コミケ探偵事件録

第3章 夏コミ2日目

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 時計を確認したらちょうど11時だった。残り時間は1時間ジャスト。
「鷹弥はよく私についてきてくれたね」
 どこに向かっているのか、伊乃がまっすぐ歩きながら僕に言った。
「そんなの当たり前だろ。それより伊乃はどこに行くつもりだ?」
「ううん。あてもなく歩いてるだけ。歩いてたら落ち着くの。……ガッカリした?」
 思わずツッコミそうになったけど、僕は我慢した。
「ガッカリしないよ。それに……伊乃は何か考えがあるんだろ?」
 僕は人波を避けて伊乃についていくのに精一杯だった。
「さすが鷹弥。私のことなんでもお見通しだね……。うん、実はそうなの。ちょっと小説の内容が気になって」
「というと?」
 僕は伊乃に感心するのを堪えて先を促す。
「ちょうど今の私達のこと。……今の私達の描写ってね、ほとんどなくなってるの。今までは私達の視点で書かれていたのに」
 そう言えばそうだった。これまでは一貫して僕達が主人公となって、コミケの1ヶ月前、前日、1日目、2日目ときていた。
「未来のシーンからだよな、僕達の描写が減ったのは……それで?」
 僕が伊乃に訊いたら、伊乃は口を尖らせた。
「むぅ〜……オタクで、さらに探偵助手なのに分からないかなぁ。鷹弥は。つまりね、今の私達は物語の枠外にいるんだよ」
 伊乃は自分で考えようとしない僕に怒ったみたいだ。
「物語の枠外……つまり作者の手を離れてるってこと?」
 だから今度は頑張って答えた。
「そういう事、つまり作者は今の私達の行動が分からない。でも……だからって、イコール作者が私達の傍にいないって事にはならないの。だって作者は未来視できるわけじゃないでしょ。そんなことあり得ないもん。例えここにいたとしても小説に描写できるわけないの」
 普段オカルトとかUFOとか大好きなくせに、こういう場面になったら妙にリアリストになるんだから……。
「……いや、難しいぞ伊乃。分かりやすく言ってくれ」
「つまり、作者は私達があの場所からいなくなることまでは分かってた――ってこと」
 それが意味することは……1つ。
「……小説は予知じゃなくて、あくまで憶測」
「そう。占いと同じだよ。可能性の1番高いのを抽出して、さも未来視のように表現する。犯人がやってるのはそういうこと。確実に起こるであろう事だけを描写してるの」
「じゃ、じゃあ小説がところどころ正確だけど……微妙に違う世界なのもそういうことか? 探偵と助手は、あくまで女子高生の少女と、少年だし。はっきり僕達の名前は出てないよな?」
 あの小説が、本当に僕達の事を書いているのかも怪しいってことなのか?
「それは……どうなんだろう。だってこの登場人物達を見てれば、私達を限定しているのは確かだし……そこは正確な本名を使ってもいいと思うのに……ここにも何か意味が……ん」
 ぶつぶつ呟いていた伊乃が急に立ち止まった。僕はぶつかりそうになって、慌てて伊乃の体を引っ張って、壁側に連れて行く。
「ど、どうしたんだよ、伊乃」
 伊乃の悪い癖。周りを気にしない。伊乃は僕の疑問に答えず呟いている。
「正確な表現……正確……刃物」
「刃物?」
 いきなり刃物というワードが出てきて僕は当惑する。
 すると、伊乃が目を輝かせて体をぴーんと伸ばした。
「そう、刃物……刃物なんだよっ。さっきから気になってた正体が分かったよ!」
「刃物がどうかしたのかよ、伊乃」
「まだ気付かない? それじゃあ突然だけど……刃物の前に何か言葉を付けるなら、それはなんだと思う? 鷹弥」
 なぜか上機嫌になった伊乃が、いきなり変な質問をしてきた。
「え? いきなり何言ってんだ? 刃物の前の言葉? う〜ん……鋭利な刃物とか?」
「そう! 鋭利な刃物! さすが鷹弥だね! 私が欲しかった答えドストライクっ!」
 いきなり正解を当ててしまったらしい。伊乃が喜んでる。
「そっ、それで鋭利な刃物がどうしたんだよ?」
 僕はちょっと引き気味に尋ねた。
「これは私の勘なんだけど、なんか違和感があるんだよ。意味がある気がするんだよ。普通だったら『刃物』じゃなくて、『鋭利な刃物』って使いたいところじゃない? 凶暴さが演出できるでしょ?」
「はぁ……全部お前の憶測だろ? ……そういうもんかねぇ」
「そういうもんなのっ。探偵に直感は重要な要素なんだよっ。作者は素人とはいえ小説書きだから、その違いに何か意味があると思うの。『鋭利じゃない刃物』に」
 この自信はどっから出てくるだ。。というか……伊乃はこの短期間で随分とオタク心理に詳しくなったなぁ。だけど、オタク心理なら僕も負けてない。
 分かったよ、伊乃。助手が探偵の推理を信じないで事件なんて解決できないもんな。
「鋭利じゃないけど刃物――。それは……そんなものこの会場にいっぱいあるじゃないか。持っていても誰にも怪しまれない立派な刃物が」
 僕は辺りを見回してみた。
 男女問わず、様々なキャラクターに扮した人々が手に武器を持って歩いている。
 コスプレ衣装の、小道具。


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