コミケ探偵事件録

第4章 夏コミ3日目

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3

 
 サークルスペースの机の上に置かれていた大量のチラシ。それらは印刷所の宣伝だったり、アニメの広告だったり様々だった。
 けれどその中に、変わったものがあるのを発見した。B5サイズの同人誌。
 僕達は言葉を失いながらも、その本を机の真ん中に置いた。
 見た目は昨日と似たようなつくりだった。表紙に探偵の格好をした女の子が全身アップで描かれている。
 でも僕達はそんな事よりも、もっと不気味なものを予感させる部分があった。
 それは、タイトルが――改訂版 挑戦状『コミックマーケット』皆殺し事件――だということ。
「み、皆殺しって……な、なによこれは……! どうしてこんなものがここにっ!」
 仁江川先輩はさすがにショックを隠しきれないようだった。全身が震えている。
「オレ様達がこれを置く時間なんてなかったはずだ……。だったら犯人はコミケスタッフか、それともオレ様達より先に入ってきた他のサークル参加者ってことじゃねえか」
 安藤先輩は冷静に言葉を発するが、その声はうわずっていた。
「でも安藤くん。この本がなぜこの机に置いてあったの? ここに本があったって事は、少なくとも私達が今日ここでサークル参加する事を知っている人間じゃないと不可能……」
 ヤス子さんは会場内をせわしなく見渡す。
 伊乃は――。
「そうだよ、兄さん。また置いてあったの。……うん。それじゃ」
 冷静に、服部さんに電話をかけていた。
「もうすぐ兄さんが来るから、それまで中身を確認しておこ。ふふ、今日はどんな未来が待ってるのかな」
 伊乃は楽しそうに笑って、同人誌を手にとった。
「…………」
 僕達は茫然としたが、誰も伊乃の言葉に反論することもなく、伊乃が手に持った同人誌に注目した。


 本の中身は小説だった。今度は漫画形式のものは載っておらず、その代わりところどころに挿絵があった。つまり昨日の『挑戦状』の小説部分と同じ形だった。
 小説の中身を抜粋して要約するとこうだ。


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 コミックマーケット3日目にやって来た探偵と助手。
 昨日、何も事件が起こらなかったことにより2人は落ち込んでいた。
 やがて創作部の2人と漫研部部長と合流した彼らは会場の中へ入り、自分達のサークルスペースへ行く。
 しかしそこで、昨日見た謎の同人誌と似たようなものを発見する。
 それは、この日起こる事が書かれた小説形式の同人誌だった。
 昨日と同じ事が起こった。動揺しながらも彼らは好奇心に負け同人誌を開く。
 衝撃の内容だった。中身を読んだ彼らは怯える。しかし、怯えながらも犯人を捜し出そうと決意する。
 が――しかし、惨劇はここから始まる。

 探偵や警察、コミケスタッフ達が奔走する中、ついに最悪の事態が起こった。
 男が殺された。
 コスプレ衣装に身を包んだ彼は体中血まみれで、胸にはナイフが深々と突き刺さっている。

 さらに東館から紫煙が立ちこめた。それがきっかけだった。
 毒ガス――。毒ガスが吹き出してきて、それがすぐに会場内を満たして人々はパニックになる。
 人が次々と倒れていく。
 それは致死性の極めて高い猛毒。少しでも吸えば命の関わる危険なガス。
 その後、始めの毒ガスを契機にして、飛び火のように西館、東館とビッグサイトのあらゆる場所で地獄絵図が繰り広げられる。
 人々は我先に逃げだそうとするが、混雑する会場では満足に逃げることもできず、どんどんと人が死んでいく。
 やがて毒ガスはビッグサイト内全体に行き渡り、事態が収まるまで狂乱する叫び声がビッグサイト中にこだまし続けた。
 前代未聞の事件となった。
 そして同時にそれは、永遠に語り継がれる伝説となった。

        ――完。

 ――あとがき
 そしてこの物語も伝説になります。
 作者より――
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「こんな……あり得ない……非現実的すぎる」
 一通り目を通した僕は唖然とするしかなかった。昨日の同人誌の内容も信じられないものだったが、たった今読んだものはそれに輪をかけてひどかった。
「殺人はともかく毒ガスって……馬鹿馬鹿し過ぎる! この小説も絶対ただのブラフよ! こうやってアタシ達をからかってるのよ!」
 仁江川先輩は恐怖の感情を怒りに変える事で自我を保っているようだった。
「……私も八重ちゃんの意見と同じ。昨日だってあれだけ騒がせといて何もなかったじゃない」
 ヤス子さんはもう同人誌に振り回されるのはうんざりって感じの顔をしている。
「まぁ、だがこれが悪戯にせよなんにせよ、問題は――誰が書いたのか。あるいは、誰が机に置いたのか……ってぇコトになるよなぁ」
 小説の内容が真実かどうかはともかく、この同人誌を作った人間と置いた人間がいるのは事実。それが同一人物なのかは分からない。
「そうだね……」伊乃がゆっくり口を開いた。「この同人誌を書いたのは表紙や文体から推し量って、恐らく昨日見つけた同人誌の作者と同じ……だね」
「そんなの見たら分かるだろ」
 安藤先輩が伊乃に口を挟んできた。
「まぁまぁ、1つずつ整理してるんだよ。で、昨日の同人誌の内容は驚愕に値する内容だった。私達のこれまでの細かい描写と、しかも未来の描写。結局は殺人が起こるという部分だけは現実と異なったけど、それ以外はほとんど一緒」
「そうね……それで私達は、同人誌を書いた人間は、私達の中の誰かに違いないって思ったのよね」
 仁江川先輩が小さく頷いた。
「そうそう。でも今日この同人誌を発見した時、私達はみんな一緒にいた。同人誌を置く暇は誰にもなかった。なのに……このように2冊目の同人誌を発見した」
「矛盾する……ね」
 と、ヤス子さん。
「ううん。矛盾はしないよ。書いた人間は同じだけど、置いた人間が違えばそれは可能だよ」
「あ……そうか。誰かに頼んで置いてもらうとか」
「そう。それに……今回の小説は、今日1日の事しか書いてないから仕方ないかもしれないけど、私達の情報が昨日に比べて少ないの。つまり、本当に私達の事を正しく書けてるか分からない。これは、私達の事をあまり詳しく知らない人間でも書けるくらいの内容なんだよ」
 そうか……昨日の同人誌は、約1ヶ月前からのことが詳細に書かれていた。だから信憑性が生まれたけど、今日のは違う。似たような同人誌だからって、僕達がこの同人誌にも同じように信憑性を抱くのは安直すぎるってことか。
「つ、つーことはよぉ。そもそも……この同人誌と昨日の同人誌を書いた人物は別人の可能性がある……しかも作者と、それに同人誌を机に置いた人物がまた別人かもしれないって……じゃあ誰が犯人なんだよ。人が多すぎるじゃねぇか」
 安藤先輩がビシリと厳しいことを言った。
「う〜ん……それは――まだ分からないなぁ……」
 と、伊乃が言葉を失うと、その場は不気味な沈黙に包まれた。
 疑心暗鬼のような空気。少なくとも昨日の同人誌を書いた人間はこの中の誰かに違いないと――口に出さなくてもみんなそう思っているのだろう。
 しかし……その中で伊乃だけが、
「ふむふむ……むむぅ〜」
 同人誌を手に、熱心に何回も見直していた。


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