コミケ探偵事件録

第3章 夏コミ2日目

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
 犯行まで残り30分。服部さんに連絡してすぐに僕達の推理を伝えた。服部さんはずいぶん動揺していたけど、「分かった、後は任せろ」と言ってすぐに切った。
 警察は武器を持ったコスプレイヤー1人1人にかたっぱしから声を掛けていって調べ上げた。刀や包丁に薙刀に槍まで。しかし丹念に武器を調べても一向にそれらしい人物を捕まえることができずに――とうとうその時間がやってきた。
「どうする、伊乃……もう時間だ」
 やっぱり凶器の刃物がコスプレの小道具だなんて、推理に無理がありすぎたか……?
「……」
 伊乃はとても悔しそうに唇を噛んでいる。何も言おうとしない。
 僕達はいま、コスプレスペースにいる。中央に円形の泉のある広場あたりで、僕達は周りにいる人達を逃さず確認していた。
 けれど、時間がなさすぎた――。
 既に12時を数分回っていた。もし何か起こったのなら、服部さんの元に情報は入っているだろう。
 しかし僕達の近くで取り調べしている警官達にも特に変わった様子はない。
 そしてさらに数分が過ぎて……伊乃のケータイに着信がきた。
「あっ、もしもし、兄さん……うん。こっちも大丈夫。うん。それなら、よかった。うん。……え? そう……うん。分かった。それじゃあ」
 ケータイを切った珠洲の顔は、納得いかないといったものだった。
「……どうだった?」
「うん。結局なにも起こらなかったって……それでもうお前達は帰っていいだって。同人誌の件は俺達で調べるからって」
 やっぱりそういう内容だったか。
「そっか……何も起こらなくて良かったって言うべきとこだけど、なんか……消化不良だな」
「そうだね……今日はもう帰る?」
「ああ、一回サークルの方に戻ってから帰ろうか……」
「…………」
 伊乃は黙った。悔しいのだろう。自分の推理が外れたから。
「……でも、その前にさ、伊乃」
 僕は、できるだけ明るい声で言った。
「うん……?」
「サークルに戻るの、もうちょっとここでコスプレ見てからにしようぜ」
「……うんっ」
 僕達はしばらくコスプレを見た後、サークルスペースに戻ってみんなと情報共有して、そしてみんなで帰った。
 問題の『挑戦状』というタイトルの同人誌については、結局なにも分からなかった。


 ――その夜。僕は自分の部屋でベッドの上に仰向けになりながら、ぼんやりと考え事をしていた。
 どうして犯人は12時になっても何もしなかったのか。
 やっぱり、ただのイタズラだったのか。
 でも……それにしてはあまりに手の込んだイタズラだ。誰が作った本なのかもいまだに分かってない。
 それに……あんなに現実を忠実になぞっていたのに、犯行の部分だけが起こらなかったというのは、あまりに不自然すぎる。一気に信用を失うような行為だ。
 それが犯人の意図と言われればそれまでかもしれないけど……僕にはどうも引っかかる。
 思い出せ、同人誌の内容を。書かれていた本質を。
 ………………。
 駄目だ、凡人の僕が考えても答えは出ない。
 それとも……もしも僕と伊乃が、知らず知らずのうちに同人誌に書かれていた内容と違う行動をとっていたとしたら――? それで未来が書き替えられて犯行は行われなかったのかもしれない。つーか……それじゃあ超能力や魔法を信じるのと同じじゃないか。
「ふわぁ〜……」
 頭がこんがらがってたら、自然と大きなあくびが出た。
 ずっと考えていたら眠くなってきた。今日は疲れてるからな……凄く眠いや。
 僕は枕元の時計を確認した。10時15分。
「――――っ」
 ……いや、待て。逆。逆に。逆にまだ……っ。まだだったら。もしかしてまさか……まだ、まだ犯行が起こっていないんだとしたら。
 夏コミ。12時。人の多い場所。夜。夜のコミケ。12時。夜でも人の多い場所。夜……徹夜。
 24時――。
 僕は勢い良くベッドから立ち上がって、伊乃に電話をかけた。


inserted by FC2 system