動物に混じって、ヌートリアのヌーボーの姿もあった。
「動物、好きなんだね」
「だから……そんなんじゃありませんよ。ただ、私が面倒を見なければ他にエサをあげる人が誰もいないから。別に好きじゃ……ないです」
 芹奈は恥ずかしそうに顔を俯けて、しばらく黙ったままヒマワリの種などのエサをまいていた。
 鳴海はその様子を見つめていた。
 すると思いついたように芹奈の動作がピタリと止まって、鳴海に振り返った。
「よかったら、エサ……あげてみます?」
 少し頬を紅く染めて、彼女は言った。
 鳴海は、
「うん。それじゃあお言葉に甘えて」
 芹奈からエサを受け取って、しゃがみ込んで動物たちにエサを与えた。
 ここの動物たちは人間に慣れていて、鳴海の手から直接エサを口でくわえて食べていた。
 鳴海は少し怖いのと、嬉しい気持ちがないまぜになった心地で沢山の動物にエサをやり、ふと芹奈の方を見てみると、彼女は微笑ましい顔をして鳴海の様子を見守っていた。
 徐々にだけど、芹奈と仲良くなっていってるという実感があった。
 ある程度飼育小屋の動物達にエサをやり終えると、芹奈は。
「今日のドラマはもういいでしょう、休みにします。明日の分は、明日の朝に渡しますね」
 エサを戸棚に閉まって、飼育小屋から出て、言った。
「いいのかい? 今日はやらなくても」
 鳴海は本当はやりたくないはずなのに、なぜか彼女にそう尋ねていた。
「たまには休みも必要ですよ」
 芹奈はどことなく寂しげな目で遠くを見るようにして言った。
 鳴海は、芹奈が何を考えているのか、未だに何も分からなかった。芹奈のことについて何も知らなかった。どうしてこんな事をやっているのかも、どうしていつもあんな笑顔を浮かべているのかも。
 ただ、芹奈が楽しそうに動物にエサをやっているところを見て――友達といる時だけは、ありのままの彼女でいられるみたいだ、と思った。


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