アクター×アウター 〜演じる彼女と目立たぬ彼女〜

第2章 演者

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 あのあと学校に行った鳴海は、授業中も気が気ではなかった。それは言うまでもなく今朝の出来事が原因である。
 鳴海は芹奈から受け取った原稿用紙を一心不乱に読みふけっていた。
 今日から3日間にわたって事細かく書かれた鳴海の生活は、一言で言うと滅茶苦茶なものだった。
 具体的にどう滅茶苦茶かと言うと、それはあまりにも恋愛ドラマだったのだ。
 まるで月9か韓流のような、どこかで見たことあるベタベタな展開。読んでいるだけで歯がムズムズするような台詞。
 それは日を追う毎にエスカレートしていき、3日目なんかは自転車で2人乗りして町を見渡すことのできる展望台まで行くとか書かれていた。絶対やりたくないって思った。
 しかしやらなければならない。やらなければとっても面倒な事になってしまう。せめてこの日の放課後、芹奈と共演するシーンだけでも――。
 というわけで、鳴海は放課後になるまで鬱々とした気分で過ごした。時おり五反田が話しかけてきても、気のない台詞を返すくらいが精一杯だった。
 そして放課後になって――鳴海は校門を出て少し離れた歩道橋の上にいた。
 学校終わりの時間帯。春と夏の間の6月という中途半端な季節では、暖かくも涼しくもない微妙な気候は鳴海の気分を不安定にさせた。
 鳴海は歩道橋の真ん中辺りから道路を見下ろして、行き交う車を眺めていた。
 鳴海はここで芹奈と会うのだ。それはあらかじめ決められた偶然なのだ。
「そろそろ時間だな……よし」
 覚悟を決めた鳴海は、最後に原稿用紙に一通り目をやって――自然な動作で歩き始めた。
 すると、背後から予定通りに声がした。
「鳴海さん……」
 自分の名を呼ぶ声に鳴海は振り返った。なんと――そこにいたのは芹奈だった。
「せ、芹奈……どうしてここにっ!?」
 勿論ここにいることは初めから知っていたし、声がかけられる事も知っていたけど、鳴海は驚いたフリをした。
「どうしても……鳴海さんに会いたくて」
 芹奈は相変わらず名女優ぶりを発揮している。
「今日も学校に来てなかったじゃないか……どうして」
 鳴海は呆れ半分、感心半分の心地で、しかし表面上は深刻そうに尋ねる。
「だって、学校に行くと鳴海さんに会ってしまうから。あなたの顔を見ていると胸が苦しくなるから……」
 芹奈は胸に手を当てて、目の端に涙を浮かばせて言った。
 演劇部に入ればいいのに。ていうかその台詞の為に今日学校休んだのかよ――と鳴海は冷めた部分で思った。
「芹奈……君が学校に行かないなら、だったら僕ももう行かない……」
 学校行かないと退学になって中卒になってしまうから、もちろん明日も普通に行くつもりだけど、台本に書いてあったので鳴海は仕方なくそう言った。
「そんな……鳴海さん。駄目です。私の為にそんな事するなんて……っ」
 だったらそんな台詞台本に書くなよ。と言いたくてもそんな台詞なかったので――鳴海は。
「だったら芹奈……学校に行こう。大丈夫だよ。僕がいつでも傍にいるから」
「な、鳴海さん……うん。分かった。私……頑張る」
 そう言って、芹奈は鳴海から背を向けた。
 これで芹奈の登校拒否問題は収束した――という展開に到達した。
 鳴海は深いため息を吐いた。
「……もういいだろ?」
 声のトーンを落として芹奈の背中に語りかける鳴海。
「はいっ、上出来です」
 振り返った芹奈の顔は、普段学校で見せるハリボテのような笑顔だった。
「そうか……ふぅ」
 芹奈の終了宣言を受けて、鳴海はダランと肩の力が一気に抜けるのを感じた。
「お疲れ様です、鳴海さん。明日もよろしくお願いしますね」
 芹奈はそう言うと、さっさと帰ろうと歩道橋の元来た方向へと引き返そうとした。
「って、ちょっと待って瀬能さん」
 鳴海はその背中を慌てて呼び止めた。
「なんです、鳴海さん?」
「いや、その……できたら明日あさっての台本を変更してもらいたいんだけどなぁ」
 自転車2人乗りのラブロマンスには、ちょっとさすがに抵抗があった鳴海は、駄目もとで芹奈に嘆願してみた。
 しかし意外にも芹奈は、
「そうですか、鳴海さんがそう仰るなら書き直しますけど……お気に召しませんでしたか?」
 あっさりと鳴海の申し出を引き受けてくれた。
 だったらこの調子でもっと我が侭を言ってみようと鳴海は。
「えと……お気に召さないというか。できたらもう、やめたいんだけどなぁ」
 軽く流すように言ってみた。
 すると芹奈はニコニコ笑顔の顔で、
「あ、そうそう、鳴海さん。ちょっとこれを見てもらえませんか?」
 こっちこっちと、ふところからビデオカメラを取りだして、鳴海に画面を見せた。
 そこには鳴海と、彼に抱きつく芹奈の姿。そして――。
『好きだ……僕は君を一生守りたい……』
「やります。これからも是非やらせて下さい、瀬能さん」
 ビデオカメラの中の鳴海が、芹奈に抱きつかれながら告白しているのを見て、鳴海は自分の過去の過ちを憎んだ。憎みながら芹奈に頭を下げた。
「えへへ……それでいいんですよ、鳴海さん。それじゃあ明日の脚本は明日の朝に渡しますので、何か要望があったら言って下さい」
「あ、あのぅ……できるだけ恋愛要素的なものは……」
「もっと色濃くしろと?」
「逆だよっ! もっと薄くして欲しいの! ていうか皆無でいいんだよっ」
「はぁ……? ですが、物語の基本形といえば恋愛模様ですよ? それとも……血しぶきはじけ飛ぶホラーとかの方が良かったですか」
「いや、血しぶきって……」
「私に悪霊が乗り移って、鳴海さんを残虐に殺してしまうのです」
「絶対嫌だよっ!!!!」
「なら、恋愛劇で我慢してくださいよ。ドラマを演じるならそれなりに演じ応えのある内容にしないといけませんからね。まぁでも……さすがにこの脚本の展開は少々ベタ過ぎますね。なら、分かりました。一晩じっくり考えて来ますので。それではまた明日」
 そう言って、芹奈は悲劇的な歩き方でこの場を立ち去っていった。
「……はぁ、やれやれだ」
 鳴海はものすごく疲れた。このままじゃ芹奈によって青春が滅茶苦茶にされてしまうと思った。


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