コミケ探偵事件録

第3章 夏コミ2日目

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3

 
 僕達のサークルで販売する同人誌の中に一冊だけ紛れていた、『挑戦状』というタイトルの同人誌。
 その中身は、女子高生探偵の少女と助手の少年が、夏コミの殺人予告を巡って右往左往するという漫画。
 それはほとんど、僕と伊乃のこれまでの経緯をなぞるような話で、驚くべきものだったけど……しかし何よりも驚いたのは、今日以後のことも書かれている点だった。
 信じられなかった。ほとんど同じだった。
 探偵と助手がやぐら橋の上で漫研部部長と出会い、創作部の2人の登場。
 ちょっとしたいざこざの後、5人で会場入りしてサークルスペースまで行く。
 そしてコミケの開始直前、紛れ込んでいた謎の同人誌を見つけて……その続きにも、ページがあった。

「ちょっ、ちょっと待ってっ!」
 思わず僕は叫んだ。
「えっ!!」
 仁江川先輩がびくりとしてページをめくる手を止めた。
「こ、これは……なんなんですか。なんでこんなものが……っていうか、この本どうやって……なんで僕達のこと」
 僕はショックだった。うまく思考がまとまらない。言葉がうまく出てこない。
 コミケ2日目は既に始まっていて、周りは騒然としていたけど、僕達はそんなお祭りとは無関係な位置にいた。
「……鷹弥、重要なのは今日のことが書かれているってことだよ。今日より前のことだったらまだ納得できるんだよ。私達のことを調べて書いてそれを上手く混ぜるだけだから……でも今日のことが書かれているってことは話が変わってくるの」
 伊乃が僕の代わりに謎を端的に言葉に変換してくれる。こういうときに冷静になれるこそ、伊乃が探偵と名乗れる資格があるのだと思った。僕とは大違いだ。
 僕と伊乃以外の3人もかなり動揺しているようだ。謎の同人誌から視線を上げると、僕と伊乃の方を不思議そうな目で見ている。この事態に戸惑っているようだ。
「つ、つーかよ……作者は予知能力者だって言いたいのかよ? つまりこういうことだろ? 次のページから、未来のことが書かれているって……」
 絞り出すように声をあげた安藤先輩。
 そうなのだ。安藤先輩の言う通り、作者は未来を知っているとしか思えない描写をしている。今現在この読んでいる描写まで、正確に描かれているってことは……現実的に考えてあり得ない。予知でもしない限り同人誌を作る時間がない。
「ど、どうします……続き、読みますか?」
 僕はゴクリと唾を飲み込んで、みんなに尋ねる。
「あ、アタシは……読んでもいいけど……こ、ここは探偵部の意見に従うわ」
 仁江川先輩の声は震えていた。
「伊乃……」
 僕は伊乃の顔を見る。
「私は――読んだ方がいいと思うな。何が書いてあるか読まないと分からないし、本当に未来が正しく書かれているか確かめたいし、なによりこれは事件の重要な手がかりになるかもしれないしね」
 伊乃の顔には少し怯えの色があったけど……それども、その瞳には謎に対する力強い意思みたいなのを感じた。
「そういうことなら……仁江川先輩。続きをお願いします」
「ええ、分かったわ」
 仁江川先輩は続きのページをめくった。

 ――意外だった。
 コミケ2日目が始まって、そこから次のページは、漫画ではなく小説形式になっていた。
 僕達は驚きつつも文字を追う。
 そこにはやはり、恐らくこれから起こるであろう未来ついての事が書かれていた。
 大体の内容は、ところどころ抜粋して要約すると次のようなものだった。


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 本を読み終えた探偵達はみな驚愕していた。
 5人は顔を見合わせて、同人誌の中身について語った。
 やがて刑事やコミケのスタッフも加わり、同人誌の作者は誰なのか調査を始める。
 そして同時に、殺人事件を防ぐための調査も始める。
 刃物を持った人間を捜す警察達(探偵と助手の描写は少ない)。

