コミケ探偵事件録

第4章 夏コミ3日目

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1

 
「昨日より更に人が多いように見えるのは私の気のせい?」
 朝の8時ちょうど。やぐら橋を上ったところで伊乃がキョロキョロしながら言った。
 周囲にはまるで、パック詰めにされたわらび餅のように無数の人達が座り込んで行列を形成していた。その憔悴した様子から見るに、彼らは徹夜で並んでた人達だろう……お疲れ様。……こうはなりたくないな。
「……ま、最終日だからな。チケットがあってほんとに助かったよ」
 僕は呆れるのを通り越して、むしろコミケ全てに愛着すら感じ始めてきた。人に押されることも、暑かったことも、ずっと待たされたことも、コミケが終われば全てがいい思い出に変わりそうな気がして。
 エゴとエゴがぶつかり憎しみが生まれ……でもそれがいつの間にか愛に変わる。これもコミケのの魅せる不思議な魔力なのかもしれない。だからオタクは苦しくても辛くても、またコミケに戻って来てしまうのかもしれない。
 そういうわけで――いよいよ今年の夏コミも今日で終わり。
 殺人予告状事件は意外な展開をみせたものの、結局はイタズラという事で終止符が打たれたようだ。
 しかし念には念を入れて用心しなければいけない。警察は今日も警備にあたるし、僕と伊乃もここには探偵しに来たのだ。
「そろそろ来る頃だけどな……」
 今日は暗黒創作部の2人とサークル参加する。待ち合わせは昨日と同じこの場所。
「よう」
 僕達がやぐら橋の上をブラブラ歩いていたら、ビッグサイトの中から服部さんがやって来た。
「あ、兄さん」
 伊乃が服部さんの方へ駆け出してったので、僕も後を追う。でも僕の足取りは重い。
 僕は……彼に会わせる顔がなかった。
「いよいよ最終日だな」
 服部さんの目の下にはうっすらと、くまができていた。
「…………」
 僕はかける言葉が見つからない
「うん。今日は悔いの残らないように頑張るからねっ」
 伊乃は相変わらず普段通りだ。
 すると服部さんは、さっきから僕が黙ってるのを見て声をかけた。
「はんッ、どうした? 3日目ともなるともう体力の限界か?」
 体力的にも精神的にも疲労してるであろう服部さんの、挑発するような声。
「……今日はなんか警官の人数が少ないように見えるんですけど」
 僕はようやくそれだけをいう事ができた。
「ああ。実は、担当する警官の人数を減らされてな……すまないが、今日は20人体制で動くことになったんだ」
 服部さんの声に張りがなくなった。その姿はやけに小さく見えた。
 20人。100人から一気に80人もの減少。
「すいません。服部さん……僕の独断でこんなことになって」
 謝るのは服部さんでなく僕だ。昨夜は伊乃にああ言われたけど……でも僕の罪が完全になくなったわけじゃない。
「はっ。勘違いすんなよ。そして自惚れるなよ。責任をとるのが大人の仕事で、子供のやることに誰も見向きもしない。昨夜は……俺がただ、自分の意思でやったことだ」
 落ち込んでいる僕に、服部さんは口元をにやつかせて笑顔を向けていた。それは、僕に対しては初めて向けた表情だった。
「服部さん……」
 僕はまた赦された。なのに僕はまだ僕を赦さないつもりなのか。僕を赦そうとしないのは今や僕だけなのに。でもそれは、ただの甘えだって分かっている。
 だから僕は、僕のやり方で僕なりの責任をとる。
 殺人予告状事件はただのイタズラだというのが警察の見解。でももし、まだ悲劇が起こっていないのだとしたら。僕にやれることはひとつ。
「僕が――僕がこの事件を、必ず解決してみせます」


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