コミケ探偵事件録

第3章 夏コミ2日目

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

7

 
 あの後、僕は近くにいた警官と協力してすぐに太田さんを起こした。彼が言うにはなんとただ寝ていただけらしいのだ。
 僕は服部さんに連絡してすぐに来てもらい、問題のノコギリからみんなを避難させて調べ上げた。すると。
「地面が掘られた跡がある。どうやら犯人は地面を掘ってノコギリをギロチンのように倒そうと思ってたみたいだぞ」
 と、失笑気味に解説した。
 でももちろん、ちょっと穴を掘っただけでノコギリが倒れてくるはずはなく、念のため12時になるまで周囲から人を遠ざけて見守っていたが……変化はなかった。
 結局、これもただのイタズラだろうということになったのだが……1つ問題があった。
 太田太さんの存在。
 僕はなぜ太田さんがこんなとこで倒れてたのかを訊いてみると。
「地面が掘ってあったのに気付かなくてつまづいて転んだっす。それで起きようとしても起き上がれなくて……で、ボク疲れてたんすかね。仕方ないなと諦めたら急に眠くなっちゃって、いつの間にかそのまま寝ちゃってたっす」
 ということらしい。
 近くにいた人々は、近くにバス停があるため、目立つノコギリの場所を待ち合わせの場所にして、その後徹夜の列に並ぶつもりだったのだと言う。
 だから、つまり何が言いたいかと言うと……今夜12時には何も起きず、そして僕は早とちりして、一人で先走ってた無知な子供だったということ。

「結局なにも起こらなかったな……」
 僕は意気消沈していた。全部僕の早とちりで勘違いで見当外れだった。
 あの後すぐに服部さんの元に上司から連絡があったらしく、彼はどこかへ消えていった。
「……全部僕のせいだ」
 ビッグサイトを背に歩きながら、僕は自嘲するように呟いた。
「違うよ。鷹弥は何も悪くないよ」
 暗闇の中、隣を歩く伊乃が言った。
 月明かりと、点在する街灯。そしてコンビニから漏れる光に、徹夜している人達のケータイ。ここにある光はそれだけだった。
「探偵でもない僕がしゃしゃり出るからこんなことになったんだ。やっぱりあれは全部イタズラだったんだ」
「違うよ。鷹弥は鷹弥が正しいと思った事をしただけだもん。誰も責めないし、少なくとも私は責めない」 
「…………」
 僕は言葉を返せなかった。
 しばらく僕と伊乃は黙って歩く。
 すると、隣から伊乃の小さな息づかいが聞こえて。
「ねえ、覚えてる鷹弥? ミステリアスムーンの話」
 と言った。
「……ミステリアスムーン。なんだったっけ」
 僕は興味がないような素振りをして、視線をまっすぐ前に向けていた。
「小さい頃、よく鷹弥がお話してくれたよね。私鷹弥がそのお話をしてくれるのをいつも楽しみにしてたんだ。その物語を聞いたらね、どんなに悲しいときも笑顔になれるんだ。私、鷹弥の話すミステリアスムーンにすっごく憧れてた」
「……よく、覚えてないなぁ」
 そんな事あったかなぁ――と、僕は何気なく空を見て、いま初めて気が付いた。今夜は……満月だった。
「……きっと月子も、この空を見てると思う……私はそう思う」
 隣では伊乃も同じように空を見上げていて、いつの間にか彼女は僕の手を握っていた。
「そうだと……いいね」
 僕は曖昧に言葉を返した。そうだとはハッキリ言うことがどうしてもできなかった。今までもずっとそうだった。
 でも……今は。今夜だけは。
「うん。きっとそうだ……月子ちゃんも見てるよ。そして、同じ事を想ってるよ」
「……私達、また3人で一緒に見れるかな」
 伊乃の声は震えていた。握った手も同じように震えていた。
「ああ、もちろん見れるさ……はは、励まされるつもりが、いつの間にか立場が交代してるよ」
「ふふ……。うん。だね……私、駄目だね。こんなんじゃ月子に笑われちゃうね」
「そうだぞ。元気で笑顔を振りまくのがお前の取り柄だろ? ほら、こういう時……いつもならどうする」
「うん……っ、いこっ。鷹弥……今ならまだ終電に間に合うよっ」
 伊乃はぎゅっと僕の手を握って、真夜中の国際展示場を駆け出した。
 夏の夜はとても綺麗で、お台場の夜景はとても美しく、夏の夜空は星がくっきりと見ることができた。
 この時に見た光景を忘れないと、僕はあの満月に誓った。


inserted by FC2 system