(ここで突如場面が転換する)
 ちょうど12時ぴったりだった。
 相変わらず人々の熱気で賑わうビッグサイト。
 しかしそこで前代未聞の事件が起こった。
 それは沢山の人で溢れかえる公衆の面前での事件だった。
 刃物によって、一人の参加者の体が、胴体から切断された――。
 上半身と下半身に別れた彼は、しばらく苦悶の表情を浮かべていたが、やがて目をカッと開いて絶命した。
 最悪なことに、予告されていた殺人は行われてしまったのだ。
 犯人は誰なのか。衆人環視の中、どのようにして犯行が行われたのか。

 そして事件は解決編へと続く……。


 ――あとがき
 というわけで、今回はここまでです。
 途中から小説形式になってしまいましたが、特に意図はありません。こちらの都合です。
 それと中途半端なところで終わってしまい申し訳ないですが、スケジュール的なものがあって間に合いませんでした。ごめんなさい。
 続きは次回のコミックマーケットで発行する予定ですので、もうしばらくお待ち下さい。
 作者より――
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 抜粋するとこんな感じだった。ちなみにあとがきは、そっくりそのままだ。
「会場を封鎖とかした方がいいんじゃ……」
 同人誌を閉じて机の上に置いた仁江川先輩は、震える声で言った。
「でも一日目は何事もなく終わったんだろ? どうせ何もねぇよ」
 安藤先輩がいつものように捨て台詞を吐く。でも強がりで言ってるのは一目瞭然だ。
「そりゃ同人誌にも一日目には事件が起こったと書いてないですからね。殺人事件があるのは今日なんです。12時と言ったらコミケが始まって2時間後。人で1番混み合ってる時間ですよ」
 僕は補足する。探偵助手としてこれくらいは伊乃の役に立ちたい。その伊乃はというと。
「それにしても刃物か……」
 殺人の凶器となる刃物が気になるらしい。何か考え込んでいる。
「考えたくない事だけど……」
 黙っていたヤス子さんが口を開いた。
「この本を書いた人間って、私達の中にいるんじゃない……? こんなもの誰かが書いたなんて思えないけど、強いて可能な人間を挙げるというなら――それは私達だけだと思う」
 そうだ。少なくとも今日の行動を、あらかじめ書いていた通りに実現させようというなら、僕達の中に紛れて一緒に行動して、本の通りにうまく誘導させるしかない。
「でも、なぜわざわざそんな事を……そうする意味はなんなのだ?」
 仁江川先輩はヤス子さんを見る。
「それは分からない……でも未来予知なんて非現実的なものを否定して考えるなら、私達の中の誰かじゃなければ、この同人誌を書くことはできない。事情を知っている人間は私達だけだから……」
 それはヤス子さんの告発。僕と伊乃と仁江川先輩と安藤先輩とヤス子さん。その中の誰かが同人誌の執筆者で――。
「そして、殺人事件を引き起こす刃物を持った犯人……ってことですね」
 僕は言葉を継いだ。これは重要なことだ。コミケに届けられた殺人予告状。その犯人と果たして同一人物なのだろうか。謎が一気に僕達にふりかかった。
「そしてその殺人が起こるまで約1時間半しかない……ってこと」
 仁江川先輩がもっと大事なことを口にした。……そうだった!
「こ……この本に書かれたことが本当なら……時間がない! ど、どうする……伊乃!」
 内容が衝撃的すぎて、僕は肝心な事を忘れていた。
「そうだね。同人誌通りに行動するのは気が引けるけど……ここはやっぱり兄さんに伝えるのがベストだね」
 そう言って、伊乃はケータイを取り出すけど。
「……やっぱり通じないや」
 くそっ。小説通りの展開だ。小説では一旦外にでて電話をかけたとあるけど……。
「伊乃、外に出てかけよう! 小説に書いてある通りだったら通じるはずだ!」
 僕達はシャッターの方へと駆け出していった。

