アンノウン神話体系

第4章 来訪者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

※※※

 
 工場周辺に取り付けたC4爆弾が爆発した。
 その爆破地点から数百メートル離れた空き地で、もうもうと上がる煙を眺める男女2人の人間がいた。
「――ぉおー、燃えてる燃えてる。勢いイイねぇ」
 爆風に動じることなく、片割れの銀髪の男が楽しそうに笑っている。
「相変わらず大胆な策ですね、私達の仕事は絶対秘密遵守のはずです。政府には気付かれないまでも……これではまた審問会行きですよ」
 爆風で長い黒髪がたなびくのを手で押さえながら、腰に剣を帯刀した少女が言った。
 太陽が沈んだ黒い空を、轟々とした赤色が惜しみなく自身の空色に染めていく。
「――が、結界は張ってあるんだろぉ? だったら大丈夫なはずだ。要は一般人にバレなきゃいいんだ。近くには人の気配だってねえ。それによ、まだろっこしいのは飽き飽きだろ。RPGじゃねぇんだからわざわざ敵のアジトにそのまんま踏み込むような手間かける必要ねぇよ」
 それこそ物語の中に組み込まれ無力化して、結局のとこ脇役になってしまうじゃねぇか――と語る銀髪の男の服装は、まるで夜の闇に逆らうような、全身真っ白の神父のような学生服のようなスーツ姿。
 対する少女は、それもそうですね……と呆れるようにため息を吐いて、事務的な口調で状況を報告する。
「建物内に仕掛けられたトラップ等の反応は見られませんね。使い魔の類もほぼ死滅したようですが、やはり本体はまだ健在のようです。強い魔力を感じます……行きますか?」
「――ぁあ〜、さすがに今の爆発だけで死んではくれねーよなぁ」
 爆発を起こした2人――魔術結社(シンジゲート)の若き幹部候補、グレイ・ネオンライトと天才新人構成員、桐見東亞は見る影もなくなった工場跡へ向かった。
「――ぉうにか建物の骨格は保っているようだが、いつ崩れ落ちるか分からねぇ……さっさと見つけ出して抹殺しねーとなぁ。覚悟はいいかぁ?」
「はい――いけます」

 そうして瓦礫が散乱する工場へ足を踏み入れた2人は、注意深く内部の探索を始めた。
 今は真夜中で、工場内は滅茶苦茶なので電気も付かず真っ暗なはずだが、グレイが前に掲げた掌を中心にして明かりが灯っていた。掌の上には石。グレイが魔法の力によって光を灯しているのだ。
「なかなか姿を現しませんね。私達に怯えて隠れてるんでしょうか」
 凍亞は懐の剣に手を添えてキョロキョロと周囲を見渡している。彼女は魔力の能力こそ低いが、そのぶん戦闘力が高く剣技は特に一流で、戦闘員として組織内では評価されている。
「――ハッ。お前が未熟なのはそういうとこだよ。甘くみるなよ凍亞。あの悪魔ぁ、実力だけならお前と同等くらいにはある。消耗してると言っても奴だって純粋な魔族だ。油断してると足元をすくわれるぞぉ?」
「お言葉ですが……それでも先輩がいるならあれ位の雑魚はすぐに片付くと思います」
 桐見東亞はぜったいの信頼と自信を持った目をグレイに向けた。
「――っはっはァ……それもそうだなぁ。なぜならオレはいずれ組織のトップに上り詰める男なんだからなァ。こんなごくありふれた、ただの小さい一つのエピソード如きで手こずってる場合じゃねえよなぁ!」
「それ少し死亡フラグっぽい発言ですが……相変わらずスケールが大きいですね、先輩。本気で組織のトップ……教皇になるつもりでいるのですか?」
「――ったりまえだ。オレはその為にこんなクッソくだらない仕事を真面目にこなしてるんだよ。今回の事件を解決すればオレは晴れて幹部の仲間入りだ。見てろよ、凍亞。いずれはこのオレが魔術結社の頂点に上り詰めて……この世界の秘密を全て白日の下に晒し――世界そのものを根底から変革させる」
「はぁ……先輩の仰る野望、あまりに壮大すぎて私にはいまいち実感できかねませんが……あっ」
 不意に、凍亞の表情に驚きの色が表れた。
 それを見てグレイはニタリと笑みを作って、
「――ぁあ、お前も気付いたか。ちょっとは成長してるようじゃないか。どうやらこの辺りにいるようだが」
 グレイは暗闇の中で動きを止めて、掌の上の炎を周囲にかざしながら注意深く警戒を払う。
「見て下さい先輩。あそこから地下に降りられるようです。きっとあの下にいるかと」
 グレイと背中合わせに辺りを見渡していた凍亞は、瓦礫の中に隠れるようにして存在している、地下へと降りる階段を見つけた。
「そのようだな、確かにあの下から邪悪な魔力を感じる……くくく。さぁ、悪魔。とっとと終わらせてやるぜぇ」
 グレイは己の野望の為に一歩踏み出していった。
 凍亞はそんなグレイの背中についていく。
 闇に閉ざされた、地下へと降りて。
 そして2人は――決戦の時を迎えた。


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