アンノウン神話体系

第5章 決戦前小景

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 堤防沿いの道を通って2人は町外れの方に向かって歩く。目的の廃工場までもうすぐだった。両脇に街灯が立つレンガ造りの小道。人通りはなく、舗装された寂しいまっすぐな道。2人が歩いていると――。
「あれっ、四宮さん……どうしてここに。ビルにいたんじゃ……」
 工場へと続く、長く広い一本道の中ほどに、四宮烏子が立っていた。
 陽がだいぶ傾いてきて、逢魔が時に立つ烏子はまるで異界の少女のようにも見えた。
 道の脇に立つ街灯に光が灯り始めた。
 烏子は久遠の横に立つアノンを一瞥すると、久遠の瞳を覗き込むようにして不安そうな声を上げて言った。
「あなた達がこの道を歩いているビジョンを視たの。そう…行くのね」
 その顔は寂しげで、すがるような表情だった。
 本当は烏子には何も言わずに黙って行くつもりだった久遠。彼は迷わない。
「ああ、僕はやらなくちゃいけないからな」
「…もう居所は掴んだのね」
 聡明で、見通す力のある烏子はもう全て分かっているようだった。
 だから久遠は正直に答える。ここから先は烏子を連れてはいけない。
「これから決着を着けに行く……ありがとう、四宮さん。君のおかげでここまで来れた」
「…本当は――あなたを行かせたくない」
 黒くつぶらな瞳を輝かせ、烏子は言った。
「なぜ?」
「あたしが見たビジョンは断片的な映像ばかりだったけど…そのほとんどは久遠君が深く関わってたの。だから、もしかして久遠君が行くことで…」
 烏子ははっきりと感情の読み取れる瞳を久遠に向けていた。
「いいや、僕はそれでも行くよ。たとえそれが運命だってしても、変えてやるよ」
「運命は変えられないとしたら…?」
「決まってる運命なんてない……運命は自分で切り開く。君のその力だって、多分そういう風に使うものなんだって僕は思うから……だから僕は君の分まで頑張る」
 久遠がそう言うと、烏子は納得したのか、ぎこちないけれど――それでも誰が見ても笑顔だっていう笑顔を顔に浮かべると、
「だったら、分かったわ…久遠君、どうか死なないで。…アノンさんも」
 そう言って、2人に譲るようにして道の脇へ寄った。
 久遠とアノンは烏子を残して目的地へと再び足を踏み出した。
「……大丈夫さ、僕は死なない」
「ああ、神であるワタシにそんな概念など存在しないよ」
 烏子の心配そうな言葉に、久遠は優しく微笑んで、アノンは不敵に笑って応えた。
 烏子は2人の姿が見えなくなるまで、ただずっとその背中を見つめ続けていた。
「この町を救って…お願い」


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