 電話をかけて十数分後。服部さんはすぐに僕達の元へ、息を切らしてやって来た。そして小説通り、太田さんも一緒だった。
「本当にこれまでの事は、まるっきり同じだったって事なんだな?」
 服部さんが信じられないといった顔をして、何度目かの同じ質問を僕にした。
「台詞まで全く同じってわけではないですけど、おおよその行動は全てあたってます。ついさっきまでの様子までも」
「ちっ。予告状の次は予言かよ。人を真っ二つにする刃物なんて、そんなもの本当に持ってる奴がこの会場にいるのか……そんな奴いたら、すぐに分かるはずだろ…………」
 吐き捨てるように呟いて服部さんは沈黙する。こんな超常現象じみた事件、僕だって何も言えない。 
 どう対処すべきか困っているのだろう。服部さんと太田さんは、また始めからページをめくっていった。
「い、いったいいつこの本が書かれたんっすか。消印は……やっぱのってないっす。……ボクがさっき来た時は全然気付かなかったっす」
「俺が来た時も特に何も変わった様子はなかったし……そもそも机の上の本なんて気にしてなかったぞ」
 謎の同人誌を丹念に調べる太田さんと服部さんだけど、何も手がかりは見つからない様子。それも小説通りだ。
「この本がここに置いてあることと、僕達のことが描写されている点を考えると、これを書いたのは僕達の身近にいる人物と考えるのが妥当ですけど」
 僕は先程までしていた推理を服部さんに聞かせた。
「……そ……そんな」
 仁江川先輩は表情を曇らせている。自分が疑われていることにショックな様子。
 だけど――。
「駄目だよ、そんな顔しちゃ」
 ここで伊乃が、ひどく場違いな明るい声をあげた。
「ど、どうしたんだい、伊乃?」
 僕は思わず間の抜けた声になった。
「ここでこういう行動しちゃ作者の思うつぼだよ。私達、書かれている内容をなぞってるだけじゃない? 要は本とは違う未来を創ってけばいいんだよ。それで最悪の結末は回避できる。同人誌についてあーだこーだ言ってても仕方ないと思うんだ」
「い、伊乃……」
 驚いた。そしてみんなも驚いてた。探偵がまさか推理を放棄するなんて。
 でも……確かに伊乃の言う事も正しい部分はある。小説内では、僕達はこのシーンで謎の同人誌について推理合戦をしていた。そして疑心暗鬼になって仲間を疑いあっていた。
 だが、こんなのは古典的すぎる。それこそ本格ミステリをただなぞっているだけだし、この時点で答えが出ないって分かっているはずだ。だったら……残り1時間となった時間をもっと有効に使う手はあるはず。
「伊乃……お前は、これからどうするべきだと思う? 僕は――お前についていく。僕は伊乃の助手だからな」
 謎はたくさんある。誰が同人誌を書いたのか。誰が同人誌を置いたのか。作者はいつ同人誌を書いたのか。作者は未来が分かるのか。小説に書かれた刃物を持った犯人は、殺人予告状を送りつけた者と同一人物なのか。刃物を持った人間がこの会場内に本当にいるのか。
 ――けど、僕はあくまで助手であって探偵ではない。今の僕じゃ何も分からない。
「ありがとう……それじゃあ兄さん。あとは頼んでいい?」
「……ああ、だが俺は警官達にこの小説の内容は伝えるからな。そして刃物……か。荷物検査だってやっているし、そんな目立つもの持ってる人間がいるとは思えないが……総動員で捜査に当たらせる」
「服部さん……」
 服部さんの姿がとても頼もしく見えた。
「ここには100人の警官がいる。最初はそんなに必要なのかと思っていたけど……だけど来てみて分かったよ。これは人数うんぬんの問題じゃないって事がな。例え1万人いても、犯人を見つけるのは至難だろうな……だけど俺は絶対に犯人を捕まえる」
 そう語る服部さんの姿は、それでもコミケの大きさに比べたら……あまりにちっぽけな存在に見えた。
 けれど服部さんは決して弱音を吐かない。
「行ってこい、伊乃。ここは俺に任せておけ。といっても……多分ここに書いてあることをなぞる位しかできないと思うけどな」
 服部さんが薄く笑って伊乃を送り出して。
「……伊乃を頼んだぞ、御堂。しばらくは……お前に預けておく」
 無愛想な顔をして、僕をまっすぐ見た。
 僕は伊乃の後を追った。


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