コミケ探偵事件録

第2章 夏コミ1日目

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 そしてコスプレ広場に到着した僕達。
 ――圧巻だった。これまでにも西館や東館でコスプレした人達をチラホラと見たけど、この場所ではその比率が圧倒的に高い。ほとんど異世界だった。
 ここでは2種類の人間に別れている。コスプレした人がポーズを決めて立っているか、それを必死で写真に撮る人。
 炎天下にも負けないくらいの熱いオタク達の魂がそこにはある。
 コスプレする人達の衣装は様々で、剣士がいたり魔法使いがいたり女子中学生がいたり女格闘家がいたり拳銃使いがいたりメイドさんがいたり歌姫がいたりきわどい水着のお姉さんがいたり、まさにグローバリゼーション。異文化交流。日焼けなんてお構いなし。女装も全然OKですよ。
 そして、その中でも伊乃の人気は凄まじいもので――太田さんを筆頭に、魔法少女のコスプレに身を包んだ伊乃を何人もの人々がカメラで撮影。撮影撮影撮影。パシャパシャパシャとフラッシュがたかれる様はまるでモデルのファッションショーのようだった。
 伊乃を写真に撮る人の列はなかなか途切れず、予想よりも長い時間待ってようやく解放された瞬間を狙って、僕は伊乃の手を取り建物の影まで引っ張っていった。
「ぶひぃ〜……せっかくいいところだったのに……ま、いいや、可愛い写真いっぱい撮れたからよしとするっす」
 太田さんは幸せそうな顔でほくほくしていた。
 この人は本当にコミケスタッフか? 普通に遊んでるじゃん。
「さ、それより太田さん。教えて下さい。今日なにか変わったことありました? どんな些細なことでもいいです。事件とか事故とか」
 地べたに座ってカメラを覗き込んでる太田さんに僕は尋ねた。
「え? あ、ああ……う〜ん、今日あった事件ねぇ……熱中症で倒れる人は沢山いたけど例年のことっすから、特に変わったことはないっすけど……強いて言うなら、朝、国際展示場駅で電車とホームの間に足が挟まった人がいたのと、大階段で転倒した人がいたのと、有名サークルの待機列に割り込みしようとしてトラブルになったり、サークル参加者と一般参加者の間で喧嘩があったこと位っすかねぇ」
 太田さんは腕を組んで唸っていた。めちゃんこあるじゃん……トラブル。
「なになにっ、太さんっ。それ教えてっ」
 事件と聞いたらなんでも興味を示す伊乃が横から割り込んできた。
「ぜひ詳しく教えて下さい。太田さん」
「殺人予告とは関係なさそうなもんばっかっすよ? ん〜……でも、今年は特にトラブルが多かった気がするっすねぇ」
 なんか不吉な予感がするなぁ〜と、不気味な表情を浮かべながら太田さんは話し始めた。
「電車の事件は……りんかい線で満員電車から人が流れ出した際に、1人の女性がホームと電車の間の隙間に足を挟まれて身動きとれなくなり、後ろから来た人達に押されて倒れて踏まれて、大変な事になったっすが、すぐに駅員が来て助け出されたようっす。幸い軽傷で済んだようっすね」
 悲惨だなぁ……というか、電車に乗ってた人達は、誰もその女性を助けようとしなかったのか?
「なるほど……それで、階段からの転倒は?」
 僕は次の事件について尋ねる。
「コミケ開場前の1時間くらい前の待機列移動の時っす。やぐら橋の大階段をスタッフの誘導で昇っているときに、誰かが足を滑らせて倒れたみたいっす。すると近くにいた人々もその人にぶつかり、バランスを崩して倒れたっす。あわや将棋倒しになりかけたっすけど、逆に人が大勢いたおかげでクッションになって、それほど大きな事故にはならなかったっす。すぐにスタッフが対処して乗り切ったっす」
 でも最初に倒れた人が誰なのか、結局分からなかったっす――と付け加える太田さん。
 コミケスタッフは優秀と聞いていたが、すごいな。
「そして割り込みっす。近年一般参加者のモラルの低下が嘆かわれてるっすが、数人の若者が人気サークルの列に突っ込んでいったっす。幸い近くに警官がいたんですぐに捕まえたっすが、殺人事件とは関係なさそうっす」
「みんなが楽しんでるのにぶち壊すなんて酷いね、そんなの最低」
 珍しく伊乃が感情をあらわに怒っていた。怒りの魔法少女。
「サークル参加者と一般参加者の間で喧嘩があったと聞いた時はひやひやしたっす。警官が駆けつけたところ、どうやら釣り銭トラブルか何かだったらしくて、でもあのまま放っておいたら殴り合いの喧嘩になってそうな勢いだったっす」
 興奮して熱く語る太田さん。
「例年だったらこんなにトラブルは起きないっすよ。コミケを恐れないで欲しいっす」
「あ、はい……大丈夫です」
 僕は顔を引きつらせて頷いた。
 にしても……一通りこれまでに起こった事件を聞いたけど、これだけ人が集まれば事件も多く発生するものなんだなぁと感じた。
 でも殺人予告とは関係無いものばかりなのも事実。
 やはりあれはただのイタズラなのだろうか。これだけ事件があれば、殺人予告もそのうちの1つにすぎないんじゃないかと、僕は思い始めていた。
「ボクから言えることはこれくらいっす。そろそろボクも仕事に戻らないと怒られるっすけど……この後もコミケを満喫するっすか? もし荷物とかがあったら、西と東を繋ぐ廊下のとこに荷物預かり所があるっすよっ?」
「あ、いや……今日はもう帰ることにします。手がかりもないですし、それにもうヘトヘトです」
「ふひひ。ま、無理もないっす。初参加っすからね。今日はゆっくり休むといいっす」
 それじゃ伊乃たん、その衣装はボクからのプレゼントだよ〜、と言い残し、太田さんはドスドス足音を立てて去って行った。
 僕達は更衣室まで行って、伊乃の着替えを待ってからビッグサイトを後にした。
 当然ながら、帰りの電車も混雑していた。


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