アンノウン神話体系

プロローグ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

記憶

 
 僕の遠い記憶。
「ねぇ、九縁。泣かないで」
 それは少女の声から始まる。
「お父さんも……お母さんも死んだんだ。僕はひとりぼっちになったんだ」
 僕はそう言って泣いていた。あの頃の僕はただ泣いていた。家族を亡くして僕は1人だった。
 そんな時、声を掛けてくれた少女がいた。
「ううん。1人じゃないよ。今日から私があなたの家族なんだよ」
 僕にとっての特別な人。永遠に僕に影響を与え続ける人間。
「あなたは寂しくなんかないわ。だって私が慰めてあげるんだから」
 その時の少女の優しい微笑みは、僕はいつまでも忘れない。忘れられない。
「君は……君は誰なの?」
 僕は、その少女がなぜ僕に手を差し伸べてくれるのか分からなかった。
 すると少女は屈託のない天使のような笑顔で、小さくはにかんで言った。
「だって私は君のお姉ちゃんなんだから――私が守ってあげるのが当然でしょう? ほら、だから笑いなさい――九縁」
 この瞬間、不思議な事に僕は少女の言葉に救われたような気がした。僕の中に積もり積もっていた悲しみとか後悔とか、そういう負の感情が全て流れていったのを感じた。
 だからもう――僕の涙は既にもう止まっていた。
「……うんっ」
 僕は少女――上遠野坂美優……美優ねぇによって笑顔を取り戻すことができた。
 そしてそれが、僕の初恋だった。


 それから時が経ち――僕を救ってくれた美優ねぇは、父親と共に不慮の事故で亡くなってしまった。
「眞由那……大丈夫か」
 僕は残された美優ねぇの妹に語りかけた。
「う、うん。私は……大丈夫」
 だけど少女の顔はとても大丈夫とは言えなかった。
 最愛の人を亡くして、彼女の心は打ち砕かれていた。
 それは僕も同様だ。僕達にとって、それだけ美優ねぇは特別な存在だった。
「……こういう時は泣いてもいいんだぞ」
 だけど僕は、美優ねぇの妹を気遣う事でいっぱいで、結局涙を流すことはなかった。今になってその事を後悔している。
「う、うん……そうだね」
 そしてそれは眞由那も同じだった。彼女は強くあろうとした。
 彼女は涙を流さなかった。彼女は僕よりも強かったのだ。さすが美優ねぇの妹だなぁなんて感じたのを覚えている。
 それとも、自分達は強くならなければいけなかったと彼女も感じたのだろうか。
 だってもう、頼れる美優ねぇはいなくなったのだから。
 それでも強くあるにしては、少女は……上遠野坂眞由那は、まだあまりにか弱かった。
 眞由那は美優ねぇの妹であると同時に、僕にとっても妹同然の存在だった。
 だから今度は僕が眞由那を守ろうと思った――僕がかつて美優ねぇにしてもらったように。
 やがて年も明けて春が来て――物語はここから始まる。


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