コミケ探偵事件録

プロローグ ――祭りの支度――

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 漫画研究部に訪れた僕達を出迎えたのは、一言で端的に表すと、変な人だった。
「はははは! 噂は聞いているわよ、探偵部! 創設してまだ3ヶ月も経ってないのに、色々問題を起こしてるそうじゃない! そうかそうか……これが……なるほど、面白い一年坊だことっ!」
 オレンジの髪をツインテールにした少女は、薄い胸をどんと張って声を大にして言った。
 漫画研究部部長・仁江川八重子さん。
「いや、面白いのはどう考えても仁江川先輩の方だと思うんですけど……」
 来て早々強烈な出迎えを受けた僕は、若干引き気味に答えた。
「はぁ? このアタシが面白い……? ふふふ、言うじゃないか! どこがどう面白いのかしらっ?」
「え、全部……」
 ちょっとこの人のキャラ難しいよ。交渉大丈夫かな。
 ちなみに伊乃はというと、ずっと僕の後ろに隠れて小動物のようにびくびく怯えていた。彼女は基本強気だけど、実は結構な人見知りなのだ。ま、仁江川先輩のような強烈なキャラならこうなっても仕方ない。この場にいるだけでも成長してるよ、伊乃。
「……あ、そう。それで、ウチに用っていうのはなんだい?」
 興が冷めたのか、漫研部部長の仁江川先輩は、窓側に面した一際大きい席に座った。部長席だろう。他の席は空いていて、部屋には僕達3人以外誰もいない閑散とした空間だった。
 すると、さっきから僕の影に隠れていた伊乃が僕の服の裾を引っ張って、囁いた。
「……私、あの人ちょっと苦手かもだから鷹弥あとはお願い」
 ま、こうなることは予想してたけどね。
「えーと仁江川先輩、僕達ちょっと訳あって夏コミに行く事になったんですけど……」
 仁江川先輩に恐れをなしている伊乃の代わりに、僕は事情を話すことにした。

「なるほどね。捜査の為にサークル参加か。面白い! でも……う〜ん……実はウチら、今回はコミケに出るつもりはないのよねぇ。残念ながら落選しちゃって」
 僕の話を聞いた仁江川先輩は心底残念そうに顔をしかめている。黙ってれば美人なのに、なんというか残念だ。そのへん伊乃と同じタイプだな。……って、そうじゃなくて。
「そうですか……それは残念です」
 僕は暗い顔をして唇をかんだ。
「協力したいのは山々なんだけどね。だってこんなに面白そうなチャンス逃すわけにはいかないでしょ?」
 仁江川先輩は鼻を鳴らして小気味よく笑った。
「そうですかねぇ……疲れるだけだと思いますけどね。先輩もなかなか変わり者というか……」
「何を言ってんのよ、君は。アタシなんて君に比べたら足元にも及ばない凡人よ」
 言うにことかいて、仁江川先輩は僕が変人と言い出す始末。
 これ以上ここにいても悪影響が出そうだ。さっきから伊乃も怖がってるしな。僕の体に震えが伝わってくるもん。
「僕のことは置いといて……分かりました。他をあたることにします。長々と失礼しました」
 僕は仁江川先輩にお辞儀して、ついでに伊乃の頭も掴んで下げさせた。
 そこで僕は、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば先輩。今日は1人ですか?」
 僕と伊乃が来た時から1人だった。何をしていたのだろう。
「ああ、もうすぐ夏休みだからね。今学期中にまとめておかなければいけない仕事を片付けてたのよ。ま、これも部長の勤めだわね」
「大変ですね、部長も」
 うちの伊乃は僕をこきおろすばっかりで部長らしいことは何もしてないけど。
「ウチもなんとかサークルチケットを入手できるように一応は手を尽くしてみるわ。期待はしないで待ってておくれよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うには及ばないよ。ただし、その時はアタシも連れてってよね」
「こっちとしても有り難いですよ。それでは」
「それじゃあね、探偵部」
 そうして、アニメ研究会とかこの学校にあったかなぁ……とか考えながら、僕達は仁江川先輩に背を向けて部屋を出ようと足を踏み出した。
 その時、後ろから仁江川先輩がはたと気付いたように、あっ――と声をあげた。
「あそこなら、もしかしたら……」
 僕は振り返って仁江川先輩に顔を向ける。
「心当たりがあるんですか」
「ああ。でもあんまり近寄らない方がいいかもしれないトコだけどね……」
 この人がそんな事を言うトコって……。一癖も二癖もありそうな場所だなぁ。
「……で、その部活とは」
 僕は緊張しながらも尋ねる。
「部活というよりはね……いや、説明するより直接自分の目で見た方がいいな。場所を教えてやんよ」


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